新・ユートピア数歩手前からの便り -216ページ目

新しき人について

本日は一昨日言及した「新しき人」に関して、やはり宗教哲学的な見地から考察した拙論をお送りします。相変わらず生硬な文章で恐縮ですが、忍耐強くお読み戴ければ幸いに存じます。


新しき人について
日比野英次

はじめに
 祝祭共働態としての新しき村に生きる人間は「新しき人」でなければならない。しかし残念乍ら現代人は未だ「新しき人」になることができないでいる。そこに新しき村が実現しない最大の理由があると言えるだろう。現代人は「古き人」と「新しき人」の中間にいる。ここで「古き人」というのは archaic man のことであり、それは単に古代に生きていた人間という通時的な意味だけではなく、人間実存の「祖型」(archetype)を体現している人間という共時的な意味も含む。現代人はそうした「古き人」から出発して現代社会を築き上げた。しかしそれは人間が本当に人間らしく生きられるものでは未だない。それ故最近は「田舎暮らし」に象徴されるような自然回帰的志向が目立ち始めているが、いくら現代社会が絶望的なものであるとは言え、後向きに自然に戻ってみたところで仕様がないだろう。それは何ら問題の究極的な解決にはならない。確かに「古き人」の社会には人間生活の「祖型」がある。しかしそれはあくまでも人間の出発点であって到達点ではない。そもそも私は、人間が本当に人間らしく生きる生き方は自然に生きることではないと思っている。と言うのは、人間の自然性は反自然性にあるからだ。勿論、反自然性に徹して生きていくことが不可能であることは言うまでもない。人間は自然と反自然の稜線上を生きる者であり、言わば反自然的自然性を満たす生活こそ人間の本来的生であると思われる。そうした逆説的な生を実現する者こそ「新しき人」なのだ。では、「新しき人」とは如何なる人間なのか。それについて考える前に、先ず「古き人」について考えてみたい。


一 古き人

人生というテクストは実存の垂直的次元と水平的次元で織られている。それらは人生というテクストの経(たていと)と緯(よこいと)に他ならない。現代人の生は、拡張された緯(水平的次元)のために、その経(垂直的次元)が擦り切れつつあるようなテクストだと言えよう。従って現代人は意味に溢れる生のテクストを得るためには、現在の強い緯に耐えるべく経を強化しなければならない。この文脈において、「古き人」の生は現代人にとって一つの理想的な生のテクストだと見なされ得ることだろう。何故なら、それは強い経を持っているからだ。エリアーデによれば、古代社会は俗なる活動について何も知らず、全ての活動――狩猟や農耕、更には性の交わりに至るまで――は何らかの形で聖なるものに参与することを意味する。すなわち現代人の生が俗なるものに浸透しているとすれば、「古き人」の生は聖なるものに身も心も浸っているということだ。

 こうした「古き人―現代人」という対照において我々は、現在虚無的な現代人も古代の聖なるものとの接触を通じて生まれかわることができるという「エリアーデの希望」に注目することができる。エリアーデは世俗化によって今や虚無的な世界に陥っている現代人を人間実存がその本質を見出し得る古代の楽園に導こうとしているからだ。そうしたプログラムにおいて、エリアーデは意識的かつ主体的に歴史をつくろうとしている現代人を、歴史に対して否定的な態度をとって伝統を重視する「古き人」と対立させているが、ここで我々が見出すのは決定的な「あれか―これか」、すなわち「古き人」の聖なるもの(始源的祖型の宇宙的反復)か現代人の世俗性(絶対精神の究極的顕現に向けての歴史的発展)か、に他ならない。この「あれか―これか」を通じて、エリアーデは現代人を「古典的な神秘神学の否定の道( via negativa)、すなわち俗なるものの絶対的な否定によってのみ聖なるものを知り得るという弁証法的な道」に導こうとしている。要するにエリアーデによれば、祖型もしくは宇宙論の反復(これは歴史を定期的に廃絶することによって歴史的出来事に超歴史的意味を与えることに他ならない)という伝統的な地平に生きる「古き人」の生き方にのみ絶望を免れる唯一の道があるということだ。果して本当にそうだろうか。

 確かに「古き人」の生を反復することによって現代人はその擦り切れつつある経を強化し、それによってニヒルの淵から脱け出ることができるだろう。しかし、それは事実上現代人の生の放棄であり、単に現代人の生というテクストを「古き人」のそれに取り替えたにすぎない。その取り替えにおいて現代人は歴史(世俗的な地平)のみならず自身の現代性をも廃棄することを余儀なくされるに違いない。成程、現代人の生のテクストにおける経はその取り替えによって間違いなく強化されるだろう。しかし、それと同時に今度は緯を擦り切れさせてしまうに違いない。「古き人」の生のテクストにおいては経が強いかわりに緯が弱い。現代人の生のテクストはその逆だ。しかし我々には強い経と強い緯を同時にもつ全く新しい生のテクストが必要なのだ。それは「古き人」の生も現代人の生も超克したものでなければならない。もし人生に意味があるとすれば、そのようなテクストにこそ織り込まれ得るだろう。では我々は如何にしてそのようなテクストを得ることができるだろうか。

二 新しき人

 サルは自然の一部だ。ヒトも自然の一部であることに変わりはないが、人間は自然を一歩踏み出している。その一歩こそニヒリズムの根源だが、それが人間の原事実だと言えよう。「古き人」はそうした原事実に原罪を意識し、自然の楽園(アルカディア)への回帰を求めてきた。それに対して「新しき人」は自然を超えた楽園(ユートピア=未だないもの)を求める。正にその楽園こそ「強い経と強い緯を同時にもつテクスト」であり、それはラディカルに聖なるものとラディカルに俗なるものとの Coincidentia Oppositorum (対立者の一致)に他ならない。尤もエリアーデが描く「古き人」の生における「始源の全体性」の中心にもCoincidentia Oppositorum という象徴が見出される。しかし、それは非弁証法的な同一性にすぎず、「新しき人」が実現すべき真のCoincidentia Oppositorum とは質的に異なっている。すなわち非弁証法的な同一性としての「始源の全体性」においては聖なるものと俗なるものの対立が全く解消されており、もはや聖なるものも俗なるものもその弁証法的な意味を持ち得ないのだ。ヘーゲルなら「全ての牛を黒くしてしまう暗闇」だと言うような「始源の全体性」は歴史において具体化され、真に現実的な全体性にならねばならない。

 こうした観点からすれば、「古き人」の生に表現された Coincidentia Oppositorum (始源の全体性)は単に「ラディカルに聖なるもの」と「去勢された俗なるもの」との一致にすぎず、事実上「全ての俗なるものを聖なるものにしてしまうお祓い」だと言えよう。「新しき人」が実現すべきものは、そのような聖なるものの圧倒的な力による俗なるものの内包ではなく、あくまでも「ラディカルに聖なるもの」と「ラディカルに俗なるもの」との弁証法的なCoincidentia Oppositorum でなければならない。ここで注意すべきことは、こうした「新しき人」の試みは「古き人」の生の単なるアンチ・テーゼではないということだ。「新しき人」が実現すべきラディカルな世俗化は俗なるものの圧倒的な力によって聖なるものを内包せんとする一方的な運動ではなく、ましてや聖なるものの完全なる否定を目指すものでもない。むしろそれはラディカルな聖化なのだ。弁証法的に言えば、聖なるものはラディカルに世俗化されることによってのみ自らをラディカルに実現し得る。聖化は世俗化の根源的な推進力であり、聖化なしでは世俗化もラディカルに実現され得ないだろう。

