ようこそ!発酵Cafeへ
  • 26May
    • 石牟礼道子さん『苦海浄土』

      『苦海浄土』は石牟礼道子さんの著書ですが、この「苦海」と「浄土」という言葉だけでも圧倒されるものがありました。水俣病を患者側から、また国の組織への提言を書かれた本で、水俣病問題だけではなく、いのちに対しての事実の奥にある真実を、全ての人に対して提言しているように思いました。到底、誰しもがこの本について批評などできないのではないかと感じており、私も感想すらはばかられる思いでいます。水俣病という高度成長期の社会問題でありましたが、それは一つの象徴で同じようなことが今も起きています。原発もその一つかもしれません。何も変わっていないともいえるし、変わっていく希望もあると思っています。全てのことに言えますが、起こったことの善悪の議論ではなく、その後、どう考えていくのか、そこを一人一人に問われているように思います。かつて、病いに対しての憂いより、声が届かないことが闇でした。起こった出来事に対しては、やがて人は受け入れていきます。それだけの強さと許しを持っています。許すことができないこともあるでしょうが、人はやがて許すところにいきます。それでもなお、声が届かないのは、それこそが闇と言えます。闇の中からは、かすかな光でも見出すことができます。その光こそが生きる希望でした。それは直接的な解決というより、まずは肯定、受け入れの心だったりします。「風の谷のナウシカ」の原作の最後の言葉、『いのちは闇の中のまたたく光だ』というのを思い出しました。腐海と人類の共生を探っていく中で、苦しみや悲劇は正常な世の中でもなくならない、それは人間の一部だからと。だからこそ、苦界であっても、よろこびや輝きもあるのに、と続く。「苦海」とは仏教では、苦しみの絶えないこの世の例えで使われるそうですが、そこに「浄土」をつけた石牟礼道子さんの祈りのようなものを感じました。私にとっては、発酵に苦海の中の「浄土」を見出したのかもしれません。そこにはいつも祈りと希望の想いがあります。2018年10月、11月に石牟礼道子さんの原作で『沖宮(おきのみや)』という能が三公演行われます。HPをご覧くださいませ。「近代化が進む中で希薄になりつつあるいのちの深み、そして自然への畏敬の念。日本人が古くから大切にしてきたこの想いを次世代に繋げたい」皆さまにとって光を感じられることがたくさんありますように*・゜゚・*:.。..。.. .。.:*・゜゚・*

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  • 24May
    • 天然パインサイダー

      手でちぎって食べれるスナックパインが面白くて、めんどうという声も聞きますが、私は楽しくて可愛くて好きです。パイナップルの発酵力は強いので、やっぱり発酵させてしまいます。スナックパインを数個ちぎって、皮ごとポンポンポンと瓶に入れ、少量の糖と水を入れて3日ほど。本当は冷蔵庫に3〜4日、その後、常温で1日置いて、シュワシュワと発酵させるのが理想ですが、今回は涼しかったので常温で3日ほど置きました。ウンともスンとも反応しなかったので、失敗かな?と思っていたら、今朝になりシュワシュワと爽やかな香りと共に発酵していました。微炭酸なドリンクになっていて、天然パインサイダー☆*:..。.:*☆このシュワシュワが、カラダの細胞を一斉に目覚めさせたかのように手の先、足の先、頭も目もクリアになって、エネルギーで満たされたかのような感覚になります。落ち込んだり、発酵がうまくいかず自信をなくした時に、酵母の躍動を見て元気をもらうことが多いです。こちらが意気消沈している時も、発酵した酵母たちは躍動感であふれてる。こちらにお構いなしのように、または元気付けてくれているかのように、シュワシュワと音を奏で踊り続けているのを、ただ眺めていることがあります。発酵液を飲むと、瓶の中で起こっていた躍動がそのままカラダの隅々まで行き渡って奏で出す。カラダの細胞が奏で出したら、心も軽やかになり自然と笑みがでてきます。やがて瓶の中の菌たちの躍動と同じような感覚になる。瓶の中の菌たちは、本当に楽しそうで、喜びにあふれてる。カラダの菌たちもそうなれば、私たちもイキイキとしてきますよね(^^)今日も良い一日となりますように*・゜゚・*:.。..。.:*. .。.:*・゜゚・*6月8日、9日 糀調味料5種作りとお話会【発酵のお話会・実習講座/岐阜県各務原】

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  • 20May
    • 小豆の効能・発酵あんこ

      ゆほびか7月号で、発酵あんこの特集を掲載していただいています。麹と小豆を発酵させた、砂糖を使わない餡子です。もともと自宅で豆を甘く炊く習慣がなく、少量の塩で豆の甘さを引き出すのが好みだったので、作っても消費できるかな?と思っていました。昨年、小泉武夫先生の食マガジンサイトで、「あずき麹おはぎ」が掲載されてから反響が大きく、発酵仲間でも発酵レパートリーに入れました!という声がたくさんありました(^^)食マガジン『あずき麹おはぎ』甘酒が流行りだした時に、変わり甘酒として、かぼちゃやさつま芋のバージョンがあり、パンの餡にしたり、スープ、離乳食として使われる方もいました。今回は豆です。麹を発酵させたイメージが湧かず、どんな味だろう?と作ってみたところ、予想を超えた優しい味に、思わず笑みがでました(*^^*)出来上がりは、糀の粒が残っているので、水分も調整するために最後は鍋で練り上げました。火入れをすると菌が失活、活動を止めてしまうので、賞味期限は短くなると思いましたが、それでも冷蔵庫で10日ほど持ちました。以前、小豆の効能でデドックスを実感したことがあり、小豆を見るといつも感謝の気持ちがわいてきます。小豆は今でも体調管理の時に取り入れていて、身体の余分な水分を取りたい時、血を綺麗にしたい時に使っています。発酵あんこを作るときのポイントは、小豆を柔らかく煮ておくこと、糀と合わせる時に小豆の温度を50度ぐらいまで下げておくこと、あとは水分量でしょうか。麹菌は70度以上で失活するので、発酵中は炊飯器の蓋を開けておくこと。これは甘酒作りも同じですよね。いつも小豆を煮る時は、小豆のアクも効能として必要だったので茹でこぼしはしないのですが、糀と合わせたらアクの味が引き立ってしまいました。普段、塩で煮る時はアクの味は気にならないので失敗かと思ったのですが、冷蔵庫で3.4日保存したら菌がちゃんと分解して美味しくなっていました(^^)火入れしたのに活性していることが、菌をまだまだ甘くみていることに気付かされます。アクの味が気になるようでしたら、一度茹でこぼして作ると美味しくできます。私はいつも、びっくり水(差し水)を3回して、早く煮ています。小豆を一晩水に浸けたりすることもなく、乾燥豆をよく洗ってすぐに茹でます。小豆は料理で使うことが多く、小豆かぼちゃは養生食の一つで、クロワッサンでも掲載しました。作り方はこちらです。小豆のびっくり煮も書いています。『塩麹の小豆かぼちゃ』煮ている途中で冷水を入れるやり方は、『玄米びっくり炊き』と同じ理論のように思います。急激な温度差を作ることによって、周りの殻を破る、その時に何か化学変化というか、毒素を転換させている作用があると感じています。ただ普通に柔らかく炊くのとは、また少し違うように思うのですね。ここは説明できないのですが実感はあるのです。発酵あんこを作ろうと小豆を炊いたのですが、料理に使ってしまい小豆がなかったので、白いんげん豆と麹で白餡にしてみました。まだ発酵途中ですが、白餡もいい感じです(^^)6月8日、9日に、岐阜県各務原市で発酵講座をします。8日はお話会と実習、9日は少人数での茶話会をします。実習は糀を使った5種の糀調味料を予定しています。糀があったら何が作れるか、甘酒で飲むだけではなく、料理に展開していくこと、素材の分解、旨味に活用していけること、菌活のきっかけになれたらと思います。場所柄、近くに核融合科学研究所の施設があり、時々、核融合実験が行われています。4ヶ月に渡り、15分おきにトリチウムが大気放出されたりして、福島のことは遠い話ではありません。今すぐに変えられないものに対して、せめて今何ができるか。不安で過ごすなら、立ち向かえる力を。大丈夫という安心感を。発酵の菌から見出してみたいと思います。菌の力を信じられますように。お問合せ・お申込みはこちらから【発酵のお話会・実習講座/岐阜県各務原】今日も皆さまにとってたくさん幸せが訪れますように*・゜゚・*:.。..。.:. .。.:*・゜゚・*

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  • 17May
    • 甘酒をもっと活用

      塩麹が広まったおかげで、麹文化を知られるようになりました。当時、甘酒といえば酒粕から作ったものが多く、アルコールの含まない甘酒は長い間私も知りませんでした。米麹とご飯から作る甘酒を知ったのは14年ほど前。大人になってからも知らなかったというのは、それだけ身近になく、麹文化が廃れていたように思います。知る人はごく一部だったのではないかと。今はスーパーでも甘酒と酒粕、両方売られるようになり、多くの方に広まりました。塩麹を伝えてくださった糀屋本店の女将さんの功績は大きかったと思います。当時、社会で2兆円の麹産業を一気に64兆円にまで伸ばしたと読んだことがあります。今はもっと上回るでしょう。塩麹を広めていた女将さんと出会い、女将さんから甘酒や味噌の作り方を教わってきました。甘酒もどれだけ作ったかわかりません。お米がこんなにも甘く変化するのが、不思議で面白く、この現象はなんだろう?と発酵の世界にどんどん惹かれていきました。たくさん作るので消費ができず、仕事で不規則な生活をしている友人に送っていました。甘酒と言えども麹のカビなので、発酵食品を食べ慣れていない友人は受け入れてくれるだろうか?と思っていましたが、甘酒がなくなると「甘酒ないの?」と嬉しい言葉をもらっていました。同時に、なぜこの人はわかるのだろう?と思いました。聞けば、おばあちゃんが作ってたか、飲んだことがあるというのです。私にはそれがありませんでした。ここの差は大きく、たとえ継続的に作り続けていなくても、記憶で辿れるところがあるというのは受け入れも理解も早いと思います。甘酒に限らず、どんなものでも、ですよね。特別に習ってこなくても、暮らしの中で発酵過程を見たり、保存したり、その味を食べて感じたことというのは、無言の教え、背中で教わる感じがします。今、私が発酵食作りをしていて、完成という基準が過去の記憶と思ったことがあります。食べたことがないものを作ったとき、完成しても着地点がないことに気がつきました。その場合、何度も作って、味の差を比べるしかなく、多くの時間がかかります。一度だとしても、体験・経験の大切さを感じました。伝統技術で聞いたのが、もし継承が10年途絶えたら、それを取り戻すのに100年かかると。10年じゃないのですか?と思ったのですが、100年と言われる。いまだ想像できませんが、私の興味あることで言えば、沖縄のミキがそれかもしれません。文献もわずかですが残っていて、神事で継承されているところもありますが、もう少し多くの情報を望んでいます。沖縄史研究をされている方に、ミキの由来も機会があれば聞いて欲しいとお願いしたのですが、久高島の高齢の方が祖母が話していたのを幼い頃に聞いたというくらいで作り方は知らないと。今のところ、たどるのは難しいと思いました。こうなると、模索しながらでもこの時代に合わせたオリジナルをしていくのがいいのでしょうか。本来、そうなのかもしれません。伝統の知恵をもって、個々が豊かに表現していく、それが本来の姿なのかと。甘酒はそのまま飲むより、砂糖がわりの調味料や、麹菌の酵素、分解力を使って料理の下ごしらえで使うことが多いです。また円覚寺の記事の時に書きますが、甘酒の配合比率はこんな感じでしています。【飲む甘酒】ご飯:麹:水=1:1:3【濃縮甘酒】ご飯:麹:水=1:1:2【甘糀】 麹:水=1:1使う目的によって出来上がりの甘酒の濃さを変えています。乾燥麹か、生麹かで、水の量は加減します。クロワッサンでは塩鮭を使った甘酒漬けをご紹介しました。塩鮭はすでに塩漬けしてあるので、水分も抜けており、塩漬けする手間を省いて甘酒に漬けれます。焼き上がりと、半日経った味もまた違い、焼いても熟成されている感じがします。お弁当にも良さそうですね(^^)塩辛い塩鮭の時は、甘酒につけると塩分もほどよく抜けて柔らかくなり、食べやすくなります。現代は甘塩鮭が多なりましたが、昔はしっかりと塩漬けされていましたね。伝統作りの塩鮭は好みでもあります(^^)濃縮甘酒に漬けました。効率よく漬けるには、使う甘酒が少量で済む食品用のビニール袋でも。肉や魚を冷蔵庫で保存する場合、早々に塩麹や甘酒、味噌やしょうゆ麹に漬けて、熟成させて保存しています。鮮度が落ちる心配をしなくてもいいので、気分的にも楽ですし、冷凍した場合、解凍時の水分が抜けるのを防ぎます。菌は旨味を引き出したり、保存が長くできたり、酵素や栄養を作り出したりと、いいことたくさん♪発酵仲間はいつもイキイキとしていて、エネルギッシュな方ばかり!本当に元気で、いつ会っても楽しい(^^)菌の発酵、そのものだなと思っています .。.:*☆菌の話、面白い話、まだまだたくさんありますよ(^^)インスピレーションがやってきやすくなるとか。物質を通り抜けるとか。不思議な話ではなく、実際に体感できる事例もあります。またいつか(^^)今日は爽やかな風が吹いています。皆さまに心爽やかに感じることがたくさんありますように*・゜゚・*:.。・*:.。. .。.:*・゜゚・*

