「ね、タンクレディって知ってる?」
「え、それって太った女性の名前なの?」
「うぅん、ロッシーニのオペラの名前、でもそれが今夜のワイン」
「オペラの名前を付けたワインだなんて、珍しいわね」
「ここのワイナリーのワインの名前は全て凝っていて、それぞれ語るとワインを飲む暇が無くなるほどだよ」
「それじゃ、説明はタンクレディだけにして、後はそのワインを飲む時に聞かせて下さいね」
「わかった、ではまず一口試してから話すことにしよう」
今夜のワインは、ドンナフガータ、タンクレディ、2002年。 イタリア、シチリアのワインである。
セパージュは、ネーロ・ダーヴォラ 70%、カベルネ・ソーヴィニヨン 30%。 ネーロ・ダーヴォラはシチリアの地ぶどうである。
「美味しい。もう充分に熟成が進んでいて、強いボディと滑らかなタンニンのバランスがとても素敵」
「さて、それではタンクレディのお話をしましょうか」
1005年頃のシチリア、シラクーザでのこと。
都市国家、シラクーザはサラセン王国とビザンチン帝国の戦いの場となっていました。
前のシラクーザ王の息子、タンクレディはシラクーザを追われ、ビザンチン帝国の宮廷にいました。
タンクレディは、政争の災いを逃れてビザンチン帝国の宮廷に来たシラクーザの実力者の娘、アメナイーデと出会い、愛し合うようになります。
アメナイーデの父親、アルジリオはシラクーザ国王となり、政敵、オルバッツァーノとの和解のため、娘を彼と結婚させることとします。
ビザンチンを抜け出しシチリアに戻ったタンクレディは死刑宣告を受け、アメナイーデはタンクレディを逃すためにオルバッツァーノとの結婚を受け入れます。
一方オルバッツァーノは、アメナイーデがタンクレディに宛てた手紙を証拠に、アメナイーデを反逆者として死刑に処そうとします。
この手紙は、タンクレディには届かなかったものです。
アメナイーデの行動を裏切りと思ったタンクレディは悩みながらも、オルバッツァーノに決闘を申し込み、彼を殺してアメナイーデを救います。
そしてサラセンとの戦に身を投じ、瀕死の重傷を負います。
死の床でアメナイーデの真実の愛を知ったタンクレディは、恋人と祖国を守ったことへの満ち足りた思いの中で、息を引き取るのです。
「ね、ますますこのワインが美味しく感じるでしょう」
「でも、タンクレディは死んでしまうのね。 その後、アメナイーデはどうしたの?」
「主人公が死んでしまったらそれでお話はおしまい。 だから、僕を大事にした方が良いよ」
「知らない。 でも、タンクレディ、とっても美味しい」
こうして、『アンジェパテイオ』(渋谷、南平台)の夜は更けていくのでした。
”天使が舞い降りたパティオ”の意味で名付けられた『アンジェパテイオ』は、住宅街の中にひっそりと佇むリストランテ。
豪華で静かで、素晴らしい料理と気の利いたワイン。
僕たちの、愛を育む、素敵な隠れ家です。