 しかし乍ら、たといその究極の目的が世界のラディカルな聖化であろうとも、その歴史における運動はあくまでもラディカルな世俗化として意識されなければならない。もし聖化として意識されれば、我々の意識は聖なるものの運命、すなわち神聖なものの罠に陥ることになる。世俗化をラディカルに実現するとは、同時に聖なるものの運命を克服することに他ならない。その意味において、「新しき人」とは決して実定化されぬ聖なるものを俗なる世界の真只中で体現する者だと言えよう。彼は孤高の聖者ではない。人々との「祝祭空間」において日々静かに笑っているデクノボオなのだ。

おわりに

 現代人は「古き人」の祖型と「新しき人」のヴィジョンの間で引き裂かれている。前者は自然楽園であるアルカディアに、後者は人工楽園であるユートピアにそれぞれ通じている。何れを選ぼうと自由だが、新しき村は後者を目指すべきだと私は思う。さもなければ、新しき村の存在理由がなくなるからだ。新しき村の「真の新しさ」という理想を実現するためには「新しき人」がどうしても必要になる。言い換えれば、新しき村と「新しき人」は不可分であり、ともに「真の新しさ」が求められているのだ。

 確かに「古き人」のように自然に生きること、すなわち人間生活の祖型は我々の「魂のふるさと」と言える。しかし「かえるところにあるまじきもの」だ。我々がニヒリズムを真に克服するためには「新しき人」にならねばならない。後向きに「古き人」に戻ろうとするのではなく、あくまでも前向きに「新しき人」になろうとすべきだ。そこにこそ新しき村における生活の真髄があると私は思っている。

Coincidentia Oppositorumとしての新しき村

本日は宗教哲学的な観点から「新しき村」を考察した拙論を御笑覧下さい。


Coincidentia Oppositorumとしての新しき村     
日比野英次
                          
はじめに

 私は先の拙文「新しき村の実現について」において、「古き村―近代都市―新しき村」という弁証法に則して新しき村の真の「新しさ」について考えてみた。そして古き村の抑圧性(個を全体に統一する共同体)と近代都市のニヒリズム(根無し草の個人主義)を止揚するものとして祝祭共働態というヴィジョンを新しき村に同定した。私はそれが個を真に活かす全体(個即全・全即個の統合体)の成就に他ならず、そこにおいてこそ人間は本当に生きられると信じている。しかし乍ら、前回はそうしたことを充分説得的に語り得なかった嫌いがある。そこで今回はその点を反省し、「人間が本当に生きること」に焦点を絞って、新しき村を実現することの必然性について更に徹底的に考えてみたいと思う。
 

「人間が本当に生きること」と新しき村

 私は本当に生きようとする人間にとって新しき村は不可避だと思っている。言い換えれば、人が本当に生きることを成就する時、そこに新しき村は実現するのだ。従って本当に生きることに自覚的でない人間にとって、新しき村は永久に無縁のものだろう。確かに人は新しき村を知らなくても生きていくことはできる。しかし、それは本当の生ではない。ここまで断言するからには、人間の本当の生と新しき村の関係を明確に示さねばならぬ。人間が本当に生きるとは如何なることか。

 しかし人間にとって「何が本当の生か」などということは一概に決められるものではない。サルトルの言うように、人間の実存が本質に先立つものならば、「本当の生」はそれぞれの人間が自由に創造していくべきものだろう。少なくとも「本当の生」を客観的に全ての人間に妥当するものとして示すことはできない。それ故、私としては自分が本当だと主体的に信じる生き方を示す他はないだろう。そこで先ずは私自身が求めている「生の意味」を近代の世俗化との関係において示すことから始めたいと思う。
 

一、生の意味と世俗化

 「真に重要な哲学上の問題は一つしかない。自殺ということだ。人生が生きるに値するか否かを判断すること、それが哲学の根本問題に答えることだ」―アルベール・カミュはそう言っている。しかし我々は如何にして人生が生きるに値するか否かを判断し得るのか。おそらくそうした判断は生きるに値する意味が果たして人生にあるかどうかによるであろう。こうして人は生の意味を追求し始めるわけであるが、その際あらゆる意味の追求は常にその意味が織り込められたテクストの存在を前提していることに留意しなければならない。すなわち人生の意味の追求とは人生を一つのテクストと見做し、それを解釈することに他ならないのだ。

 勿論、人生というテクストが一応一冊の本を成してはいるものの甚だ落丁の多い不条理なものであることは言うまでもない。私の人生は間違いなく私自身のものだが、そのテクストの著者が間違いなく私自身かどうかということになると実に心許ない。私は今自分の人生というテクストを意識的に書こうと努めているものの、常に書かされているという不快感から逃れることができない。果たして自分の人生というテクストを完全に主体的に書いていると言い切れる人がいるだろうか。それは自分が生まれた時の光景を見た記憶があると言い張るような人でも不可能ではないか。何故なら、人生というテクストは「私」が生まれる以前から書き始められているからだ。出来ることなら私はのっぺらぼうで生まれ、その後そこに自分の望む顔を描いてみたかったと思う。しかしそのようなことは私の誕生以前に書かれたDNAが許さない。一体誰が私のDNAを書いたのか。私としては私の承諾なしにそれが書かれたことを遺憾に思うが、覆水盆に返らず、今更嘆いてみても仕方がない。それは常に書かれているのであり、書いている本人は決して姿を現すことはない。私はのっぺらぼうで生まれてきたかったと言ったが、私がのっぺらぼうになるのを禁じている者は常にのっぺらぼうなのだ。

 さて、そんなわけで人生というテクストは先ず「私」が生まれる以前に殆ど既にのっぺらぼうによって書かれ、生まれてからも親によって書かれ、環境によって書かれ、様々な交友関係によって書かれていき、「私自身が書いている!」と自信をもって言い得る部分は極めて限られていると言わざるを得ない。では、このように自分自身の人生でありながら自分自身が絶対的な著者であるとは言い切れぬ不条理なテクストを如何にして解釈すればいいのか。私はここで解釈学上の議論に深入りするつもりはない。勿論、人生の意味の追求にとって、それを人生というテクストに織り込んだと思われるのっぺらぼうの認識可能性あるいはその意図の解釈論―それが著者の意図を単に再構築するという次元を超えたものであることは言うまでもない―は重要な問題だ。しかしここで私が検討したいと思っていることは、もし我々の人生に意味があるのなら、そしてその意味が我々にとって生きるに値するものであるのなら、それを書いたのっぺらぼうは聖なるものでなければならぬということだ。もしのっぺらぼうが単なるのっぺらぼうにすぎないのなら、我々はDNAの奴隷、もしくは食欲、性欲、支配欲―要するに自然における傾向性の奴隷にすぎず、一切が他律的に規定された生物であることになる。もしかしたら、それが人間の真実であるかもしれない。しかし断じて人間の真理ではあり得ない。ニーチェは言っている―「真理とは、それなくしては特定種の生物が生きることができない類の誤謬である。生にとっての価値が最後に決定を下す」と。人生という不条理なテクストの解釈はこうした認識の遠近法によるしかないと思われる。すなわち私は聖なるものという「生にとっての価値」を梃子にして人生という不条理なテクストをこじあけ、それによって人生の意味を書き取りたいのだ。

