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ワインは素敵な恋の道しるべ

白ワインは天使の如く貴方の心を解き放ち、赤ワインの真紅のグラスの底には悪魔が潜む。そして貴方は天使の如く大胆に、悪魔の如く繊細に、新たな恋の道を歩み始める。


「会席料理でワインが飲みたい」


彼女のこの一言で予定が全て狂ってしまった。


本当はイタリアンに行こうと思っていたが、急きょ料亭に変更することとなってしまった。


でも、行きたい店を決めていたにもかかわらず、「明日の夜は何を食べたい?」と聞いてしまった僕が悪いのだ。


聞いた以上、そして食べたいものを言われた以上、何が何でも彼女の希望を叶えなければならない。


そこで、接待に使っていた、取って置きの料亭を彼女のために予約した。

料亭では日本酒が定番だった。


ところが、今では焼酎を置くところが増えている。


焼酎が安い酒だった頃は、焼酎では高い料金を取れなかったため、焼酎は料亭には入れてもらえなかった。


それが今では、純米大吟醸よりも高価な焼酎が出現し、すっかり料亭での地位を確立してしまった。


銀座の高級クラブでも焼酎は幅を利かせている。


ワインは元々高級クラブの常連だったが、料亭では未だに地位を確立できていない。


それは、ワインは種類が多すぎて、客の好み・要求に応えられないこと。


多くのワインを揃えるためには保管施設の設置が必要であり、コストがかさむこと。


そして高価な強い赤は、日本料理の味を壊してしまうと考えられているためだ。


私も彼女も、時には和食を食べたくなる。


ミシュラン・ガイドに乗っているようなカウンター日本料理店には、ワインを置いているところが多いが、個室で二人だけで食事を楽しめるような大きな料亭では、なかなか好きなワインを選んで飲めるような所は少ない。


そんな時に重宝しているのが、『桃仙郷』(神楽坂)だ。


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ここは、靴を脱いで店に上がり、磨きこまれた廊下の左右にずらりと並んだ個室で会席料理を味わえる店でありながら、大きくて立派なセラーを備えているのだ。

その2/3には厳選された日本酒が並び、残り1/3にはワインがぎっしりと詰まっている。


和食と言うこともあり、シャンパーニュ、シャルドネやソーヴィニヨン・ブランといった白ワインと、赤ワインはブルゴーニュのピノ・ノワールを中心にかなりの種類が揃っている。


個室に入る前に彼女をセラーに隣接する部屋に案内し、ガラス越しにワインを選ぶことにした。

ところが、セラーを覗き込みながら、彼女は大変なことを言い出した。


「ここが好いな。ここでお食事をしたい!」



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二階にある掘りごたつの部屋を予約していたが、彼女の一言で、お店の人に食事のセッティングを二階の個室から、一階のワイン・セラーに隣接した部屋に移動してもらうこととなった。


最初に選んだ白は、セインツベリー、シャルドネ・カルネロス、2007年。


世界最高のシャルドネと言われる逸品である。


やはり和食には白が良く合う。


しばらくすると、彼女は少し寒いと言い出した。


当たり前です。


ワインセラーの大きなガラス窓のすぐ横で食事をしているのです。
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背広の上着を脱いで彼女の腰に巻き付けると、「ありがとう」と言ってにっこりとほほ笑む。


