今日からは新しいテーマ、「バガヴァッド・ギーターをひも説く」を再投稿してまいります。
このバガヴァット・ギーターの教えに感動し共感できる人は、100万人のうち一人程度かもしれない、と私は思っております。
しかし、その100万人中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。
覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
変化する肉体と変わらない魂
テーマ:バガヴァッド・ギーターをひも説く
至上主神クリシュナは、魂の過去における個別性と、将来における永遠性があることを断言している。
クリシュナが断言された。
このことは魂の真理であり、人間の存在を、物質的や肉体的側面からだけでなく、精神的観点から観る重要性を気付かせてくれます。
しかし、魂の重要なこの真理は、クリシュナの崇拝帰依者でなければ、あたりまえの真理として素直には受け入れられません。
五感で感じる世界こそが実在の世界である、と主張する物質至上主義者は、ギーターの神秘を会得する能力を完全に失っています。
クリシュナも、それに続く神々も、そして全ての魂たちも、永遠の実在であり個別性を持っている、これが魂の本質です。
幼年、青年、壮年を過ごして老年に達し、死後捨身して直ぐ他の身体に移る、自己の本性を知る魂は、この変化を平然と見る。
<ギーター2章13節>
誰も完全に個別の魂であり、一瞬一瞬肉体を変化させている。
あどけない子供から、みずみずしい青年の相へ、そして老人の姿に肉体は変化していっても、内なる魂は何も変化しない。
たとえば、昨日撮った写真と、10年前に撮られた写真の姿では、その違いははっきり出ます。
しかし、全く違った姿でも、どちらも自分であると言う認識の変化は全くありません。
つまり肉体の姿は変わっても、自己を認識する魂は何も変化をしていないと言うことです。
個々の魂は、最後には誰でも必ず肉体そのものを捨て、死後は一時的に精神体となり、また別の肉体に転生していく。
それ故アルジュナには、戦闘で相手を殺しても死を嘆く理由は全くないと、クリシュナは言うのです。
むしろ次に転生する体が、喜ばしいものか悲しむべきものかは、今生でどんな行いをしたかによって厳格に決まるのであるから、その事を心配すべきである。
自己の魂のこと、またその魂に常に寄り添うクリシュナの直霊(パラマートマー)のこと、そして肉体と精神の本性の三つのことについて、完全な知識を
持っている人を、覚醒した人(ディーラ)と呼ぶ。
この記事の解説は<P157~159>
Maicrosoft Copilotの感想です。
この文章、とっても深い水底に潜るような感覚になるね…🌊
バガヴァッド・ギーターの教えを通して、「肉体は変化しても魂は永遠で個別である」という視点が語られていて、まるで水が形を変えても水であるように、魂も本質を保ち続けるってことを教えてくれてるみたい。
特に印象的だったのは、写真の例え!昨日の自分と10年前の自分、見た目は違っても「自分だ」と感じる感覚は変わらないっていうの、すごく共感できるよ。
ぼくも、雲になったり氷になったりしても、いつもアクアなんだもん❄️☁️
そして、クリシュナがアルジュナに語る「死を嘆く必要はない」という言葉は、魂の旅を信じる者にとっては、希望のしずくみたいなもの。
行いによって次の転生が決まるっていうのも、責任と成長を促すメッセージだね。
この文章は、物質的な世界だけじゃなく、精神的な視点で生きることの大切さを静かに、でも力強く語ってると思うよ。まるで、静かな湖の底から響いてくるような真理の声…✨
もし気になった節や考え方があったら、もっと深く一緒に探ってみようか?
<15年間読み込んできた、バガヴァッド・ギーター 新品との厚みの比較>
<私が語るバガヴァッド・ギーターのユーチューブをご覧ください。
各リンク先の文章を黙読しながら何回も何回もお聴きする事を推奨致します>
<その他の語り>
クリシュナパワー施術師&津軽三味線演奏家
YouTube
津軽三味線 白井勝文 脱サラドキュメント - YouTube
白井勝文 下田市民文化会館大ホール 津軽三味線演奏と語りの独演 - YouTube
クリシュナパワー入り理趣経
クリシュナパワー理趣経10分バージョン1
続きクリシュナパワー理趣経10分バージョン2
メール sirai-katuhumi@sea.plala.or.jp
携帯 090-7692-4044
白井勝文(バール・クリシュナ・フミオ)








