アヒムサー
アヒムサー・・・非暴力・・・。
今日の僕はヒムサー。 物にあたり、大声上げる・・・。
もともと、心に浮かぶ否定的想念に対してまで及ぶ壮大なスケールの
アヒムサー。自分のことを共に記すことの愚かなこと・・・。さてさて、そ
んな自分を認めて、また一から出直しますか!過ちといえば過ち。正
直といえばいえなくもない。いや、そんな判断、評価など不要だ。今の
気持ちにどれだけ幸福を感じているのか。ゆっくり耳を澄ますんだ。こ
のままがいいのか、よくないのか。自分の力でやってるつもりのあれや
これやが、一歩退いた俯瞰で見ると周りのお陰なのか、と空気の中へ
溶けてゆく。大いなる満足の中でうごめく暴力的思考。絶対の安全地
帯で行うサバイバルゲーム。絶対という幻想に気づき、とたんに緊張
が走る。周りに届けたいのは、この緊張ではなく穏やかな安堵。豪雨
の後の水溜りを見ながら、長い呼吸をしてみようか・・・・・。
1983春
何か物音が聞こえる。数学Ⅱの授業中だというのに。
どうやら隣の席の男らしい。どことなく柔らかなワイシャツの着こなし。
いやワイシャツではない、よく見ると色が違う。僕らの着ているポリエス
テル素材ではなく綿の風合が覗える。その袖口から細いコード、その先
にイヤホンが。音楽を聴いているのか・・・、いや膝の上にはキーボード
が、よく見ると演奏しているではないか・・・!驚いた。授業中にシンセサ
イザーを使って作曲しているとは。男の名は沢木、今まであまり話した
ことはなかったが、あまりの驚愕で興奮していたのか、矢継ぎ早に質問
攻め、自己紹介、音楽の遍歴と、すっかり打ち解けてしまった。
平日夜10時からのFMサウンドストリートのファンであること。中でも火
曜の坂本龍一は欠かさずエアチェックしていた。水曜の渋谷陽一や月
曜の佐野元春で社会勉強して、火曜のシブリク(渋いリクエスト特集)
やデモテープ特集に胸を躍らせていた。いつしか彼特有の変拍子的
つっかえトークが癖になり、なんとも言えない愛着が生まれていった。
学校の成績は下落の一途を辿り、親には不条理そのものの反抗期ト
ークを浴びせていた。そんな14歳男子にとって唯一のユートピアが、
火曜の夜だったのだ。そして今日、音楽の話で盛り上がれる朋友を見
つけてしまった。このことをきっかけに、憂鬱な日々が輝ける日々に一
変してしまったのだ。ありがとう・・・ ・・・ ・・・
1993夏
僕は今、大井町駅近くの古着屋にいる。
特に洋服が欲しいわけでもなく、このお店に魅力を感じたわけでもない。
あと15分で終わってしまう昼休みを、どうにかして充実させたくて、何を
していいか分からなくなり、心のざわつきを治めるために、注目する対象
が必要だっただけだ。ラングラーのジーンズの、とても深いネイビーに魅
かれた。2800円。この際値段などどうでもよかった。物を買うことで所持
金を失う。と同時に気の迷いを覆い隠すことができる。その効力が長続き
しないこともよく心得ていた。この仕事をやめてしまいたいだけなのだから。
大学で美術を専攻したから、広告関係の仕事を。
かと言ってこれといった得意のない自分が、すぐに何か形になるものを残
せるとしたら・・・・・・。広告写真のスタジオでアシスタントの仕事を始めた。
アシスタント二人と社長がカメラマンという小さなスタジオだったが、写真の
知識に乏しい僕に、親切に教えてくれる先輩のGさん。カメラマンのKさんは
大のテニス好きで、サンプラスやマイケル=チャンの話で盛り上がった。深
夜に及ぶ残業こそきつかったけれど、確かな技術を持ったKさんと、親切な
がらあまりべたべたとは付き合わないタイプのGさんは、ある意味理想のパ
ートナーであった。では何故・・・。簡単だ。僕はカメラマンになりたいわけで
はなかった。ちょっと写真なんていいかも・・・二人の写真に対する姿勢はと
ても情熱的で時に感傷的、そんなしっかりと進むべき道をもっている二人は、
ふわふわと地に足の着かない僕のジレンマを浮き彫りにした。
徹夜が続いた7月、内臓に異変を感じ病院へ行った。次の日に社長に退職
の意思を告げた。
「いいんですよ 気にしないで」 Gさんは僕がいずれ辞めることを知っていた。
僕は晴れて無職となった・・・!
