1975春 | 原田コーチのブログ

1975春

 幼稚園の年長組、4月生まれの僕は誰よりも背が高い。


誰よりも・・は大袈裟だが大概のことは他の子達より先に


できる筈であった。しかしことバランスをとる種目に限って


はあまり得意でなく、自転車の補助輪を取るタイミングは


同級生の中で遅いほうになってしまった。



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 「母さん、みんな乗れるんだよ、補助なし」


ということで早速トレーニングが始まった。


「絶対持っててね、離さないでよ」肩に力の入った僕は呼


吸も急ピッチ。初めは応援に駆けつけていた、2級上のカ


ズ君も同級生のミキちゃんも、僕と母の緊迫した雰囲気


に耐え兼ねて退散していた。補助なしの自転車にまたが


って。


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 「大丈夫大丈夫、離してないから、乗れてるよ」実は母


の手は後部荷台から離れていた。僕はちらっと後ろを伺


う。「何で離すんだよ、怖いよ」情けない状況ながら威嚇


するような口調。何度も何度もそんなやりとりを繰り返し


た。やがてアンバランスな心が、静かに波の揺れを感じ


るまでに平静を取り戻していく。


 「大丈夫、乗れてるよ」「乗れてる、大丈夫、ちょっと離


していいよ」できる・・という感覚は一度掴んでしまえば、


あとは復習を繰り返すだけ。次の日には3人で隣町の


公園まで遠征した。その日の夕飯の時、何度も何度も


母に自慢した。「すごいでしょ」 「すごいわねぇ」・・・



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 「ありがとう」