といず・くろすおーばー! -529ページ目

海賊戦隊ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバン THE MOVIE 感想レビュー

 無事、観賞してきましたゴーカイジャー最新映画

 ネタバレありで感想いきます――が、今回はちょっと簡単に(?)

 と、いうのも……



宇宙刑事ギャバン

 実は壱伏、ギャバンを見たことがありません東映Youtube でついこないだまで順次配信されていて、今も「大葉健二セレクション」で一部視聴可能なんですが、BLACKとか他に見たいものがあったのでギャバンまで見る余裕がなかったんですね。

 なぜならば。現在放映中の「ゴーカイジャー」がレジェンド編で扱った戦隊は、だいたい壱伏がリアルタイムで見たか再放送・レンタルビデオで視聴したことのある作品なので、「ゴーカイジャー」という戦隊がどの程度「事前知識を必要とせずに視聴出来る作り」になっているかを実感することが出来ずにいたわけです。

 そんなわけで、いい機会なので「宇宙刑事ギャバンを見たことのない子供たち」視点で見てやろうじゃないか、と臨んだわけです。

 ――いやまあ、それでも大まかなギャバンの基本設定とか「3人の宇宙刑事」のエピソードとか、特撮ファンを長年やってると半自動的に入ってきちゃうもんなんですけどね(笑)


とりあえず

「ゴーカイジャー」47話 はこの映画の直後のエピソードとして作られているので、バスコがサリーを見限り、しかしガレオンを奪取するために使い倒すように至るまでの補完エピソードとしても見られます。

 基本的に最近のSHT作品は(プリキュア含む)公開初日に見に行くのを前提で作っているなぁと。


伝説の宇宙刑事

 現代の技術で作られたギャバンの撮影用スーツがそれはもうギラギラ輝いてて凄い。

 デカレンジャー関連のステージでギャバンについては「デカマスターことドギー・クルーガーの親友で宇宙警視総監」と語られていますが、今回は「銀河連邦警察と宇宙警察は同一の組織」という解釈が為されており、ゴーカイジャー第5話 で「デカレンジャーがゴーカイジャーの冤罪を晴らした」ことへの言及はあったものの、ボスの出演はなし。

 現実日本の警視総監も任期は2年らしいので、ギャバンも任期満了した後に現場の刑事に戻ったってことでしょうか。


物語の構造

 演出的には間違いなくレジェンド編のそれ(クライマックスバトルでギャバンの主題歌が流れたりするし)なんですけど、物語の成り行き自体は実は「宇宙刑事ギャバン」でなくとも成立するのがミソです。

 いくつか条件を置きかえれば、他のコンバットスーツヒーローシリーズ(円谷浩氏が死去なさっているのでシャイダーは無理ですが)や、新設定の宇宙刑事を作って並べたとしても充分行ける内容になっています。

(幼少のマーベラスを救ったベテラン宇宙刑事、という設定上それなりの貫禄が要求されますが)

 それでも物語全体に疑似的な父子関係を思わせるムードが漂うのは、やはり父子の絆が物語の重要な要素だった「ギャバン」だったから……かも知れません。


「あばよ涙、よろしく勇気」という主題歌の一節をストーリー上の重要キーワードに位置付けていることからすると、「ゴーカイジャーVSギャバン」でテーマとしてクローズアップされているのは「勇気」。それもマジレンジャー編の「仲間の危機を救うための勇気」じゃなくて、「スタンドアロンの男が困難にあっても立ち上がり明日へ向かって走り出すための勇気」でしょう。

 ゴーカイジャーも他の戦隊もチームなのでレジェンド編ではチームであることが前提のテーマを扱っていますが、それ以前にゴーカイジャーはザンギャックの圧政に馴染めず一人気を張って生きてきた男女の集団であり、(アシスタントはいるとはいえ)個人ヒーローの雄と言える宇宙刑事と絡むためにはこのテーマを軸に据えるのは、ある意味必然なのかも。

 やはりメタルヒーロー第一号のギャバンに合わせる必要はあるわけですし。


大葉健二ここにあり

 さて、ギャバンと言えば大葉健二氏。大葉健二氏と言えばデンジブルー・青梅大五郎バトルケニア・曙四郎。ギャバンの地球人名が一条寺烈であることを考えると、ええいどこかに「三」が転がってないかと(違)

 長い東映特撮の歴史では一人の役者さんが複数のヒーローを演じるということはままあり、ゴーカイジャーではその辺のレジェンド出演はどう処理されるのかと注目されてきました。特に鎧加入後は「果たしてこいつはレジェンドの見分けがつくのか」ということで色々と期待されていたわけです。

 そう言う意味では、今回ようやくファン待望の「同一の役者が演じた別キャラクターが対面する」というシチュエーションが実現。

 その結果、「ゴーカイジャーや一般人には瓜二つ(三つ?)に見えるものの、鎧は嗅覚で瞬時に判別する」という結果が示されました!


