原田コーチのブログ -14ページ目

シャヴァーサナ4

それはそうだよね。完全なリラックスで意識は身体から離れて、


空中から優しく眺めているかのよう。心のざわつきもなく、静か


に呼吸を楽しんでいる。すべてを手放すことのできた手のひら


が、瑞々しい新芽のように上向きに解放されていく。そんなシャ


ヴァーサナに至る過程を、一つ一つ丁寧に観ていきましょう。


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今日の僕はそんなリラックスからは程遠く、雑務と雑事に挟ま


れて呼吸する。妻と子と子とお腹の子と、みんなに挟まれてて


んやわんや・・・・しかし!



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なんだかいつもと調子が違う。心のヒムサー(暴力)よ何処へ。


何故かは分からないけれど、ぜんぜんいらいらしないではない


か。終日顔は緩みっぱなしの、でれでれと締りのない笑顔です。


きっと20年くらい経ってから振り返るなら、そんなに幸せならそ


うでしょうよって、半ば無関心な合いの手で答えるでしょう。でも


それが今起きているのだから、こんなに不思議なことはない。明


日明後日までにかたづけるべき事務仕事も、し忘れている友人へ


の伝言も、すべてが柔らかい微笑みで見守る。奇跡的に出会えた


心のシャヴァーサナ。明日の朝、目覚めと共にそれが幻想であっ


たことを知っても、この満足がまた来ることを夢見て、吸って吐い


てを始められる、ことにして今日は眠ってしまおう!



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シャヴァーサナ3

 陰ヨガクラスはシャヴァーサナのままマントラのチャンティング。



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いつもよりゆったりと自分の身体と対話する。先生が両肩と骨盤


の両側をゆっくりと押さえてくれる。それでやっと地面と繋がれる


かもしれない。鼻から入ってくる新しい栄養。アシュタンガヨガの


ケンさんは、最近の僕はベジタリアンでもフルタリアンでもなくプ


ラナタリアンだね、とおっしゃっていた。つまりは新鮮な空気を「い


ただきます」ってこと。ヨガの練習で見つけた一番のご馳走。普段


は雑食の僕でさえ、そんな心持になれるんです・・・!