 そこで人生というテクストを解釈するにあたって、私は次のようなテーゼを以て始めたいと思う。

「人生の意味は聖なるものの現前と密接に関係している。人は聖なるものなしに有意味(義)に生きることはできない」

 おそらくこうしたテーゼに基く私の解釈は、聖なるものなしで充分有意味に生きられると思っている人々、更には聖なるものは自分の自由にとって邪魔なものだと思っている多くの現代人には全く無意味なものであろう。しかしそのように全く世俗化された人間がこの世に実在し得るものだろうか。私は疑わしく思っている。ミルチャ・エリアーデが言うように、自分は非宗教的だと思っている現代人もその実カムフラージュされた神話や堕落した儀式にしがみついている場合が多いのではないか。「人間はいずれにせよ何かを崇拝せざるを得ない。神をしりぞけると今度は偶像を拝み出す」とはドストエフスキィの言葉である。しかしながら現代人が神を殺してしまったということ、近代における世俗化の過程を通じて聖なるものを喪失してしまったということは否定し得ぬ事実であろう。現代人は明らかにニヒリズムに陥っている。聖なるものの不在、そして生の絶対的な意味の欠如―我々の歴史は今やのっぺらぼうの行進にすぎず、そこで我々は意味もなく生まれ、意味もなく死んでいく。人生の意味は近代に始まる世俗化の波に洗われてしまったかのようだ。しかし、もし私のテーゼが正しいのなら、何故近代人は聖なるものを失ってしまったのか。近代化=世俗化の方向は根本的に間違ったものだったのであろうか。私はそうは思わない。むしろ世俗化は聖なるものの真の現前にとって不可欠の歴史的契機だと思っている。というのは、近代における世俗化の本質は聖なるものそれ自体の否定にではなく、あくまでも聖なるものの実定性(positivity)の否定に在るからだ。我々の生の絶対的な意味に密接に関係している聖なるものは不幸なことに実定的なものと化してしまう運命にある。私はこの実定的な聖なるものを「神聖なもの」と呼び、聖なるものそれ自体と区別したいと思う。
 

二、聖なるものと神聖なもの

 神聖なものは聖なるものの力によって生み出される。ヘーゲル的に言えば、聖なるものは「生ける実体」であり、神聖なものはその実定化されたものだということになろう。こうした聖なるものの自己疎外態としての神聖なものは、具体的に言えば我々の宗教経験の祖型(archetype)だと言える。我々はこうした実定性の肯定的な形態を否定することはできない。それなしでは聖なるものは経験され得ないからだ。従って、この第一段階における実定性(神聖なものの誕生)は嘆かわしいものでは全くなく、むしろ我々の宗教経験にとって不可避なものだと考えられる。聖なるものが我々の宗教経験に顕現する際、それは実定的なもの(神聖なもの)にならざるを得ない。神聖なものの誕生は聖なるものと我々の宗教経験の相互的な運動に因るものだからである。しかし、こうした肯定的な実定性は残念ながら長続きしない。どんなに純粋な現象でも、その表象における肯定的な実定性はやがて否定的な実定性へと転化せざるを得ないからだ。聖なるものという現象(epiphany)といえども、その運命を免れることはできない。例えば、イエスの教えがキリスト教と化し、やがて大審問官の宗教へと転化・堕落していったように。イエスという男に受肉した聖なるものが腐敗した教会の神聖なものとなり、それに対する反抗が近代の世俗化を引き起こしたのだ。

 しかし、こうした聖なるものの現象学的運命は何も宗教のみに限られたものではなく、人間が求めている理想的社会についても言えるだろう。すなわち、もし近代の世俗化は「古き村」の神聖なパラダイムに対する不満から発していると言い得るのなら、それは近代的な意識がそのようなパラダイムと相容れなくなったことを示している。近代人はもはや「古き村」の神聖さを受け容れることができない。何故なら、それは他律的なもの(the heteronomous)として機能するからだ。しかしムラは初めから「古き村」として生まれるわけではない。厳密に言えば、人間がその歴史において最初に経験する共同体=ムラは決して否定的なものではなかったに違いない。ムラは聖なるものを核として形成される。従って人間が最初に経験するムラは本来「垂直的な共働体」だと言えよう。それは始原の楽園であり、封建主義的な「古き村」以前に未だ貧富の差のない相互扶助的な理想状態、言わば原始共産制社会があったと考えられる。しかし乍ら、ムラの核であるべき聖なるものはやがて神聖なものへと堕落する運命にある。その運命において、たといムラの精神が本来他律的なものではなく、むしろ聖なるものであったとしても、ムラは他律的な神聖なものを核とする「古き村」へと転化・堕落することを避け得ない。ムラから「古き村」へ―それは聖なるものを核とする「垂直的な共働体」から神聖なものを核とする「水平的な共同体」への移行を意味する。たといどんなに平和で長閑なムラでも、やがては「古き村」と化してしまう。所謂「楽園喪失」は人間の運命なのだ。ただ人間以外の生物のみがそのような楽園に留まることができる。何故か。人間は自然そのものに対して完全に受動的であり続けることはできないからだ。おそらく始原の楽園は牧歌的田園のアルカディアとして経験されると思われるが、自然は人間に対してそのように甘美なものであり続けることはできない。むしろ苛酷なものであることの方が多いだろう。その時、自然は人間にとって一つの壁となる。制御の対象となる。かくしてアルカディアとしての楽園は失われ、人間の真の楽園はユートピアとして求められることになる。

 では、ユートピアとは何か。それは「古き村」以前のアルカディア(始原の楽園としてのムラ)の対極に、近代の世俗化を経て実現されるべきものだ。「近代都市」に発する現代の閉塞状況を打開するためには、後向きに「古き村」以前の理想的状態(アルカディア)に戻ろうとするのではなく、あくまでも前向きに「新しき村」(ユートピア)を実現する他はないだろう。すなわち「古き村」の他律的なパラダイムを世俗化することによって真に自律的(autonomous)足らんとした「近代のプロジェクト」を成就することだ。しかし、残念乍ら、このプロジェクトは未だ完成していない。というのは近代の世俗化は聖なる次元の喪失をもたらしたからだ。ここに近代意識の二律背反(antinomy)がある。近代人は神聖なパラダイムから脱出することによって自律的足らんとしたが、その試みは聖なるものまで無に帰し、結果的に彼自身をニヒリズムへと追いやってしまった。汚れた盥の湯水は流してしまってもいいが、それと一緒に赤ん坊まで流してはいけない。近代の世俗化は両方とも流してしまった。何れにせよ、こうした世俗化の帰結は次のような重要な点を示していると思われる。

人は聖なるものの現前への関係においてのみ有意味に生きられる。もしそうなら、「古き村」の神聖なパラダイムは他律的なものであり、聖なるものの堕落した形態であったに違いない。それ故、我々は決して他律的なものとはならぬ聖なるものを実現せねばならぬ。正にそのような聖なるものの実現においてのみ世俗化はラディカルに完成するものと思われる。

 しかし乍ら、決して他律的なものとはならぬ聖なるものとは如何なるものか。もしそれを神律的なもの(the theonomous)と考えるなら、そこにおける神的なものは我々人間の自律的理性と矛盾するものであってはならない。すなわち神律的な聖なるものとは、神的なものと人間的なもの、要するに聖と俗の「対立の一致」(coincidentia oppositorum)でなければならないだろう。