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  • 15May
    • 台湾の豆腐乳

      クロワッサン掲載の夕食の一つに、台湾の豆腐乳をご紹介しました。豆腐乳はとてもお気に入りで、中国・台湾では1000年以上の歴史がある発酵食品です。作ってみたいと思い、作り方の動画を観てみたら、豆腐を水切りし塩水に浸け、天日干しにして、また塩水に浸けるみたいな出だしで「む、無理だ、、、豆腐を天日干しにする勇気も技術もない」と、挫折している発酵の一つです。台湾ではおかゆのトッピングや調味料としても使われているそうで、発酵が身近にあることを思います。台湾に関係する友人がいて、いつも台湾のことを教えてくれます。台湾で有名な豆腐乳のことをご紹介されていますので、こちらをご覧くださいませ(^^)しろうさぎさんのblog『大渓の豆腐乳屋さん』日本の発酵を見ていると、大陸から渡ってきたルーツを見ることがあります。中国大陸から台湾、沖縄を経て、本土に根付いた発酵があることを思わせます。そして日本の菌が独自の文化を作り出し、日本オリジナルの発酵を見せています。台湾の豆腐乳は、沖縄に入ると泡盛でつけた「豆腐よう」となり、なぜ泡盛で漬けてしまったのかと思うのですが、技術が伝わらなかったか、気候の問題なのか、麹などの材料が少なかったのかと想像します。沖縄から本州には伝わらなかったように思いますが、似たようなものはあるのでしょうか?台湾でも発酵食品であっても添加物が入っているものもありますが、添加物の入っていないものもあり、友人はいつもいろいろ探してくれます。今回いただいたのはこちら。萬里花という会社でしょうか、有名だと思います。茉莉花 マリホァ、萬里香 ワンリシャンと、中国語だと全然読み方も違うということも教えてもらいました。茉莉花はサンスクリット語のマリカーからくる由来もあるそうで、アラビアジャスミンとも言われています。通常のジャスミンとはまた品種が違うそう。このドヤ顔のイラストが何とも発酵に自信あり!と思わせます(^^)早速、友人一緒に開けようとしたのですが、全然蓋が開かないのです。今なら写真を見てわかるのですが、二人して交互に奮闘しましたが、全く開く気配なし。金槌で割るの?とまでなりました。今なら写真を見てもわかるのですが、、、テープが貼ってありました(^^;;これで開くと思ってウキウキしていたのですが、またもやビクとも動かない。拡大しました。透明テープがありました(^^;)これですよね。見るからに開く兆しありです!やっと豆腐乳とご対面(^^)良かったです、壺を割らなくて。もどきを作るなら、水切りした豆腐を塩麹に漬け、金山寺味噌に合わせたら似たようなものができるんじゃないかと想像したりします(^^;;ご飯のお供だけではなく、炒め物や煮物に使うとコクが出て、風味豊かな料理になります。たくさん食べるものではなく、ほんの少し、薬味程度で十分です。こうして少しづつ発酵食品を摂っていくのが理想です。今日も皆さまにとって心温まることがたくさんありますように*・゜゚・*:.。..。.:.。.:*・゜゚・*蓋が開かない時は、テープの可能性ありと…_φ(・_・

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  • 13May
    • 発酵たまねぎ

      5/25号のクロワッサンを読んでいただき、たくさんの方から反響をいただきました。ありがとうございます(^^)今回、どの発酵にしようかと思いましたが、最近、気に入っているものにしました。発酵依頼だったので、発酵のみの特集と思っていましたが、発酵とオイルを組み合わせていて、発酵したものってオイルと合わせると旨味が相乗するのですね。クロワッサンの視点にさすが!と思いました。以前より塩麹とオリーブオイルの相性がよく、ドレッシングやマリネでも使っていました。本誌で発酵たまねぎをご紹介しましたが、乳酸菌をよりよく引き出すことを目的に、塩をほんの少し入れています。目的は「たまねぎ臭を取りたい」でした。生で食べる時にたまねぎの匂いと、たまねぎ特有の味を発酵で分解したいとの理想があり、どうしたものか?と考えていましたが、塩を入れることによって解決したように思います。塩を入れすぎても菌の抑制につながってしまうし、水分がないと菌はのびのびと働かない。そのギリギリのラインをいつも考えています。発酵たまねぎが成功した時に気がついたのですが、ザワークラウトの理論と同じなんですね。キャベツがたまねぎになっただけです。そりゃ成功するわ、と思うのですが、気が付いていない時はそんなものですし、伝統や基本には学ぶべきものが多くあるように思います。クロワッサンには保存期間を2週間にしましたが、もっと保存できます。すでに1ヶ月半たったものがあるのですが、ピクルスのようになって発酵状態もとてもいいです。以前、酢たまねぎが血液サラサラになると広まったように思います。確か、玉ねぎのスライスにお酢を入れて熟成させたものではなかったでしょうか。玉ねぎの効能で血液サラサラは有名ですね。この発酵たまねぎは、酢酸発酵ではなく、乳酸菌の酸味です。砂糖も使っていませんが、玉ねぎの甘みが引き出されていて、マイルドなピクルスみたいな感じです。炒めてもよし、生でもよしなので、用途が広いですよ。今朝は発酵玉ねぎドレッシングにしてみました。刻んであるので、オリーブオイルと塩こしょうを入れて混ぜるだけ。玉ねぎはすでに発酵で熟成されているので、すぐに使えます(^^)バジルとかパセリとか、緑のものがあれば良かったのですが、なかったので色目なし(^^;;プチトマトサラダにしました。盛り付け失敗(_ _)角度変えてもムダ?!今日は母の日ですね。母に、母親のように接してくださった方々に、そしてマザーアースに、全ての母にありがとうございます。良い一日をお過ごしくださいね*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*

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  • 10May
    • 5/10発売 クロワッサン 腸に効く発酵食とオイル

      本日発売のクロワッサン『腸に効く、発酵食とオイルの賢い摂り方。』に掲載していただきました。次の号が出るまで、クロワッサンwebで試し読みと目次が見れます。2ページ載っています(^^)CroissantNo.973 試し読みと目次『腸に効く、発酵食とオイルのもっと賢い摂り方』腸内環境を改善してきた食事、普段の食事ということでお話をいただき、何か特別な一品ということではなく、菌がちゃんと作り出した発酵したものを全ての料理に使っている食事を掲載しました。以前は腸によく効く一品、例えばヨーグルトとか納豆とか、それを食べたら改善できるものを探していましたが、今は料理としてもアレンジしても使えるように、香辛料や塩分、糖分控えめの常備発酵食を作っておき、調味料、または具材としてもっと自由に使っていくことが多くなりました。変わっていった理由は3つありました。1つは全ての料理に消化を良くする食べ物にするため。2つ目は、今、乳酸菌を摂取したい、この料理は酵母で旨味を出したい、今日はお酢でさっぱりとしたい、とその時のカラダの声を聞いて明確に欲しい菌があるので、それを料理に組み込んでいくこと。3つ目は、単純に菌が素材を分解して作り出したアミノ酸や酵素が、美味しくて、とても効果があるから(^^)発酵食は、あまり家庭で作られなくなり知る機会が少なくなり、難しいと思われているのかもしれません。実際に私も試行錯誤でやってきましたが、やり方がわかれば、びっくりするぐらい簡単です。一度仕込んでしまえば、菌が生きているので長期保存ができますし、菌が作り出した栄養素も作られます。それを頂くのですね。そして腸内菌が喜び、腸内環境が整っていきます。今回、発酵食、そのものをお伝えするというのではなくて、いろんな料理に展開できるように、下ごしらえとしての発酵にしました。発酵たまねぎと水キムチのシンプルな発酵2種です。もちろん、そのままでも楽しめますが、カレーやピラフ、サラダのトッピング、あんかけ風のおかず、冷麺のつゆ、など、いろんな料理に展開して菌を摂取していく、ということを軸にしました。すでに刻んであるので、切る手間もかからないし、すぐに料理に取りかかれます。すでに発酵で半分調理されたようなものなので、時短料理にもなります。もちろん、そのままでも食べれます。刻んだ玉ねぎがよりよく発酵できるように、野菜の水分をギリギリ引き出すぐらいの、ほんの少量の塩分にしています。野菜と塩の発酵は世界中で古くからあると思います。一番最初に湧き起こってくる菌なので、それだけ体の細胞にもなじみやすいのではないかなと思っています。発酵たまねぎ、長く発酵させるとピクルスのようになります。玉ねぎの甘みと、乳酸菌の酸味がとても美味しいです。簡単なのでぜひ作ってみてくださいね。発酵たまねぎを使って掲載したのはロールキャベツと夕食の一例のキャロットスープにも使っています。自宅で作ったものですが、左から発酵トマト、発酵たまねぎ、ザワークラウト2種です。ロールキャベツのトマト煮込は、左の発酵トマトも入れています。ある日の夕食です。発酵たまねぎを使った豆カレーと、発酵トマトのガスパッチョ風。夏にいいかも。オリーブオイルをアクセントに少しかけました。クロワッサンをご覧いただけると嬉しいです。今日も皆さまにとって心穏やかな一日でありますように*・゜゚・*:.。..。.:.:*・゜゚・*◎先日の円覚寺の講演会は、私自身、良い学びがたくさんありました。来てくださった皆さま、お手伝いしてくださった皆さま、主宰の小出遥子さん、横田南嶺老師に心からお礼を申し上げます。またシリーズにして書いてみます。

