大ちゃんへの手紙
レッスン二日目、今日は学校への寄付で設営された立派な
ハードコート。ボランティアで来ている二十代のコーチもいる。
他の学校では考えられない、恵まれた環境の恩恵あってか、
とても統率のとれた生徒たちだった。昨日のパニックの後、い
ろいろ対策を考えて臨んだものの、まったく滞ることなくスムー
スにレッスンすることができた。ほっとしてちょっと肩透かし。
それにしてもこの目の輝き。すごいでしょ!
子供たちはどこの国でも、みんな良い顔してる・・・くらいには
おもっていたけど、こいつら、すごいパワーだよ!
ホテルに戻れば、ホテルマンがラケットとボールに興味をもっ
てくれて、思わずボレーボレー。コーディネーションに優れてい
るのは大人も同じで、すぐにラリーできるレベルになってしまっ
た。明らかにみんな高いポテンシャルをもっている。興奮してる
のがこちらにも伝わり、とてもハッピーになれた。
大ちゃんへの手紙
ベナンの子供たちにとって、テニスをするってことはとても
プレミアムなことらしい。それはそうだよ、国の中に5箇所し
かテニスコートがないんだから。パブリックパーク内のハー
ドコート2面、所々地割れして草が生えてきている。
こんにちわー!ボンジュール!アワヌカカ!
100人以上の小中学生が僕らを待ち受けてくれた。真紅の
Tシャツにキラキラの笑顔。最高の気分。
はーいボールを一つずつ持って!
ちがうちがう、カバンに入れて持って帰るなんていってない!
通訳は長身でハンサムのアジャホ。ソトーさんと一緒に生徒
たちを叱ってくれている。
おいおいラケットを勝手に振り回すな!やめなさい!
そんなに近くから打ったら危ないだろ、こら!ようするに僕ら
の事前の対策不足。日本の子供たちに、話して聞かせるの
とは訳がちがう。
終いには僕やシノさんなどコーチの姿が、生徒の群集に埋
もれて見えなくなってしまった。正に大パニック!いてっ、踏
むなよ、こら!
最後の数10分くらい、列をつくってストロークの練習ができ
た。ボールを打つことが楽しくてしょうがない、もっともっと!
やらせて、僕にも!またまた最高の子供たち。目が輝いてる
んだよね。色んなことを教わりました・・・。
大ちゃんへの手紙
やっと着きました。コトヌー国際空港。
辺りは熱気むんむん。眼鏡をかけた誠実そうなソトーさんが、
「JAPAN」の紙をもってお出迎え。とりあえず誰かいてくれて
よかった。
「トイレはこちらでーす。」
えっ、日本語話せるの。ソトーさんすごい。JICAの仕事で広
島に住んでいたとは。西アフリカ、ベナン共和国って随分遠
い印象だったけど、いざ降り立って現地の人と日本語で話
すと、とても親近感が湧いてきた。
車で20分くらい走ったんだけど、その走りはすごいよ。
併走しているバイクが三人乗りだろうと四人だろうと、グイ
グイ幅寄せして終いにはコツンとやってしまう。明らかに
こっちが悪いんだから、謝りたい衝動に駆られるね。
まあ事故もなく無事にホテルに運んでもらってラッキー。
疲れていたから夕食もとらずに寝てしまった。
江ノ電バス
駅までのバスに乗る。少しねじれた坂を下りきったところでバスは停車し、
突然車内が静まり返った。それまでワイワイ賑わっていたわけではない。
運転手がエンジンを切り、アイドリングの音が消えたせいで、小さな話し声
や雑多な音のそれぞれが、見事に吸い込まれてしまった。
環境に優しく!やがてブルッとエンジン音。目の前を歩行者が通り過ぎ
すぐに信号が変わるとゆっくりとリスタート。再起動のタイミングまで計算さ
れていた。善は微に入り細に入り(河合隼雄)ということか。
運転手はとても物腰が柔らかく、車内アナウンスも優しい語り口調だ。
環境に優しいだけでなく、人にもバスにも優しい。態度に一貫性があり、
見事なまでに自然に振舞っていた。
江ノ電バスはみんなアイドリングしない運動。イライラのアイドリングも
静かに消えゆく・・・
大ちゃんから
谷戸坂の途中にあるギャラリーで、友人のグループ展。
入口で傘を畳んだ直後に、大ちゃんから電話が入った。毎
日午前午後の、九時前後に公衆電話からの着信。もちろん
大ちゃんからなのは判っていたし、いつでもかけられる状態
でないことも想像していた。しかしレッスン中だったり、着信
に気づかなかったりで、歯痒い思いをしていた。
今日はラッキーだ。まるで意中の女性からの連絡を待つ
心持で、左手に携帯を握っていた時にかかって来たのだか
ら。
思っていた以上に元気そうな声だった。病気の話もしたが、
よく憶えてはいない。とにかく半年近く住所が分からず、もし
かしたらこのブログなら通信できるのでは、などと考えていた。
三分くらい話しただろうか。外は雨が止み、アスファルトから
熱気が立ち上る。友人の絵は海岸の景色。みんないきいきと
動いて、物語のはじまり。
大学時代
アートスクール!