 聖と俗のcoincidentia oppositorum としての新しき村―私はそこに祝祭共働態というヴィジョンを見る。それは谷川雁の言う「存在の原点」から咲いた花だと言えるが、もはやその詳述は後日に譲る他はない。
 

おわりに

 我々が「新しき村」として求めている理想的社会の「理想」とは、言うまでもなく「全世界の人間が天命を全うし各個人の内にすむ自我を完全に生長させる事」に他ならない。すなわち「全世界の人間が天命を全うする事」と「各個人の内にすむ自我を完全に生長させる事」という二つが満たされる社会こそ理想的社会と言えるのだ。そして私は、前者は肉体の糧によって、後者は魂の糧によって、それぞれ満たされるものと考える。便宜上、水平の次元において肉体の糧を得るための活動を労働、垂直の次元において魂の糧を得るための活動を仕事とするならば、労働と仕事の大調和にこそ「人間の本当の生」があると言えるだろう。そうした大調和はまた、聖なるものと俗なるものの「対立の一致」に他ならない。武田泰淳の言葉を借りて言えば、肉体の快楽(カイラク)と魂の快楽(ケラク)を共に得て、我々は人間として本当に生きることになる。或る種の求道者(出家者)はカイラクを滅却することによってケラクを得んとするが、それは間違った道だと思う。本当の求道はケラクとカイラクの「対立の一致」を成就する新しき村においてこそ満たされるものと信じている。

「新しき人」を求む

「新しき人」とはもはや古き生活に堪えられなくなり、どうしても新しき生活を始めざるを得ないと心底から思っている人のことです。尤も「何が古き生活で、どう生きることが新しき生活を始めることなのか」ということは単純に答えられる問題ではないでしょう。人それぞれ、求める「新しき生活」は異なると思われます。しかし、ここでは次のような叫びを我々の共通理解にしたいと思います。

「必然から自由への飛躍的生活! 外的強迫から内的発意への創造的生活!」(大杉栄)

言うまでもなく、新しき村に来たからといって、すぐさま自由で創造的な生活が始められるわけではありません。新しき村はそうした理想の実現を目指してはいますが、現実の村はその理想とは程遠いものです。しかし、だからこそ、「新しき人」が必要なのです。新しき村は人間として本当に生きる道を摸索する場に他なりません。そこには様々な求道があっていいと私は思っています。一応、循環可能な農的生活という基本的なヴィジョンはありますが、具体的には何も始まっていないのが現状です。ただ可能性だけが渦巻いています。

誰か、この可能性に賭けてみようという人はいないでしょうか。実際、自分の理想とする農業もしくは農的生活を試したいと思っている人にとって、新しき村はその可能性に満ちている格好の場だと言えます。勿論、その可能性を現実のものとするためには多大な困難が伴うでしょう。道は極めて険しいと言わざるを得ません。しかし、その困難さにも拘らず、共に「この道」を歩いてくれる「新しき人」はいないでしょうか。私は切実に「新しき人」を求めています。理想の村(社会)づくりのために、共に汗を流してくれる人を求めています。

ガウディ・大杉栄・実篤

武者小路実篤と新しき村を思う時、私はガウディとサグラダ・ファミリアを連想します。新しき村もサグラダ・ファミリアも「永遠の未完成」の様相を呈しているからです。しかし何故そうなのか。理由の一つとして、共に構想が余りにも壮大過ぎるということが挙げられるでしょう。併せて、その構想を実現に導く綿密な「設計図」が存在していないことも考えられます。遺されたのは大まかなデッサンだけです。しかし新しき村もサグラダ・ファミリアも現実に存在しています。そして日々その完成に向けての努力が積み重ねられています。バルセロナには世界中から一流の職人たちが集まっていると聞きますが、この毛呂山の地にも「理想的社会」を実現する志に燃える人々が集結してもらいたいものです。新しき村にはそうした情熱に値する可能性があると信じています。

更に、その可能性に関連して、私の連想は大杉栄にまで及びます。このラディカルなアナーキストと実篤の組み合わせには奇異の念を抱かれる向きもあるかもしれませんが、大杉には「武者小路実篤と新しき村の事業」と題する短文があります。そこで大杉は実篤のことを「文壇の中で窃かに僕が一番望みをかけていた人だった」と述べています。尤もその「望み」はやがて失望に変わります。大杉は言います――「僕は武者小路氏がクロポトキンのように蹶起して来るのを待っていたのだ。果して氏は間もなく起った。が、僕の期待は見事にはずれた。氏は民の声を斥け、人類の思し召しに背いて、その正直といっこくとをカイザルに売ってしまった」。ここには確かに失望があります。しかしその奥底には、「新しき村の精神」に対する大杉の根源的な共鳴が響いてくるような気がします。大杉の失望については改めて考えることにして、私はここで「新しき村」が稀代の風雲児の情熱さえも掻き立てたという事実に注目したいのです。実際、実篤が始めた「新しき村」という未完のプロジェクトには人間を限りなく熱くさせる何かがあると思います。それは人間として本当に生きるという「この道」に他なりません。

かつて世界が熱くなっていた時代、人々は真剣に人間の「この道」を問うていました。あの頃の熱気は一体どこへ行ってしまったのでしょうか。確かに世界は混迷の度を深め、単純に「理想的社会」を求めることが困難になっています。しかし私は敢えて世界がもう一度熱くなるのを望みたい。それは一面、ファシズムへと流れかねない極めて危険な賭けでもあります。しかし虎穴に入らずんば虎子を得ず、理想への情熱なくして生の充実はあり得ません。それぞれが理想への熱き思いに燃えて「この道」を歩く――これこそ実篤の遺志を継ぐことだと私は思っています。   

東京へゆくな ふるさとを創れ

本日は「東京へゆくな ふるさとを創れ」という谷川雁の言葉について書きます。
                           
かつて多くの若者たちは故郷の村を棄て、大都会・東京へゆくことを望みました。その意志には或る必然性があったと思われます。牧歌的な田園生活から刺激的な都会生活へ――これは人生行路における往相に他なりません。田園生活は、たとい如何に安穏無事なものであろうと、一度は破れざるを得ぬものでしょう。と言うのも、それはやがて因循姑息な古き村の営みと化す運命にあるからです。そして人は近代都市に新しい生活を求めることになります。そうした往相の根柢にあるものは、古き村の全体主義的生活から近代都市の個人主義的生活への移行だと言えるでしょう。人々はそこに生活の新しさがあると信じました。しかし、そうした思いを抱いて東京にやって来た人々が現実に獲得した生活は如何なるものであったでしょうか。個々バラバラの根無し草の如き生活ではなかったでしょうか。尤もそういう個人主義的な生活を快適だと感じる人もいるでしょう。面倒な他人とのつきあいを極力拒絶し、自分だけの世界に引きこもることは或る意味で一つの理想的状態かもしれません。しかしそれは明らかに逃避であり、どう考えてみても人間として本当に生きることだとは思えません。孤立は自立にあらず。個としての充足(自足)のみでは個人の内にすむ自我を完全に生長させることにはならないでしょう。少なくとも私には近代都市の個人主義的な生活が真に新しい生活だとは思えません。