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  • 02Apr
    • お米酵母とグルテン

      ちょっとした試みです。ミキ酵母、お米酵母でパンを焼いたり、煮物に使い旨味を出したりしています。お米酵母が出来上がったら冷蔵庫で保管していますが、使うときに継ぎ足して、再びプクプクと発酵した時に小麦粉と合わせてパンにします。このプクプクにいつも生命を感じます。無数の命が湧き起こって、生命エネルギーに溢れています。麹菌が醸し出した甘い香りと味、そして分解力に自然界の不思議と頼もしさを感じます。継ぎ足しは、ご飯と米麹と水、そして前回継ぎ足して作ったお米酵母。半日ぐらいで、プクプクしてきます。この炭酸を使って小麦粉を膨らませるパンを作ったのですが、発酵が思ったよりも早く過発酵になってしまいました。過発酵になると、苦味がでてしまっていたのですが、お米酵母はそれなりに美味しくいただけるんですよね。このお米酵母は、種菌の使うタイミングを少しすぎてしまっても、うっかりと過発酵になってしまっても、種菌を1年冷蔵庫で置いておいても、待っていてくれるというか、こちらの不足をカバーしてくれるというか、使い勝手がいいし、「こんなことが出来たらいいな」と、ドラえもんの歌ではないですが、漠然と持っていた願いをクリアしてくれました。老麺法やサワードォでは「繋ぐ」と「乳酸菌」がポイントだったと思います。お米酵母は、ここに麹菌・アスペルギルスオリゼーが入ってきます。日本の気候で生育するアスペルギルスオリゼー。薬剤、胃薬としてジアスターゼは一度は目にしたことがあるし、かつて高峰譲吉さんはコウジカビを使って消化薬、タカジアスターゼを作られたと教えてもらいました。コウジカビ、アスペルギルスオリゼーの良さはたくさんあるけど、特に実感するのが酵素力。分解力ともいえるでしょうか。普段はしないことだけど、どのくらいの分解力があるかな?と一次発酵したパン生地を少しお米酵母に入れてみました。グルテンもある弾力性の生地が、多分8時間ぐらいで全て分解されたように思います。グルテンが悪いのではなくて、消化・分解する力がないことを、まず考えたほうがいいと思います。食べる前に外側で分解させるか、内側、胃腸で分解させるかどちらかだと思っています。グルテンはただグルテンというだけだと思います。グルテンが悪いわけではない。アレルギーのある方は避けたほうがいいですし、対応していかないといけないと思っています。グルテンフリーという考え方だけではなく、環境汚染や農薬問題、遺伝子問題や放射能汚染など、今すぐに変えられないものに対して、せめてものの希望を発酵や微生物から見出だしてみたいのです。4月28日(土)円覚寺さんでの横田南嶺老師との対談の中で、この話もさせていただきます。ご参加をお待ちしております。http://temple-web.net/event/105/今日もよい一日となりますように*・゜゚・*:.。..*:.。. .。.:*・゜゚・*

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  • 23Mar
    • 4月28日 横田南嶺老師と対談講演 ≪Temple School 第6弾≫ 

      講演会のお知らせです。4月28日 土曜日 13:00~ 北鎌倉の円覚寺にて小出遥子さんが主宰する、Temple School 特別イベント第6弾の企画で臨済宗円覚寺派管長・横田南嶺老師と対談をさせていただけることになりました。今、書いていても手が震える感じなんですけども、自分でも本当かな?と思ってしまうほど光栄です。光栄という言葉も超えていて、言葉が見つからないのですけども。横田老師とは、小出さんのTemple School 特別イベントでお手伝いをした時に、短い時間ですが発酵のことなどを話させていただいておりました。円覚寺さんでも味噌仕込み、漬物、甘酒を毎年作っておられ、実践されている言葉には深い考察力、洞察があり、老師とする発酵の話は、毎回深みがあるものでした。また横田老師のことについては書いていこうと思いますが、今日は講演会の告知をします。≪Temple School 特別イベント第6弾≫臨済宗円覚寺派管長・横田南嶺さん×発酵生活研究家・栗生隆子さん対話「めぐりの中のいのちのお話」&発酵食レシピ解説会日時:2018年4月28日(土)13:00~16:00(受付12:00~)【タイムスケジュール】12:00- 受付13:00- オープニングトーク/お経13:15- 横田南嶺さん×栗生隆子さん対話/発酵食レシピ解説会/質疑応答14:45- 休憩15:00- 参加者同士の座談会15:50- クロージングトーク/合掌【出演者プロフィール】■横田南嶺(よこた・なんれい)1964年和歌山県生まれ。1987年筑波大学卒業。在学中に出家得度し、卒業と同時に京都建仁寺僧堂で修行。1991年円覚寺僧堂で修行。1999年円覚寺僧堂師家。2010年臨済宗円覚寺派管長に就任。著書に『いろはにほへと―鎌倉円覚寺 横田南嶺管長 ある日の法話より』(インターブックス)、『祈りの延命十句観音経』(春秋社)、『禅の名僧に学ぶ生き方の知恵』(到知出版社)、『二度とない人生だから、今日一日は笑顔でいよう 生きるための禅の心』(PHP研究所)、『人生を照らす禅の言葉』(到知出版社)、『なぜ死ぬのが怖いのかー禅僧、漢方医と“生・病・死”を語る』(桜井竜生氏との共著、PHP研究所)、『二度とない人生を生きるために いつでもどこでも精一杯』(鍵山秀三郎氏との共著、PHP研究所)、『禅が教える人生の大道』(到知出版社)など。■栗生隆子(くりゅう・たかこ)発酵生活研究家。岐阜県生まれ。シンプルな暮らし、家庭でできる発酵生活を実践したところ、長年の腸の疾患を自然治癒力で完治。その経験から目に見えない菌が健康にも環境にも大切な役割をしていると知り、菌の世界から発酵への理解を深める。「発酵・循環・調和」をテーマにした執筆活動や講演を行う。 『豆乳グルグルヨーグルトで腸美人!』(マキノ出版)、『体も家もピカピカになる「お米の発酵水」』(扶桑社)、『からだにおいしい発酵生活』(宝島社)など著書、監修本多数。◎発酵全般を楽しむサイト「facebook/TGG豆乳ヨーグルト同好会」の管理人。https://www.facebook.com/groups/721334441212364/◎blog 「ようこそ!発酵カフェへ」http://ameblo.jp/cafe-baum/《ご参加にあたってのお願い》●座談会は議論の場ではありません。ご自身のお考えを押しつけることなく、違った意見もやわらかい心で受けいれましょう。●全員が心地よくダイアローグの時間を過ごせるよう、各グループごとに、お気遣いと工夫をお願いいたします。(例:ひとりの方だけが話し過ぎることのないようにする、など)上記のルールをお守りいただくことが難しい方は、ご参加をご遠慮ください。もし、このルールに反するような振る舞いが見られた場合は、その場でご退場いただくこともございます。安心・安全な場作りのため、ご理解とご協力をよろしくお願いいたします。会場:円覚寺信徒会館 http://www.engakuji.or.jp/<wbr>top.html(JR横須賀線・北鎌倉駅下車すぐ。円覚寺入口受付でTemple参加者である旨お伝えいただいたうえで、案内に従って信徒会館までお越しください。Temple受付は信徒会館内にございます。)定員:80名(先着順)参加費:3000円(事前振込制。フォーム入力後、振込先をご連絡いたします。)お申し込み: こちら↓のフォームよりお願いいたします。http://ur0.biz/IJrdお問い合わせ:temple00001.info@gmail.com※@を半角に変えてお送りください。円覚寺への直接のお問い合わせはご遠慮ください。主催:Temple運営事務局(主宰・小出遥子)協力:大本山円覚寺===========================================麹、甘酒をテーマにして、そこから伝えたい伝統、文化、考え方の話をしたいと思っています。その中でグルテンフリーに対するもう一つの考え方に繋げていきます。ご参加をお待ちしております。

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  • 05Mar
    • 台湾の発酵菜と日本の贅沢煮

      お江戸散策の次に台湾の干菜で、グルテンが遠のく。冷凍庫の整理をしていて、以前、台湾のお土産でいただいた発酵した葉っぱが出てきました。古代遺跡から出てきたようなシロモノだけど、発酵食品。すっかり聞いていた料理法も忘れ、その方におすすめされた料理本を開く。台湾大好き編集部という文字から、とっても楽しんで作られた本なのだろうなというのが内容からも伝わってきます(^^)台湾文化もいいですよね。日本の発酵のルーツも中国大陸から台湾、沖縄をへて、本州に来たような流れも見えるので、台湾の発酵にもとても興味があります。これが近いかな?と参考にさせてもらったのが「梅干菜」客家料理のスター選手と書いてあり、客家(ハッカ)の文化の高さも感じます。王族の末裔も多いそうで。以前、見本に友人から水で戻してお肉と甘辛く煮たものと、手作りのマントウ(饅頭)をお裾分けしてもらったことがあります。発酵仲間は発酵種を持っているから、マントウもささっと作ってしまう。発酵仲間と言ってるけど、本職、超有名なプロ囲碁棋士さん。世界が全く違うのに話が合うのは、何をするにも体が資本だよね、というところ。健康、いのちがなければ何もできないから。(マントウ)強い塩漬がしてあるのかと、水に漬けて味見をしてみたら、塩気はほとんどなく、きっと乳酸菌の酸味なんですね。水に漬けすぎたら旨味が抜けてしまう!と埃とゴミだけをとって、すぐに引き上げました。水でほぐしただけなんですが、そのまま食べれるぐらいです。すでに発酵しているものですものね。乾物ではないのですね。発酵している保存って改めて素晴らしいと思いました。水に放ってみた梅干(メイガン。うめぼしではない)が芸術的で、水墨画にありそうだとモノクロにしてみました(^^)本の表紙にでも出来るんじゃないの?と浮かんだタイトルを描いてみた。このうごめきを見ながら『わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈の…』と浸ってみる。浸っている間に旨味は抜けていくぞと、早速煮てみました。葉が発酵して漬けてあるから、煮る時間が10分弱。いやー、美味しかったです。調味料は酒と醤油と糖のみ。みりんと醤油だけでもいいかも。お肉も冷めてもやわらかいから、お弁当にもよさそう。そして何より消化にいい(^^)発酵仲間、またもやオーストラリアのヒロシさんなんですけど、ちょうど長野の伝統発酵食、すんき漬けの乾燥をもらったそうで、漬物の乳酸発酵の話で盛り上がりました。乾燥していると海外への持ち込みや、長時間の移動とかにもいいですよね。一昨日、保育園の食育、お味噌をテーマにした映画『いただきます』を観にいっていたのですけど、そこに東京の『糀屋三郎右衛門』さんがいらしていて、講演会の中で粉末にした味噌が海外にも持ちやすく、ふりかけるだけなので使いやすいとお話されていました。大分県のお味噌屋さん、糀屋本店さんも海外へ広めることも考えられて糀の粉末『キスケ』を商品にされています。世界中の発酵の中で、原点は漬物ではないかな?と思います。発酵文化のある国では、どこでもあるかと思いますし、漬物と聞くと古くさいイメージがしたりするのですが、発酵菌としては一番シンプルで、体に馴染みやすいものだと思っています。ドイツのザワークラウトがそうでしょうし、韓国の水キムチもそう。乳酸菌をとっているんですね。一番初めに湧き出てくる菌。どの方にとっても穏やかに、優しく浸透していく菌のように思っています。ザワークラウト、水キムチと海外の名称はカッコよく聞こえるけど、結局、漬物ですよ。日本にどれだけの漬物バリエーションがあることか。数えてみたらすごいと思いますよ。残念なのは、市販のお漬物は、仕方ないのかも知れないけど、発酵といえるのかと思います。こんなことを言って申し訳ありません。流通にのせるということは、そういうことなんですよね。野菜を切って塩で漬けるだけで、乳酸発酵するというのがわかればね。そこに旨味を求めるのなら、時間をかけた漬物かもしれない。時には麹を入れてみたり、昆布や糠、柿の皮を入れてみたり。発酵を置く納屋がほしいなぁ、、、マンションで日陰がないところに住んでいるからなぁ、、、ありがたいのですけど。発酵を置くスペースとしては、、、でも逆に、こんな環境でもいろいろ発酵作りができてます!の参考に!(一気にポジティブ!)で、今日の内容は何だったかと振り返る。わたしといふ現象は…因果交流電燈のひとつの青い照明と_φ(・_・最後に、とても面白い全国のお漬物を探訪された記事を教えてもらいました。とても勉強になります。『全国漬物探訪』あ、タイトルにある日本の贅沢煮を書くのを忘れていました。贅沢煮は富山や福井、岐阜、石川県あたりの郷土料理で、たくあんを水で塩抜きをしてごま油で炒め、醤油や砂糖で味付けするものです。発酵したものを水に漬けてしまうのですけど、この煮物は生の大根、干した大根では出ない旨味があるのですね。子供ながらに、物がなかった時代の食べ物だと思っていたのですが、食卓に上がるとどの人も喜ぶおかずでした。うちの地方では黄金煮と言っていたように思います。黄金って漬物の黄色の色からかな?と思っていましたが、贅沢煮と名称があるのなら、本当に美味しいからなのかも知れないと思いました。普通、たくあん漬をもらったり、古漬けの活用法で作る料理のイメージですが、贅沢煮を食べたいがために、スーパーでたくあんを買ってきて、わざわざ水で塩抜きをして作る光景に、何やってるんだろう?と笑ってしまうのですが、塩抜きをしてでも残る旨味が発酵食の中にはあるということでしょうか(^^)今日もみなさまにとって素晴らしい一日となりますように*・゜゚・*:.。..。.:.。. .。.:*・゜゚・*