 ゴーカイジャーの「34スーパー戦隊が共存する」世界でギャバンはどういう立ち位置になるかと思ってたら、実はこの三人たびたび間違われていて、面識もあったという設定に(笑)

 あと青梅が曙を「先輩」と呼んでいたのがちょっと印象的。そうだよなぁ、一年先輩なんだよなぁと。

 しかも魔空空間への道を開くためにはデンジブルーとバトルケニアのレンジャーキーで空間を解錠すればいいという、物凄い力技の設定もついてきました。

 ……何だろう。つまりあれか。ゴーグルブラックとダイナブラックのレンジャーキーを使えばサムライワールドに行けるのか。アオレンジャーとビッグワンのレンジャーキーを使ったら超力の故郷へでも跳べるのか

 この辺りは「すごい科学」専門家の方に是非理屈を考えていただきたいところです。

 あと「誰よりもスーパー戦隊を愛する男・伊狩鎧」はギャバンに関してそこまでファンではなかったようですが、今回の一件で大ファンになってしまったようです(鎧役の池田氏は元からギャバンも大好きですが)。


特命戦隊ゴーバスターズ

 さて、バスコはマーベラスたちを魔空空間に向かわせ、その隙にガレオンごと大いなる力をごっそりいただいてしまおう……と目論んでいたわけですが、ここで新戦隊に襲撃される役を担わされます。

 その名はゴーバスターズ! ってブルーの設定年齢28とかさすが新しいなこいつら

 クールでスパイもこなすプロフェッショナルチーム、といった趣きで、バスコを相手にしつつサリーを餌で足止めと、クールさと戦隊らしいコミカルさの同居を図っている様子。

 ……そう言えば前々回はアクマロ・十臓・太夫、前回はシタリと、連続して外道衆が新戦隊にボコられてたんだなぁと今気付いた。



アクション!

 まあ、今回はゴーカイジャーによるギャバン救出作戦が中盤の芯になっているので、尺が足りないばかりに消化不良に陥っていた「空飛ぶ幽霊船」のリベンジみたいになってます。

 スーパー戦隊ゆかりのゲスト登場、次々と切り替わる舞台、マーベラスを先に行かせるために残る仲間たち、そしてマーベラスと敵怪人の一騎打ち(セットの組み方も似ている)、流れ自体は共通するところが多いんですが、全ての面でパワーアップしているのが嬉しい。

 しかし、オールホワイトをやる都合でデカレンジャーへのチェンジがなかったのは残念……まあ宇宙刑事の横で海賊版特捜戦隊をやるのもアレか。

 ちなみにオールホワイト、以前エンディングで組み合わせを推測してましたけど、マーベラスとジョーが逆でした(本来はマーベラスがビッグワン、ジョーがデカブレイク)。得物から推測しようというのはちょっとダメだったっぽい。


大迫力のバトル

 今回の目玉の一つギャバンブートレグ(bootleg=海賊版)は、宇宙警察総裁ウィーバルになり替わったドン・ホラーの血を引く魔空監獄・獄長アシュラーダが、宇宙警察とザンギャックの科学力で作り上げたメタルロボット。

 このブートレグがギャバンと、ゴーカイレッドと、そしてまたギャバンと繰り広げる丁々発止のアクションが実に完成度高いです。

 ギャバンダイナミックかっこいいなぁ……

 あと、アシュラーダは宇宙警察乗っ取りを企んでいるということで、宇宙警察とザンギャックの間の緊張関係をさりげなく描写するとともに、過去二作での「ザンギャック蚊帳の外」状態を脱しています。


こだわりの演出

 最初に披露した「蒸着!」は光球になっての体当たり攻撃を披露(最近だと仮面ライダーメテオに受け継がれてますね)、全員変身では「では蒸着プロセスをもう一度見てみよう」のナレーションが流れ、その後のゴーカイジャーの変身にも「ゴーカイジャーが豪快チェンジに要する時間はわずか0.1ミリ秒に過ぎない。ではそのプロセスをもう一度見てみよう」と来て、ラストシーンは烈、青梅、曙に天の声(ナレーション!)が「子供たちはお前たちが変身したところを見たことがない。見せてやってはどうだ?」と「3人の宇宙刑事」そのまんまのサービスシーンでギャバン、デンジブルー、バトルケニアの揃い踏み! そして揃い踏みしただけ! そんなとこまで完全再現!

「おいおいここまでやりやがったよ」とニヤニヤしますね。


総括

 物語の構造とか楽しみ方とかは大体上で書いた通り。ギャバンを視聴した方なら確実にもっと楽しめますが、視聴したことがなくても充分楽しめる良作です。

 イベント性が高いように見えますが、「199ヒーロー大決戦」や「空飛ぶ幽霊船」に比べると制約も少なかったのか、過去二作で感じた不満点はあらかた解消出来ていますね。

 GW映画の詳細な内容はまだ分かりませんが、「VSギャバン」は現時点でゴーカイジャー映画の決定版と言って過言ではない出来だったと思います。

SHT1/22 絆の在処

海賊戦隊ゴーカイジャー第47話「裏切りの果て」

スーパー戦隊の大いなる力コンプリート
バスコから五つの大いなる力を奪還するために捜索中です。
巨大戦なら大いなる力を戦闘に使える分有利と見るが……?

