天海 (150)
天海 (150) 「慶長五年五月三日、徳川家康、陸奥会津ノ上杉景勝ノ老臣直江兼続ノ答書ヲ見テ怒リ、諸大名ニ出征ノ令ヲ下ス。」(「史料綜覧」) 家康の弾劾状に対して兼続は返書を送った。これが有名な直江状である。但し、この直江状には真贋論争があることには留意が必要だ。 何であれ、兼続の返書が家康を怒らせたことは確かである。(以下意訳) 「お手紙13日に届きました。内府様の御不審は残念です。京都・伏見でさえ色々雑説が流布するのですから、遠国で若輩の景勝に雑説が流れるのも、いた仕方ない事なので、どうぞ御安心してください。 景勝の上洛が遅れているのは、一昨年に国替えになったばかりの時に上洛し、去年の9月に帰国したばかりです。この正月に上洛したら国元の政務はいつとるのでしょうか。ましてやここは雪国で、10月から2月までは何もできません。こんなことで景勝に逆心がある等というものは誰もいないでしょう。 景勝に逆心がない事は誓書をもって誓えといいますが、去々年からの誓書・起請文は反故になっている以上、重ねて起請文など不要でしょう。 太閤様のころから景勝が律儀ものであることを知っているなら、何故、疑いを掛けるのでしょうか。勿論、世の中は常に朝変暮化であることは存じています。 景勝には逆心など微塵もありません。讒言したものを取り調べもせず、嫌疑をかけられても、返答しようもありません。まずは讒言したものを取り調べるべきで、それをしないのは内府様に裏表があるからでしょう。 前田様がひれ伏したのは、まさに内府様のご威光です。 増田長盛と大谷吉継は随分偉くなったのですね。榊原康政は景勝の公式の取次で、逆心の疑いがあれば景勝に意見するのが彼の仕事でしょう。それが内府様のためでもあります。 堀直政は申次でありながら、才覚を用いて景勝の妨害ばかりしている。この者が忠臣か佞臣か、よく考えられよ。 第一に、上洛が遅れていることが原因なのでしょうが、理由は以上のようなことです。 第二に、武具を集めているとのことですが、上方の武士は茶道具を集めているようですが、景勝は田舎者なので鑓、鉄砲、弓箭を集めているだけのことです。景勝が似合わないものを集め出したら、世間はどう思うでしょう。 第三に、道を作り舟橋をかけること等、為政者なら当然ではないですか。越後でもやって来たことです。 堀直政如き、わざわざ道を作らずとも、越後は元の国なので踏みつぶすこと等容易です。他国境でも道を作っているが、騒いでいるのは直政だけです。 直政は戦を知らぬ無分別もので、逆心があれば、道を塞ぎ、堀を切り、防戦の支度をするものです。方々に道を開いて謀叛を起こせば、方々を防がなければならなくなるでしょう。まさにうつけ者とはこの者の事です。 景勝は領内に道・橋を整備しています。江戸からの使者は白河口の在り様や奥州筋の様子を見ているので、聞いてみてください。 高麗が降参しなければ再度出兵などと、あり得ない嘘を並べるのは、どうしたことでしょう。(笑)(続く)直江状石川謙, 石川松太郎 編『日本教科書大系』往来編 第11巻 (歴史),講談社,1970.国立国会図書館デジタルコレクションhttps://dl.ndl.go.jp/pid/9546010 (参照 2024-04-12)