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  • 02Mar
    • お江戸散策 弁天様から聖天さま

      グルテンフリーの話はどこいった?!ですが、お江戸散策してきたものですから(^^)友人にお誘いいただきまして、こちらへ。上野、不忍池の弁天さま。御本尊は八臂弁財天で、天河神社の中央に祀られている弁天像と同じなんですね。弁天堂での法要と、月に2、3日ある巳の日に聖天島の門が開くので、聖天様の参拝に行ってまいりました。聖天島は絵の左にある小さな島です。もともと弁天様がいらしたようですが、中央の島の八角円堂に移られ、そこには聖天様が祀られるようになったと聞きました。先日、上野国立科学博物館に南方熊楠展に行きまして、あ、あと2日で終わりですね。3/4(日)までですので、ぜひ(^^)南方熊楠生誕150周年記念企画展南方熊楠-100年早かった智の人-その帰りに初めて不忍池の弁天様に参拝しまして、聖天様の門は巳の日しか開かないと、いつか行きたいと思っていたところ、ここにご縁のある友人からお誘いいただきまして、お江戸散策となりました(^^)つい数年前までは、聖天島は手入れがされておらず、草がボウボウと生えている印象がありました。ご住職がきれいにされたそうで、今は手入れされたお庭のようです。その後、不忍池の弁天島と、JR上野駅の不忍口改札の間に、びわ湖・長浜市の観音様を拝観できる素敵なスペースがありまして連れて行ってもらいました。「祈りとくらし」が息づいている観音の里、長浜市の村人に守られてきた観音さまが一体ずつ交代で展示されています。癒される空間と、観音さまの優しいすがた、間近に拝観できるのと、長浜市の映像が流され、日本の美を感じる空間でした。びわ湖長浜KANNONHOUSE守り継いできた、人々の絆。1300年の祈りを東京に。拝観無料です。すごい活動だと思いました。長浜、びわ湖に行きたくなりますもん。里山に。湖に。郷土祭りに郷土食。えぇ、郷土食の鮒鮨に釘付けでしたが。展示の撮影も可という、どこまで優しいのかと。今回、展示されていた観音さまは十一面観音菩薩立像でした。今までに来られた観音さま。一番目は竹生島から。長浜市の魅力が伝わる映像。景色が育ったところと似ているので、懐かしく観ていました。場所です(^^)今日お誘いいただいた友人、いつも途中で思い出すのですが御主人が円空仏を彫られる彫刻師さん。円空仏を掘るワークショップも定期的にされています。〜お守り袋に入る千体仏〜お江戸散策、楽しかったです。このコースでまた来たいと思います。国立科学博物館、美術館もあり、そちらも行きたい。パンダもいる。パンダ、、、私は弁天様でいい。今宵もみなさまに満月の光が降りそそぎますように。

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    • 2/3発酵祭 グルテンフリーと発酵の可能性①

      遅々として進まないので、途中の文章で送ります(^^;参加者の皆さんが発酵に関心があり、発酵を通した活動をされていたり、実際に作っている方が多かったので、一緒に皆さんと考えてみたいと思うことがあり、言葉にしてみました。今から書くことも2、3方面に話が飛ぶと思うのですが、今は言葉だけでも拾ってもらえたら嬉しいです。発酵作りは25年ほどしているかもしれません。ここまで惹き付けられたのは、菌の発酵する姿はいつも躍動感や生命力にあふれ、毎回元気をもらうんですね。それは今でも続いています。最初の10年は自分が思うパンの酵母探しをしていました。あとの15年は腸内の菌を取り戻すために必要に迫られてしてきたことですが、同時に「生きる」という希望を見いだしていきました。今振り返ると、パンの酵母と、甘酒や味噌といった糀を使った発酵に興味を持ってきたのですが、バラバラのようで実は求めてきたことは似ていたように思います。求めてきたこと、いつも忘れられない感覚は『乳酸菌と酵母の共生と、その織りなす世界』パンもお酒も酵母が作り出すものですが、ここに乳酸菌の存在をいつも感じてきました。1回の発酵過程ではまだ若く、乳酸菌から酵母へ移行した時に同じ素材を入れ、もう一度「乳酸発酵」させる。これを何度も繰り返すことによって強固なものとなる。繰り返している間に『そこで織りなす世界は、揺るぎないものとなる』そんな風に感じてきました。これをしている発酵法が、私の中では下記のものです。パンでは中国、台湾の老麺法であったり、ドイツ、サンフランシスコで有名なサワー種・サワードゥ。日本酒で言えば、三段仕込みという発酵過程余談ですが、ワインで言えば発酵途中でリンゴ酸を乳酸に変える「マロラクティック発酵」という発酵もとても気になります。これらの発酵は特に乳酸菌が要となっています。乳酸菌の次に湧き出る酵母、もう一度、同じ材料を入れることで、乳酸菌が再び優勢となり、同時に酵母と共生しあい、豊かな世界を作り出していく。1回の発酵過程ではここまでの世界は感じないのですが、比較するものでもないと思っています。全ての発酵作りに言えることですが、1回の発酵法がいい時もありますし、繋いでいくほうが良かったりします。最初に老麺法で気がつきました。その時の記事がこちらです。『探し物はなんですか?』この時はまだ、空気中にある菌、素材についている酵母、そして繋いでいった菌の世界が違うなというぐらいでした。乳酸菌や作り出された酵素やアミノ酸の旨味に私の身体は気づいているのですが、それが何なのかはわかっていませんでした。十数年後、菩提酛造りの最初の工程「くされ酛」を作ってみた時に、「そやし水」の乳酸菌の酸味と旨味に気がつきました。「老麺法のパン作り」と「酒造り」この2つの感覚は同じです。※余談ですが、玄米を直接入れて作る豆乳ヨーグルトは3段階の発酵にしました。 その原理は酒造りの三段仕込みの工程と原理は同じです。求めてきた感覚を言葉にすることは、私の偏った意見ではないか?とか、アレルギーの方に対しては慎重になるということ、さらに、それで活動されている知合いもいるので、あまり表で言う事は控えてきました。しかしそれ以前に、話し合える人が周りにはいませんでした。勝手にですが、似たような経験からの気づきで、考え方に共感して尊敬している方々がいます。・寺田本家の23代当主 寺田啓佐さん・小麦粉酵母パンの林弘子さん・奇跡のリンゴの木村秋則さん・「ニンジンから宇宙へ」「循環農法」著者の赤峰勝人さん(なずな農園)この方々は命のところまでいって、菌の存在に気がついた方々でとても共感するんですね。菌の存在をとても広く捉えています。発酵食作りだけではなく、自然界、宇宙、医療、波動、過去、未来、心など、本当に広く捉えられています。寺田さん、林さんは他界されているので、残された言葉から想いを巡らせています。木村さんと赤峰さんは農業になるので、食品の発酵作りとなると少し距離がありますが、自然農法を可能にするのは土の中の微生物を育てることなので、共感することは多くあります。寺田啓佐さん、林弘子さんとは発酵の話をしたかったのですが、それが叶わず、話せる人を探していました。私が話したかったのは、菩提酛造りと老麺法、サワー種、酒種酵母の感覚です。お酒の品評の話ではなく、パンの比較の話ではなく、その発酵の中で織りなしている世界、感性のことなんですね。なので、杜氏さんでお酒の話はできてもパンの話をすると、パンはわからないと言われますし、パン職人さんと話すと、老麺法はすぐ酸味がつくでしょう?と言われたりして、個人の追求の話になってしまい、話はそこで止ってしまいます。皆さんはご商売のこともあると思うので、美味しさや美しさ、多くの方に受け入れてもらえる商品開発になり、日々、家庭で発酵したものを取り入れて健康に役立ていくという考えからは、少しレールが外れるのかもしれません。しかし、林弘子さんや寺田啓佐さんがしていた発酵には大切な『鍵』があるような気がしています。土台に人や自然への愛がありました。その上で表現としてお酒やパンだったと思います。人のお役に立つものとして。その信念は伝わってきます。発酵作りをしている仲間に、老麺法やそやし水、ミキをなどを作ってもらい、感性を教えてもらってきました。今考えると皆さん、いろんな発酵にチャレンジしてくださったと、本当にありがたく思います。皆さんに発酵法を伝えてすぐにできるのは、それまでにいろんな発酵作りをして、ポイントや感覚を掴んでいるからすぐに成功されます。本当に皆さんすごいなと、いつも思っています。オーストラリアに住む日本人男性で杉原ひろしさんという方に1年前に出逢いました。発酵に興味を持たれ実践していた方ですが、この方は同じ感性を持っていると感じ、電話で話させてもらったのが最初でした。まだ菩提酛や老麺法のことはご存知ないけど、きっとわかってくれるだろうと時間がかかってもいいから作ってもらうことをお願いしました。私が4年前にfacebookで発酵グループを作った同時期に、ひろしさんもオーストラリアから発信する発酵グループを作っていました。3年ほど知らなかったのですが、同じことをしてきたことも不思議に思います。だいたい、このような話ができる方は病いであったり苦労のきっかけで気づかれたりするのですが、ひろしさんの場合は東日本大震災がきっかけでした。日本から遠く離れた外国にいるのに、なぜ日本のことを、そして発酵に気がついたのかと思うのですが、日本・国外を問わず東日本大震災をきっかけに気づかれた人は多くいます。それだけ何かが変化した時だったかと思います。私もあの時、なぜか『味噌』とでてきました。余震のあるなか、まだ混乱していた中、味噌仕込みをしていました。その時に仕込んで役立つものではありません。しかし、仕込みたい衝動にかられたのは事実です。発酵であれば何でもいいのですが、味噌が一番適していたと今は思います。ひろしさんが最初に発酵作りをしたのはサンダーキャッツさんの本を読んで、ザワークラウトだったと聞きました。サンダーキャッツさんも大病をされて、発酵に目覚め独学で実践されてきた方。生きるということを全体から捉えられて、話される言葉に愛を感じます。昨年、初来日をして講演会がありました。その時の記事をhaccolaさんが記事にしてくださっています。キャッツさんとお話をぜひご覧ください。ザワークラウトの作り方】発酵のニューリーダー、サンダー・E. キャッツさん初来日!グルテンフリーの話を全然書いていないのですが、次に続きます^^今日は満月だそうで、昨晩もとても輝いてきれいでした。皆さまも佳い一日をお過ごしくださいませ。

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  • 15Feb
    • 2/3発酵祭 ありがとうございました