かくして、東京へゆくな――この叫びから人生行路の還相が始まります。その時、曲がりなりにも全体性が保たれていた古き村の共同幻想が一つのノスタルジーとして我々を誘惑し始めるに違いありません。しかしもはや古き村に還ることはできないでしょう。たとい還ろうとしても、もはや「兎追いしあの山」はなく、「小鮒釣りしかの川」もありません。故郷はすでに多かれ少なかれ東京化されており、故郷自体が変質を余儀なくされているからです。その意味において、現代は故郷喪失の時代だと言えるでしょう。故郷に還っても、そこはもはや「ふるさと」ではありません。東京(近代都市)へゆくな、故郷(古き村)へもかえるな――では、我々は如何にすべきでしょうか。ふるさとを創れ! 創るべき「ふるさと」が新しき村であることは言うまでもありません。

横へ自己を生かすな

私は新しき村において異端とされていますが、私の「祝祭共働態論」は実篤の考えを正統的に継承しているものだと自負しています。本日はそうした観点から、「横へ自己を生かすな」という実篤の言葉について書きたいと思います。

横へ自己を生かすこと、すなわち全体のために個を犠牲にすることが求められる共同体は古き村に他なりません。それは確固たる実定的な中心を有する円です。それに対して新しき村という共働態=円にはそのような中心はありません。しかし中心のない円などというものがあり得るでしょうか。中心がなければ円は破れ、個々バラバラの状態になります。正にそれが古き村を脱した近代社会の様相だと言えるでしょう。ではそうした近代社会を超克すべき新しき村とは如何なるものでしょうか。古き村とは異なる新たな中心を見出すことでしょうか。否! 中心は、それが如何に善なるものであっても、新しき村にあってはならぬものです。しかし新しき村も一つの円を形成する以上、中心が全くないわけではありません。新しき村の中心は絶対無でなければならぬ、と私は思っています。それは単に中心がないということとは質的に全く異なっています。単に中心がないだけなら個々バラバラになる他はありませんが、絶対無としての中心は個々の人間の中心に逆対応し、そのことによって一つの統合態を形成するでしょう。そこに実体としての中心を有する統一体=古き村との決定的な違いもあります。自己を真直ぐに生かす新しき村はあくまでも統合態でなければなりません。それは個々の人間の曼荼羅(マンダラ)だと私は思っています。

労働の芸術化

人は食うために生きているのではありませんが、生きるためには食うことが必要不可欠です。この現実において食うものの生産が人間の基本的な労働となります。しかし、これを食うための労働と見なしては面白くありません。少なくとも労働が楽しきものであるためには、食うものの生産が一つの芸術活動となる必要があるでしょう。すなわち米や野菜などを芸術作品として作ることが求められるのです。勿論それは食うものの生産=農業に限られたことではなく、あらゆる労働について留意されるべきことです。

新しき村における労働は食うための労働を超えて行かねばなりません。そして食うための労働の超越こそ「労働の芸術化」なのです。労働が生み出すものはお金などではなく、あくまでも自己の生の表現としての芸術作品であるべきだと思います。それは基本的に所謂職業芸術家の生活に等しいと言えますが、全ての労働が芸術の域に達する時、もはや芸術を特別な職業と見なす意味(必要)はなくなるでしょう。農民はその労働においてすでに芸術家なのです。

言うまでもなく、労働の芸術化は一つの理想であって未だ現実にはなっていません。そもそも労働が芸術になる時、それはもはや労働ではなく、むしろ仕事と言うべきでしょう。労働は肉体の糧を得るための活動であり、仕事は魂の糧を求める活動に他なりません。こうした対比において芸術こそ仕事の本質であり、労働の芸術化とはその実「労働の仕事化」だと言えるでしょう。勿論、その逆に「仕事の労働化」という理想を考えることもできます。すなわち「労働の仕事化」とは肉体の糧を得るための活動がそのまま魂の糧になることであり、「仕事の労働化」とは魂の糧を求める活動で肉体の糧も得られるようになることを意味します。例えば、前者の具体例は篤農家や職人であり、後者のそれは職業芸術家もしくは真の意味での出家者でしょう。何れにせよ、現実の人間には労働と仕事という二つの活動が必要です。そして「労働の仕事化」にせよ「仕事の労働化」にせよ、労働と仕事の大調和にこそ人間の理想の生活があると思われます。新しき村は農耕者と思耕者の共働による「祝祭空間」に他なりません。

「新生会」について

村の閉塞状況を打破するために「新しき生活を実現する会」(略称:新生会)というものを村内・村外の有志とともにつくりました。そして昨年末の評議員会でその設立を諮りましたが、色々と批判が多く、結局認められませんでした。先駆的に「新しきこと」に挑戦しないで何が「新しき村」か!と憤懣やるかたありませんが、これが村の偽らざる現実です。しかし我々はこの現実の壁の前で尻尾を巻くつもりはありません。再度「新生会」を村の新事業として認めさせる努力をするか、それとも村を見限って新たな道(NPO法人化など)を摸索するか、今はその両面を考慮中ですが、できるでけ早く「新生会」の具体的な活動を始めたいと思っています。その意味でも「新しき村の精神」並びに「新生会の趣旨」に共鳴して下さる方々との連帯を切に望む次第です。とまれ、本日は「新生会」についての拙文をお読み下さい。


「新生会」について
日比野英次


 私は今、村に来て三年目の冬を迎えようとしている。この二年間、私はそれまで頭の中だけで考えてきた「理想社会」の在り方を根源的に問い直し、併せて新しき村の現状およびその可能性について吟味する作業を進めてきた。そしていよいよ具体的な活動を始めようと思っている。

 尤も私の活動に対しては少なからぬ反発があり、私に不信感を抱く向きもあるだろう。例えば私は折に触れて現在の村は「食うための労働」(経済的自立を維持するための労働)に追われて村本来の活動が疎かになっているという見解を表明してきたが、これなども現在の村の基礎を築き、そして維持せんと懸命に汗を流してきた兄弟姉妹たちの努力を私が無視しているかのような印象を与えているようだ。そのような誤解を招くことは私の不徳の致すところではあるが、勿論それは私の本意ではなく、私は決してこれまで村の発展に尽くされてきた人々の歴史を軽視するつもりはない。

 しかし問題は「これまでの村」ではなく、あくまでも「これからの村」だと思われる。村は現在高齢化が進む一方、若い人の入村は思うように進まないというのが実情だ。一体何故か。新しき村にはもはや若い人を惹きつけるだけの魅力がないのか。決してそんなことはないと私は思う。新しき村の「真の新しさ」が理解されれば、必ずや若い人たちの主体的情熱を掻き立てるに違いない。その意味において、潜在的には「新しき村の精神」に共鳴する者は若い人に限らず無数に存在すると思われる。

 実際、何らかの形で村を知り、或る情熱を抱いて村を訪れてくる者は決して少なくない。しかし残念乍ら、今の村の体制はそうした人々の情熱に充分応えられないでいる。一体何が問題なのか。それは本来「新しきこと」に先駆的に挑戦していくべき村がその使命を果していないことだと思う。ただし、ここで注意すべきことは「新しきこと」は単に「古きこと」を否定することで得られるような単純なものではないということだ。少なくとも「古きこと」の単なるアンチテーゼである近代主義のもたらす「新しさ」は新しき村が挑戦すべき「新しきこと」ではない。

