名前に込められた力 〔エドガー・ケイシー〕 | 瑞霊に倣いて

瑞霊に倣いて

  
  『霊界物語』が一組あれば、これを 種 にしてミロクの世は実現できる。 
                            (出口王仁三郎)  

“問28 昔の名前は、親の願いや目的をよく表していましたが、今の名前でも願いや目的を表せるものでしょうか。

 

  答28 そのような事柄は不変である。それは名前に対して人が付与するものである。名前が持つパワーはそのような意義や意図を与えた人の意識によって示されるものである。名前それ自体は何も持たない。ただそれに付与されたものが持つのである。よろしいかな。

 

  問29 名前にどんな目的や意味が与えられたか、どうすればわかりますか。

 

  答29 それは、あなたが与えるものである!”

 

 (レイチェル・ランネルズ「エドガー・ケイシーが示す愛と結婚の法則」たま出版より)

 

*この、レイチェル・ランネルズ著「エドガー・ケイシーが示す 愛と結婚の法則」(たま出版)には、理想的な結婚や家庭を実現するために参考となるであろう数多くのリーディングが紹介されています。独身者へのアドバイスや、仕事と家庭の両立、パートナーの不倫に対してどのように対応すべきかなど、このような問題に悩んでおられる方は、ぜひお読みになられることをお勧めします。

 

*自分の名前の由来については、誰もが親から聞いて知っておられる筈ですが、その意味を常に意識しておられる方は少ないと思います。名前に込められている力は、本人がその意味を自覚して、そのような生き方をすべく意識的に努力しはじめたときに発動するようです。

 

*同じ名前でも与えられた意味によって、その力は異なります。たとえば、一番優れた人になって欲しいと願って付けられた「一郎」と、単に一番初めに生まれた男の子というだけで付けられた「一郎」とでは、同じ名前でも込められた力が全く違います(ちなみに、出口王仁三郎聖師は長男であったにもかかわらず本名は「喜三郎」で、有名な野球選手の「イチロー(鈴木一朗)」は次男坊です。イチローは、彼の祖父「銀一」の一の字を取って命名されたのだとか)。出口聖師は、まるで記号のように生まれた順に一郎、二郎、三郎と名づけたり、神の生宮(いきみや)である「人」に虎や熊など動物の名をつけるべきではないということを言われています。

 

*エドガー・ケイシーのリーディングの中には、カールという名前の人にミシェルと改名して再出発するよう勧めたケースがあります(5023-2)。皇道大本でも多くの信徒が開祖や聖師から新しい名前を授かっていましたが、道院・紅卍字会の道名もフーチを通じて神霊から授かるもので、その名前にはその人の天命が示されているといわれていました。このような名前の力というものを考えると、親がろくに意味を考えずに安易に付けた、いわゆるキラキラーネームのような名前では、子供があまりにも可哀想ですが、そういう場合は改名もありだと思います。別に役所に届け出なくとも、できるだけその新しい名前を使うようにして、周囲にも認知されればそれで大丈夫です。

 

*おそらく、人の名前だけでなく団体の名や国名、そして年号なども、同じように意味とともに力を帯びているはずです。「令和」の年号は、万葉集の『梅花の歌」をもとにしているようですが、これは「初発の神諭」、『三千世界の梅の花……』 を連想させます。宣伝歌で歌われるように、『開いて散りて実を結ぶ』のでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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