原田コーチのブログ -15ページ目

1979春

 小学3年と4年の間の春休み、家族で伊豆に旅行した。


青木の父さんは沼津に実家があって、沼津、御殿場、箱根、


ちょっと外れて伊豆などによく連れて行ってくれた。今いるの


は伊豆高原、何ということもない小山が、枯野から草が芽吹


いて黄緑色に塗られていく。



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そんな黄緑をこげ茶で塗りつぶしていく作業。ソリにして滑り


下りていくダンボールは、家から持ってきている。所々に散り


ばめられた芝の上を狙って、加速することを期待しながら滑


降開始。かなりの急斜面でも、尻を着いている安心感のせい


か、まったく怖さはない。頭にタオルを巻いてシルバーのジャ


ンパー姿の父さんも、トレーナーにダウンベストの僕も意気


揚々、「とぅりゃー」「そりゃー」と直滑降。時々でこぼこ、時々


でか石、つまずいて転倒、これが面白くてやめられない。


 枯れて乾燥した芝と瑞々しい雑草の緑。ジーンズとダウン


ベストはカーペットクリーナーのごとく草たちをコレクション。


遠く見守る母親は、汚し放題の僕らを寧ろ喜んでいた・・・・。



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 僕が4歳の夏に母子家庭になると、腕白盛りの時期に父親


がいないことを「内気で軟弱な男の子になってしまうのではな


いか」と、ことの他気にしていた。食事の時には「なるべく沢山


食べなさい」「そんなに入らないよ」「つべこべ言わずに食べれ


るだけ食べなさい」「わかったからもう言わないで」・・・休みの


日には「どこに行きたい?」・・・この場合の行き先は、天気が


好ければ絶対に屋外、それもなるべく野山の近く。例えば「遊


園地に行きたい」となっても、読売ランドとかではなく富士急ハ


イランドで決まり。雨が降れば屋内のスポーツ、卓球、バドミント


ン、プール。途中で雨が止んだと思ったら、いつの間にかフィー


ルドアスレチックに連れて行かれた。



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 特にアスリートというわけでもない普通の主婦だった母が、全て


の競技を僕に指導し、対戦相手を務めた。小学校にあがる前には、


青木の父さんと再婚。巨人ファンの父さんは、僕に野球を教えて


対戦相手も交代してくれた。小2の春から少年野球のチームに加


わり、野球漬けの毎日。ユニフォームがあまり汚れていないと、「今


日はあまり練習しなかったの?」と不思議な顔をされた。



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 そして今日は、冷んやりと乾燥した空気が太陽の光を一層際立た


せる、雲ひとつない晴天のもと、絵に描いたようなアウトドア親子が、


芝塗れになって遊んでいる。僕は思った。今日の僕は完璧だ。母が


望むやんちゃな息子、父が出したアイデアに前向きに同意する素直


な息子、の両役を完全に演じきった。


 自己満足に浸る僕は、ホンダシビックの後部シートを独占している。


仰向けに星を見上げながらの帰路の記憶は、西湘バイパスからただ


の134に変わる辺りで、すっかり夢の中に溶けてしまっていた・・・。



1988秋

 時間  (わたしのもつ時間の感覚について少し)


何かを見つけると  


うれしくて どんどん積み上げてしまう


病に冒されるように


大きく重く積み上げる



過去が生まれた



積み上げたものを捨てなければ


それには技術が必要だ


技術 技術


実は他人(ヒト)から聞いた言葉なのだ


技術



積み上げたものを捨てない人がいる


他人のことは知らねえよ


捨てる瞬間だけが今なのに


他人から聞いたこの言葉も


積み上げてしまえば



過去が生まれる



今度の過去は 今に近い


そのぶん色気を感じる


いやらしい色気だ



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”時間”というタイトルだから、というわけでもなく、


過去、今、などという言葉を使ってしまいました。


少し恥ずかしいです。「色気を感じる」部分では、


自分の持ついやらしさを感じました。言葉を連ね


ていく時いつも感じるものです。


 

~うん、よく解説して下さって、よく判りました。


ありがとう。この‘恥かしさ‘って大切なんだよな。


サンキュー               吉増剛造



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 大学一年の時の言語表現の授業。課題に提出


した何ともいえないもんもんとした詩のようなもの


に、吉増先生がコメントをくれた。不埒なモラトリア


ム青年の呟き一つ一つに、とっても誠実に向き合


ってくださった先生のコメント。授業中の表情や言


葉の選び方、歩き方に至る仕種の全てが優しい愛


に満ちていた。こちらこそ・・・サンキュー!


