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自分辞典×プリンセスマインドで

     幸せ豊かなプチ起業♡

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強み発見&才能開花で、

たのしく収入アップ♡


起業コンサルタント
千葉明美ですピンク薔薇

 

 

改めまして、

 

私の自己紹介をさせていただきますドキドキ

 


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私は、岩手県出身、現在は東京都在住です。

岩手と東京を行ったり来たりしています。

 

私は、小さい頃から、
天真爛漫好奇心旺盛で、

家の中でおままごとやお人形さん遊びをするよりも、
庭でおいかけっこをしたり、秘密基地をつくったり、探検をしたり…

時には男の子を泣かせてしまうくらいの活発な女の子でした。



実家は、家族経営の果樹園を経営しており、
家の敷地内で直売所をやっていたことや、
"本家"で親戚が集まることも多く、
普段から、家にお客さんがよく来ていました。



お客さんが来ると、
嬉しくて、わーわーはしゃいでいました。

そんな時、
いつも母に怒られました。



「恥ずかしいから、

いいこにしてなさい!!」

 

母のことは、大好きだけど、
コワイ存在でした。

怒らせるとコワイ。

怒られるのがイヤ。



毎回怒られるから、
どうなったかというと、

人が来たら、
喋らない。

挨拶だけして、
静かにしている。

いわゆる

「お利口さん」

になったのです。



お店のお客さんや、親戚、近所の人に
「お利口さんだね〜」
と、言われるようになりました。

母は、ご満悦。

でも私は、「お利口さん」と言われても、
ぜんっぜん、嬉しくなかったのです。

だって、
自分は「お利口さん」じゃないんだもん。

本当はわーわー、
はしゃぎたいんだもん。


でも、

母が、頑張って、苦労して、
私を育ててくれているのを知っていました。



幼いながらに、

お母さんに
迷惑をかけないようにしよう。


お母さんを
困らせないようにしよう。




「お利口さん」でいよう。

と、自分に言い聞かせるようになりました。


そして、私は、
母を喜ばせたくて、

小学・中学とも部活のキャプテン、生徒会長をつとめ、
勉強も、部活も、
文武両道で頑張っていました。



「良い成績をとったら、
お母さんが喜んでくれるはず。」

「お母さんを喜ばせるために、
頑張る。」

となっていきました。


でも、

毎回学年トップの成績をとっても、
バレーボールで県大会準優勝をしても、
岩手県読書感想文コンクールで最優秀賞をとっても、
生徒会長として、周りの人に"感動した〜"って言われる挨拶をしても、


言葉にして、褒められることがなかったのです。


本当は、

「よくできたね」
「頑張ったね」
って、褒められたかった



無条件で、
「愛してるよ」
って
言われたかった。



「ありのままのあなたで居ていいよ。」
「大好きだよ」
って、言われたかった。



テレビドラマで見るママのように、
ギューって抱き締めてほしかった



きっと、

ずーっと、

その想いを持ち続けていました。

「ありのままのあなたで愛しているよ。」

この言葉がずっと欲しかった。


でも、母にはずっと伝えられないまま大人になりました。



無事に大学を出て希望だった看護師になり、
総合病院の救命センターへ入職しました。

看護師3年目、私は、美容外科で働きたいと思い始めました。

コンプレックスを解消して、より前向きに生きたいと想っている女性をサポートしたいと思ったのです。

「笑顔で生きる女性を増やしたい。」

そこなら、"私自身も、心からの笑顔で働けるのではないか?"、と思いました。

その想いを、勇気を出して、母に打ち明けました。


でも母からの言葉は、自分の思った反応とは違うものでした。

「そんなの絶対に許さない。

お母さんは、美容外科を医療と認めない。

美容外科にいくのならば、家に帰って来なくて良い。

どうしてこんなことを言い出すの・・・

お母さん、あなたの育て方を間違えたかな。

と言われました。

 

 

大きな衝撃でした。


この頃から、薄々気付いていました。

母が歩みたかった理想の人生を、
私に歩ませている。

母ができなかったことを、
私にさせている。

私は、母が敷いたレールの上を歩かせられる、操り人形なのではないか。


そう感じながらも、
私は、美容外科に転職することを諦めました。

「お母さんを悲しませたくない」
という想いからでした。



それから、母には、伝えることを選択し、吟味していました。

「母には、母が悲しまないことを伝えよう」

イジメとも思える上司のパワハラ、モラハラにも耐え、
結局、同じ職場で5年間勤務しました。



いつしか、
「もっとお金が稼げる事はないかな?」
と考え始めるようになりました。


私は、「お金」の面で苦労していた母を、
小さい頃からそばでずっと見ていたので、


「お母さんにラクをさせたいし、
成功して安心させたい。」

 

