チェロとピアノ
チェロの音色に久し振りに触れた。
ピアノには比較的親しみがあって、時々ぽろぽろやったりするけど、
今までチェロに触れたことは一度もない。チェロを一度弾いた響き
は永く、表情を変える様やその音の厚みに憧れてしまう。
例えばスポーツに例えると、野球や卓球でボールを打つ行為は
ピアノ的。打ったボールに何か手を加えることは難しい。カーリング
はシャカシャカ掃いたりしているので、ほんのり手を加えている感じ
だ。そういえばピアノにもサスティンペダルでビヤーンと響きを増幅
したりする。しかし車の運転やマラソンにおける加速にあたる、音量
の増強はできないのだ。つまりこれらがチェロに近い種目といえる。
先日ラジオでマツモトアスカというピアニストが、やはり音を伸ばす
楽器に憧れますなんて話した後で、ピアニカの生演奏を披露した。
流石に聞き惚れてしまう響きがカーステレオからも感じられ、胸を
熱くした。しかし話を戻すと、ピアニカの一音は息を吐く行為の限
界と共に終了し、弦を行って帰ってと往復させるチェロには敵わな
いのだ。
僕は今まで20年以上テニスに明け暮れ、取り返しのつかない
一打一打を繰り返してきた。それがここ数年はヨガの考え方に強
く魅かれて、太陽と月、呼気と吸気、自分と宇宙など永いつながり
を意識するようになった。これも自然にチェロ的なものにピアノ的な
自分が憧れを抱いたからなのか・・。
重厚でいて暖かく、ソリッドな手触りもバイオリンほど鋭利でなく、
動きの中で変化を楽しめて、充足感に満ちた一つの響き。そんな
風に生きられたら・・。でも僕はまだまだピアノ的、。何度も何度も
音を出しては、何度も何度も終わり続ける。
いつかチェロの名手と出会い「一曲ご一緒しませんか」なんて
お誘いを受けて、必死に伴奏の練習をする自分を想像してみる。
一音一音丁寧に、優しく強く柔らかく、そして時にはテキトーに。
チェロに唯一欠けている、和音の響きを準備して。
そんなデュエットが実現する日を夢見て、目の前の一音に向
かいます・・・。