1992春

 凍てつく寒さが少しずつ和らいで、気の早い梅の花が彩づき始めた。


3月に入ってやっとテニスコートの整備が落ち着いた。八王子市の山間


のキャンバスにあるクレーコート(土のコート)は、冬の間霜が降りてしま


い使い物にならない。荒木田といわれる土を混ぜながら、手引きのローラ


ーで均していく作業が約二週間。最後に石灰を水に溶いて、ロープに沿っ


て刷毛でラインを作っていく。今日、テニス部のコート3面が出来上がった。


 出来たてのコートで意気揚々、フォアハンドだのバックハンドだの、トップ


スピンにアンダースピン、フラットサーブもスマッシュも、今日ばかりはどし


どし決まってしまう気がする。



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 2年生の殿下とゲームをしてもらった。殿下(デンカ)はニックネーム、大


の伊達公子フリークだ。ラケットもヨネックス、速いテンポのクロスのストロ


ークも師匠譲り。因みにテニス部4年にも師匠(ニックネーム)がいるが、こ


の場合は伊達さんを指す。僕の師匠はマイケル=チャン。89年にローラン


ギャロス(全仏オープン)を制したビデオを穴の開くほど熟視した。印象深い


のは彼の表情だ。自分のやれるだけのことを全部やる。一点の曇りもない


精悍な面持ちで、当時のトッププレーヤーであるレンドルやエドバーグを手


玉にとっていく。190センチ近い彼らに対してチャンは170センチちょっと。


明らかにハンデを背負っているかに見えるが、彼の顔にはそんな言い訳を


許さない潔さ、不遜さ、無謀さ、勝つ可能性を確信できる知性の全てが備え


られている。彼の表情を真似ることで平静さを保ち、殿下に勝利した。



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 テニスの後には簡単な打ち上げがあり、僕も殿下も泥酔。何の計画性もな