思い切って生電話
アイムの提案でバスコに電話を掛けてみることに。モバイレーツの短縮ダイアルにバスコのナンバー入ってるんだな……
そして普通に出たバスコ。待ち侘びてたというか、マーベラスの出方は読まれてました。どっちにしろ「宇宙最大のお宝」を手に入れようとする以上は出方なんて限られているのも確かですが。
バスコ相手にマーベラスじゃ交渉は無理だろうと思ってたけど、この時点でもうペース握られてる……

金粉固め
サンロイドのソーラーゴールドロイドのゲロンパ。ファイヤーロイドのメランちゃんとコンセプト被ってないかソーラー君。

で、ゲロンパはあれですか。金だから「キンキンケロンパ」ですか。命名がクウガのおやっさんレベルだ!?

というわけで月火水木金土日、と揃ったのでこれが最後のロイドです。

大いなる力出撃
ガオライオンと風雷丸出番なし。
そして、カクレンジャーの大いなる力を探させるために泳がせている間にマーベラスたちが戦力増強していて、全てのロイドを消耗してバスコも割とジリ貧になってはいる。
抱き合って爆発した2ロイドは仲良しだったんだろうか。

君に食べさせるバナナはないよ
バスコにとってサリーはロイド運搬役でしかなかった?
バスコはサリーを撃ってこの場を離れる。
マーベラスはサリーに過去の自分を重ね合わせ、手当てを指示。

船内サリー
鎧は猿語を試みる。
ある意味でさすがドンさんである。猿に対して猿語で意思疎通を試みるっていうのは、以前は失敗したけど今回は好感触。

思い出
赤き海賊団時代。自分の出来ることをやればいい、というマーベラスたちがドンさんに語った海賊流儀はバスコ発祥……というより海賊の共通認識と言った方が早いか。

それを相互の信頼と取るか、相互利用と取るか。バスコは後者に傾いてしまったキャラなのかもしれない。

見張り台に二人
ジョーはやっぱり海賊戦隊のサブリーダーなんだな。
サリーはこれからもバスコに裏切られ続ける。それをマーベラスは放っておけなかった。

抱え込む男
プロフィールだけ並べて行くと爆弾多すぎる……だけど、裏切られたからこそ信じたいというのがマーベラスの仲間集めの根底にあったことも窺えます。

バスコからサリーへの指示
バナナ食い放題でサリーを釣ってガレオンに派遣。
しかし撃ったことは事実だから、サリーがバスコを信頼しているかはかなり不透明。
そしてバスコが不透明と見ていると言うことは、バスコもサリーを完全に信頼しているとは言いがたい。
バスコが何もしなければサリーが能動的に裏切ることはないだろうな、くらいの信頼度ですね。

真夜中
サリーは宝箱を発見し、しかし手を止める。
手当てしてくれたゴーカイジャーを裏切ることが出来るのか、主人のことを信じるのか、サリー揺れる。
しかし天秤はバスコに傾いた。

宝箱ちゃん
しかしバスコに撃たれたことを思い出して足が止まるサリー。

海賊合流
宝箱は偽物でした。本物の宝箱(カーギーロードで接続してある方)は別にあったので、こちらの宝箱はルカの宝石みたいなお宝用かな。

信頼の在処
仲間を傷つけて平気なバスコを前にゴーカイジャー怒る。
まさかサリーの感情の揺らぎで一エピソード作るとはなあ……

フラッシュバック
作戦とはいえ、ヘラヘラ笑って撃ってきて、今もヘラヘラ戻ってくるよう誘いかけるバスコを、サリーはもう信じられない。


バスコが渡したお守りは保険の爆弾だった。至近距離にいたマーベラスが巻き込まれて意識不明に!

怒りの変身
しかしバスコはやっぱり強い。

ダーイレンジャー!
しかし五人は頭に血が上った状態なので、只でさえ強いバスコ相手に精彩を欠いているところはあるでしょうね。

時間返し!
幻新幹線!
重力逆転波!
一文字竜巻!
乱れ山彦!
ダイレンジャーの気力技は相変わらずチートというか、理不尽というか。乱れ山彦が今回はちゃんと騒音攻撃になってたりして、ダイレンジャー回であえて封じた「ダイレンジャーっぽい戦い方」をトレースしていることが窺えます。

逆に言えば頭に血が上ったままスペック頼りの戦い方をしているとも言える。ここは前回「思ったよりカクレンジャーっぽい戦い方をしていない」と一部で指摘されたこととは裏返しになってますね。

ハーリケンジャー!
影の舞も通じない! 障子の使い方という点ではゴーカイジャーの方が柔軟というかやりたい放題。

ギーーンガマン!

銀河の戦光! この技、獣装光さえすれば単独でも使えるんですけど、「ガオレンジャーVSスーパー戦隊」だと五人揃っていないのにギンガブルー・ゴウキが獣装光して使ったり(獣装光ギンガマンは本来五人揃わないと二段変身出来ない)、今回は獣装光もしていないのに(黒騎士込みで)使ったりと、だんだんハードルが下がっているというか扱いが適当になっているというか。

変身解除
バスコは悠然と、ガレオンに現れる。その手には六人のレンジャーキー。
大いなる力を宿した35戦隊のレンジャーキーにガレオンとナビィ。
すべてを手に入れ、バスコはほくそ笑む……
……ナビィには通常のお宝ナビゲートの他に、宇宙最大のお宝を手に入れるための隠し機能があるのかな。

次回
ゴーカイジャー対傀儡ゴーカイジャー!