しばらくすると、小さな陶器製のコンロに乗った陶板が出てきた。


霜降り牛の陶板焼きだ。

ここで、ブルゴーニュの赤に切り替える。

ジャン・ショーヴネ、ヴォーヌ・ロマネ、2004年である。

ピノ・ノワールの酸味とタンニンの調和が美しい。

しっかりとしたボディを持ちながら、和食との相性がとても良いワインである。


突然、和食でワインを飲みたいと言い出した彼女。


店でも唐突にセラーで食事をしたいと言い出し、食べ始めるとセラーは寒いと言う彼女。


こんな彼女が大好きです。



「ドンナフガータの意味、まだ話していなかったね」


「ドンナフガータって、タンクレディを造っているシチリアのワイナリーでしょ。でも、本当に変わった名前ね」


「ドンナフガータは、”逃げた女”という意味なんだよ」


それは19世紀のことでした。


ナポリに居を構えるブルボン王朝のフレデリコ4世の妻、マリア・カロリーナ王妃がナポリを逃れ、今のドンナフガータがある場所に来ました。


シチリアの人々がこの”逃げてきた女”を暖かく迎えたことから、この地にできたワイナリーの名前をこの史実に因んで、ドンナフガータと名付けたのです。


「ヨーロッパのワインは歴史を受け継いでいるのね。 今夜のワインも飲むのが楽しくなってきました」


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今夜のワインは、ミッレ・エ・ウナ・ノッテ
、2005年。


ドンナフガータを代表するワインで、イタリアでも最高の賞を受賞するなど、高い評価を得ている。


使われているぶどうは、シチリアの地ぶどうであるネーロ・ダーヴォラが大部分を占め、若干の他の地ぶどうが混ぜられている。


ミッレ・エ・ウナ・ノッテとは千夜一夜という意味で、見るからに幻想的なエチケットである。


このエチケットは、シチリアのサンタ・マルゲリータ・ディ・ベリーチェの宮殿を描いたもので、王妃がナポリから逃亡する際に、身を隠したと伝えられている。


「綺麗なエチケットでしょ。見るだけで楽しくなるよね」


ぶどうの凝縮感が強いフルボディでありながら、樽を利かせ過ぎた厭味が無く、本当に洗練された素晴らしいワインである。


今夜、彼女と二人でミッレ・エ・ウナ・ノッテを楽しんでいる場所は、並木通りに面した白亜のビルの8階。


窓から見下ろすと、並木通りのイルミネーションが美しく輝いている。


そして、ワイン・グラスを傾ける彼女の顔は、より美しく輝いている。


『シルヴァーナ』(銀座)は、何時来ても二人の夜を美しく演出してくれる。


美しく装飾が施されたビルのエントランスに一歩足を踏み入れた時から、物語は始まる。


それは、彼女と私の素敵な千夜一夜物語。



彼女と一緒に出るパーティに持っていくワインを選ぼうと、セラーをごそごそと探していたら、一番下の棚からヴーヴ・クリコ、ラ・グランダム、1998年が出てきました。


えっ、こんな素敵なシャンパーニュ、何時買ったかな?


丸みを帯びたボトルを手に持って、しばらく考えました。


そうだ、これは米国系航空会社のファースト・クラスに乗った時にもらったワインだ。


その途端、甘く切ない思い出が蘇ってきました。



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当時はアメリカの仕事が忙しく、シカゴに頻繁に飛んでいました。