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1979冬

 「卵になんかつけるなら食べなくていい。もう止めなさい」


「え、別にいいじゃん、こないだのすき焼きの時は卵おかわ


りしていいって言ってたじゃん」 「だめなものはだめです。


言うことが聞けないんなら食べでいいです」  何だか興奮


気味の母。どうして今日の鍋はポン酢で食べなきゃいけな


いのか、まったく意味が解らない。いやまったくとまではい


かないか。鱈の出汁がきいた白菜の鍋は、今だったら間違


いなくポン酢でいただくだろう。しかし相手は9歳男子、先日


のすき焼きに感動して是非同じ手法でいただきたくお願い


している。けれど願い叶わず、なくなくポン酢でいただいた。



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「あーおなかいっぱいだ」 


食べる前に妄想していた卵の味は、もう何処かに忘れ去ら


れてしまったかに思えたその時、母から信じ難い発言が・・


「いい出汁がでてるから、ご飯を入れておじやにしましょう。


最後に卵をとじると美味しいのよ」 「えっ、た卵・・・・・」


もう何が何だか分からない。あれ程厳しく禁じられたもの


が今は大歓迎を受けている。



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「ほーら、美味しいでしょ」 「う、うん・・・」


でも、ほんとに美味しかった。こういうことを、教育って言


うのかな。釈然としない顔のままの自分の言い分を、今


ならじっくり聞いてあげれるのになぁ。



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1976秋

 「Y君ちねー、すごいんだよ。3時のおやつがショ


ートケーキだったんだよ。あとねー、ほら僕達が試


験受けた国立の、あの学校に行ってて頭いいんだ


よ。虫とか草とか色々知っててさー、母さんドクダミ


って知ってる?」母さんはどことなく元気がなかった。


「はい、もうご飯が出来るわよ。早くかたずけなさい」


意気揚々と話し出したのに、かわされてしまった。す


こし後になって、受験のこと想いだしたのかななんて


思った。そうか、僕のことで母さんが元気なくなるって


ことあるのかな・・・。ぜんぜん違うかもしれないけど。



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 小中高大、進学の度に受験した。


小学校、国立大学の付属を受験したのだと思う。


今でも憶えているのは硬結び。白い紐をわたされ


て何度も何度も、得意になって結びまくった。あま


り沢山結んだせいかどうか、いくつか問題を読めず


に時間が来てしまった。同じ幼稚園から仲良しの3


人組み、共に仲良く失敗に終わりそれぞれ別の市


立小学校に行った。これといった挫折を味わうでも


なく、歩いて5分の学校はとても楽しかった。学校と


家の間に、ちょっと遊ぶのにお誂え向きの第一公園


があった。その公園の真前に住んでいるY君は、僕


より1歳年上。僕らが受験に失敗した学校に通って


いた。彼の悩みは、近所に学校の友達がいないこと。


早速僕は彼と遊ぶようになった。サッカー、バットベー


ス、鬼ごっこ。どちらかというとクールだった彼の表情


が、ゆっくりと前向きに変化していった。きっと元来明


るい性格なのだろう、何回かお互いの家を行き来して、


大声で笑い合える仲になった。



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 だからどちらでも良かったんだよ、試験なんて。必死


に勉強しても落ちたり受かったり、それ程努力しなくて


も受かったり落ちたり。そして今は共に楽しく遊んでい


る。今度Y君はヨーヨーを買ってもらえるらしい・・・!


シャヴァーサナ2

 「よかったです、シャヴァーサナになれて・・・」


何時だったかヨガのクラスの受講後に、先生に向かって発した


この言葉。その後ふと考えたのは、何故こんなことを言ったの


かということ。



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 クラスの始めに「自分がするのでなく、自分がそうなる」 「DO


ではなくてBEにいけたらいいですね」なんてお話があった。はた


して何にいけるかな。ヨガのクラスは行なっても受けても、最後は


ゆっくりな呼吸で気分好く落ち着ける。そしてつい嬉しくなって言っ


てしまった。シャヴァーサナになるということは、身体の強張りも緊


張も解けた状態。何かに捉われることなく拘りからも自由な心で、


澄みきった空気に触れているだけ。やがて意識は身体から離れて、


宙に浮いているかのよう。どーんと横になっている自分と、周りの


空間が混ざりあっている。ただそれだけで何も要らない・・・。



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シャヴァーサナ

 「はーい、それでは今日もシャヴァーサナから始めましょう。


上を向いて横になります。足をマットの幅に、両手の平を上に


向けて体から少し離します。鼻からのゆったりとした呼吸で。


全身をリラックス・・・」



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 なんて上手にリラックスなんてできない。最初のシャヴァー


サナはリセットの合図。アーサナ(ポーズ)の練習の最後にと


る、とっても充実したシャヴァーサナを楽しみに、今ある強張


りや軋み、こりなどを素直に受け止め、身体に意識を向けて


いく至福への序章。



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 重い荷物と仕事の時間。食事と食事の間に行うべき事項に


優先順位をつけて。上手に時間、使います・・・!



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 さあ、シャヴァーサナ・・・上手にリラックスなんて、しようと思


わないでくれ(自分よ)。くる時がくれば、しているに違いない、


リラックス。今はただただ、鼻から入ってくる瑞々しい空気を味


わって、期待に胸を躍らせる時間・・・。



1980夏

 もうすぐ夏休みが終わる8月の後半、夕焼けに集まる


赤とんぼの景色が、大切な時間の終末を彩る。小学生


の僕であっても、終わり行く季節に哀感を覚える。昨日、


横浜を発った僕ら少年野球のメンバーは、静岡県の朝


霧高原の小学校に来ている。広大な校庭の周りには同


じ色の野山が広がり、ひぐらしとつくつくぼうしが競演し


ている。対戦した現地の子供達はどこか違う国の言葉


を話しているよう。よく聞けばほとんど同じ言語なのに、


テンポがゆったりなため、そう聞こえたようだ。



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 この小学校には、9月になると何人くらいの子供が通


うのだろう。みんなゆっくり話すのかな。どんな先生が


教えてるのだろう。かわいい女の子はいるだろうか。少


しくすんだレンガ色の校舎を眺めながら、タッタとヒーと


僕がいる。コーチが遠く僕らを呼んでいる。さーて、今日


の夕ご飯はなにかな・・・!

