瑞霊に倣いて

瑞霊に倣いて

  
  『霊界物語』が一組あれば、これを 種 にしてミロクの世は実現できる。 
                            (出口王仁三郎)  

ルドルフ・シュタイナーの肖像

 “ローマ史は、世界のすべての他の構造体と同じように、国家構造にも摂理が根底にあることを表しています。世界はひとつの神殿なのです。社会生活も神殿のように組み立てられ、形成されていなければなりません。また神殿のように柱も必要です。偉大な賢者たちがこの神殿の柱なのです。このようなローマ史の精神は、原初の叡智に貫かれています。この叡智は、単に学ぶものではなく、人間社会の中にうちたてられるものです。ローマ史においては、七の原則が正しく扱われました。その知識と叡智のすべてを受容する者だけが、社会の建設に取り組むことができます。人間があれこれの部分からどのように構成されているかを観察するだけでは、神智学徒としてなすべきことをほんのわずかしか果たしていないことになるでしょう。いや、[日常の中で]神智学の原則を実行するとき初めて、私たちは神智学徒としての義務を果たすのです。生活の中のどんな手や指の動きも、どんな歩みも、霊の表現です。それがわかれば、私たちは失われた神殿を建てることができるのです。”

 

 “人間が、偉大な宇宙神殿の中に自らを組み入れるべきであるという知識は、人類からますます失われてしまいました。今日では、私たちの中に法則が生きていること、為すことすべてが宇宙の法則に支配されているということを、人間はまったく知らずに生まれ、死んでいきます。私たちの現代という時代そのものが「失われた時代」なのです。なぜなら、人間が法則に従って生きなければならない、ということを人々は知らないでいるのですから。

 それゆえ、太古の懸命な祭司たちは、霊界の偉大な法則を少しでも新しい文化の中に採り入れるための方策を考え続けました。生活の多くの分野に、ゲームにさえも、法則的な秩序を秘密裏に組み込んだのは、偉大な賢者たちのいわば策略だったのです。トランプやチェスその他のゲームのルールの中に、私が法則的な秩序と称したものの模像を、たとえおぼろげでも、見ることができます。トランプをするとき、ルールを知らなければ、うまくいきません。これは実に、偉大な宇宙法則の摸像なのです。

 カバラのセフィロート(ユダヤの神秘思想、カバラにおいて神の働きを10の放射として表現した図形)やさまざまな分野での数による秩序の原則は、トランプの組み合わせ方の中にも見出されます。人間がせめて遊びながらでも叡智の模像を持てるように、ゲームの魅力の中にまで偉大な法則をこめることを、賢者たちは心得ていました。

 少なくともトランプを興じることのできる人は、現在の受肉をまったく無駄にしていません。

  これは偉大な賢者たちの、時代の流れの歯車に密かに干渉するやり方です。人びとに、偉大な法則に従うべきだ、と言うだけではだめですが、気づかないところに法則をこめれば、この態度の一滴でも人間の中に流し込むことができます。こう考えれば、「失われた神殿」という偉大なアレゴリーの中に何が象徴化されているかを、イメージできるでしょう。”

 

(ルドルフ・シュタイナー「神殿伝説と黄金伝説」(国書刊行会)より)

 

トランプカードの配列

*トランプの52枚のカードは1年の52週を表し、1から13までの数の合計×4とジョーカーの1枚を足して365つまり1年の日数となります。シュタイナーが言っているように、トランプが「偉大な宇宙法則の摸像」で、トランプで遊ぶことで『人間は偉大な宇宙神殿の中に自らを組み入れることができ』、『少なくともトランプを興じることのできる人は、現在の受肉をまったく無駄にしていない』ということであるなら、特に子供たちには、室内での遊びとして、デジタルゲームなんかよりもトランプこそ勧められるべきであろうと思います。もちろん金をかけてのギャンブルは論外ですが、実はトランプ遊びは世の人々の霊性を高めることに役立つものなのかもしれません。

 

*トランプが宇宙の法則を反映するものであるなら、正しい意図を持って使うのであれば、当然占いにも役立てることができるはずで、実際にトランプ占いは古くから行われていました。フランスでナポレオンの時代に活躍した有名な占い師、ルノルマン夫人もトランプでの占いでしたし、実はトランプの起源はタロットよりも古いのです。ただ、以前知り合ったタロット占い師から、『タロット占いをする人は多いですが、占いの結果に振り回されている人ばかりです。そういう人はカードを使っているのではなく実はカードの精霊に使われているんです。低級霊と感応してしまって、からかわれていることに気づいていないんですよ。』と言われたことがありますが、確かにそういう人は多いようです。以下は出口王仁三郎聖師とエドガー・ケイシーの、それぞれ易占と占星術についての言葉ですが、これはすべての占いについて当てはまることだと思います。

 

出口王仁三郎聖師の肖像

・易占について 〔出口王仁三郎聖師〕

 

 “易は当たることもあれば当たらぬこともある。要は、易をたてる人の徳の有無によるのである、徳の高い人がたてれば、きっと本当のことが出て来るのである。(昭和二年四月)”

 

(加藤明子編「如是我聞 水鏡」(天声社)より)

 

ルドルフ・シュタイナーの肖像

・占星術について(エドガー・ケイシー・リーディング)

 

 “占星学から明確な助けが得られないというのではない。しかし、占星学を信じる人々は、それを支配するというよりも、むしろ支配されることが多くなるものだ。占星学は、多くの例において真実である。だが、惑星間のアスペクトは、サインやシンボルにすぎない。個人の意志以上に重要な価値をもち、重要な援助となる力などないのである。

 踏み台として、(惑星からの)指示を使いなさい。それを汝の経験の障害物にしてはいけない。(815-6)”

 

(マーガレット・H. ガモン「魂の占星術」(たま出版)より)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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