シカゴに行くには米国系の航空会社が便利なため、良く利用していました。


何時もはビジネス・クラスですが、フリークエント・トラヴェラーになっていたのでアップ・グレードしてもらい、その日はファースト・クラスに乗っていたのです。


何時も同じ便で飛んでいたので、フライト・アテンダントのAkiとは何度か同乗し、顔見知りになっていました。


Akiとは何となく気が合い、機内でも気軽に話をしていました。


Akiがファースト・キャビン担当の時には、ビジネス・キャビンに居る私に、ファーストのシャンパーニュをクリスタル・グラスに入れて、そっと持ってきてくれました。


その日は、Akiはファースト・キャビンを担当していたので、何時ものようにちょっと手が空くと、私のところで立ち止まっては気軽な話をしていました。


日系米国人のAkiはもちろんバイリンガルで、英語も日本語も流暢に話します。


出張疲れのためか、知らぬ間に寝てしまっていたようです。


「着陸のため、成田空港に向け高度を下げてまいります。ご使用になった・・・」


機内アナウンスで目を覚ますと、空席の隣の座席に、綺麗にラッピングした包みが置いてありました。


おや、と思ってAkiを目で探すと、着陸準備で忙しく立ち働きながら、Akiはこちらを見て一瞬小さくうなづきました。


私はこの航空会社のフライトに良く乗っていたので、今までも何度かワインをプレゼントされたことがあります。


でも今までは、「今日のフライトのベスト・ゲストに選ばれました」と言って、複数のフライト・アテンダントが揃ってワインを持ってきてくれていました。


私が寝ていたので、席に置いていったのかな、と深く考えることもせず、ワインのボトルを鞄に詰め、空港を後にしました。


帰りの電車の中で、今日のワインの形が何時ものボルドーの瓶と異なることを思い出し、念のためラッピングを解いてみました。


すると、中身はヴーヴ・クリコ・ポンサルタンのプレステージ・キュヴェ、ラ・グランダム、1998年だったのです。


マダム・クリコは、マダム・ポメリーと並び称される偉大なシャンパーニュの造り手。


ボトルを毎日少しずつ回転させる”ルミュアージュ”を考えだし、澱を抜いて透明なシャンパーニュを造りだしたマダム・クリコ。


1972年にヴーヴ・クリコ創設200周年を記念して造られたラ・グランダムは、マダム・クリコに捧げられたプレステージ・シャンパーニュ。


添えられていた手紙には、


「このシャンパーニュは、本当はお客様に差し上げてはいけないものです。秘密にして下さいね。今夜はこのホテルに泊まります。お会いしたいです。よろしければお電話を下さい。 Aki」


と、書かれていました。


でも、私には愛する彼女が居ます。


「ごめん、電話できないんだ」、と心の中でつぶやきました。


Akiが宿泊するホテルに電話をかけ、「素敵なシャンパーニュをありがとう。秘密は守ります。お休みなさい」とメッセージを残し、手紙は駅の屑かごに捨てました。


あれ以来、シカゴ行きのフライトでもAkiには会っていません。


この素晴らしく、悲しいシャンパーニュ。


再びセラーの一番下に、そっとしまいました。



遠い昔、ユーゴスラヴィアを旅した時のこと。


ベオグラードから60Kmほど離れた田舎町の、一軒だけあるホテルでの出来事です。


夕食をとるために、レストランに席をとりました。 周りには地元の人たちが、数テーブルを占めていました。


まず、その地方名産の、スメデレヴォ・ワイン、スメデレフスカを注文しました。


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冷えた一本と共に、ソーダフォンがテーブルに置かれました。


何だろう。


ここでは、お水の代わりにソーダを飲むのかな?


などと訝しがりながら、ワインをグラスに注ぎ、乾いた喉に流し込みました。


その時です。


周りで息をつめ、異邦人の振舞いを見ていた地元の人達が、一斉に何やら言いながら私の周りに集まってきました。


な、何ですか?


私はセルヴォ・クロアチアート(セルヴィア語)もロシア語も出来ません。


彼らは、英語も日本語もわかりません。


一人の老人が試しにドイツ語で話しかけてくれたので、たどたどしいながら、何とか意思疎通を図ることができました。


彼らの言い分では、ワインは生(き)で飲むものではない。 


ソーダ水か水で割って飲むものだとのこと。


これには驚きましたが、よく考えてみると、ギリシャ・ローマ時代にはワインを海水や水で割って飲んでいたという話を思い出しました。


私の博識の友人の話では、ギリシャの叙事詩、ホメロスのイーリアスの第一歌に、ワインと水を混ぜる混酒器(クラテル、混合すべき量がわかるように目盛が付いたもの)についての記述があるそうです。


ギリシャ・ワインは今でこそ辛口のものが増えましたが、以前は甘口のものが多く、確かに水で割って飲むのが理にかなっていたのでしょう。


糖分が貴重品だった古(いにしえ)の時代、まさに、ネクターと呼ぶに相応しいワインだったのですね。


バルカン半島のこの地域には、ローマ時代の遺跡が数多くありますが、遺跡だけではなく、ローマ時代の習慣が残っているとは、驚きでした。


この地方では食事は一日二食で、会社も早朝7時から午後3時までお茶の時間を取るくらいで、昼休み無しで働いていましたが、これも昔の習慣を踏襲しているものです。


ワインのエチケットに描かれている城塞は、キリスト教諸国とオスマン・トルコとの戦いの時のもので、イスラム世界との戦いに敗れたバルカンは、500年間の長きにわたり、イスラムの支配下の置かれました。