何か刺激的で、ポップでカラフルで、軽薄でいながら思慮深く、陰鬱で
平和的で排他的。自由を愛し、また自由に縛られて、ふにゃふにゃだっ
たりがちがちだったり。
何かいいことあるんじゃないか、何かが変わるかも!との思いで美術
の学校に進みました。
俯瞰的に歴史を学び、技法、思想、流行、とどんどん頭だけを膨らま
せて、とうとう絵を描けなくなってしまいました!なんともはや・・・
まあ自らそんなどうしようもない世界に嵌り込んだくらいですから、他
にすることはなかったのでしょう。二十歳の自分が何を考えていたのか、
今から部屋に呼んで尋ねたいくらいです。
雰囲気やムードの波に思いっきり身をゆだねて、自分の存在感を薄く
薄く消してゆく。やがて僕は一歩も家から出ずに、自分の部屋でポテト
チップスの袋を抱え、一日中テレビを見る生活へと入っていきました。
ゆうたろうへの手紙
ヨガの学びは、今では生き方の基本練習のように感じています。
ただ、誰もが朝から夜まで修行に打ち込んだり、インドに暮すなど
の極端な生き方はできません。毎日二時間ポーズを練習すること
すら、ままならない日があります。
そういった言わば”スタイル”にとらわれずに、自由にヨガ的発想
を楽しめたら、と最近になって少し肩の力が抜けてきたようです。
「焦ることもない、結果にとらわれることもない、今の行為に没頭
できること、過去でもない、未来でもない、今を生きること。」
最近読んだ仏教の本に、このようなことが書いてありました。結構
難しいんだよね。今に集中するってのは・・・
大学生の頃、まったく’今’に集中できずに、悶々としていた時に
出会ったのがテニスでした。
とにかく目の前にあるボールがすべて。見て、追って、打つ、また
最近になって、テニスの楽しさを再認識しました。目の前の一球を
丁寧に見ていく。地面と繋がって力を伝えてゆく。いっぱい呼吸を
しながら・・・!
今度は、ゆうたろうのテニスについても少し聞かせてください。き
っと、とてもスピーディーになっていることでしょう。
また書きます。ご家族の皆様によろしく!
大ちゃんへの手紙
「クロワッサンを食べるようなもの。」 彼は自分の過去を振り返って
そう言った。「そのすべてを食べるにはよほどの注意、或いは粘り強さ
が必要だが、むしろそのこぼれ落ちるパイ地のサクサクこそ、クロワッ
サンの楽しみであり、ある程度こぼれてしまうから良いのさ。」隙間だら
けのサクサクとした生き方は、こぼれ落ちる記憶をも楽しむのだ。
静かな雨の降る朝。僕は家の近くの古書店でCDを買い、車内で聞いた。
ゆっくりと涙がこみあげてくる。何故だろう。
今まで音楽を聴いて泣いたことなんてなかった。いや、あるのかもしれな
いが完全に忘れてしまっている。一音一音を、目では見えない鍵盤を、目
蓋の裏で探しながらゆっくりと進む。こんなに丁寧に弾いたピアノの音を、
たった今初めて感じることができた。
もっともっと話しかけてほしい。時々面白く、時々優しく。音に感動できた
ことで、自分を許すことができた。そうか、いつもはもっと自分に辛く接して
るんだ。こめかみや口の中に力を入れたりして。
シャバ-サナでおやすみしてください。ヨガのクラスではいつもリラックス。
それが一番難しい。今日は少しできたみたい。
大ちゃんへの手紙
プログラム、メカニズム、リズム、ビート、この表現、とても気に入ってます。
例えばバンドの”くるり”を言葉にするとこんな感じかもしれません。とにかく
どうもありがとう!亜美さんを表現した「ノートに挟んだ花びら」も強く印象に
残っています。実は花びらをノートに挟んだことってないです。だけどそうい
う時を、まだ来ぬそういう時間を、是非持ちたいものです。
何年か前に上野でマチス展を観ました。その時使った駐車場に、素晴らしく
綺麗なもみじが沢山落ちていました。厳選の5枚を持ち帰り、カタログと一緒
に本棚へ・・・だいたいのことはそうなのですが、葉を拾ってながめる時に、何
かに貼り付けたり、逆に思い切って川に流してしまったりしないと、それらはや
がて小さな粉や、無残な破片となり、部屋のどこかに飛んで行ってしまうもの
です。そしてつくずく自分の日常って、このような動作の連続だなぁと感じ、時
々無性に記録を残したくなるのです。
そういえば表現の手段について・・・。先日テレビで書家の何方かが、音楽を
聴いて感動し、書による表現者になることを決意した、と言っていました。彼は
書家の家に育ち、書を選択することに一分の迷いもなかったようです。羨まし
い。美術家のリ・ウファンは音楽に感動し、音楽家を志したが叶わず、挫折の
末に美術を選択したそうです。何か表現の手段を持ってしまえば、お互いに
響き合えるんですかね。
最近はまっているヨガはいいです。何を表現してもそれがありのままの自分
です。リ先生の作品に触れた時の、あの瑞々しい空気を吸い込む感じはまる
で一緒です。静かな動きの中に、強さや激しさも包含されて、やがて総てを優
しく包んでもらっています。




