 私はこれまで繰り返し近代主義の「新しさ」と新しき村の「真の新しさ」の相違について述べてきたが、それはその点にこそ新しき村の核心があると確信しているからだ。とは言うものの、今の村にはなかなか「新しきこと」に挑戦するだけの余裕が(精神的にも経済的にも)ないというのが現実であろう。しかし、このままの体制では村の将来が切り開けないというのも現実だと思われる。それ故、こうした二つの現実の狭間で身動きできなくなっている村の閉塞状況を打開するために、新しい組織を設立することを土曜会で検討を重ねてきた。その結果、「新しき生活を実現する会」(略称・新生会)を立ち上げようということになった。先ずはその「趣意書」をお読み戴きたい。


「新しき生活を実現する会」(新生会)趣意書

設立目的

 新しき村の理想実現というプロジェクトを具体的に進めていくに当って、早急に必要とされるのは経済的な構造改革だと思われる。一体何が問題なのか。それは生産活動のみで村の経済を維持していこうとしている現体制に他ならない。もし生産活動だけで村の経済を支えていこうとするなら単品の大量生産しかないが、それは明らかに村らしくない。では、如何なる体制が村に相応しいか。それは生産(一次産業)のみならず、加工(二次産業)・販売およびサービス(三次産業)をも含めた所謂六次産業化(一次+二次+三次)した体制であろう。すなわち多品目の農産物を基本にして、それを加工して村独自の方法で販売していく真に自立した体制だ。更に言えば、そのような生産・加工・販売が三位一体になった体制においてこそ、多くの「新しき会員」を迎えられるものと我々は信じている。

 しかし、言うまでもなく、そうした体制を直ちに実現することは難しい。それ故、現状におけるアポリア(根源的課題)を打開する第一歩として、新しい組織の設立を提案したい。名付けて「新しき生活を実現する会」(略称:新生会)、その主な目的は真に循環的な六次産業化した「新しき体制」(村で生産したものを、村で加工し、村で販売する)を準備・実現していくことにある。

 とまれ、現状では村本来の活動が十全に果せず、さりとてラディカル(急進的)な変革を直ちに実行することもできない以上、暫定的にそれを担う新たな組織が必要とされると思われる。しかしこれは本来、村内における所謂「義務労働」の範囲内の活動であることを改めて強調しておきたい。従って「新生会」の活動は、ゆくゆくは発展的に解消し、最終的には村内の主たる活動になっていくことが望まれる。その意味において、「新生会」の役割は自転車の補助輪の如きものと言えるかもしれない。

活動内容

 「新生会」の活動としては、「財団法人 新しき村 寄付行為」に記された事業内容に即して、次のような基本方針で進めていく。

・ 近代農業のあり方を根本的に問い直し、真に持続可能な農の営みを摸索していく。(「新しき村農法」の確立) 併せて自然エネルギーの活用を積極的に進めていく。

・ 「完全協同経営」という理想についても改めて問い直し、各自が「真に喜びに満ちた労働」に従事できる道を追求する。言うまでもなく、「真に喜びに満ちた労働」は農業に限定されるものではない。すなわち、それぞれが「村の経済を支え、しかも自らが喜びをもって行うことのできる労働とは何か」という問いを深め、その理想が実現できるように皆で考えていきたいと思う。

・機関誌及びホームページの充実によって「新しき村の精神」を普及宣伝し、多くの同志を募っていく。

 具体的な活動内容としては次の六点を考えている。

1. 売店の充実および独自の販路開拓
2. 飲食業の展開(蕎麦屋、喫茶店など)
3. 広報活動(機関誌・ホームページの作成)
4. 加工分野の確立(製パンなど)
5. 教育活動(主に精神的に自立できない若者を対象)
6. 福祉活動(老人グループホームなど)

当面は1から4に焦点を絞り、その活動拠点となるコミュニティセンターの建設を目指す。
 
コミュニティセンターの建設計画は未定であるが、ログハウス(十五坪程度)の新築もしくは生活館の改装などを考えている。

組織

 「新生会」の組織としては「財団法人 新しき村」の新事業として展開することを希望しているが、新事業が軌道に乗るまでは独立採算で運営するものとする。新事業への参画メンバーの候補者は次のとおりである。

   運営責任者   日比野英次(村内会員)
   会計担当者   浅岡 伴夫(村外会員)
   監査担当者   倉敷 幸児(村内会員)
   事業企画委員長 未定
   事業企画委員  未定
 ただし、新事業の会計は全体としては村の会計に組み入れるものとする。

資金

 コミュニティセンターの建設も含めた「新生会」の立上げ資金(八百万円程度を予定)は、全て「新しき村 会員」からの借入金(無利子)によって賄う。借入金は返済猶予期間を五年間とし、その後は返還請求時点から六ヵ月以内に返済するものとする。借入者の名義は「財団法人 新しき村」とするが、借入金の返済に関して何らかの支障が生じた場合には日比野・浅岡が誠意を持って対処するものとする。
 
以上


 さて、この「趣意書」の内容について特に強調したいことは、「新生会」の活動は「理想的な労働の在り方」を摸索する一つの試みであるということだ。それは活動方針に明記してあるように、「完全協同経営」という新しき村の理想を改めて問い直すことを意味する。そもそも「完全協同経営」とは何か。それは雇用・被雇用という関係を超越し、全ての人が経営者であると同時に労働者でもあるような「共働態」に他ならない。実際、村内で義務労働を果している兄弟姉妹たちは村に雇用されているわけではなく、月々支給される「個人費」もその労働に対する報酬(給料)ではない筈だ。しかし全ての人が村の経営者であるという意識は未だ確立されておらず、結果的に普通の賃金労働者と外見上大差ないものとなっているのが現実だろう。我々はそうした現状をこそ「新生会」の活動によって打破したいのだ。

 私はその点に関連して、「割り算の分業」と「掛け算の共働」ということを考えている。何れも「自他共生」を目指していることに違いはないが、その在り方は質的に全く異なっている。すなわち前者においては全体が優先され、その全体を分割した部分を担うことが個人の役割となる。それは言わばジグソーパズルの各ピースをそれぞれの個が嵌めていくような共生だ。それに対して後者では個が優先され、それぞれの個の自己実現が全体を完成していくような共生だと言えよう。すなわち全体として一つの花を咲かせるための分業ではなく、個々の花が咲き誇る共働――そこに我々の目指すべき「新しき生活」があると思われる。

 確かに皆で一つの大きな花を咲かせるという喜びはある。私はそれを無下に否定するつもりはない。ただ、その喜びが滅私奉公的なものに流れていくのなら、そこには「新しき生活」はないと思う。むしろ個々の花が咲き誇る光景こそ、一つの大きな花に優る美を生み出すものと信じたい。

 何れにせよ、「新生会」の活動は個々の人間の主体的情熱が中心となる。言い換えれば、それぞれの「生の充実」に対する主体的情熱なくして「新生会」の活動は成り立たないということだ。その意味において、「新しき村の精神」並びに「新生会」の趣旨に共鳴する人々の積極的な参加を呼びかけたい。それは資金面での協力もさること乍ら、むしろ「新しき村」という場を通じて「如何に自己を活かすか」ということの表明に他ならない。各自の主体的情熱が掛け合わされて成長していく魂の饗宴――そこに祝祭的共働を目指す「新生会」の本質があると私は思っている。