ワインの飲み方にも、歴史と地域性があるものですね。




オレゴン州に素晴らしいピノがあることは、以前ブログに書きました。


地球温暖化により、より冷涼な気候を好むピノ・ノワールはカリフォルニア州には適さなくなっているのだと思っていました。


カリフォルニア州からオレゴン州へ、そしてオレゴン州からワシントン州へ産地が北上するのだろうと考えていました。


そんな中で、今年の7月、ドリューさんと会いました。


Mr. Jason J. Drew。


ジーンズ姿で現れ、私が背広なのを見た途端、非礼を詫びる心遣いが気持ち良い人でした。


ところが、いざワイン生産の話となると、目を輝かせ、身を乗り出して説明してくれます。


こんな生産者が居るとは、カリフォルニアのピノも捨てたものではありません。


当日飲んだドリューさんのピノ・ノワールは、以下の4種類でした。


・ ピノ・ノワール ゲートキーパーズ、2006年

・ ピノ・ノワール カルガサキ-ヤラマ、2006年

・ ピノ・ノワール フォグイーター、2006年

・ ピノ・ノワール マクドゥーガル、2007年


私は失礼なことに、ドリューさんに「私はブルゴーニュのピノが好きです」と最初に話していました。


その上でこの4種類のピノを飲み比べたのです。


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ドリューさんは私の様子を見ながら、どれが一番好きかと聞いてきました。


「一番好きなのはマクドゥーガル、その次はフォグイーターですね」


「あなたは本当にブルゴーニュがお好きなのですね。今選んだ二本は、標高が高い場所にある畑のピノで、まさにブルゴーニュ・タイプのピノなのです」

それにしても、マクドゥーガルは素晴らしいピノ・ノワールでした。


それもそのはずです。

ドリュー・ファミリーのピノ・ノワールは、全米ピノ・ノワール・オブ・ザ・イヤーを獲得したのです。


それが、まさにマクドゥーガル、2007年です。

(写真のヴィンテージは異なります。)


カリフォルニアのピノは飲みたくないと渋っていた彼女も、このマクドゥーガルにはにっこり。



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カリフォルニアのピノを見直した、素晴らしい夜でした。


ドリューさん、素敵なワインをありがとうございました。





ピエディ・ロッソとは、イタリア語で”赤い足”の意味。


それは、ぶどうの名前でもあるのです。


イタリアのカンパーニャ州には、ラクリマ・クリスティという美しい名前のワインがあります。


ラクリマ・クリスティ、「キリストの涙」という名前のワインには、面白い由来があるのです。


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その昔、神によって天国から追放された大天使、サターンは、天国の土地を一部持ち去り、逃げ出しました。


その途中、サターンは盗んだ土地を地上に落としてしまい、その場所にナポリの街ができました。


ナポリの人達は、悪徳の限りを尽くしました。


その悲惨な様子を天上から眺めたキリストは、悲しみのあまり、涙を流します。


その涙が落ちたヴェスヴィオ火山の麓にぶどうの樹が生えてきて、素晴らしいワインが生まれたのです。


ラクリマ・クリスティは、ピエディ・ロッソに、アリアニコというぶどうを加え、造られています。


ラクリマ・クリスティには白と赤の両方があります。


赤はミディアム・ボディで、すっきりとした、しかししっかりとしたワインですので、一本目に飲むワインとして、白の代わりに飲んでいます。


『サラ・フェッラーリ』(六本木)に彼女を初めて連れて行った時には、スプマンテのフェッラーリではあまりに普通すぎるので、最初の一本としてラクリマ・クリスティを注文しました。


