大ちゃんへ
毎日朝8時と午後4時から2時間、アーサナ(ポーズ)と呼吸法のクラス。
英語力がイマイチなため、この身体に全神経を集中できる時間は自分を解
放できるチャンス。
先生のお話は半分解らない状態で、後から人に聞いたり辞書を引いたり。
それに対してアーサナの話は単純でよく解る。
ウルグアイの先生二人の発音も耳なじみが良くてたすかる。
解るってことはとても気持ちいい。
そんな当たり前のことをしみじみと感じる。
そうか、雑誌で茂木健一郎さんが「僕は解らないって感覚が好きなんです」
なんて言ってたなー。
ほんとに? 大ちゃんはどう?
その解らないとか出来ないとかではなく、「未踏の領域」に対してわくわくする。
そう考えるなら「解せない」なんて言わないで、「どうしても知りたいんだよね」
ってな具合に前向きに笑顔でいられるかな。
ここアシュラムの先生方は完全に出家されていて、しばらくしたらお家に帰る
とか家族とか財産とか、いわゆる僕らのような俗世間に暮らす人とは異なる
価値観に生きている。
「ヨガ」について深く知りたい、なんて言い放ってバハマまで来たけれど、そう
いう意味では「どうしても・・・」なんて今の自分には言えない。
もしかしたら、いやもしかしなくとも未踏のまま来世を迎えそうだ。
この感覚!好きだなー・・・って言えるかな?
大ちゃんへ
シバナンダアシュラム、ナッソー、バハマ。一ヶ月あまりをヨガだけに専念
するためにここに来た。島はパラダイスの名の通りスカイブルー、海のエメ
ラルドグリーン、アイボリーの砂浜、赤やピンクの南国の花達、画面全部が
完成されたユートピアを表現している。
呼吸法、というよりはただ呼吸することに焦点をあてることができる場所。暫
くの間、やっておかなければならない雑務は何もなし。岩の上に足を組み、
海の上をなぞって届いた風の匂いで時を過ごす。座り心地の良い岩を見つ
けるだけで、あとは何の努力も要らない。自然の中に溶けていく自分を遠く
から見守り、そして虫の音や鳥の囀りを自分の音のように感じる。
いとおしい。そう感じる。
まだまだ固執しているのでしょう。いろいろなことに・・・。ではでは
大ちゃんへの手紙
ところで最近は元気?勿論それほど元気でないことは
知ってるけど、毎日のことを書いたり新聞読んでちょっと
腹を立てたりしてるかな、と思って。
こっちは元気だよ。去年の春からヨガにはまってしまって、
毎日の時間の進み方まで変化した。
二年前に母親を亡くして、四歳の時に父親を亡くした時と
同様に「死」を身近に感じ始めた。しかし四歳の時はこれ
から生きていく自分と死はかなり遠い距離にあり、「人は
いずれ死ぬんだ」ということを泣き崩れる母の背中を見な
がら学んだだけだった。今回は今年で四十になる年齢の
こともあってか、かなり接近した感覚をもっている。
「しんちゃん、おれ死んじゃうよ」なんて大ちゃん言ってた
けど、「おれも死んじゃうよ」なんて電話ごしに大ちゃんを
黙らせちゃったんだ。でも「いずれは」のおれが言うべき
言葉じゃないね。ごめん。
最近ほんの少し大ちゃんに接近できたと思っていて、そ
れは自分を終わることを痛切に不安に感じ、「何もしてな
いのに」と焦り、「家族をおいて」の恐怖に怯えた。
車を運転しながら無意識に歌を唄っていた。
ハートが踊る
ハートが輝く
ハートが温かい
ハートが感じる
ハートが届いた
ハートが震える
ハートが塞ぐ
ハートが泣いている
ハートが動いた
とにかくハートがハートが・・・と出来る限りの優しい声で
唄い続けた。
大ちゃんへ
コトヌーからはパリ、ドゴール空港へ。
まったくの別世界・・・二泊の間、少し街を見て回りました。
まるで絵本の世界、一冊目はベナン、二冊目はパリ。
ベナンの子供は街で行商、テレカやボールペンを交差点で販売。
砂浜では裸足でサッカー、赤ちゃんはお婆ちゃんに抱っこされてる。
パリで目立つのはOL風の女性、ビルのドアがさっと開くとぞろぞろとヒール姿が。
みんな無言で煙草に火を点ける。そうせざるをえない何かが確実にある、
といった感じ。幸せそうなのは観光の女性チーム、中でも日本人は至福の表情。
「アート」の言葉から連想される、どこを切り取っても絵になる風景。
「ユトリロの白」
「君の白は呆けてるねー。」
中学の美術教師の言葉が辛辣で、しかしどうしようもなくアートを愛していた。
いや、どうしようもないユトリロの生活ぶりも含めて、彼に心酔していた。
僕はその先生に「いい」と言ってもらいたくて、真剣にデッサンし着彩した。
たった一度だけ、ランプのデッサンを「いい」と言われた。
あまりのびのびとは描けてなかった。
大ちゃんが去年くらいに、資本主義について熱弁していたのを思い出した。
あまりうまくいってない、いや相当うまくいってない。そんな内容だったと思う。
あんまり大ちゃんが熱く語っていたから、僕は自分でも半分も理解できていない
中沢新一の「芸術人類学」の話をして、なんとかその温度に対応したんだよね。
途中からこっちの温度が上がり過ぎちゃって、「だから対称性の原理でさー・・・」
結局うまく説明できなくて「強引なことを云うようだけど、五木寛之さんが言う
アニミズムとシンクレティズムみたいなもんでさー・・・」
「自然界のあらゆるものに霊魂や精霊が宿っていてさ、ようは分け隔てなく尊敬
するって言うか、あと神仏混在の日本のように、いろいろな宗教をミックスさせて
しまうような、つまり全部尊重して認めちゃうって云うセンスのことなんだよね、
きっと。」
今回は何だかごちゃごちゃしてきたねー。
例えばベナンとフランスと日本、国土面積、人口、国民総生産なんかで比べて
ふむふむ、とか言ってたこともあるよ。でもそれじゃなくてベナンはベナン、パリ
はパリ、ユトリロも僕も、オケラもアメンボも、何者もみんな、ただ「ある」ってだけ
で比べない。 そんなことを考えさせる旅なのです・・・・!