      2/3、なかじさん主催する発酵祭に、いつかお会いしたかったウエダ家COBOと共に参加させていただきありがとうございました。感想とお礼が遅くなりました。当日、気管支炎を患っており回復に10日ほどかかってしまいまして、皆様からいただいた感想やお礼に返信もできずに失礼しました。同時に、発酵祭の時に思っていたこと、話したことを、あれからもずっと考え続けていました。今日は続きのようなことを書いてみたいと思います。今回、2/3の言葉から乳酸菌の日としてテーマは乳酸菌でしたが、登壇するメンバーを見て乳酸菌だけではなく、酵母も含めた共生の話をさせていただきました。主催のなかじさんから発酵祭に声をかけていただいた時、登壇する3名から共通するのは、300年続く老舗の造り酒屋『寺田本家』と思いました。◎なかじさんは元寺田本家の杜氏さん。◎ウエダ家COBOさんは、寺田本家さんと関わりが深く、講演会でも発酵の気づき、考え方について大切なことを故 寺田啓佐さんに教わりましたと話されていました。◎私はお会いすることは叶いませんでしたが、寺田啓佐さんの『発酵道』の本より、大腸の大病をされて菌の世界に気づきがあり、人のお役に立てるお酒として自然発酵酒を復活させた方で、私も腸から菌の世界に気づいた一人なので、聞いてみたいこと、話してみたいことがあり切望していた方でした。知ってから2ヶ月後に他界されたので本を読む事しか出来ず、ずっと声なきところに語りかけていくしかありませんでした。「発酵道」は今でも読んでいます。ページを折るのは好きではないのですが、この本だけはサッと大切なところを読み返せるよう折り目をつけたのですが、ほぼ全ページ折ってしまいまして、結局どこがポイントなのかわからないという・・・どのページを開いても心に響くことばかりなので、何度読み返してもその都度、気づきがあります。 3年ほどずっと寺田啓佐さんに話しかけていたように思います。もちろん返答はないですし、答えも見つからない、相談できる人もいないと、ただ日々が過ぎていきました。ある方の講演会で、お釈迦様が菩提樹の下で悟りを得たという話を聞き、「菩提」というワードから奈良県の菩提山、正暦寺が日本清酒発祥の地で『菩提酛』というお酒があることを知りました。ずっと気になっていた感覚は菩提酛造りの「そやし水」だったと気がつきます。その時にそやし水について、記事を書きました。『そやし水』乳酸発酵酸性液それまでお酒というと「酵母」という頭しかありませんでしたが、菩提酛の酒母造りの最初の工程を真似てみて、そやし水の「乳酸菌」の存在がとても重要に思いました。※酒造りの話をしているのではなく、杜氏さんたちからみたら異論はあるかと思いますが、私は身体の細胞にとって響くものの視点から話しているのでご理解ください。そやし水は、生米と水の中に、ガーゼなどで包んだご飯を入れ、4日ほどかけてご飯のデンプン質を菌の餌として乳酸発酵をさせていきます。麹も入らない、材料はお米と水だけなんですね。そこから乳酸菌が発生するわけですけど、一番シンプルな発酵と言えると思います。どの分野においても思い当たるところがあると思いますが、シンプルこそ力強い。シンプルは余計なものはないし、自由変化する大きな可能性を秘めているし、揺るぎない持続するものを感じます。発酵祭の時に、なかじさんも講演の中で「そやし水」を説明されていました。なかじさんは、寺田本家の自然発酵酒を復活させた時の杜氏さんですし、寺田啓介さんの元で肌で感じてきた方。そのお話が聞けるのはとても嬉しかったです。打合せの時に、普段からワークショップで「そやし水」を伝えられているので、惹かれる理由を聞いたら「命が湧き出る瞬間のようで、そこが好きなんですよね。ただそれだけなんですよ」と話してくれました。全く同意見で、乳酸菌とか発酵過程うんぬんと私も言っていますが、純粋にただ、ただ「命が湧き出る瞬間」に感動しています。発酵好きな人たちって、本来、そこだけのような気がします。うんちくは二の次。目の前の神秘にただ、ただ感動し、笑みがあふれる。自分で仕込みはするけど、発酵させていくのは菌たち。私たちは手も出せず、祈るような気持ちで待つしかない。人には到底できないことを、菌たちはやってのける。私たちは浄化一つ、物事一つ変化させることもできないのです。発酵道の本の裏に、当時の寺田本家の皆さんたちの写真があります。ここになかじさんがいる。そして、もう一人、ずっと心にある杜氏さんが写っています。あれから何もできていないのですが、忘れているわけじゃなく、希望や願いというものをずっと持ち続けています。時が来たら、動いてみたいと思っていることがあります。次に講演されたのは、ウエダ家COBOのアミさんとユウさんで、前記事にも書きましたが、今、皆さんがいろんな酵母を気軽に作れるようになったのは、ウエダ家さんの功績が大きいと思っています。酵母を成功させるには乳酸発酵の過程がとても重要となり、その方法を確立してくださいました。発酵過程を映像でたくさん見せてくださいました。発酵好きにはたまらない映像です(^^)すごいよね、ただトマトを切って置いておくだけなのですが、普通ならそのまま置いたら腐るのに、手順を踏まえて発酵したら、旨味と栄養価が増して、保存も長くできるのだから。切った時点では同じなのにね。トマトをそのまま冷蔵庫に置いていたら、ただカビが生えたり、熟しすぎたりして腐ったものになるだけなのにね。発酵させるか、腐敗させるかの分かれ道。ユウさんの菌への探求心と発酵愛に、こちらまで笑みがこぼれました。ウエダ家COBOさんは自社の自然発酵乳酸菌を開発されていて、それを使ったリンゴと人参の乳酸菌ドリンクを作ってきてくださいました。飲んだ感想は『優しい』ほんと優しい。ウエダ家さんのお人柄がそのまま出てる感じです。発酵飲料で何でお人柄なんだ?!ですが、ウエダ家さんが心から皆さんが健康になること、発酵を身近に取り入れる生活を願うこと、そして発酵を通して社会への貢献という思いが伝わってくる感じがしました。講座を受けたり、一度でもウエダ家さんと直接お話されたら、皆さんそう思われるのじゃないでしょうか?この自然発酵乳酸ドリンク、赤ちゃんの離乳食やお年寄りの食事にもいいと思いました。すりおろしただけじゃない。生きた乳酸菌、酵母もいて、腸が元気になるのだから。熱を加えていないから酵素も生きている、ビタミンCも壊れていない。発酵って初期発酵が上手くいくかが成功のポイントだと思っています。素材が良い状態の時に、いかに早く分解し乳酸菌発酵に持ち込めるか。ここでモタモタしていたら、その後の発酵も不安定なものとなります。ウエダ家COBOさんの自然発酵乳酸菌を使うことは、初期発酵へ確実に早く持っていけると思います。糠床に入れても良いそうで、糠特有の臭みも乳酸菌のおかげで軽減されるそうです。おいしそう〜(^^)                                 (写真をお借りしました)今でも思い出して優しい気持ちになれます。発酵って、本来、優しさなんじゃないかな。競い合うものでもなく、威圧的になるものでもなく、何かと比べるのでもなく。その素材の良さをどこまで引き出せるか。それが持続するか。心まで届くか。その他にグルテンフリーの考え方について話しました。続きを次に書きたいと思います。今日も皆さまにとって、佳い一日となりますように゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

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  • 31Jan
    • 2月3日、4日 イベントのお知らせ

      明日ですが、2月3日(土)は乳酸菌の日!と題しまして、渋谷にて『発酵祭』が開催されます(^^)ゲストスピーカーに呼んでいただきました!登壇される皆様は人気のある方ばかりで、ご一緒していただけることにとても嬉しく思っています。発酵に対する思いと発信はいつも尊敬していて、周りの方たちからもお話を聞く事が多くありました。主宰のなかじさんは、元寺田本家の杜氏さんで、今は全国で麹のワークショップをされており、多くの方が麹を自宅でも作れるようになっていること、そして発酵を通して物の考え方も伝えておられています。以前から、参加された方から感動の声をよく聞いていました。今回の打合せでお話させていただいたとき、打合せよりも私がなかじさんに対して思っていたこと、質問してみたかったことがあり、ほぼその内容で終わってしまいましたが、話してみて発酵に対する根底が同じだとわかり、もう少し思いを聞いてみたいと思いました。明日のイベントで皆さんと共有できたらいいなと思っています。なかじさんについてはこちらオンラインにて麹が学べるサイト。スケジュールやその他の情報も充実しています。なかじさんの『麹の学校・ぷくぷく発酵塾』公式サイト麹作りの作業風景がブログで紹介されています。慣れてしまえば麹も各家庭で気楽に作れるし、昔は不出来であったとしても、家庭で作られていたように思います。なかじさんblogより 麹作り一緒に登壇される、もう一組の方は、家庭で酵母を安全で確実に作れる方法を確立してくださった「COBO.Labウエダ家」さん。私は「ウエダ家COBOさん」と呼んでいまして、いろんな素材から酵母を起こせる手法は本当に画期的で、多分、多くの方がウエダ家COBOの作り方で成功されているんじゃないかと思っています。私も発酵全般の話をする時に、酵母作りの時はウエダ家COBOさんのお名前と手法をお話しさせていただいていまして、その他に私が体調不良で菌のバランスを崩して菌が取り戻せなく気落ちしていた時に、気持ちを立ち直らせてくれたのは、ウエダ家COBOさんの酵母作りから発展させた、水を入れない素材だけで発酵させた酵母でした。東京、白金と三田にある天然酵母パン『ラトリエコッコ』さんのオーナーさんが作った玉ねぎやトマトの酵母の瓶を見て、瓶に入ったものでしたが確かに伝わってくる菌の存在と感動があったのを覚えています。ウエダ家COBOさんは水を入れるのに対して、ラトリエコッコさんの酵母は水を基本入れません。素材を切って瓶に詰めただけでは、普通は腐敗に傾いてしまうはずなのに、プクプク、シュワシュワと発酵しているのです。なぜ、この発酵ができると思えたの?と質問したら、ウエダ家COBOさんのやり方で何度も作っていたから、それを応用してみましたと、土台にウエダ家COBOさんがあったことを思いました。発酵仲間、発酵好きにとっては、酵母作りを確立してくださったことはとても大きな事だったと思います。本もたくさん出されています。ウエダ家のえがくスープCOBO 野生酵母と出会う酵母スイーツ乳酸菌の会だというのに、ウエダ家さんの酵母作りの絶賛ばかりになってしまっていますが、酵母作りに大切なのは、乳酸発酵の過程。大丈夫、ここから「ウエダ家さん=乳酸菌」に持っていきますよ(^^)ウエダ家さん、自社の乳酸菌「ウエダ家の自然発酵乳酸菌」を開発されており、原料は国産農薬不使用米、自然栽培玄米麹のみ。ウエダ家の自然発酵システムによって育まれる自然発酵乳酸菌(乳酸菌、酵母、EPS)の菌叢とのことで、そのまま飲んでも腸にいいのと、それをスターターにしていろんな発酵作りや料理にも役立ちます。私も大切に思う、お米由来の乳酸菌なんですよね。日本人のカラダに、お米の乳酸菌はとても浸透しやすく、馴染みやすいと思っています。明日、その「ウエダ家の自然発酵乳酸菌」を持ってきてくださるのと、果物と野菜を使った発酵飲料の試飲もあるみたいです(^^)とても楽しみです♪♪♪明日、土曜日、渋谷で開催されます。途中からでも懇親会だけでもお気軽に遊びにきてくださいませ。お子様も可みたいです。お問い合わせくださいませ。スケジュールとお申し込みはこちらから\ 発酵祭 Tokyo / #2月3日乳酸菌の日地図はこちらです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2018年2月4日(日)13:00~17:00(受付12:00~)Temple School イベントのお知らせ《Temple School 特別イベント第4弾》 タイ上座部仏教僧侶プラユキ・ナラテボーさん×臨済宗円覚寺派管長横田南嶺さん対話「あるがままのいのちのお話」&手動瞑想ワークショップ円覚寺にて、タイで出家された日本人僧侶、プラユキ・ナラテボーさんのテーラワーダの瞑想と、臨済宗円覚寺派管長・横田南嶺老師の禅からのお話、とても興味深く、今からとても楽しみにしています。プラユキ先生による手動瞑想も体験してみたいと思いますし、横田老師のお話は毎回、深い気づきの中にも笑いを誘ってくださり、聞いている人を飽きさせません。老師の話というだけで緊張している私たちの気持ちを先ずは笑いからリラックスさせてくださり、しかしながら最後には、ストンと腑に落ちるような思いがしています。坐禅と瞑想、日本とタイの仏教から学ぶこと、とても楽しみにしています。円覚寺という場所もとても落ち着きます。北鎌倉駅の目の前という近さで、毎月、坐禅会や延命十句観音経写経会があります。2月4日も10:00~11:30【会場:蔵六庵】で写経会が予定されています。ちょっと早く来たら参加できますね。円覚寺 坐禅会、写経会のご案内受付で参加しています。お申し込みがあと若干名とのことですが、まだお申し込みはできますので、みなさまのご参加をお待ちしています!なかなか聞く機会がない対談、瞑想ワークショップだと思います。お申し込みはこちらから《Temple School 特別イベント第4弾》 タイ上座部仏教僧侶プラユキ・ナラテボーさん×臨済宗円覚寺派管長横田南嶺さん対話「あるがままのいのちのお話」&手動瞑想ワークショップ[DATE]2018年2月4日(日)13:00~17:00(受付12:00~)[PLACE]円覚寺(神奈川県鎌倉市)寒い日が続きますが、免疫を落とさないように発酵食と睡眠、何より温かくしてお過ごしくださいね。春はもうすぐ。つぼみは、咲く準備をしていますね。