ラクリマ・クリスティ、ヴェスヴィオ火山とナポリ湾の景色を思い浮かべながら飲む、名前もボディも洗練された、美しいワインです。


ところで、ピエディ・ロッソとは赤い足のことですよね。


普通、赤い足とは鴨の足のことを表現します。


京都には”鴨足”という姓がありますが、読み方は”かもあし”ではなく、”もみじ”です。


ところが中国では銀杏のことを、”ヤーチャオ”、つまり”鴨の足”と呼ぶそうです。


銀杏は黄色ですが、形が似ているのでこう表現するのだそうだす。


余談ですが、韓国では銀杏は”ウネン”と発音します。


これは、銀行(ウネン)と同じ発音なのです。


お金のイメ-ジは金色=黄色ですよね。


ピエディ・ロッソが鴨の足になり、鴨の足が銀杏になり、銀杏が銀行になってしまいました。


言葉って、面白いですよね。



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私がまだ青かった頃、仕事でヨーロッパに行きました。


ワインに慣れていなかった私に、ドイツ人の会社オーナーが、若いうちから良いワインを飲んでワインの良さを身体で感じ取るように、と言って、一本のフランス・ワインを抜いてくれました。


それ以来、ワインの虜になってしまいました。


忘れもしない、そのワインはシャトー・フィジャックです。


ボルドー、サンテミリオン地区にあるシャトー・フィジャックは、その歴史はローマ時代に遡ると言われ、シャトー・オーゾンヌやシャトー・シュバル・ブランと並び、プルミエ・グラン・クリュ・クラッセ(第一級特別級A)に格付けされています。


以前ご紹介したシャトー・アンジェリュスも、サンテミリオンのシャトーです。


サンテミリオンでは、セパージュはメルローが中心ですが、フィジャックは畑が砂礫質なのでカベルネ・ソーヴィニヨン比率が高く、35%入っています。


次にカベルネ・フランが35%、メルローが30%です。


最近では、隣接するシャトー・シュバル・ブランの方が有名となり、フィジャクの存在が霞んでしまい悔しく思っています。


シャトー・シュバル・ブランの畑は、元をただせばシャトー・フィジャックの領地だったのですから。


私を素晴らしきワインの世界に引き込んだそのドイツ人実業家は、今では居所をニューヨークに変え、活躍しています。


と言っても、ドイツを捨てたのではなく、今でもニュルンベルクとパリとコルシカに家を持ち、プライヴェートジェットで飛び回っています。


シャトー・フィジャックを飲むには、やはりしっかりとしたフレンチが良いですね。


時にはフォーマルに装い、彼女の腕を取り、レストランのエントランスを抜ける。


そんな時に私が使うのは、『オーベルジュ・ド・リル 東京』(六本木)か、『シェ・マツオ 青山サロン』(北青山)です。


『オーベルジュ・ド・リル 東京』は、元の『ザ・ジョージアン・クラブ』の建物に入っているのですから、豪華で無いはずがありません。


『シェ・マツオ』は松濤が本店ですが、私はむしろ気楽な食事の時に松濤に行き、少し気取った夜には『シェ・マツオ 青山サロン』を利用しています。


ワイン、それは単なるアルコール飲料ではありません。


歴史であり、文化であり、そして人と人をつなぐ、懸け橋なのです。


特に、愛の懸け橋としては重要かつ有効です。 


貴方も一緒に、ワインという素敵な懸け橋を渡り、感動を共にしませんか?