新しき村の義務労働について

私は「理想社会」の基盤は農業だと思っています。そして所謂「篤農的生活」は「人間として本当に生きること」の基本だとも思っています。現在埼玉県は毛呂山町にある村の生活も基本的にはそうしたものだと言えるでしょう(尤も私自身は篤農的生活を送っているわけではありませんが…)。しかし私の目指す「新しき村」は決して「篤農的生活」に尽きるものではありません。その点を私は村内でも繰り返し主張しているのですが、なかなか理解されず、むしろ逆に様々な批判を受ける結果になっています。そのような批判に対して書いたのが、本日お送りする拙論です。御笑覧下さい。


新しき村の義務労働について
日比野英次

はじめに

 先月の機関誌の中でY兄は「あまり積極的に労働していない、義務時間を村のために有効に使っていない、と思われる人」について書いている。名前は挙げられていないが、そこに引用されている文などから、私のことを指しているのは明らかだ。村の同志にそのように思われることは実に悲しいことだが、彼には彼の考えがあってのことだろう。少なくとも彼の私に対する非難は単なる誹謗中傷(個人攻撃)ではなく、あくまでも彼の理想とする「新しき村の生活」に基くものだと信じたい。尤も彼はその理想を未だ明確に示していないので、私としても彼の非難には理解に苦しむ点が少なからず見出される。また彼にしても、おそらく私の書いたものなど読んではいないと思われるので、私の活動の真意を充分理解できていないであろう。それ故、私はここで彼の非難に対して反論を試みるつもりはない。率直に言って、彼の言葉は批判の域に達しておらず、反論の対象にはならないからだ。しかし私はY兄の言葉の誠実さを疑うものではない。また批判にはなっていないとは言え、彼があのように書かざるを得なかった気持は充分察することができる。更に言えば、彼のような不満を他の人達も潜在的に抱いているかもしれない。もしそうだとすれば、彼の非難を黙殺することは適切ではないだろう。何れにせよ、売られた喧嘩は買わねばならぬ。私はこの喧嘩が、新しき村における本来の活動を闡明にするという意味において、一つの契機になることを願いたい。

 では、Y兄の私に対する非難を分析することから始めたいと思う。

一、非難の分析

 Y兄の私に対する非難は次の三つの命題にまとめられる。

命題一、日比野はあまり積極的に労働せず、義務時間を村の
    ために有効に使っていない。  
命題二、そのような人間に「今の村は食うための労働に追わ
    れ、村本来の仕事が疎かになっている」などと言う
    資格はない。
命題三、「食うための労働」は他人に任せ、自分は「理想を実
    現するための仕事」だけをしていたいなどと考えて
    いる虫のいい人間は新しき村には全く必要がない。

 もしこうした命題が全て真実なら、私は離村する他はないだろう。果して本当にそうか。言うまでもなく、私自身にはそれらが真実だとは思えない。しかし三つの命題を構成している論理自体には何ら異議を唱える必要を認めない。すなわち「義務労働を果さず、理想ばかり口にしている人間は新しき村に必要ない」という論理には私も賛成する。問題はその論理が私に適用されるか否かであろう。この点について少し考えてみたい。

 そもそも私は理想だけを追求する研究生活に疑問を感じ、これまで自分が思耕してきた理想を実現する実践の場を求めて村に来たつもりだ。また併せて私は、「食うための労働」を超越して自らは所謂「悟り」を開くことだけに没頭するような坊主ども(出家者)の生活の在り方も批判してきた。たといどんなに純粋な理想追求(求道)であっても、「食うための労働」を他人にゆだねていては画龍点睛を欠くものとなるだろう。その意味において、殊に命題三は全くその通りだと思っている。むしろ私は一貫してこの命題(労働と仕事の関係)について思耕を深めてきたとさえ言える。そのような思いで二年間村で生活してきた私が、言わば「民衆からの布施で食っていながら、その民衆の俗的な生活を批判する坊主」と同列に非難されるのは実に残念、と言うよりも非常に悔しい思いがする。しかしY兄が私を「悟り澄ました坊主」の如き人間と見做しているのは厳然たる事実だ。それは一体何故か。その理由は結局、命題一に見出されるだろう。それ故、次にその真偽について考えてみたい。

二、新しき村の活動

 私は義務労働を果している(勿論、完全にとは言えないが)と思っているが、Y兄はそうではないと見做す――こうしたズレは一体何に由来するものか。おそらくそれは「義務労働」についての見解の相違だと思われる。今回の「記録」の冒頭でY兄は「農業というものが人間が本当に人間らしく生きるために最も適した仕事の一つである」として「農業が正しい仕事で、新しき村に最も相応しいことは間違いない」と断言している。私も農業が基本となることに異論はないが、新しき村の生活はそれに尽きるものではないと思う。尤もY兄も「農業以外の仕事では人間らしく生きられない、とは言いませんが」と断っているが、彼が私の生活を非難する論調からすれば、「農作業以外は義務労働とは認められない」と主張しているように見受けられる。また、仄聞すれば、Y兄は「村に外部の人間が入って来られないように閉鎖すべきだ」と或る人に言ったそうだが、そうしたことから判断すると、「閉じられた純粋空間の中で、ただ黙々と農作業に勤しむこと」のみがY兄の理解する義務労働なのだろう。

 確かにそうした義務労働観からすれば、私は自らの時間を全て農業労働に費やしてはおらず、その意味では積極的に労働していないと言えるかもしれない。しかし単に農作業に従事することだけが義務労働ではないだろう。これは決して「労働を忌避するための口実」として言うのではない。私は自分に与えられた洗卵所での労働を責任を以て果たしているつもりだ。つまり私がここで「単に農作業に従事することだけが義務労働ではない」ということで強調したいことは、「財団法人 新しき村 寄付行為」によれば、新しき村の事業には次の如き二つの大きな柱があるという客観的事実に他ならない。

一、 完全協同経営による近代農業を基幹とする「新しき村」の建設経営(便宜上、A事業とする)
二、 「新しき村精神」の普及宣伝(便宜上、B事業とする)

 こうした二つの事業が恰も車の両輪の如く機能していくところに新しき村の活動が成立すると思われる。すなわちA事業において人間が本当に人間らしく生きられる「新しき村」の実現を目指し、同時にB事業においてそれを可能にする精神並びに理論の研究・普及を機関誌等によって行っていくということだ。ただし、A事業にせよB事業にせよ、その活動内容は常に更新していく必要があるだろう。例えば、現行のA事業においては「近代農業を基幹とする」とあるが、この点は根本的に問い直し、真に持続可能な農の営み(「新しき村農業」の確立)を摸索していくべきだと思う。また「完全協同経営」という理想についても改めて問い直し、各自が「真に喜びに満ちた労働」に従事できる道を追求すべきだろう。言うまでもなく、「真に喜びに満ちた労働」は農業に限定されるものではない。すなわち、それぞれが「村の経済を支え、しかも自らが喜びをもって行うことのできる労働とは何か」という問いを深め、その理想が実現できるように皆で考えていくということだ。