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  • 08Jan
    • 天河の宇賀神と円空

      円空は江戸時代前期の修験僧で美濃国、現岐阜県の出身で、私にとって円空とは、入定場所が育った地にあるのと、円空ゆかりの地ということで、円空記念館だけではなく、円空煎餅とか円空饅頭、円空定食など、名前だけが身近すぎるものでした。(円空定食って何だろう?)身近すぎて逆に注目しないというか、木彫りをした僧侶というぐらいでした。そもそも円空が生前に掘った仏像は12万体と言われており、縁があった民家に所有していたりして、それも今のように価値もおかず、うちにもあるよという感じなのです。私自身も円空の入定の石碑は川遊びに降りていく目印程度でした。『橋を渡って石碑を右ね』友達の家に行くのには『橋渡って石碑を左ね』という感じです。完全に目印。他に特徴がないから。大人になって県外で円空の名前を聞くと珍しい人だと思っていましたが、地元の歴史をちゃんと知ると面白いと最近思うようになりました。どの地域にも歴史や謂われが残っていて、それを感じてみると景色の見方や思いも違ってきて、大地や祖先との繋がりを感じます。天河の宮司様の話の中で時々、円空という言葉が出てきました。ボソッと話されるので聞き逃すのと、よく理解できず、多分、私が理解していないこともわかっていらっしゃる思うのですが、時折「円空がゴニョゴニョ…」と言うのが気になっていました。宮司様特有だと思うのですが、多分、知らずとも、時々その人に合った言葉を言うことがあるような気がします。宮司様に関わった皆さまにも、一度は何気ない一言が心に残る、なぜ今そのことを?など、きっとあるかと思うのですが…近くの栃尾観音堂に円空が掘った仏像が四体あり、その中に弁財天像がありますが、そのことではなく、天河神社に二体あることを関係者の方に教えてもらいました。一体は宇賀神、もう一体は大黒天。宇賀神はいろいろな説がありますが、日本固有の神として農業や穀物、財福の神とされ、民間に信仰されてきました。比叡山延暦寺(天台宗)の教学に取り入れられたことから、仏教の護法の神でもあり、川や水に関係する弁財天と習合し、宇賀弁財天とも呼ばれています。天河神社では神仏分離令と廃仏毀釈以来、124年ぶりに復興された神仏習合の神事『宇賀神王浴酒神事』があり、毎年12月、巳(み)の日に行われています。その復興された神事で祀る宇賀神を、円空の木彫りから型取りし、金属で作られたものが今の神事に使われていました。天河の宇賀神は7cmほどの小さなもので、ある時、掃除をしていた時に、梁の上か、隙間から出てきたそうです。7cmと本当に小さいものなので、私も2度ほど拝殿に登り間近で見る機会があったのですが、それが宇賀神とは気がつきませんでした。今回、天河と円空の話から、浴酒神事で見てるでしょ?と言われて、それでも思い出せず、金色のお皿の真ん中にポチョッと小さいものがありましたけど、、、と言ったら、それが宇賀神だったようで(^^;;『上まで登ってどこ見てんのアンタ!』と言われたセリフが面白くて、そりゃそこしか見るところはないし、みんなそれを見に行ってたのか!と今頃になって気がつきました(=´∀`)人(´∀`=) ←ハイターッチ!誰とだ?!明治の廃仏毀釈などで逃れるためだったのか、または近隣の氏子たちが持ち帰り、時代が落ちついた頃、また神社に集められて置かれたのかはわかりませんが、宮司様は2011年の神事を復興される時に円空の宇賀神像で作られました。もともと天河神社は神仏習合で、今使われてる紙袋にも印刷されていますが、明治時代、神仏分離までは琵琶山白飯寺(びわさん びゃくはんじ)がありました。(南北朝時代の天河社の隆盛を伝える古図が、袋に印刷されています)琵琶山白飯寺は全体の名称であり、その中に正殿拝殿、御厨所、観音堂、地蔵堂、薬師堂、行者堂、護摩堂、二重宝塔、僧舎があり、当時は僧侶100名以上が修行されていたとも言われています。天河神社は神社では珍しく般若心経を唱えます。それは宮司様が山を神仏(かみほとけ)の世界と意識をされ、白飯寺もあったことから神社庁の反対を押し切り、般若心経を取り入れ、2016年の浴酒神事の祝詞では『これから天河弁財天社は琵琶山白飯寺も同時に名乗ります』と決意されたことがとても印象的でした。明治の神仏分離と同時に修験道の廃止もありましたが、修験道の伝承は密かに守られてきたのでしょう、例祭の護摩供養の時には大勢の山伏が集まり、般若心経が唱えられます。初めて見た時は、なぜ神社で般若心経を?山伏がまだいたんだと不思議な気持ちでした。山伏たちの置かれてきた境遇はいかばかりだったかと思います。天河神社は一貫して神仏分離に異を唱え、原始信仰の中から生まれた修験道の神仏習合、山や河など森羅万象に祈りを向けるといった信仰の原型が守られてきたと思います。浴酒神事は、神道の柿坂宮司と天台宗の瀧口宥誠大僧正猊下をはじめ、宗派を超えて、真言宗、浄土宗の僧侶50名はいらっしゃるでしょうか、祝詞や御真言、妙法蓮華経観世音菩薩普門、般若心経など唱えていきます。浴酒神事は宇賀神に一年守っていただいた感謝を込めてお酒と供物でもてなす、仏教でもとても大切な儀と聞いたことかあります。浴酒と書くように、御真言、お経を3時間ほどひたすら唱えながら、宇賀神にお酒をかけていきます。よく弁財天で唱えられる御真言はオン・ソラソバテイ・エイ・ソワカですが、宇賀神王の御真言も唱えています。オン・ウガヤジャヤ・ギャラベイ・ソワカ最初、私も御真言って何?舌を噛みそうなんだけど、と思っていたのですが、上手いとか下手とかではなく、純粋にそのものに向かう、その心がいいなと思っています。東京の吉祥寺、井の頭弁財天でも天河の前に復興されていました。井の頭弁財天は朝・昼・夜中の三座、3日間続く計九座されています。この神事はどの方でもできるわけではなく、阿闍梨(修行僧たちの規律を指導し教義を伝授する高僧)しかできないとのことで、40年、毎月かかさず大峯本宮の天河弁財天に参られている天台宗の瀧口大僧正猊下がいらしたこと、復興させようと働きかけた方、円空の宇賀神像が見つかったことで、そのような時期にきたと宮司様、関係者の方は言います。神社と仏教が分かれている今、本来、習合といった形があるように、宗派を超えて融合できたらいいなと思っています。般若心経に書かれてある言葉も大好きで(大好きという言葉が適切かわかりませんが)浄土真宗だったので読む機会がなかったのですが、迷いの中にいた時に、全てここに書いてある、すでに確立されていたんだと感動したことがありました。お経、宗教ということではなく、宇宙観というか不生不滅不垢不浄不増不減字のごとく。訳は皆さんの自由訳。あと、痛快なのが無だらけというところ。どんだけ無い無い尽くしなの?禅問答のようです。何を聞いても容赦ないみたいな。無いっちゅーもんは無いねんっ!!!以上!!!と言われているような。もう降参するしかない。「参りました」と言ったところで、OK!みたいな。自由訳すぎますか?というわけで、円空の話はどこいった?で終わります。今日も皆さまに心温まることがありますように*・゜゚:.。. .。.:*・゜゚・*

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  • 04Jan
    • 山開き

      年末30日に、実家近くの山に登っていました。山といっても15分ぐらいで登れてしまう、小高い山。私にとっては産土の地の山となります。2年前から父が、区と市、付近の神社の氏子さんたちと共に山の登山整備に関わっていて、整備ができたので、昨年の11月に地元の方270名と集まり、みんなで登って楽しんだとのことでした。小学生の課外学習として学校から参加してくださったり、中学生がボランティアとして40名が道案内に途中地点で立ってくれたり、山でおむすびを食べれるようにおむすびとお茶を300用意したりと、どこかで聞いたことのある話だなと思いながら、私も登らせてと一緒に登ってきました。2年前の視察登山で私も参加していたので、どのようになったのか興味もありました。山中には石像が置かれており、1848年(嘉永2年)に四国88箇所めぐりが出来るように88の石仏が鎮座されていました。今回の整備で1〜3番がわからなかったのですが、道を見つけ草刈りをしたところ出てきたそうで、入口が2箇所あり、1〜3は2箇所を繋ぐ間にありました。今、陽がよくあたっていて、埋もれていたとは思えないほとでした。途中は竹林もありました。山頂です。椅子まで用意してある(^^;;360度景色が見渡せました。天候がいいと恵那山、御嶽山、伊吹山が見えます。(恵那山)(どこに御嶽山?!)(い、伊吹山は多分あのあたりか…)眼下には長良川があり、円空の入定した地と、飛鳥・白鳳文化時代(600~700年代でしょうか)に大きな伽藍のあったお寺が廃寺となったのを、元禄2年(1689年)頃、円空が再興した弥勒寺があります。もともとは地域の皆さんが交流できるように、遠くに行かなくとも少しでも気分いい気持ちになれるように、地元をもっと知ってもらおうと始まったことでしたが、この山はそのまま御神体かなと思ったりします。下に神社があり、山の中腹には奥宮のような社がありました。時折、宮司様と地元の皆さんで参り、山の神への感謝と地域の皆さまの平穏を祈るきっかけになるといいなと思いますし、山を手入れし、皆さんから大切にされる山になることを願っています。

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  • 01Jan
    • 2018/01/01

      明けましておめでとうございます。昨年も、たくさんの出逢いと学びを頂いた年でした。長年探して求めていた発酵に出会えたので、また発酵の事も書いていこうと思います。関心を向けてくださる皆さまと共に、共有していきたいと思います。今日も発酵ではありませんが、心に思うことを書いてみます。昨年11月に奈良県の天河神社にて御神事をさせていただいた時、全体の流れを見て感じたのは『復興』でした。天河神社でしたことは象徴に過ぎず、2018年以降、多分いろんな場所、分野で似たような事が起きていくような気がしています。必要に応じてですが、元あったものを復興させる、整備する、といった感じです。神社に限らず、いろんな分野で、です。私の話に神や神社の言葉が出てきますが、神とか神社を神話的な宗教のように見ているのではなく、私たちも含め森羅万象の中で構成されている一部として、どちらかというと自然として見ている感覚が強いかもしれません。目に見えない存在、波動のようなものが確かにあり、私たちは見えないから信じられないけど、私たちの心、精神もまた目には見えません。逆に言えば、目に見えない姿が私たちの現れではないかと思うこともあります。天河神社で高倉山の神事をさせていただきましたが、11月に私たちだけがしたことではなく、2012年に禊殿での御霊鎮めの儀をされていたこと、2016年には28年ぶりに禊殿の塗替えをしてきれいにされていたこと、2016年の旧暦9/9の重陽の節句で古事記より引用した内容で、高倉山へ奉納された方がすでにいたことを知ると、流れの中の一つのような気がします。他にもすでに天河神社には復興されていることがありました。2011年、東日本大震災が起こりましたが、9月に天河神社一帯も浸水するという災害が起こり、その年12月に、天河神社にとって最後の復興した神事『浴酒供・宇賀神浴酒神事』が行われていました。124年以来の復興でした。明治に起こった神仏分離令や廃仏毀釈などで、バラバラにされたものをもう一度元に戻す、もともと神仏習合だったので、そこに戻す、私たちが出来ることはそのようなことではないかと思うのです。なぜ戻すのか。あまりにも人と自然が離れすぎているからかもしれません。自然が少しでも調和、循環しなかったら、即、私たちに影響があるのに、私たちは普段守り育んでいるものに感謝を向けているだろうかと思うのです。決して神事をすることが全てではないと思っています。一人で詣り手を合わせること、その場に行かなくとも、意を向け感謝と祈りの気持ちだけでも同じと思ったりします。どこの地域にも氏神さまがいて、その地と人々を護ってくださっていると思います。盆踊りや祭りなど、ただ楽しむためではなく、本来は天と地を繋ぐこと、先祖と今の人を繋ぐこと、その地で住む人同士を繋ぐこと、または、産土の地から離れた人とも繋ぐこと、いわば『精神性』を繋いでいるのではないかなと思ったりします。盆踊りの踊り方や回り方、本当はそれがそのまま神事の姿。お供えやおさがり、直会(なおらい)といった、共に食すことも神事の在り方かと思います。『供養』という漢字は、人が共に食すことで養う、亡くなった方だけではなく、生きている人も養っていくことだと、民俗情報工学研究の井戸理恵子さんから教えていただいたことが心に残ります。2018年、人、自然界、失われた伝統や知恵などを復興させ、見えるものと見えないものを結び繋いでいく、それが統合し、開いていくことかなと思えたりしています。また発酵のことも書いていこうと思います。皆さまにとって道開きの年となりますように。