「ね、タンクレディって知ってる?」


「え、それって太った女性の名前なの?」


「うぅん、ロッシーニのオペラの名前、でもそれが今夜のワイン」


「オペラの名前を付けたワインだなんて、珍しいわね」


「ここのワイナリーのワインの名前は全て凝っていて、それぞれ語るとワインを飲む暇が無くなるほどだよ」


「それじゃ、説明はタンクレディだけにして、後はそのワインを飲む時に聞かせて下さいね」


「わかった、ではまず一口試してから話すことにしよう」


今夜のワインは、ドンナフガータ、タンクレディ、2002年。 イタリア、シチリアのワインである。

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セパージュは、ネーロ・ダーヴォラ 70%、カベルネ・ソーヴィニヨン 30%。 ネーロ・ダーヴォラはシチリアの地ぶどうである。


「美味しい。もう充分に熟成が進んでいて、強いボディと滑らかなタンニンのバランスがとても素敵」


「さて、それではタンクレディのお話をしましょうか」


1005年頃のシチリア、シラクーザでのこと。


都市国家、シラクーザはサラセン王国とビザンチン帝国の戦いの場となっていました。


前のシラクーザ王の息子、タンクレディはシラクーザを追われ、ビザンチン帝国の宮廷にいました。


タンクレディは、政争の災いを逃れてビザンチン帝国の宮廷に来たシラクーザの実力者の娘、アメナイーデと出会い、愛し合うようになります。


アメナイーデの父親、アルジリオはシラクーザ国王となり、政敵、オルバッツァーノとの和解のため、娘を彼と結婚させることとします。


ビザンチンを抜け出しシチリアに戻ったタンクレディは死刑宣告を受け、アメナイーデはタンクレディを逃すためにオルバッツァーノとの結婚を受け入れます。


一方オルバッツァーノは、アメナイーデがタンクレディに宛てた手紙を証拠に、アメナイーデを反逆者として死刑に処そうとします。 


この手紙は、タンクレディには届かなかったものです。


アメナイーデの行動を裏切りと思ったタンクレディは悩みながらも、オルバッツァーノに決闘を申し込み、彼を殺してアメナイーデを救います。


そしてサラセンとの戦に身を投じ、瀕死の重傷を負います。


死の床でアメナイーデの真実の愛を知ったタンクレディは、恋人と祖国を守ったことへの満ち足りた思いの中で、息を引き取るのです。


「ね、ますますこのワインが美味しく感じるでしょう」


「でも、タンクレディは死んでしまうのね。 その後、アメナイーデはどうしたの?」


「主人公が死んでしまったらそれでお話はおしまい。 だから、僕を大事にした方が良いよ」


「知らない。 でも、タンクレディ、とっても美味しい」


こうして、『アンジェパテイオ』(渋谷、南平台)の夜は更けていくのでした。


”天使が舞い降りたパティオ”の意味で名付けられた『アンジェパテイオ』は、住宅街の中にひっそりと佇むリストランテ。


豪華で静かで、素晴らしい料理と気の利いたワイン。


僕たちの、愛を育む、素敵な隠れ家です。



この前、サンデー・ジャポンでレギュラーおススメの店を紹介していました。


私はフイットネス・クラブの大きな液晶画面でそれを観て、驚きました。


何と、西川史子先生が行きつけとして紹介したお店が、二軒とも僕たちの好きな店とカブっていたのです。


最初のお店は『銀座 うかい亭』(銀座)、次のお店は『マンゴツリー 東京』(丸の内)です。


特に、『マンゴツリー 東京』には頻繁に行くため、早速お店で聞いてみました。


確かに西川先生は来られているとのことでしたが、今まで私とは一緒になったことは無いとのことでした。


『マンゴツリー 』は、バンコクにあるタイ料理の老舗で、ロンドン、東京、ドバイに出店しています。


バンコク本店にも、年に2~3回は行っていますが、私が初めて訪れたときに較べれば店を拡張し、ますます賑わっています。


『マンゴツリー 東京』にはいろいろな思い出が詰まっています。


奥の手前右側の窓際の席が何時もの指定席。 


まだ彼女と知り合って間もない頃。 


彼女の心を射止めようと、彼女が好きなシャンパーニュの中で、特別な一本を用意してもらいました。


それは、ポメリー・ルイーズ、1989年。



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1858年、夫の死によってシャンパン・メゾンを引き継いだマダム・ポメリーは、シャンパーニュ界に大きな変革をもたらしました。