仮面ライダーフォーゼ第19話「鋼・竜・無・双」

わー!
フードロイドはユウキがデザイン・命名してたのか。それを素直に立体化しちゃう賢吾ってやっぱり……

賢吾抜きでスイッチ調整
超高性能マニピュレーターによって複数の作業を同時進行出来るハンドモジュール。下手したら弦ちゃんより優秀かも知れない。

弦太朗の提案
機械には強かったんだな流星……不用意にスイッチ触ったのは何でだ(笑) そして仕事を取られたと感じ、自分のアイデンティティーに悩む賢吾だった。

これだけは止せ!
30番・31番のマグネットは二つ一組だった。そして賢吾はその危険性を充分把握していた。

面倒な仕事
タチバナさんの殺し文句は流星も分かってはいたわけか。
相互利用関係だって割り切りが窺えます。
で、オープニングに流星メテオ登場、園田先生退場……
って、爆発バックの並走バイクジャンプとかテレビ本編じゃやりづらそうだ。

校長と乙女座
乙女座は監察役で、校長であっても処断出来る。どっちが上ってわけじゃなくて、グロンギで言うところのバルバ(バラのタトゥーの女)みたいなポジションですかね。

大杉先生乱心
弦太朗が変わらないことに安堵していました。園田先生は病気療養中ってことになっている様子。

マグネットは止せ!
必死に止める賢吾と、流星を信じる弦太朗。
しかし賢吾は絶交宣言。

やっぱり自分の領域に土足で踏み込まれるのは我慢ならないんでしょう。

陸上部の江川さん
揺れる揺れる(爆)
賢吾は彼女の不調の原因を悟るが、そこに部長がくちばしを挟む。

突如爆発
燃え盛る車多っ! 一台燃えているのかと思ったら横一列で5,6台燃えてた……
現れたのはドラゴンゾディアーツ!

打倒仮面ライダー
ドラゴンは堅い! ドラゴン紫龍もシールド装備だったし、「りゅう座」って防御力に定評のある星座なのか。龍の鱗が強固ってだけ?
そして自分が標的だと分かるとひとまず様子見に回る要領のいい流星。

エレキ・オン
エレキの電撃は逆に力を与えてしまう!
流星の指示でファイヤーに切り替え。どんどん賢吾の仕事を奪っていくなこの子。

ファイヤー返し
これも逆にピンチに。

シールド・オン
鉄が相手ならマグネット! という流星の指示に従う弦太朗。賢吾は止めるが……

マグネット・オン
しかし両手同士がくっつき、周囲の鉄を吸い寄せて……何と言う「ナベ男勇介の叫び」状態。

パワーダイザー
久々パワーダイザー! フォーゼに引き寄せられる描写はないので、パワーダイザーに鉄はあまり使っていないようです。
賢吾たちが手動でスイッチオフ。

現時点でもホロスコープス級
校長の自信満々っぷりが凄くフラグっぽい。

気まずい弦太朗
不安そうに見守る美羽さま以下ライダー部の面々が妙に微笑ましい。

却下
ですよねー

美羽さまは二人の間を取り持とうとしているのかな。

タチバナさんからのカンニング
スイッチに制御端末を増設するのが流星プラン……まさか冒頭でスイッチを調整していたのもタチバナさんのアドバイスを受けていたからだろうか。

しかし賢吾はとっくに同じ案に辿り着いていた。星間連絡用情報端末と一体化させてNSマグフォン

……強力な磁石に携帯電話を近づけちゃいけません!(設定上は防磁処理してありますけど)

流星流星か!
こいつは君を実験台にしたんだぞ!

エレキスイッチ初登場辺りだと「その力、見せてくれ」と言っていた賢吾がこうも荒れてるのは、それだけライダー部や弦太朗に愛着を覚えている証拠でもある。

自分より大きな女の子はいやだよね?
江川さんが賢吾にわざわざそれを言う辺りラブの匂いがするんだけど、普通にアドバイスしちゃう賢吾は確実に気付いてない。

仮入部すればいいじゃない
賢吾は陸上部に仮入部してしまう……?

もっと下半身を有効に使おう
普通にアドバイスしてるなぁ賢吾。名選手が名コーチとは限らないんだけど、逆もまた然り。将来はトレーナーとして食っていけそうだ。

フォーゼの仲間だったな
ドラゴン、賢吾を強襲!

歌星くんの設計通りに
NSマグフォン完成。
一世一代の土下座と聞いてアクエリオンEVOLを思い出したのは絶対私だけじゃないよね。
部長連絡で賢吾を救うため変身! そのうちド演歌着メロに変更されたりせんかなこれ(笑)

チェーンアレイ・オン
ドラゴンも鉄球で対抗。砲丸投げとかハードルとか、ドラゴン明らかに陸上部員だ……
江川さんに見せかけて部長がスイッチャーだな!