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  • 28Dec
    • 南方熊楠の世界と生死観

      ここ数日、南方熊楠の本を読んでいます。熊楠の世界観は分野が広いのと、奥深すぎること、何よりも難解すぎて、何度読んでも挫折していたのですが、最近、急にストンと入ってきました。熊楠に興味を持つ方は、粘菌から入るか、思想・宗教観から入るか様々だと思います。私は生態系の菌からでした。まだ熊楠を知らないころ、粘菌アメーバーの映像を見て無性に惹かれ『これは法則の一つのような気がする』と、ずっと心に残り、何度も思いを巡らす映像でした。その後、熊楠が粘菌アメーバーから森林の秩序の重要性に気づき、最後、人生のすべてをかけて明治時代に行われた神社合祀に反対し、神社のある森と植物を守る活動をされたことを知りました。私が粘菌アメーバーの動きで惹かれていたのは、自分の細胞が修復した不思議さ、蘇生できるという神秘さ、そして循環して持続するというところを重ねていたように思います。熊楠を言葉で伝えるのは難しいのと、飛躍した考えになってしまうのですが、熊楠の世界を語るひとつに『変容する・変化する』という言葉が浮かんできます。この変容するという部分が、仏教でいう『大不思議』という表現で、「結局のところ私たちは何もわかっていない、わからない」という言葉に繋がるような気がします。科学の原因があって結果があるという、因果関係だけではどうしても説明のつかないものがあることを、熊楠は粘菌アメーバから、また古代仏教は説いていたようです。古代仏教はあまり親しみがないのですが、おそらく、私も好きな考え方のように思います。仏教はずっと変わらない完成された教えだと思っていたのですが、仏教もまた、その時代に合わせて変容していると思うと、今後も楽しみになってきました。発酵作りをしていると、目に見えないものを相手にしているので、どうしても因果関係だけでは説明のつかないものを感じることが多々あります。乳酸菌や酵母といった顕微鏡で見えると言われても、どうしてもその環境、そのときの私たちの心の状態が反映されるときがあります。発酵作りをしたり、森の生態系を観たりしていると、宗教観によく似ていると思う事があります。以前、パン作りをしていて小麦粉と水で菌を入れなくてもパンが作れたことから、「空の中にすべてがある」と私にとっては大きな気づきでした。「空」の存在を仏教でよくいう「空」にもよく似ていて、空はカラではなく全知全能の存在でもあると思っています。熊楠の世界は見えない菌から法則のようなものを見いだし、実際に現れている秩序、循環の大切さを説かれていたと思います。森林など自然を守るように建てられた神社周辺に、目に見えない存在がその場で適応しながらいのちを繋ぎ、存続させていることを古代仏教に共通することを見いだし、その生態系、秩序が崩れれば、即、私たちの生存も危うくなることを感じていたようです。神社や神といった存在は、秩序や構成、ある一定の法則という視点から考えるのもフラットでいいなと思ったりします。時々、鎮座する神様の正しい、間違いの話になったりしますが、私はあまりその話には入りたくありません。そこの由来がそうであれば、そう思いますし、違えば時期がきたら自ずと変わると思っています。それよりも、そこが祀られている自然を守り大切にしていきたいと思っています。この地球上は、すべては八百万の神でどんな存在も尊いものですが、神社が置かれている場所はとくに「いのちがわき出しやすい場所」で、南方熊楠が広大な熊野の山中から、粘菌アメーバーの生息を探し続けたことから、その場の構成するもの、場のエネルギーというものを確かに感じることがあります。山や海にいると心身ともに元気になったり、土の上を素足で歩くアーシングなど、エネルギーが満たされ元気になるといったような事がありますが、それは菌の存在かもしれませんし、そこで何かしら働いている動きがあるからだと思うことがあります。最近、小出遥子(はるこ)さんに、お寺サイト『まいてら』に生死観についてお話させていただきました。臨死体験としていますが、特別なことではなく、私が気づくために起こった一つの経験でした。『色』の世界で『空』というような感じで過ごしていたような気がしますが、当時は知識もなく、無感情でいたような気がします。その後、随分経ってから仏教や禅、般若心経の世界観に出逢い、すでに体系化されていたのかと、あの時に知っていればもっと良かったと思いますが、すでにこのような教えがあったことはありがたく思います。今回、前回掲載された曹洞宗国際センター所長の藤田一照さんの『わたしという存在は他者との関係性の中に在る』というような言葉にとても感銘を受けました。藤田一照さんのわたしのいのち観 小出さんという正確に受取ってくれる方がいて、私は話す気になる、現れるという、当たり前のことなんですけど、今回そこに気がついて感動しました。ありがとうございました。わたしの “いのち”観『死を想って生きること』南方熊楠の映像2つ、良かったらご覧ください。クマグス流「粘菌学」細胞性粘菌の行動と分化(全編)よい、年末をお過ごしくださいませ。

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  • 24Dec
    • Crossが織りなす創造のタペストリー

      15年ぐらい前に友人に付き合って、スウェーデンのテキスタイル、ヨブス社の布を買いました。キャンバスに貼付けて壁掛けにするという。布を飾るの?と、とりあえず普段からセンスのいい友人の真似をしてみることにしました。スウェーデンの伝統の染めと技法、そして洗練されたデザインにずっと飽きずに、よく眺めています。今朝、ふと思ったこと___縦の糸と横の糸がクロスで重なった時に、形が現れ物語が作られるような気がする。「今ここにしか世界は存在しない」という説明に、十字架のクロスの地点に例えられた話を思い出す。言葉遊びかもしれないけど、時間という概念はクロスcrossの部分しかないとして、そのcrossが集められた時に一枚の布、クロスclothになるように思えた。縦の糸と横の糸で織りなしていくと、一枚の創造されたタペストリーになる。縦の糸、横の糸の一人一人がいなれけば、この世は映し出されず全容を見ることはできない。1人でも欠けたら、その映像は成り立たない。では人が他界したら成り立たないかと言えばそうではない。その人が思い出してあげれば、意識したら、それは存在するのと同じで、その人の中で生き続ける。意識する、見ることによって初めて、存在は現れる。こんなこと、とうの昔から言われていることかもしれないけど、それを知らなくても手で編み物している人やクロスステッチでレース編みをしている人たちは気づいているかもしれない。一編み一編み、編んでいくうちに一枚の美しい模様が仕上がっていく。その模様は無限大で、その人の創造が生み出していくもの。花瓶の下に敷くものなのか、 相手が羽織るものなのか。他者への喜ぶ顔を想像しながら編む姿は、まるで祈りのよう。crossの重なった部分は結び。そこに形が現れるのなら、いのちを生み出す産霊(むすひ)とも言えるかと。縦と横の糸を、結んでいくことによって、一つのいのちが現れる。クリスマスですね。世界中の人たちに幸せが訪れますように☆

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  • 18Dec
    • 天河大辨財天社 禊殿御神事 後編