1879年、シャンパーニュは甘口と言う常識を覆し、辛口のシャンパーニュを発売し、イギリスに輸出しました。


これによって、食中にも飲めるワインとして爆発的に売り上げを伸ばし、現在の最大のシャンパン・ハウスとしてのポメリーの礎を築きました。


このポメリー社の頂点に君臨するプレステージ・シャンパーニュが、ルイーズなのです。


ルイーズは、ポメリー社の最高のグラン・クリュ畑で最良のぶどうが収穫された年にのみ製造されます。


セパージュは、シャルドネ60%、ピノ・ノワール40%です。


ルイーズはマダム・ポメリーの愛娘の名前で、エチケットの白い浮彫の女性は、ルイーズの20歳頃の容姿を写したものだそうです。


1985年がファースト・ヴィンテージですが、残念ながら私は85年を飲んだことがありません。


89年、92年、98年と飲み継いでいます。


シャンパーニュ界では偉大な二人のヴーヴ(未亡人)と並び称される、マダム・ポメリーとヴーヴ・クリコ。



そのマダム・ポメリーが愛した娘の名前を冠するプレステージ・シャンパーニュ。


彼女が感激しないはずがありません。


彼女の心を掴んだシャンパーニュ。


私と彼女にとって、特別の一本です。




先日、日本橋高島屋で買い物をしていたときのことです。


海外に赴任している友人への手土産に、西利のお漬物を買っていました。


何気なく右手のワイン・コーナーを見て驚きました。


通路にできた特設コーナーに、何と”幻”が並んでいるではないですか!


近づいて見てみると、マボロシの他にも、ナカイ、ベントンレーン、ダリオッシュ、ジラソーレ等が所狭しと並べられています。

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いずれも私の好きなワインばかりでしたが、聞いてみると、驚いたことに同じ会社が輸入していました。


マボロシと言えば、日本人がカリフォルニア、ナパ・ヴァレーで造る、知る人ぞ知るスーパー・プレミアム・ワインです。


オーナーの私市友宏(まさいちともひろ)氏は、家業の酒類販売業を捨て、ワイン造りの夢に賭けた人です。


フランスにワイン修行に出発するとき、友人から「夢か幻みたいな話」と言われたことから、ワイナリーの名前をマボロシにしたとの話は有名です。


苦労の末、1999年にメルローをファースト・リリースし、今では続いてカベルネ・ソーヴィニヨン、ピノ・ノワール、シャルドネを生産しています。


マボロシは素晴らしいワインですが、エチケット・コレクターにとってはやっかいなワインです。


エチケットに上質の紙を用い、しかも表面がツルツルの印刷をしているので、粘着シートが付きにくく、従ってエチケットが剥がれにくいのです。



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ナカイも、カリフォルニア在住の中井章恵(なかいあきよし)氏が生産するワインです。


1980年にカリフォルニア、ソノマのロシアン・リヴァー・ヴァレーに畑を購入し、良質のシャルドネとメルローを生産しています。        


以前は、これらのワインを『シュン』(六本木一丁目)や『シルヴァーナ』(銀座)で飲んでいましたが、『シュン』は閉じ、『シルヴァーナ』はイタリアンに業態を変更してしまったことは残念です。


なお、『シュン』の伝統は、『エレメンツ』(虎ノ門)に引き継がれています。

  
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海外で日本人が造る良いワインの話をするなら、ニュージーランドのクスダ・ワインを忘れることはできませんね。


世界最高のピノ・ノワールを造りたいと、楠田浩之(くすだひろゆき)氏がマーティンボロで始めたワイナリーで、世界に認められた素晴らしいピノ・ノワールを世に送り出しています。


フランスやイタリアの造り手について語れる人は多くても、海外で活躍する日本人の造り手を知っている人は少ないですよね。


日本人が海外で造る素敵なワインの数々、こんな知識をさり気無く披露すれば、ワイン好きの彼女はもう貴方の虜ですよ。