という気持ちが強かったんです。


看護師という職業は、

周りからは「高給取り」「安定」と言われていたけれど、

お金の天井が見えてしまったのです。

同じ年齢の人に比べたらお給料は高いかもしれないけれど、

自分のミスが人の命を奪う可能性があるという責任を抱えながら、

バカ上がりするわけでもないお給料をもらいながら、

どんどん身体が衰えていく中、

あと35年が過ぎる・・・


「だったら、1000万円を稼いだ方が早いのでは?」

と考えるようになりました。



そこで知った「起業」。


 

自分次第で、稼げる金額の天井がない。

コレだ!と思いました。

当時の私は、起業=社長と思っていたのです

真面目な看護師人生5年を経て、

いきなり社長になりました。


株式会社を設立し、

マッサージサロンのオーナーになりました。
数百万円をかけて店舗の改装を行い、

従業員を1名雇用しました。



しかし、

 

店舗の賃料などの固定費、

人件費、

営業のための交流会への参加、

ホットペッパービューティー掲載の広告料など、

 

お金がバカバカ出ていく・・・


さらに、ビジネスパートナーとの経営方針の違いで、決裂・・・


会社もサロンも、全て譲渡しました。


でも、

起業で稼ぐことを諦めきれなかった私は、
今度は店長兼施術者として新しいお店で働き始めました。

 


格安クーポンサイトに掲載したところ、

定価の1/4程の価格のクーポンが800枚完売、

私は朝から晩まで施術を行う日々。

準備も片付けも洗濯も洗濯干しも掃除も、

カウンセリングもアフターフォローも、

回数券や物販の営業も、

1日最大合計10時間のオールハンドでの施術も、

SNSでの宣伝も、HPやチラシの作成も、

閉店後真夜中に行う近所の家へのポスティングも、

交流会での営業も、

カルテ処理や経理などの事務作業も、、、

 

何から何まで全部、

自分1人でやっていました。



レジ締め&日報報告後、

冷たい床で寝落ちる日々・・・

私は、1日も遅れたことのない生理が、来なくなりました。
排卵日も生理も全く関係のない時期に、不正出血もしました。


さらには、

 

短期間で習得した技術が自己流になり、

両手首の腱鞘炎になりました。
ペットボトルが開けられない、髪を結べない。
ほんの少しの刺激でも涙が出る程の激痛が走る。


「これ以上酷使すると、腱に注射をしながらの仕事になりますよ。」

と医師に言われました。


当時の私のお給料は、月給9000円。
日給じゃない、月給です。
格安回数券や、クーポン消化のお客様がほぼ100%だったからです。



「私は、"お母さんにラクをさせたいし、成功して安心させたい。"と思って看護師を辞めて起業の道に進んで頑張っていたのに、何をしているんだろう?」

と、我に帰りました。
理想と現実のギャップを思い知りました。


この時、私は、私自身も、私の本心も、

全くわかりませんでした。


他人軸で生きてきたからです。



私は、何をしたいの?


私は、どうなりたいの?


私は、どう在りたいの?


私って・・・何?

と、切実に思いました。


その時の私は、

お店のオーナーや、

オーナーに繋いでくれた方、

私のしていることを知っている人など、

 

世間体や他人の目を気にし、
「何とかこの環境で成功しなければ!!」

と思っていました。


けれど・・・

 

自分なりに一生懸命やった結果、

ボロボロのカラダとココロの、

本来の自分じゃない自分がそこにいました。



「もう、他人軸で生きるのはイヤだ!!」

 

と、心の底から思いました。


それに気付いた時、

 

お店で、「うわーーー!!!!!」と大きな声で叫びながらそこらじゅうのものをぐちゃぐちゃにめちゃめちゃに破壊したいくらいでした。



言葉では言い表せないくらい、

とても苦しくて、苦しくて、苦しくて・・・
本当に辛かったです。



自分自身がわからないことが、

こんなにも辛いことなんだ・・・。

 


自分自身がわからないと、

生きている意味もわからない・・・。


私は、そのお店の店長も施術者も辞めました。

この一連の出来事は、当時、母に伝えていませんでした。
全て内密に行っていたのです。


理由は、

 

「母に心配をかけたくないから」

「成功したら伝えよう」

 

と思っていたからです。


いったん自分を癒すために、

自分を見つめ直すために、

実家に戻ることにしました。


ありがたいことに、
実家にいる時に、看護大学の教員のお仕事のお話を頂きました。


今まで、

看護師の後輩教育で

「教育に向いているね!」

と言われたり、

自分自身が教育を「楽しい」と感じたりやりがいを感じていた経験から、

看護大学の教員への道を歩むことにしました。



看護大学の教員を始めて、

「教育者の道が天職なのでは?」

と思うくらい、

私の言葉や関わりで自信を持つ生徒が多く、

 