合流
流星も変身。ユウキのすぐ背後とかもう大胆すぎるな。遮蔽物が少ないフィールドだからしょうがないんだけど。

ホワチャッ!
しかしメテオもドラゴンの頑強さに押される。

今日の新作
賢吾は警告するがメテオは急かす。一度リミットブレイクでぶっ飛ばさないと最輝星覚醒かどうか分からないので、「ドラゴンに必殺技をぶち当てて倒す」という行為自体はフォーゼとメテオで団結出来る、のかな。

あー、でもラストワンではないんだドラゴン。

割れないマグフォン
流星としては「俺が作ったのに!」ってところか。所詮高校生、自分のした仕事がうまく行くのを見ていい気になりたい心理からは逃れられないのか流星。
飛んでったマグフォンはどう回収するんだ……

君は大バカだ!
賢吾も賢吾で視野が狭くなってるけど、流星のことを薄々警戒している(弦太朗も「流星は本心全てを見せていない」というポイントは押さえている)のに、弦太朗がホイホイ流星を信頼してしまって自分が要らない子になることを警戒しているわけで……

次回
マグフォン捜索隊!

「海賊戦隊ゴーカイジャー」に見る、ヒーローからの円満な卒業

「海賊戦隊ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバン」をしばらく見に行けないので、ちょっと毛色を変えてコラムっぽいものを書いてみる。

物語内部の理屈とか脇に置いた「海賊戦隊ゴーカイジャー」の考察ってことで。



・ゴーカイジャーとディケイド


 2011年度スーパー戦隊作品「海賊戦隊ゴーカイジャー」の目玉の一つに、レジェンド戦士と呼ばれる過去のオリジナルキャストの出演があります。

 過去の同種ヒーローに変身出来るヒーローが、オリジンと出会って力を手に入れる、という展開は2009年度平成ライダー「仮面ライダーディケイド」でも行われた趣向ですが、「ディケイド」ではオリジナル役者を集められない都合からか、ファーストネームやオリジナルの特徴を受け継ぐ別人=リ・イマジネーションライダーを創造するという変則的な手段を取りました。

 これにより「ディケイド」は、不完全な若者たちのもがきを取り扱った平成ライダーの特徴的な空気をデフォルメするように、ヒーローとして不完全なリ・イマジネーションライダーたちをディケイドこと門矢士が(例の説教BGMに乗せて)総括し、肯定し、ディケイドが失ってしまったライダーカードを再取得し、ちょっとくすぐったくする、というのを各エピソードの基本ラインにした作劇を推し進めて行きました。

(「ネガの世界」以降でも、士が諭される側に回った「BLACK・RX編」と士自身が自らの旅のあり方を唱えた「ライダー大戦編」以外でもエピソードの進行フォーマット自体はだいたい同じ)


 これに比べると「ゴーカイジャー」は、出てくるレジェンド戦士は原則的に原典作品のオリジナルキャスト(変身後の姿のみだったドラゴンレンジャータイムファイヤーはともかく)であること、等身大の過去ヒーローへの多段変身(豪快チェンジ)自体は最初の段階でほぼ問題なく出来ること(当初バスコが所有していたキーはともかく)など、「ディケイド」とは対照的な作りになっています。

「ディケイド」でも一部でオリジナルキャストを連れてきた回の方が、設定上リ・イマジネーションキャラであっても説得力と存在感に満ちていた、という手応えもあったのでしょうけれど、こうした先輩ヒーロー客演タイプの番組を作る上では「ディケイド」の方が変則的だったわけで、先輩ヒーローが出るなら「ご本人登場」を期待するのは、視聴者視点から見れば普通でしょう。


 というか戦隊をリ・イマジネーションする場合、ゴーカイジャー以外にコンスタントに5人ばかりゲストを出さなきゃいけないのでキャラを立てる意味ではどちらに対してもマイナスになり、本人登場以外の選択肢はなかったと思います。

 また、ゴーカイジャーにレジェンド1人を加えた6~7人で当該戦隊にチェンジする手もあるにはあるんですが、2週に1度チーム内に異物を抱えるような演出はゴーカイジャーのキャラクター性や連携を損ない、通常回の豪快チェンジと異なり誰が何色か直観的に把握しづらくなる欠点があるのでメリットよりデメリットの方が大きいです。ニンジャマンは原典でもカクレンジャーの仲間というよりは距離を置いた協力者だったので一緒に戦っても違和感がなかったわけです。閑話休題。



・変身出来なくなったヒーローたち

 しかし「ゴーカイジャー」はここで、驚きの設定を視聴者に提示してきました。

 ゴレンジャー~ゴセイジャーの34大スーパー戦隊がザンギャックの第一次地球侵攻軍との戦いで変身能力を失ってしまったというのです。

 これはディープな戦隊視聴者の多くには戸惑いを持って迎えられた感があります。

 不思議な力で変身するファンタジー系戦隊ならまだしも、単に支給された只の物体である戦隊スーツを着ているだけの科学テクノロジー系戦隊までもスーパー戦隊ファイヤー(仮)で力を失ったってどういうことだよ、といった感じです。

 しかも34スーパー戦隊には「各戦隊の力を完全に使いこなすための"大いなる力"」が残留しているというオマケつき。設定を重視するファンはここで頭を抱えてしまったことでしょう。

 この辺りは、34もスーパー戦隊があって、それらがゴーカイジャーを認めることでゴーカイマシンが登場する、という販促展開を進めるためには、細かい設定は度外視して各戦隊の基本フォーマットを統一してしまった方が都合がいい、という事情があったわけで、それを受け入れるしかなさそうです。