いまま部室で毛布に包まって寝ていた。きっと今は真夜中、窓からは小さな


星の輝きと風に揺れる森の様子が窺える。土の香りのする毛布をもう一枚重


ねて、贅沢な時間はゆっくりと凪がれていた・・・。


1975春

 幼稚園の年長組、4月生まれの僕は誰よりも背が高い。


誰よりも・・は大袈裟だが大概のことは他の子達より先に


できる筈であった。しかしことバランスをとる種目に限って


はあまり得意でなく、自転車の補助輪を取るタイミングは


同級生の中で遅いほうになってしまった。



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 「母さん、みんな乗れるんだよ、補助なし」


ということで早速トレーニングが始まった。


「絶対持っててね、離さないでよ」肩に力の入った僕は呼


吸も急ピッチ。初めは応援に駆けつけていた、2級上のカ


ズ君も同級生のミキちゃんも、僕と母の緊迫した雰囲気


に耐え兼ねて退散していた。補助なしの自転車にまたが


って。


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 「大丈夫大丈夫、離してないから、乗れてるよ」実は母


の手は後部荷台から離れていた。僕はちらっと後ろを伺


う。「何で離すんだよ、怖いよ」情けない状況ながら威嚇


するような口調。何度も何度もそんなやりとりを繰り返し


た。やがてアンバランスな心が、静かに波の揺れを感じ


るまでに平静を取り戻していく。


 「大丈夫、乗れてるよ」「乗れてる、大丈夫、ちょっと離


していいよ」できる・・という感覚は一度掴んでしまえば、


あとは復習を繰り返すだけ。次の日には3人で隣町の


公園まで遠征した。その日の夕飯の時、何度も何度も


母に自慢した。「すごいでしょ」 「すごいわねぇ」・・・



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 「ありがとう」

チェロとピアノ2

 恋は盲目。


一方的な片思いで、妄想に満ちた海を自由に泳ぎ回る。


この時ばかりは、自分の想像力も捨てたものではないと


感心する。


シェリル=クロウが唄う~死ぬ前にちょっと楽しみたいだ


けよ~なんて詩が、何だかとても切実で純粋に聞こえる。


そして・・・



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先日、チェロに詳しい友人がそっと教えてくれた。


そうか、こんなに身近にチェロの名手がいたんだ・・・。


僕はチェロの一音は、弓を往復させることで半永久的にズ


ーンと伸ばすことが可能だと思っていた。しかし実際は弓を


一本分弾き切り、復路に折り返す時に次の一音の始まりと


なる間が生まれるらしいのだ。その間の扱いはやはり技量


に左右されるとのこと。うーむ彼の解説で憧れはグイグイ深


まっていく。一目惚れの時の誤解が解けて、リアルな情報に


耳を欹てる。



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その次は和音のこと。チェロのネックはギターなどと違って


丸いカーブがあり、そのお陰で一本の弦だけに弓を接触さ


せることができる。そうか、丸いんだから二点に接触させる


ことも可能だよね。彼によると、3音4音の和音の演奏はタ


イミングをずらせて弾くらしい。なるほどピアノにもそんなや


り方があるが、その気になればいつでも両手の指分同時に


バーンとやることができる。それに対してチェロの和音演奏


の慎ましいこと・・・。また勝手に妄想していく・・・。


憧れるというこはかくも盲目的。


「今度是非一曲お願いします・・・」



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2009春

 大学テニス部の同志が結婚した。


新婦が読んだ母への手紙・・・


「母はいつも公園について来てくれた。子供たち誰もが母のことを


知っていた。失敗すると分かっていても途中で手を貸すことは決し


てなかった。~言ってくれればいいのに~当時の私は母に抗議し


た。大人になってやっとその意味を知った。こんな風に育ててくれ


た母さんを決して裏切ることはできない。小さな嘘もつけないくらい


の不器用さも、そんな母への感謝から生まれたものと、今では自分


の個性として自信を持って認めています・・・・」



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結婚式に参加して嬉しいのは、真剣な思考に触れられること。



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僕の座るテニス部OBテーブルにもそんな空気が波及した。


先輩で”師匠”の愛称で親しまれているYさんの話・・・


「こないだからサーフィンにはまってるんだけど、そのきっかけになっ


た逗子の友達が家を新築したんだよ。で入り口近くに大きな白い壁


があってさぁ、ここに絵かなんか架けたいんだよね、なんて相談され


たのよ。で描こうか、何て軽く引き受けてさぁ、どんなのがいいのって


聞いたらコートダジュールの景色なんていいねぇ、てなことになって


行っちゃったよ、南仏、マントンって町が最高でさぁ・・・」


僕には師匠が最高だ。



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「でもさぁ、完成してないんだよなぁそれが・・・いまでは重荷になっちゃ


ってて・・・。」


「師匠!今年また行って描き上げちゃったらいいじゃないですか。どこ


でしたっけ、そうそうマントン」


無責任な直球勝負。


「いいねえ、そうか!そうしよう!」


どうやら師匠は喜んでくれている。何を言っても純粋なコットン製の心


で吸収してしまう。やはり師匠は流石だったのだ・・・!


結婚式は楽しい。

間違ってはいけない~成功と失敗2~

 間違ってはいけない。


テレビではフィギアスケート。3回転2回転2回転、クルクル回りながらジャンプ。



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人間業とは思えない。そうかと思えば足上げのシークエンス、ダンスしながらまた


クルクル。おっと転んで尻餅をついてしまった・・・。


 「いやーまさかの転倒でしたねぇ」


それは途轍もない時間をこの練習に割いた選手への賞賛の言葉。しかしジャンプ


を失敗した選手は唇を噛みながら、不甲斐ない演技でしたとインタビューに答えた。


何回も繰り返し努力した結果がたまたま失敗に終わった。その選手はまた自分の


演技のために練習に向かう。彼の表情は、今にも練習場に直行しそうなほど緊迫し


ながらも前向きだ。たった一度の成功のために何回のジャンプが繰り返されてきた


のだろう。そのことを思うと、ジャンプの失敗にも成功にも同じくらい感動してしまう。


しかし選手は間違ってはいけない。この瞬間に、オリンピックやワールドカップ、メダ


ルの色や子どもの頃からの夢、すべてがぎっしり詰まっているのだ。



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 だから僕は見間違ってはいけない。一人の人間が高められる技術のすべて。指


先の動き、表情の変化、華やかな衣装。トリプルトゥループの後,手が氷面に触れる


と何点減点なのか、何てことにはまるで無関係に、ジャンプが成功であっても失敗


であっても、その演技のすべてを受け取りたい。そういう意味で間違わないことは、


大切な気がするのです。



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チェロとピアノ

 チェロの音色に久し振りに触れた。


ピアノには比較的親しみがあって、時々ぽろぽろやったりするけど、


今までチェロに触れたことは一度もない。チェロを一度弾いた響き


は永く、表情を変える様やその音の厚みに憧れてしまう。


 例えばスポーツに例えると、野球や卓球でボールを打つ行為は


ピアノ的。打ったボールに何か手を加えることは難しい。カーリング


はシャカシャカ掃いたりしているので、ほんのり手を加えている感じ


だ。そういえばピアノにもサスティンペダルでビヤーンと響きを増幅


したりする。しかし車の運転やマラソンにおける加速にあたる、音量


の増強はできないのだ。つまりこれらがチェロに近い種目といえる。


先日ラジオでマツモトアスカというピアニストが、やはり音を伸ばす


楽器に憧れますなんて話した後で、ピアニカの生演奏を披露した。


流石に聞き惚れてしまう響きがカーステレオからも感じられ、胸を


熱くした。しかし話を戻すと、ピアニカの一音は息を吐く行為の限


界と共に終了し、弦を行って帰ってと往復させるチェロには敵わな


いのだ。



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 僕は今まで20年以上テニスに明け暮れ、取り返しのつかない