コントロール

 先日、石川遼選手(ゴルフ)と菊池雄星選手(野球)がテレビで対談


していた。共に18歳、その眼差しは一点の曇りなく輝いている。


「そこに投げようとか、そこに行こうとかではなくて、そこに行く、でなけ


ればダメなんです。そこへ行く、なるスゥイングを身につけないと・・・」


(菊池)  「それって僕が父にいつも言われていることです・・」(石川)



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確かに、そこに行く、があるかないか、これがすべてだった気がする。


コントロールする。コントロールが難しい。コントロールできない・・・・。



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調子が悪くなると、自分の力でどうにかしたい。思い描いて、考えあぐ


ねて。自分がしたいこと、思い通りになんていく訳がない。もう一人の


自分は、ただ手厳しく批判するばかり。客観視なる良識を携えた解説


者。調子がいい時は、そう、ただそこに行くだけ。身体の周りの空気に


包まれて、ただそこに行くだけ。最早自力の域を超えて、親鸞聖人の


説く、他力の世界に吸い込まれていく・・・・。



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1975春

 「すごい雨だ~」


「オレ帰ろ~」 「私も~」


「・・・・・・・・」


みんなは一目散に家に逃げ帰った。


春先の突然の雷雨。1トントラックの荷台に上って5人で遊


んでいた。かなり地面からの高さがあって、みんなで協力


してやっと5人が無事荷台に。なのに・・・・!


僕は途方に暮れて間もなく、思いっきりの怒号を町内に響


かせて、力の限り泣いた。


ものすごく長く感じられた、誰かが助けてくれるまで。


空からは大粒で重たい雨、激しい風と相まって強いサウン


ドサラウンド。「たすけてくれー」



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誰だったのだろう、トラックの運ちゃんだったかな。


そこからの記憶は整理不能。よく憶えていないのだ。


とにかく長い時間の後、確かおじさんだったと思うのだけれ


ど、びしょびしょの少年を多分家まで連れて行ってくれたは


ず。ありがとうございました。記憶は飛んでベッドの中。こん


なに安心できる場所があるなんて、なんて自分は恵まれて


いるんだろう。外はまだ暴風雨。生温かい春の匂いが窓越


しに滲んでいた・・・。



1981冬

 「何だ、たいして描けてないじゃないか」


T先生は、暫く僕が写生するシクラメンの花を見て言った。


画面の真ん中に、申し訳なさそうに肩を窄めて咲いている


シクラメンは、僕の眼から見ても確かにたいしたものでは


なかった。



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 小学5年の図工。もう何故そうなったかは記憶にないが、


その日は担任のW先生がお休みで、隣のクラスのT先生


が代行で2クラス合同の授業となった。


 小学1年から通い始めた絵画教室、「長谷川デザイン


研究所」。ハセガワ先生はかつてプロを目指すほどの野


球選手だった。20歳の時に足の大怪我が原因で野球を


断念し、美術の大学に進んだ。デザインの仕事の合間に


子供のための絵画教室を開き、少年野球チームを監督


として主催した。もちろん僕も野球に参加して、多くの時


間を監督と共に過ごした。


GOOD

VERY GOOD

VERYVERY GOOD

VERYVERY GOOD 上

VERYVERY GOOD 特上


すべて赤い朱肉を使ってスタンプで評価が押された。スタ


ンプ横には赤サインペンでコメント。


「高校生顔負けの素晴らしい表現になった!」


「デザインに心が吹き込まれた」


「正確なデッサンに対して色が大人し過ぎた」


「このダイナミックな帆船は今にも動きだしそうだ!」


こんな評価をされれば、誰でもそうなるに違いない。僕は図


工が大の得意になった。担任のW先生も「上手いじゃないか」


の乗せ上手。そして・・・



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 今日はいつもとうって変わって緊張感のある図工。T先生の


コメントがぼそっぼそっと、辛辣、厳しい・・・


「何だ、たいして描けてないじゃないか」


僕の絵は、ただそこにあるシクラメンを説明しているだけ。花が


咲くエネルギーに歓喜するでもない。描き、立ち現れる造形に


新しい感動があるわけでもない。知らず知らず、上手な絵を描


くことに意識を奪われて、あの感動から遠ざかってしまっていた。



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 アドバイスは、そこに真剣な眼差しを伴った時に効果をあげる。


それからの僕は、上手な絵ではなく喜べる絵を描くことを決意し


た。小学5年の決意など、強風の中で左右に旋回するゲイラカ


イトが、真さかさまに脳天を地面に打ちつけるかのように、一瞬


で消えてしまいそうだ。でもいいじゃない。そう思ったのは確かな


事実なのだから・・・。


 上手な絵。


 上手なアーサナ(ヨガのポーズ)。


 上手なサーブ(テニス)。


未だ旋回を続けて、北よりの風に吹かれています・・・。