(余談ですが、大いなる力というターム自体に「各戦隊を象徴する精神的テーマ」「レジェンドからレンジャーキーやバスコの手元へと移動する光る物体」「輝きを見せたレンジャーキーを使うことで召喚ないし発動する戦力」という三つの意味が含まれていてその時々でニュアンスを使い分けているので、文章にする時はたまにややこしくなります)


 何はともあれこうして、変身出来ない元ヒーローであるレジェンドとゴーカイジャーが出会い、ゴーカイジャーの中に自分たちに通じる要素が秘められた後継者だと認め、レジェンドが大いなる力を託す、というレジェンド回の基本フォーマットが生まれました。

 そして「ゴーカイジャー ゴセイジャー スーパー戦隊199ヒーロー大決戦」 や「ゴーカイジャー」2526話 ではレジェンド戦士がレンジャーキーを取り戻して変身して戦う展開にもなりました。

アバレキラーこと仲代壬琴ブラックコンドルこと結城凱もイメージオーバーラップに留まらない変身を見せてくれていますが、これに関しては後述)


 こうなると、他のレジェンドにも変身してゴーカイジャーと戦ってもらいたい!という意見が出てくるのは当然のことです。特に思い入れのある戦隊ならその思いはひとしおでしょう。チェンジマンがバスコに大いなる力を奪われてしまった展開 にショックを受けた人も多いと思われます。


 ただ、それでも壱伏はあえて言います。

 変身出来なくなったのは、レジェンドたちにとっての福音であったと。



・ヒーローとは青春の1ページで、寄り道である


 スーパー戦隊に限らずヒーローであることが一つの職業として成立している、仕事の中でヒーローの力を使う作品も案外と多いのですが、各論ではなく総論でざっくり切り取るので個々の事例に対する言及はあえて避けると、まずもって変身して戦うことは典型的な非日常であると言えます。

 特にスーパー戦隊は第1話開始時点では互いに面識がない(あるいは薄い、レッドだけ外様等)メンバーが招集され、基地で疑似家族を形成しながら1年間戦い、終われば解散する、というケースが多いです。

 要するに、日常から非日常に足を踏み入れながらも、最終的には日常に回帰するわけです。

 さらに言い換えれば、大人として成熟しきる前の青年が一度ヒーローとなり、一回り大きく成長して大人として社会に戻る、という構図です。

 だから、原則的にヒーローは卒業して(大人になって)いくものなのです。


 この発想は別に珍しいものではなく、少なくとも1970年代の時点ですでに存在した視点です。


 例えば、1973年度ウルトラシリーズ「ウルトラマンタロウ」

 この作品は当初、青年・東光太郎が怪獣との戦いで命を落とし、ウルトラの母にウルトラの命を与えられてウルトラマンタロウとして転生する、というストーリーで描かれていました。

 結局のところウルトラ兄弟や光の国を押し出す方針により、東光太郎と一体化する前のウルトラマンタロウさん(12,000歳)が設定されてしまい当初のもくろみは立ち消えになったかに見えましたが、最終回で東光太郎がタロウに変身することなくバルキー星人を倒し、変身アイテム・ウルトラバッジを捨てて一人の人間として旅立つ、という形で企画の初志を取り戻しています。


 2006年「魔弾戦記リュウケンドー」も、最終回で「ヒーローを卒業し、剣二たちは自分たち自身を発動していくのだ」という卒業ENDでした。

(リュウケンドーとトミカヒーローは最終回で「卒業」のタームが用いられているので分かりやすい)


 また、卒業とはニュアンスが違いますが、ヒーローの力を失ってただの人間に戻ることを肯定的に描く作劇は結構ポピュラーです。


 1975年ライダーシリーズ「仮面ライダーストロンガー」の成井紀郎版コミカライズ「7大ライダー 最後の大決戦!」では、戦いを終えた7人ライダーが普通の人間に戻ることで話に区切りをつけています。


 平成においても「ウルトラマンティガ(1996年8月~1997年8月)」の最終回でスパークレンスは砂に還りました。

 延々続編を繰り出して「電王商法」と一部で揶揄される2007年度平成ライダー「仮面ライダー電王」も、TVシリーズ放映終了後に白倉・小林両氏インタビューにて「電車に乗ってから電車を降りるまでのストーリー」と証言されています。

 近年でこうした考えが最も端的に出ているのは2000年度「仮面ライダークウガ」でしょう。五代雄介を一人の冒険家に戻したいがあまり、次作「仮面ライダーアギト」にまで大きな影響を及ぼしてしまったわけで……


 いずれにせよ制作側にはヒーローであることは痛みを伴うので、いずれ戦わなくてもいい存在にしてやりたいという考えが存在していることが窺えます(「ガオレンジャー」放映期頃のマテリアルブック でも「変身は痛みを伴う行為なので変身状態で日常生活を行わない」という旨の記述があります)。

 それは、ライダーとは逆に身体的に重荷を背負っていないヒーローとして始まった(ジャッカー電撃隊はともかく)スーパー戦隊シリーズにも受け継がれ、より前向きな卒業として昇華されることになりました。