一打一打を繰り返してきた。それがここ数年はヨガの考え方に強


く魅かれて、太陽と月、呼気と吸気、自分と宇宙など永いつながり


を意識するようになった。これも自然にチェロ的なものにピアノ的な


自分が憧れを抱いたからなのか・・。


 重厚でいて暖かく、ソリッドな手触りもバイオリンほど鋭利でなく、


動きの中で変化を楽しめて、充足感に満ちた一つの響き。そんな


風に生きられたら・・。でも僕はまだまだピアノ的、。何度も何度も


音を出しては、何度も何度も終わり続ける。



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 いつかチェロの名手と出会い「一曲ご一緒しませんか」なんて


お誘いを受けて、必死に伴奏の練習をする自分を想像してみる。


一音一音丁寧に、優しく強く柔らかく、そして時にはテキトーに。


チェロに唯一欠けている、和音の響きを準備して。


 そんなデュエットが実現する日を夢見て、目の前の一音に向


かいます・・・。







1984秋

 青山通り、ベルコモンズのビルの最上段に、坂本龍一とラフカディオハラ


(確かそんな名前の方だったと・・・)が共にヌードで立っている看板があった。


通りを歩く人全員がファッションモデルで、246は外車だけが通行可能かと見


紛う程に異国情緒が感じられる。これが東京か・・・。受験する高校を探して都


内を散策。ハーゲンダッツでアイスクリームを頬張る姿がガラスに映る。こん


な都会で大丈夫かなと自信なさ気な中3の自分。中高一貫の私立中学卒業後、


他の高校に移るのは僕ともう一人だけ。いわゆる落ちこぼれなのだが、クラス


メイトが学校で授業を受けている時に外苑前や表参道を歩いている自分は、勇


敢な探検家のごとき心持だ。これから起こりうる困難な人生というものに、真っ


向から立ち向かう一歩を歩み始めているのだから、空腹はいけないとばかりに、


今度はシェいキーズに入ってピザとポテト。所持金を叩いて一層心細くなった


のか、足早に帰路についた。



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 このような小旅行を繰り返すうちに、なぜか今の自分の状況は到底クラスメ


イトには理解不能と思い込むようになった。都内で3校、神奈川で2校見に行


った。勇猛果敢な探検家は唯我独尊、孤独を愛するものだと自分に言い聞か


せたこともあって、僕が別の高校を受験することは誰にも話さなかった。そろ


そろ12月、冷たい風の日に、トキワマンサクが咲こうとしていた・・・。



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夕陽を追いかけろ

 子供二人のスイミングクラスが、4時ジャストに終わる。


日没まであと40分といったところか。今まさに黄金の夕


陽になりかかっていて、雲の合間から大きなまん丸がゆ


らゆら浮いている。「大きいな、太陽。大きいね、夕陽」


何であんなに大きいんだろう。「多分この太陽は近くに


あるんでしょ」長男が分析。「そうだよ、そうにきまってる」


次男は調子を合わせる天才。僕はというと気も漫ろ、この


夕陽が沈む前に海岸に辿り着けるのか。一番近いルート


で腰越辺りから江ノ島が望めればいい。更に西に追いか


ければ10分くらいは楽しめるのでは・・・。



だいたいこういう時には、思うように車が進まなかったり、


子供がトイレだったり、心を静める努力が必要だ。・・・・


いや待てよ・・・・今正に目の前に広がる夕陽の景色に、


子供たちは感動してキャーキャー言っている。僕はたっ


た一つの拘りにとらわれて(夕陽=海で沈んでいく景色


が最高、のような・・・)辿り着けずにもんもんと・・・そうか、


またやってしまっていた。今目の前に広がっている景色を


楽しめずに、時間をかけて幻想を追う。目の前にある夕陽


が、とても純粋な光に溢れて輝いている。そのことを知っ


てこそ、海に着いた時の景色を見ることができるのだった。


ついつい忘れてとらわれて、二人の心に教わって、やっと


自分の歩み方を知る。



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それでも海まで来ましたよ。もうお陽さまはなし。仄かに赤


らむ空が暗いトーンへと移りゆく。寒い、寒い・・・・・・!