      天河神社での高倉山、禊殿での神事は『開く』だったと思います。終わってから数日間かけて、心を寄せてくださった方、お世話になった方へのお礼の会話の中から、今回、わからなかったことを気づかせてもらいました。今回は一人の意というより、皆さんの意を集めていきました。阿部敏郎さんは多くの方の御霊を集め、共に祈りたいでした。宮司様は本殿移築30年の前に、29年の間に節目の神事をしたいとの思いでした。私は高倉山に祈りを向けたい、できれば年内に。やや急ぎたいという思いがありました。最初、11月19日の11時から禊殿での神事1つの予定でしたが、参列されたい方が多く、その思いを受けて4つすることになりました。流れで決まったことでしたが、今回の「開く」という神事を実際にやってみて4つすることが必要だったような気がします。そのぐらい意をむけるエネルギーが必要と思いました。4つの神事は、全て少しづつ違いました。どの神事でもそうだと思いますが、毎年やっていることでも、同じことをしていても、実際には1つとして同じものはないと思います。同じ祝詞を奏上するとしても神業者の方たちは「毎回、いのちをかけて上げている」と言います。けっしてオーバーに言っているのではなく、神業者の方たちは神事に全身全霊を向けてされています。神事は表でされている方たちだけではなく、見えないところで行をしたり、常日頃、場を整えてくれている方々がいます。神業者と呼ばれる人たちで、あまり表にでることはないですが、神の意を降ろし、伝え、宮司様たちと共に作り上げていくのだと思います。命をかけて神事をするというのがオーバーに聞こえるかもしれませんが、行の内容を聞くと、命をかけるどころか落としてもおかしくないことをされています。例えば、冬の川の中に入り、足を入れた瞬間から皮膚感覚がなくなるような冷たさで、それでも入り続け、だんだんと内蔵の鼓動だけになるそうです。その感覚も麻痺したころ、音も消え、思考もなくなり最後には目だけになるそうです。目だけの世界ってどんな世界?と思うのですが、そうして初めて神と繋がり、神意を受けとるようです。それをするのが女性なので、それも驚きます。巫女と言えばわかりやすいでしょうか。また、必要と思われた時は昼夜関係なく、何時間でも御真言や祝詞を唱え、かつて宮司様も24時間、時間、日にちは問わなかったと聞きます。そのような事をして準備を整え表の神事は行われるのであり、1回1回が命をかけるつもりで真剣にやるというのがわかる気がします。今回、宮司様の意で禊殿の奥扉が開きました。神事ではいつもしていることだと思っていたのですが、とても珍しいことだったようです。禊殿は、前扉、中扉、奥扉と3枚の扉があり、前、中扉までは開けられることはあったのですが、奥扉は29年の間で2回のように思います。最初は29年前の御造営の時に、一時的に本殿よりご神体が移された時。そもそも禊殿は高倉山の側面に滝があり、神事や行をする前に禊ぐ場所で「鎮魂殿」とも呼ばれてきました。禊ぐ場なので特に神事をするとか、そういうことはなかったように思われます。2011年9月の水害で天河が浸水し、濡れた古文書を日干しした時に、高倉山に国常立尊が鎮座していることがわかり、復興が落ち着いた2012年11月10日に、改めて御霊鎮めの儀「禊殿 高倉山 御鎮座奉祝会」が行われました。その時に2度目が開けられました。奥扉というのは社殿の背面にあり、高台になっているので人がまたげない、人の通る道ではないという意味で、神の通る扉と教えていただきました。それゆえに、奥扉が開いたというのは象徴的なことで天河関係者の方たちは、そこに注目されていました。全ての扉が開けられ、後ろから照らされる光はとても美しく、その光で神鏡があったことに気がつきました。移築された社殿とだけ聞いていたので、中には何もないと思っていました。平成元年に神殿御造営の時に、一時的にご神体や神鏡は禊殿に移されたのですが、神鏡は新しく作られたので、220年本殿にあった神鏡はそのまま禊殿に置かれていました。普段は扉が閉まっているので中を見る事はできませんが、江戸時代後期から本殿に祀られてきた神鏡が今は禊殿にあり、本殿と同様、大切な場所かと思います。阿部さんが奉公されていた平成元年、移築されたばかりの禊殿と、正遷宮大祭で行われた宵宮祭の風景です。この頃はまだ鎮魂殿と呼ばれ、中央は祝詞を上げられてる柿坂宮司です。                                 (資料提供/黒川柚月)高倉山は古来、高倉明神の信仰もあり、高倉明神は熊野・玉置神社からの流れではないかという話もあり、玉置神社の御祭神は国常立尊であり、男性性のエネルギーの場所と感じます。高倉山もどっしりとしながら鋭く尖った山であり、横から見ると頑丈な一枚磐の様相から男性的な印象を受けます。力強さもあるので、それだけに今回の神事は半端な気持ちですることはできないと思っていました。さらに祝詞を音楽に合わせて奏上するので、その辺りを宮司様に相談したところ、真のり(まことのり)が出るのなら、それが本来の祈り、ぜひそれでやってくださいと意向を示されました。実際に神事の時に宮司様が祝詞の言葉にはここにおわします阿部敏郎 音霊の響きと 言霊の響きを奏で祀る あなおかし あなよろしと 聞こし召し給えと奏上されました。天河神社は弁財天であるので本殿は女性性のエネルギーであり、禊殿は男性性エネルギーと考えると、陰陽としても2つで調和されるような気がします。今回、阿部さんは禊殿と本殿、2つの神事を一つとして考えておられました。4つの神事の内容は予め決まっておりましたが、宮司様や禰宜様、阿部さんが1回目に感じたこと、または神事の中で湧いてきたことを反映し、その場で作り上げていき、まさに神事は生き物、意識あるものと思いました。18日11時から始まった禊殿の1回目の神事は、予定通り宮司様の祝詞と、阿部さんの大祓詞が奏上されました。この時、私たちに知らされていなかったのは『奥扉の開扉の儀』で、開けることを決められたのは宮司様の意でした。18日13時から本殿での2回目の神事は、正式参拝、ご祈祷という意味を持ちました。本殿は禰宜様がしてくださり、禰宜様の奏上される祝詞は声の響きだけではなく、本当に神様に私たちのことを伝えてくれているというのが伝わってきて、感動をもって心に残ります。4つの神事は全て2部にわけており、1部は神社の正式な神事を行い、2部に阿部さんの祝詞と奉納という形をとっておりました。本殿の神事には、禰宜様の御心で巫女舞を奉納に入れてくださいました。宮司様が1回目の阿部さんの大祓詞を聴いて何か感じられたのか、2回目の本殿での大祓詞が終わった後、宮司様から阿部さんに「大祓詞の中に『ひふみ祝詞』を入れてやってみてください」と提案がありました。入れる場所は八針に取りさきて 天つ祝詞の太祝詞事を宣れ 『ひふみ祝詞』かく宣らば 天つ神は天の磐門を押しひらきてこれは後日、気づかせてもらったことですが、ここに「ひふみ祝詞」を入れると天河の神業者の方たちが唱える『天津祝詞太祝詞』で、宮司様はそれを阿部さんに渡したのだと思います。前々より阿部さんも大祓詞には「天つ祝詞の太祝詞事を宣れ」と「かく宣らば」には間があり、ここを繋げてはいけないし、ここからまた心を入れていくと強調されていました。ひふみ祝詞は黙唱することも多いそうで、間が空くのは本来、天つ祝詞の太祝詞を唱えているということになります。そして「かく宣らば」と続いていくのです。阿部さんは『リーラ』という曲の中に大祓詞を入れています。リーラとは「神々の戯れ」という意味であり、阿部さんが30年、一貫して伝えてきたメッセージだと思います。七福神というバンドを作られアルバムを制作したそうですが、何らかの理由で「リーラ」の曲だけ収録されませんでした。七福神のバンドのプロデュースを終えられ天河に行き、その時ちょうど全国の七福神のご祈祷をされていた柿坂宮司と会い、天河の正遷宮大祭に関わることになるのですが、収録されなかった曲「リーラ」と共に天河で奏上できるのは、自分にとっても一つの円となると静かに語られました。18日19時から本殿での3回目の神事は、日本麻の精麻の奉納もしました。2つの祝詞が上げられ、禰宜様による祝詞は私たちの意を丁寧に汲み取ってくださり、その感動と思いが今も心に残っているのですが、それは言葉なのか禰宜様の声の振動なのかと、時々振り返ることがあります。精麻は、栃木県鹿沼市の七代目 野州麻農家・大森由久さんのところで精麻作りを学ばれ、現在も伝統精麻作りの後継者として日々修練されている槙田八重子さんが奉納されました。槙田さんは阿部敏郎さんの著書「かんながら」の本を読んで天河に行き、とりあえず3回天河に行こうと決めて、その後、精麻の話がきたことから、前々からお礼の奉納がしたいと希望がありました。今までに大峯神社や大神神社、壱岐島の神社などに奉納をしていましたが、なぜか天河にはしておらず、今回のタイミングとなり、著者の阿部さんと共にさせていただきました。その他に麻に関係する方たちもご参列され、日本の麻について祈りを向けさせていただきました。3年ほど前に槙田さんが野州麻で作られた大幣(おおぬさ)を天河に奉納されており、今回の本殿での祓いは、それが使われました。今も拝殿の右に置かれていることがありますので、参拝された時に見ることができるかと思います。今回4つの神事の中で、3回目の神事の時だけ気になることがありました。前もって関係者の方々から神事は途中で何が起こるかわからない、中断してしまうこともあるとか、祝詞を途中で終わってはいけないものと聞いており、実際にやってみないとわからないと思っていました。3回目の神事で、阿部さんが大祓詞を上げている時に、演奏中にギターのピックが消えてしまう出来事がありました。弾くような音が鳴ったので2本ぐらい弦が切れてしまったかと思ったのですが、後でピックが消えたことを知りました。予備のピックで演奏は続けられ滞りなく終わったのですが、消えてしまう出来事はずっと心にひっかかり、最後の4回目の神事は無事に終われるのだろうかと、心に少し不安を抱えることになりました。あまり気にすることはないのですが、どこで止ってしまったか、アクシデントがあったのか見ることがあります。今回の大祓詞の中では「根國 底國に坐す 速佐須良比売と言ふ神」の「根國」という箇所でした。大祓詞も最後のほうなので、「根國 〜 天つ神 國つ神 八百萬神等共に 聞こし食せと 白す」までを声だけの奏上になり、その後、予備のピックで演奏は再開されました。実際にその場にいて、特に嫌な気は伝わってこないし、そこにも問題はなさそうに思いました。ただ消えたことは事実ですし、何を言わんとしているか、そこだけは帰ってからも気になっていて、関係する方たちにそれとなく相談したところ「神様のちょっとした遊び心じゃない?」とか「真意を確かめられたと思う」という言葉をいただきました。その中で神事の動画を観てもらった神業者から「この方の声にはエネルギーがあるから、一度、声だけの祝詞が聞きたい」と会話の中で何度もでてきまして、今思えばピックがなくなることによって、阿部さんの声だけの祝詞も奏上できたように思います。声というのは音であり、音は振動することから波動ともいえます。波動の構成から形は作られるものであり、声や楽器の音というのも、目に見えないものが伝わっていき、同時に形作られるものでもあるかと思います。目に見えないものが振動で共鳴することによって、目に見える存在として現れます。山や石、水といった存在も、元は波動の構成の現れだと思っています。18日の夜は新月でもあり、来てくださった皆さんと瞑想とカノンの音楽に合わせたLIVEがありました。今回、みつろうさんにはこの神事を支えてもらったように思います。本当は奉納演奏にでる予定でしたが、神事の内容を知っていくうちに「阿部さんの神事を全うしたいから」と辞退され、参集殿でのLIVEや神事の時の阿部さんの支えとなってくれました。そして何より、今回のスタッフは当日も含めて20名ほどいたのですが、ほぼ、みつろうさんの全国の講演会スタッフで、その経験を持った方が集まってくださり、とても助かりました。19日11時から、禊殿で4回目の最後の神事前日のピックのこともあるので、心入れていかないといけないと思っていました。しかし、奏上するのは阿部さんなので、どこまで意を向けてくれるか、そこは信頼するしかありませんでした。普段、非二元のことも伝えているので、神事の主宰である人が「私はいない」「神もいない」と思いながら臨まれたらどうしようかと思っていたのですが、湧き起こる意のままに、そのものになって最後までやりきってくださいました。降水確率0%の予報でしたが、曇り空で霧雨が神事の間、ずっと降っていました。ずっと降り続ける雨かと思ったのですが、宮司様の神事が終わり、阿部さんの大祓詞になり、途中、一瞬だけ太陽がでて、その光はとても温かく、歓声もあがるぐらい参列した方も気がつくほどでした。その箇所は偶然にも、前日にピックが消えた祓戸大神のあたりから、最後「八百萬神等共に 聞こし食せと 白す」でした。阿部さんもスポットライトがあたったかのように温かい光を感じていたことを回想されていました。そういえば、前日のピックが消えたときも、予備のピックを取り出し演奏が再開された時、背面にあった10枚のすだれが後ろからの風で一斉に舞い上がりました。まるで呼吸しているかのように、また舞っているかのようでした。普段、自然界が私たちと共鳴し、共存していることを忘れがちですが、意を持って共にあるのかもしれません。言霊に合わせて、音霊に合わせて、自然が私たちと共に宴を、舞をしてくれたようにも思います。私たちが個別に存在しているのではなく、自然界の一つとして森羅万象の中にあるのなら不思議なことでも何でもなく、いつも自然と共にあると思います宮司様も『皆、一人一人が八百萬神』とおっしゃっていました。神事も終盤を迎え、宮司様より開扉の時に唱えた言葉を皆で言いましょうと、糸の響き、音の響きでとギターの阿部さんとパーカッションのヒロトさんにお願いされ、皆で唱えました。神を呼び、神を自分の中に迎え入れるのだそうです。即興で阿部さんたちは音を奏でてくれ、そのリズムに合わせて宮司様が踊り出しました。その踊りは、29年前、阿部さんが奉公していたときに大祭の中で音楽のリズムに合わせて踊ってしまい場が凍り付いたそうですが、宮司様が踊ることによって場が和んだそうです。今回は宮司様から踊ることによって、緊張している私たちを和ませてくださいました。それからまた『リーラ』の曲が始まり、阿部さんは「身禊大祓」の祝詞に変えられ、最後は皆で大弁財天の御真言7回を奏上し、全ての神事が終わりました。その後、参集殿にて宮司様と阿部さん、さとうみつろうさん、雲黒斎さんのトークと、LIVEが行われ、みなさんもとても楽しまれていました。北海道から沖縄まで全国からご参加くださり、またスタッフの皆さんにも準備段階から楽しんでお手伝いしてくださり、本当にありがとうございました。19日最後の神事に、深夜、関東から駆けつけてくださり、始まる前に無事に終えれるように場を整えにだけ来てくださった方もいました。まさか来てくださると思っていなかったのてとても驚きましたが、場を整え神事は見ずに帰っていかれました。しかし、神事が終わるまで天河に滞在して見守ってくださり、終わるころ帰られた事を知りました。また、もう一人の方も夜中に移動してくださり、最後の神事の間中、裏手の禊滝の磐座の前で石笛を吹いてくださっていました。こうして皆さんに助けていただきながら、支えていただきながらできましたことを、心から感謝しています。4つの神事を行ってくださった阿部敏郎さん、LIVEなどで楽しませてくださったみつろうさん、この神事をしてくださった宮司様、禰宜様、天河神社のみなさま、スタッフ、参列してくださった皆さま、全ての方に心からお礼を申し上げます。心より、ありがとうございました。※阿部敏郎さんの本「かんながら」は実際にフィクションとノンフィクションが交錯する物語がかかれています。その中に書かれる弁財天の言葉はこれからの時代へのメッセージとも受取れます。私自身、中に書かれてあることが実際に交錯することがあり、どこまで本当か、どこまで物語かと錯覚するぐらいです。もしかしたらこの世はすべて物語なのかもしれないと。その中で精一杯、生きるしかないのかと。かんながらの中には方広寺の話がでてきます。方広寺には後醍醐天皇の遺髪を祀った碑があります。後醍醐天皇が京都から吉野(天河・吉野)に逃れて南朝を築き、南北朝時代が始まります。天河神社には南朝御所跡地があります。方広寺の後醍醐天皇の碑は、吉野の方に向かって建っているような感じがしました。天河神社は昭和46年に南朝の供養祭、その後、南北朝の和解の供養祭をされています。宮司様が供養祭の神事を終えられ後ろを振り返ってみると、300人の神業者が集まっていたそうです。久しく村民だけにひっそりと参られてきた天河は、それを機に世に名を知られていったと言われています。方広寺で天河に思いを寄せている人に出逢いました。福祉に携わり、起こった出来事、感じたことを関係者の方に許可をとりブログを書き始めています。福祉が社会から孤立することなく、開かれた社会になりますよう願っています。しんちゃんblog 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