 しかし年季の入ったヒーロー番組視聴者はヒーローがヒーローであることを至上のものとして見なすため、ヒーローにはずっとヒーローでいてほしいという思いが大なり小なりあるわけです。

 そして制作側の上層部でもオールスターズ商法で客を呼びたいという考えがあり、結局東光太郎はタロウとして宇宙警備隊の筆頭教官になってしまいました

 ヒーローを卒業して一人の人間として生きて行くのは、非常に難しいわけです。


 そんなわけで「ゴーカイジャー」では、変身能力を失うことでようやくヒーローを卒業出来る、という道を示したわけです。



・守り手から作り手へ


「ゴーカイジャー」はあくまで宇宙海賊である海賊戦隊ゴーカイジャーの成長を描くドラマであり、レジェンド同窓会の面を強調しないという旨の発言が宇都宮プロデューサーからなされています。

 そのため重点的に描く戦隊は過去10年前後(「ガオレンジャー」~「ゴセイジャー」)あたりに限定する予定もあったそうですが、イエローライオン大原丈役の西村和彦氏の逆オファーなどもあり、現在知られているスタイルへと移行した経緯があります。

 従って「ゴーカイジャー」の初志を確かめたいならば第1クールのレジェンド回(シンケンジャー前後編 まで。199ヒーロー大決戦含む)に注目することになります。


 実はここだけ見るとややこしく、ヒーローを卒業しても同じことをしている人が思いの外多かったりするんですね(笑)

 レジェンド代表で最初にゴーカイジャーを見極めに来た魁 はインフェルシアとの親善大使の格好で「魔法を忘れた魔法使い」を自称しながらフレイジェルの助力で魔法を使っているようでしたし、デカレンジャー は変身出来なくとも宇宙警察であることに違いはなく、日々高みを目指して学び変わるゲキレンジャーのジャン は拳法家、姫シンケンレッド志葉薫やゴセイジャーはレンジャーキー奪還に動きました。

 ジャンの場合はマスター・ジャンとして教える側に回っているので戦士から卒業したと言えなくもないのですが、一般的に見た非日常が就職先になっているマジ・デカなんかはやることを変えようがない

 この辺はオタク気質な塚田Pがヒーローであり続けることを割と肯定的に捉えて設定しているため、というのもあるでしょう。

 ただそんなデカレンジャーにしても「倒しても悪がなくなることはないが、それでもよりよい明日を作っていきたい」という「199ヒーロー大決戦」でのウメコの台詞でフォローはされています。

「未来の守り手たるヒーロー」から「未来の作り手たる大人」へとちゃんとシフトしているんですね

(ヒーローとは世界の守り手であり作り手ではない、という構図は「ゴセイジャー」でも何度か強調されています)


 またゴセイジャーは直近のスーパー戦隊ですし、志葉薫は終盤に出てきたため1年の戦いを通じて精神的に成長する機会がなかったキャラなので、まだ大人未満として見なすことにも違和感がないポジションにいます。


 そんな第1クールの中で最も端的に卒業を体現していたレジェンドは、元ガオレッド・獅子走だったりします

 一人の落ち着いた獣医として日々を生き、かつて「ぃよっしゃあ! やる気まんまんだぜぇっ!」とか荒ぶっていたことを懐かしんでか「ったく、あいつら口が悪いんだよ」とゴーカイジャーを見て眩しそうに懐かしむ獅子走の姿は、ヒーローを卒業してよりよく生きる一人前の大人を思わせました。

 元々金子昇氏は「ガオレンジャー」出演時に20代後半と、近年の戦隊の中では現役時点で年を食っている方なので、それよりも上の世代のレジェンドを描く際のアーキタイプとなった可能性もあります。


 そして第2クール以降は、バスコ出現や鎧加入を経て、戦隊を離れて各人の人生を歩むレジェンドたちの姿が時折描かれることになります。

「ゴーカイジャー」の各エピソードの都合に沿った物ではありますし、元々「ゴーカイジャー」独自の設定として割り切った方が良かったりするところもありますが、レジェンドたちが戦士を卒業し、一人ひとりの人間として生きていることが描写されていったのです。


 こうした作劇スタイルを意識すると、逆に結城凱や仲代壬琴は「死者であるがゆえに(顔立ちはともかく)本質的には時間の止まった成長しない存在」なので、レンジャーキーの形で力を放出した後も(少なくとも外観は)変身能力を保っていたのだろうと分かります。

 第2クール終盤の「ハリケンジャー編」ではハリケンジャーが力を一時返却してもらい本人変身を実現させましたが、これは大人になってしまったことで現役時代の大事な気持ちを忘れていた鷹介たちがゴーカイジャーを見て初心を取り戻す構図もあったから成立したわけです(これはカクレンジャー後編のニンジャマンも同じ。大人云々言っておいてこういう表現もちょっと乱暴なんですが、中2病に対する高2病みたいなものを発症して、その後落ち着いた、っていうのが一番分かりやすいかも。大抵のレジェンドはその辺りをすでに乗り越えているので、鷹揚にゴーカイジャーの活躍を見守ることが出来ると)。