大ちゃんへ
ということで今からコトヌー空港を発ちます。
ベナン外務省にご招待いただいた関係で、貴賓室で出発待ちです。
とそこへ突如猛烈に早口の聞き覚えのある日本語が炸裂!
「おー、日本人じゃないの、よくきたなー命がけで、まーまーこれ飲んでよ。」
ぼくら五人全員にミネラルウォーターを・・・
「わたしゾマホン、知ってる?何しにきたの、ふんふん、そうなの、いやー
それにしてもよくきたなー、そうそう、いいとこなんだよ、ベナンは・・・」
「大統領には会ったの?ふんふん、外務大臣に?そうなの。今からね、テレビ
朝日の番組つくるの、スタッフをお出迎えするよ。ベナンはまだ水がちゃんとして
ないとこあるから、水きれいにする機械を持ってきてくれるよ。」
「ゾマホンはねー、この国を良くしたいんだよ。だから三時間くらいしか寝ないよ。
そうそう、でもねーほんとよくきたよ、ありがとう、うんうん、じゃーいくね・・・」
マシンガントーク。そんな物騒な表現は失礼かな・・。
エネルギーに満ちていてかつ誠実。ぼくらにも敬意を払い、お礼までされてしまった。
彼がいるから辛うじて知ることができた情報も少なくない。そういえば渡航前に本屋
で、いろいろなガイドブックなんてチェックして、ベナンて日本からの観光客はゼロ
だからあるわけなかった・・・りして。確かに不安を抱いていました。黄熱病の注射も、
マラリヤの飲み薬も、それはいただけるだけで感謝なのはもちろんだけど、あまり
気持ちよいものではありませんでした。やはりそこらへんのことを思い出すと、ゾマ
ホンさんに「よくきたなー。」って言われて嬉しかったです。こちらこそありがとう!
昨日会ったJICAの方たちもそうだけど、実は結構な数の日本人がこちらに暮らし、
様々な支援や協力を行っていることを知りました。60人とか70人とか。ぼくらは
ほんの何日か学校やテニスクラブを訪問しただけで、まだこの国について深い知
識はありません。ただただ、コーディネーターのソトーさん、通訳のアジャホ、ファン
キーなドライバーのコフィー、とどめのゾマホンさん、と人懐っこい優しい人柄の印象
が強く残っています。心配していた食事も、パスタにライス、パンなどの主食に、肉や
魚とトマトベースの美味しいソース。アグゥとかウォとか呼ばれていた餅のようなプリ
ンのようなものにかけても美味しい。きっと日本人の口に合うメニューが豊富な店を
紹介くださっていたのだろう。とても美味しく頂きました。
子供たちも笑顔、大人も優しい、食べるものも美味しい、なんだか温かなムードの
国でした。ちょっと遠いけど・・・また来たいと思いました・・・
大ちゃんへ
今日はベドコ中学のみんな。
いきなり体育教師の号令で整列したかと思えば、コートのラインに沿ってランニング。
しばらくすると股関節のダイナミックストレッチ、スクワットなどのトレーニング。
体幹のストレッチからやがてパールシュボッターナーサナへ。
完璧なウォームアップに息を呑んだ。
パールシュボッターナーサナ。
パールシュバ「側面」、ウトゥ「強い」、ターナ「伸ばす」、アーサナ「ポーズ」の意味。
僕がレッスン前に行うストレッチにもヨガのポーズが随所に登場するが,
遠くベナンの地でみごとにコーディネイトされたヨガのアーサナを目にするとは!
思わず一緒になってウォームアップチームに参加させてもらった。
まずはみんなで身体を動かす。
それだね!
えいっ!
大ちゃんへ
二日目の午後は、午前中訪れたアクパクパ小学校のインストラクターに、
テニスレッスンの為のレクチャーを申し入れた。
ボランティアで毎日指導する、ジャンとクリスチャンの二人。自身のテニスの
腕もさることながら、指導している生徒がジュニアのベナンチャンピオンに輝
くなど、レッスンの方もかなりのものである。
にも拘らずこちらも、西アフリカにテニスの文化を根付かせねば、と鼻息荒く
「初心者からトーナメントプレーヤーまでの道筋」なる指導マニュアルをアジャ
ホに仏訳してもらい、一時間以上にわたり講義した後、いろいろとディスカッシ
ョンした。
当ったり前のことも尤もらしく話させてもらい、真剣に聞いてくれた二人に感謝
である。そして熱く訳してくれたアジャホ(真ん中のダンディーなブルーのタイ
の青年)、日本からのメンバー四人の皆様、ありがとうございました!
ほんとにアジャホは熱く通訳してくれる。彼が話すことで僕の言葉が輝いていく
ように思えた。



