アヌローマヴィローマ
今日はラッキーでした。
アヌローマヴィローマ、左右の鼻腔を使った調気呼吸法
で、次第に心が落ち着いていきました。
何故焦って速い呼吸に?そんなこと、決まっているでは
ありませんか。このぽっかりと空いた、自由に使える一時
間の有効な使い方が、どうしても分からなかったからです
よ・・・。だいたい、ぽっかりと空く、などという発想がナンセ
ンスでした。仕事、家事、育児、移動、食事、睡眠など以外
の時間だけがぽっかりとした時間だなんて、誰が決めたの
でしょうか。他でもない、自分の意識・・・とほほ・・・。その
限られた時間を、めい一杯充実させよう!なんと前向きで
健気、そして間が抜けていて貧弱な思考だったのでしょう。
~一文無しというのは、スカーンと晴れた青空のようなもの
で、それ以上でもなければ、それ以下でもない。前の日に
身ぐるみはがれたとか、ヤバイ目にあいそうになったとかい
うショックはまるでなかった。金がないという現実が、ほかの
余計な感情をきれいさっぱり洗い流していた。~「怪しいシン
ドバッド」~高野秀行
本来無一文。誰にでも時間は平等に与えられていたはずな
のに、いつの間にか自分を縛るスパルタ教師に仕立て上げ
てしまうなんて・・・。インド旅行中に詐欺にあい、全財産を失
ってしまった高野さんのように、スカーンとしたいだけなので
す。アヌローマビローマで、ちょっと気持ちよくなれたことが、
この上なく幸せで、安らかな心を持つことができました。めっ
たにそうはいかないということもあって、今日も”ですます”
調になってるのです・・・!
ターダアサナ2
ただそこに立って何が起こるかを観察する。
山のように威風堂堂、とはなかなかいかず、ふわふわしたり、
ぐらぐらしたり、静の中に動を感じる、たっぷりの空気を感じる。
「ソーハム」「So’ham」~我は彼なり~
彼とは、あらゆる存在の聖なる源。超越神。
そんな力強いマントラが頭をかすめ、「我は我かな」と一歩後退。
あるがままを感じる。そのことに興味をもち続ける。
今年の夏に母の故郷を訪れた。
白い軽トラックがのんびり走る島。穏やかな瀬戸内海に包まれている。
ただここにいる。僕はそこにいた。
悲しんだ後に少し落ち着いた。海岸線をボートがすーっと。
僕らはまだまだ陸づたいにいく。潮の香りの風にあたってひんやり。
歩くことの良さを知った。つまりは、ただここにい続ける、そのことに
幸せを感じることができた。
大崎上島~下島~豊島へ。豊島のフェリー乗り場の駐車場で、Tシ
ャツを着替えた。全身に陽光を浴びて裸になると、肌に刺さる感覚が
心地よい。夏の太陽にやられてしまう快感は、今ここにいる僕らの特
権だ。体に悪いんじゃない?なんて賢い大人は存在しない。
そうしたいから、そうする。きっとそれだけではどこにも行けない。でも
ここにい続けてもいいって誰かが言ってくれたなら・・・。
今は職場の近くを歩いている。
頭の周りを、夏の蚊がぷんぷん飛び廻るかのような苛立たしさ。職場
で交わす会話は自慢と自虐を行ったりきたり。好きですけど・・・。
自由に使える一時間を、そわそわしながら時計と睨めっこ。
こんな日常すら愛することができるかな。
はたして僕はここにい続けてよいのでしょうか。
「ソーハム」~我は彼なり~
何て堂々たるマントラ。
必死に我にしがみついて、静けさの中、そわそわしたり。
遠く及ばない僕をも、そこへ連れて行ってくれそうなほど、力強くそこに
あるのです・・・・!