・昔取った杵柄。元ヒーローが暢気に生きていける世界


「海賊戦隊ゴーカイジャー」は、歴代レジェンド戦士との共演を前提とした企画であり、レジェンドと並んで埋没しないため、各エピソードのコントラストを際立たせるために宇宙海賊という設定になりました。

 そのため、ゴーカイジャーの敵は宇宙海賊に懸賞金を懸ける宇宙帝国という、実体ある敵に設定されています。

 ということは設定面から追いかけて行くと、そんな(自然発生する妖怪変化の類ではない)実体ある敵が地球近くにいる場合、もしレジェンドたちが現役なら常に臨戦態勢を強いられることになります。

 そしてスーパー戦隊は規定人数が揃うことで本来の力を発揮するため、臨戦態勢=チーム単位で一つ屋根の下で共同生活、です。

 変身能力を保ったレジェンドが一人出てくるということは、すなわち同じ戦隊の他メンバーも事実上拘束されていることを意味するわけです。

 つまり、戦隊一つをクローズアップしたいなら5人前後のスケジュール(引退した役者諸氏含む)を押さえなくてはならなくなり、制作側の負担が高くなります。

 レジェンドが変身能力を失った、という設定は、各戦隊の代表者1名しか出てこないことをフォローするものでもあるわけです。

 そして元戦隊ヒーローの役者諸氏がそれぞれの人生を歩んでいるように、各戦隊のレジェンド回に出てこなかったメンバーもそれぞれの人生を歩んでいけるのです。


 チェンジペガサスは、地球を守り続けるために電撃戦隊チェンジマンを辞められない。しかしただの地球守備隊員・大空勇馬に戻ったなら、地球守備隊を辞して夢だったとんかつ屋を開業することが出来る。

 バスコにチェンジマンの大いなる力を奪われたショッキングなシーン(見た感じ、抜き取られたのはチェンジグリフォンこと疾風翔っぽい?)は、しかし彼らが一人の人間として生きていることを示してもいたわけです。


 ここで思い出していただきたいのがライブマン編ジェットマン編

 ゲストライターとして井上敏樹氏を招いた後者だけならともかく、事実上第2のメインライターとなっている香村純子氏執筆のライブマン編でも感じられたことですが、どうも一部レジェンド回はレジェンド大戦の存在をあえて度外視しているように思えます。

 もちろんレジェンド大戦パート放映の時はオリジナル役者諸氏が登場せず、当該レジェンド回で「○○年ぶりに××が帰ってきた」扱いになるため、役者諸氏のオーラがそんな錯覚をさせている部分もあるのですが、数年前にレジェンド大戦があったばかりという時代設定の中で「アクション出来る理由を昔取った杵柄で片付ける大原丈」、「仲間を戦いに巻き込まないためにマーベラス一味に接触する結城凱」はどこか奇異に映ります。

 そう思って見返せば、レジェンド大戦の影響で有名人になっているケースがあるくらいで、ほとんどのレジェンド回でレジェンドたち自身が現役時代のことを引きずっていても、レジェンド大戦で誰それに会えた失った、あれこれが壊れたといったことを引きずっているような描写はなされていないことにも気付かされます(それこそ直近の戦隊であるゴセイジャーや薫姫、宇宙忍者相手なので復帰の必要があったハリケンジャーは例外)。

 一部レジェンド回におけるレジェンド大戦は、レジェンドが力を失った(=ヒーローを卒業した)ことの理由づけとしてしか扱われておらず、作劇上はむしろ大人になるにつれて自然に変身能力を失ったような形になっているわけです。



・客演のこれから


 ヒーローがヒーローでなくなることは肯定的なニュアンスが含まれている、ということをこうして提示してきたわけですが、一方で再び過去のヒーローが現れることを求める声はどうしたってあるわけです。

「ゴーカイジャー」ではレジェンドが登場するたびにこの人も変身すればいいのにという意見が上がりますし、事実今年のゴールデンウィークには「オールライダーVSオール戦隊」をやるということです。

 そもそも「ゴーカイジャー」最終決戦においてレンジャーキーや宇宙最大のお宝がどう推移し、レジェンドたちが変身能力を取り戻すか否かも分かりません(ネタバレは出ているかも知れませんが壱伏はチェックしていません)。

 ただ「そこに自分の好きなヒーローがいない」ことを否定的に捉えて不満を垂れるばかりでなく、それが憧れたヒーローたちの人生にとって実はプラスである、という視点を持っていただけたらこれ幸い。


※ヒーローの客演を当然のもの、よくあることとして捉えている人に一番考えてもらいたい言葉が「都合のいい神様にしちゃいけない」だと思う。現役ですらキツいのに、当面の戦いを終えた後もヒーローが命を懸けることを待望してしまう特撮ファンの業は深い。

※こうして見ると「ディケイド」のリ・イマジネーションは一つの誠意ですらあったんだなぁ……)


 だって、オールスターズの告知を見るたびに思うんですよ。

 いつまでプリキュアたちは中学2年(一部例外あり)でい続けることを強いられているの、と?

 プリキュアは成長途上の少女たちの瑞々しさの象徴であるがゆえに、なぎさやほのかはプリキュアオールスターズに出続けるためいつまで経っても成人出来やしないんですよ? これってひどいと思いま(略)