生徒から

「千葉先生と出逢えて良かった」

「千葉先生のおかげで自信が持てました」

と感謝され、

 

上司にあたる教授からも、

 

「千葉先生は教育者に向いています。

このまま大学の教員としてキャリアアップしてはどうでしょうか?」

 

と勧められていました。



母は、

上司からの大学教員としてキャリアアップをするというオファーを、

涙を流して喜んでくれました。

 


「今まであなたには苦労させてしまったから・・・

やっと、やっと・・・

良い人に導いてもらって、

あなたの良いところを生かせる道に進めるのね。」
と。


母は、泣いて喜んでくれた。
私がずっと想い描いていた「母を喜ばせたい」という想いが目の前で叶っている。



しかし・・・私は腑に落ちなかったのです。


私が本当に手に入れたいことではない。
これは、私の生きたい人生ではない。


私は私。

私は私らしく生きたい。

母の人生ではなく、

私の人生を生きたい。



そう思っている時に、
向井ゆきさんを知りました。


自分軸を持ち、

自分を1番信じて歩んでいる姿に、

とても憧れを感じました。


「私も、向井ゆきさんみたいになりたいし、そう在りたい!」
と、感覚的に強く想いました。



その後、

 

「もっとゆきさんに近づきたい!」という想いから、

向井ゆきさん監修の「自分辞典」アドバイザーにもなりました。



これが、

私の人生の転機でした!!


自分辞典を通して、
自分の資質・才能・得意・強みを知り、
活かし始めてから、
人生が好転していきました。


私の自分辞典カラーは【レッド】です。

自分辞典カラー【レッド】は、
個性が強いため、
その個性を遠慮しないで発揮し、 
突き抜けることが大切
で、
遠慮をすると、逆に嫌われてしまう
ということを知りました。


正直、他人軸でずっと生きてきた私は、


"遠慮しない"とか、
"突き抜ける"ということが

どういうことなのか?、
わからなかったのですが、


ずっと知りたかった
自分の強みを知れたのだから、

自分辞典【レッド】だからこそ、
ありのままの自分で、
遠慮せずに生きよう!

と決意しました。


それからの私は…

とにかく、言いたいことを言い、
とにかく、やりたいようにやり、
とにかく、自分が「今ココ」を楽しくHappyに過ごし、
とにかく、自分が爆笑レベルで笑っていて、


毎日、"ご機嫌な私"で過ごしていました。


それと同時に、当時勤めていた会社では、
会社の組織構築や人材育成を任されていたので、

会社の人達の自分辞典カラー診断をして、
社員5名を、 
自分辞典カラーの強みが発揮される適材適所に配置し、
組織を再構築し、役割を明確にしました。


適材適所で、
自分の強みをそれぞれが生かした結果… 


3ヶ月で会社の売上は3倍になり、

私の手取り月収100万円達成!

と、自分の人生史上、最大の快挙となりました。



他人軸で、

自分の本音を隠して生きていたあの頃は、
 

何をやってもうまくいかなかったのに、


自分自身の才能や強みを知り、
活かしていく事で
こんなにもアッサリ結果が出ることが
本当にびっくりしました。


この経験から、

私には伝えていきたいことがあります。


やみくもに起業を始めるのではなく、

まずは自分の資質を知り、
その自分の資質や才能を生かした起業
をし、

人のお役に立てるという喜びと感謝、
それの対価としてお金を得られる
ようになりましょう。



それにより、

 

自分の人生を本当の意味で豊かにすることができます。



誰もが、


「すでに在る」し、
「すでに持っている」んです。



それを、自分では気付きにくいだけ。



私が、

"心が幸せで豊かな今"を手に入れたのは、


どんなときも、

「幸せになることを諦めなかったから」


です。


ディズニーのシンデレラも、

宿命がどうであっても、
「幸せになることを諦めなかったから」
プリンセス・シンデレラという運命を手に入れたのです。


私は、

「女性は、生まれながらにプリンセス」

って思っています。



女性で生まれてきた私もあなたも、
周りから大切にされ、
自分らしく輝くことができるのです。



周りから愛されるには、
まずは自分を最愛すること♡


自分を最愛するためにも、
まずは自分を知ることがスタートです。



私は、

過去の私と同じように、
自分らしさがわからない、
自分迷子の人に向けて、


自分の資質や魅力を知り、
自分らしさを活かした起業ができる人を
増やしていく
ことを目標にしています!


自分辞典、起業についてのご相談がある方は、
お気軽にLINE@にてメッセージを送ってくださいね!


本気で向き合います。

 


メッセージを送っていただけると、
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ピンク薔薇自分を知ることは人生の礎になるし、自己理解が深まることで自信がつく♡


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星自分辞典のカラーについては、こちらの記事参照♪

 

ダイヤモンド3分でわかる♡自分辞典とは?各カラーの特徴もお伝えします♡

 

 

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