サントーシャ
サントーシャ ~知足~足るを知るということ。
ヨガの考え方には、普段何気なく考えている思索や思想のようなものを、
ズバリ言葉にして言い切ってしまう強さがある。
「”知足”の結果として、人は無上の喜びを得る。ここでわれわれは、知足
と満足の違いを理解しておかねばならない。知足とは、幸福を求めて外界
に赴くことなく、ただ’あるがまま’であることである。もし何かが来るなら来
るがままにさせる、来なければ来ないでそれも良し--。知足とは、’好悪’の
ないことである。」
ってことでいうと、思いっきり求めて赴いてばかりいる。今日も海へ、街へ
赴いては、ささやかな満足に浸っていたのだ・・・。まあまあ、焦らずいきま
しょうよ。
横浜の街には、欧州への憧れと、歴史の足跡、港特有のいいかげんさ
と、すがすがしい風の馨りがある。
山下公園では十数人のアーティストを招いて、国際アートフェスタなるも
のが催されていた。白いテントで囲まれた真ん中は、行き場を失った風船
達が互いに絡まっている。各テントに待ち受けるアーティスト本人は、直接
作品について解説して下さるとか。そんなアートに興味がないわけでもない
が、やはり今日、たった今、何を美しいと感じるのかといえば、港をいく貨物
船の音、アスファルトを照らす光、橋の中央からビルの隙間にぬける風、セ
ンスよく着飾った観光客の表情。作業着姿の工事の人。
やはり満足は、自分の身体の周りをきめ細かく包み込む空気の先に見えた。
こうなると最早数多ある呼吸法は、あえて意識せず。「お腹からー、胸からー、
鎖骨からー」の声を聞かずとも、体の隅々まで取り入れた空気が、ゆっくりと
エネルギー(プラーナ)に変化してゆく。
さーて、そろそろクラブに戻って、小学生クラスと格闘して、更なるプラーナ
で満たしますか!
知足? まだまだ、先は長いようだ・・・。
ターダアサナ
ターダアサナ=サマスティティ(しっかりと山のように立つポーズ)。
体育の時間のきをつけのように、ただ真っ直ぐに立つ。「揺るぎない
偉容でそびえる山のごとく、すっくと立つことが求められる。」
「それでは宿題でーす。毎日10分間ターダアサナをして、感じたこ
とをレポートしてください。」
ただ真っ直ぐ立つことが、これほど難しいこととは・・・1週間続けた
くらいでは上達?のようなものは実感できなかった。けれど毎日安定
的に起きる状況の変化を感じながら、この10分間を楽しんだ。強く印
象に残ることは、いかに自分が目まぐるしく動く存在であるかと気づい
たことだ。
はじめは自分のバランスを探って、前後左右に動きながら中心を探
す。体の中心に集めたバランスを下に沈めて、どっしりと安定したとこ
ろから頭頂(サハスラーラ)に向かって引き上げてゆく。例えば太陽礼
拝などの簡単な運動の後は、べったりと足裏が安定する。真っ直ぐに
立っていると感じられると気分がとても良い。
途中で必ず腰の位置が旋回を始める時間帯がやってくる。
その動きに身を任せると、どんどんエスカレート。やがてまた
バランスが整っていき、中心に向かって集められていく。すくっ
と立って止まっているつもりの自分は、随分激しく動いていた。
動いているといえば・・・”呼吸!”静かに立ち続けていると、自
分の呼吸が、心拍が確実に意識されていく。こんな時に感じる
呼吸のなだらかな起伏、瑞々しく澄んだ空気の美味しさ。これが
運動の原点なのかな・・・そんな静かな感動が沸々とわいてくる。
「探す~集める~動きだす~静める~呼吸を味わいほっとした」
こんな毎日のターダアサナ。ついつい雑多なあれこれを、背負い
こんで歩く僕にとって、荷物の浄化になるかな・・・?
海
またしても海。今日はどこか焦る気持ちを隠すかのように
「どこいくの?」 「ん、海のほうかな」 なんて曖昧に返した。
砂浜に着くと物凄い風。パーカーのフードがバシャバシャ音
をたてるので、すっぽり頭にかぶせてジップアップ。勇敢な
探検家3人の出来上がり。おっと巨大な象が出現、気をつけ
て近付くのだ。砂を積み上げたにしてはかなりの大きさのア
フリカゾウが、波打ち際にうつ伏せてうたた寝。「これ、象さん
なんだよ。わかるかな?」修学旅行風情の女学生が息子たち
に自然に話しかける。「へー、あ本当だー耳だよねこれ、ここ」
「しっぽもくるんとなってる」 「上手だねー」 「でかーっ」その
うち衝動的にアタックをしかけ崩しにかかる。「まてまて、折角
造ってあるんだから簡単に壊すなよ」無用の良識で仕切る大
人1名。そうか、もうすぐ潮が満ちて崩れてしまうんだよな・・・。
綺麗に作ってそして事も無げに壊す。これこそ現代の建造物
だし人の生活そのものではないか。そして僕らが壊さなくとも
・・・・・・自然が飲み込んでくれるのだ。「えーい、やっちゃおう」
「よーし飛び乗れーい」 「なかなか手強いぜー」 「わーい高
い高ーい」 「ぜんぜん崩れないねー」 海に任せるとするか。
「わー、きれい・・・」 海の向こう側には到底崩れないであろう
塊が悠然とそびえていた・・・。