 やや横道に逸れた嫌いがあるが、新しき村の活動はAB 両事業から成り立っており、決して農作業だけが義務労働ではないことをここで確認しておきたい。勿論、私はこの確認によって自分がB事業のみに集中することを正当化するつもりはない。そもそも二つの事業は密接に関連しており、何れか一方だけに従事するということはあり得ないだろう。また先述したように、私の入村目的はあくまでも研究(思耕)と実践(農耕)の両立にある。ただし現実にそうした両立を実現することは難しく、結果的には何れか一方に重心を置かざるを得ないということはある。しかし、これは過渡期には不可避のことだ。確かに洗卵所での労働は農耕とは言い難いかもしれないが、「食うための労働」の一端であるとは言えるのではないか。少なくとも私自身は「食うための労働」を他人任せにしているつもりはない。

 何れにせよ、「今の村は食うための労働に追われ、村本来の仕事が疎かになっている」という私の言葉はあくまでも新しき村の主要な二つの事業を問い直すことを意図したものであり、決して「食うための労働」を忌避するためのものではない。少なくともその点をY兄には理解して戴きたいと思う。

おわりに

 言うまでもなく、私は自分の「新しき村」理解が絶対的に正しいなどとは思っていない。その意味において、今回Y兄から異論が表明されたことを(決して皮肉ではなく)心から有難く思っている。こうして様々な考えが真摯にぶつかりあってこそ、「新しき村」も前進していくに違いない。今後も様々な議論ができるのを期待したいと思う。

新しき村の精神について

本日は「新しき村の精神について」です。私の文章は生硬で読み難いとは思いますが、率直なご感想などをお寄せ戴ければ幸いに存じます。


新しき村の精神について
日比野英次


はじめに
 
 新しき村の精神とは何か。言うまでもなく、それは「全世界の人間が天命を全うし各個人の内にすむ自我を完全に生長させる事を理想とする」精神に他ならない。この点に関して疑問の余地はないだろう。問題はその解釈であり、その理想を如何にして実現するか、ということにある。
 
 私はそれを全体的課題(全世界の人間が天命を全うする事)と個人的課題(各個人の内にすむ自我を完全に生長させる事)の二つに分けて理解し、前者は肉体の糧、後者は魂の糧によって、それぞれ満たされるものと考えている。ただし、そうした二つの課題は本来次元を異にするものであり、それらを共に実現しようとする理想は絶対的な逆説に他ならない。しかし、この一見不条理な試みとしか思えないような理想にこそ、新しき村の精神の「真の新しさ」があると思っている。
 
 もしこの逆説的理想の実現を断念するならば、それはもはや「新しき村」の名に値しないだろう。そもそも単なる共同体主義の理想を追求するのであれば、他の凡百のコミューン運動で事足りる。何も苦労して新しき村を実現しようとする必要はないのだ。
 
 新しき村は単なる共同体主義を超えている。いや、端的に共同体を止揚するものだと言ってもいい。では、一体何か。それは共働態に他ならない。共同体と共働態――先ずその差異について述べたいと思う。

一、 共同体と共働態
 
 私はかつて共同体と共働態の差異を、前者においては「個が全体に束縛される」のに対して、後者では「個が真に生きる全体を目指していく」という視点から論じた。ここでは「主体性」の観点から考えてみたいと思う。すなわち自立ということにそれほど意識的ではない人々が相互扶助して生活を維持していくのが共同体だとすれば、主体性の確立した独立人が相互承認して生活していくのが共働態なのだ。
 
 ここで問題になるのは、自立せる主体的人間が何故共働態を必要とするか、ということだろう。それは生活に関する必要ではない。あくまでも「生の充実」のための必要なのだ。すなわち自立人が自らの生を主体的に表現する場――そこに共働態の本質がある。
 
 ところで、私はこれまで「共働体」という言葉を用いてきたが、問題がここまで煮詰まってくると、もはや「体」(body)という語は共働に相応しくないことが明らかになる。何故なら、共働する各個人は全体の手足の如きものではないからだ。共働態は実体(substance)ではない。それはむしろ関係態(network)だと言うべきだろう。
 
 何れにせよ、共同は生活のためにあり、共働は生の充実のためにある。自立せる人間は共同などする必要はない。しかし自らの生を真に輝かせるためには共働が不可欠だと私は思う。そして共働の本質は祝祭に他ならない。それに対して共同体は或る特定の場所で生活を共にすることを本質とする。先述したように共働態はそのような実体ではなく、祝祭を核とした関係態なのだ。従って実体ではない共働態では或る特定の場所で共に生活する(住む)ことは必要条件にはならない。別に特定の場所に集うことは否定されないが、その集いの本質はあくまでも自立(主体性)であって、生活を共にすることではない。各個人の自給自足こそが共働態の大前提なのだ。ただし、それぞれの自給自足をより合理的なものにするための分業もしくは協業というものは考えられる。しかし基本はあくまでも「真に主体的に生きる」というライフスタイルの確立にある。自立した人達の連帯=祝祭――ここに共働態の究極的な理想がある。
 
 では次に、こうした共働態の理想から村の現状を検討してみたいと思う。


二、 現状の批判的考察
 
 言うまでもなく、現在の村は共働態の域に達していない。単なる農業生産共同体にすぎず、或る意味では生活共同体ですらないと言えるだろう。確かに村人は同じ敷地内に住み、同じ釜の飯を食べている。しかし、単にそれだけのことだ。それは言わば農業生産という同一労働に従事する人々の寮の如きものだ。各自に割り当てられた義務労働を果し、それが終わればそれぞれの生活に戻っていく。年間行事(労働祭、創立記念祭など)以外に村全体で活動することはなく、それにさえ参加しない人も少なくない。総じて村人は個々の生活に閉じこもる傾向にあり、「義務労働さえ果せば、あとは個人の生活に干渉されたくない」というのが村全体の支配的な雰囲気だと思われる。果してこれで生活共同体だと言えるだろうか。百歩譲って生活共同体であるとしても、それは農業という食うための労働における共同生活にすぎない。

 しかし単に農業で生計を立てていくことだけが目的なら、何も新しき村でなくてもいいだろう。そもそも農業で生活していくこと自体に何ら新しさはない。新しき村の「新しさ」は真に人間らしい生活を実現することにこそ見出されるのであり、そうした生活の追求において所謂「農的暮らし」(持続的循環生活)が注目されるにすぎない。つまり、農業はあくまでも手段であって、農業で生活しているからといって、それが即「新しき村の生活」を意味するわけではないのだ。 この点に関して、今の村には少し誤解があるように思われる。確かに村は昭和三十年代の半ばに農業、具体的には養鶏事業の成功によって経済的自立を達成した。それは事実だ。しかし、それと同時に村の本質が歪んでしまったというのも事実だと思われる。

 勿論、私は経済的自立そのものが悪いと言うのではない。実篤の言わば「臑齧り」の状態から曲がりなりにも脱却したことには大きな意義がある。しかし問題はその脱却の仕方だ。率直に言って、その養鶏ビジネスの成功によって達成された経済的自立は単に高度経済成長の波にうまく乗れたということにすぎない。つまり、その時村の自活を可能にしたものは富の蓄積に他ならず、それは単なる資本主義経済の好況が一時的にもたらしたものにすぎないということだ。従って現在のように不況になれば、村の自活はたちまち揺らぐことになる。果してこのように好不況の波に翻弄されるような状態が村の理想とする自立の在り方だと言えるだろうか。私は甚だ疑問に思わざるを得ない。

 しかし、誤解のないように断っておくが、私はここで「村の理想は経済を超越(もしくは無視)すべきだ」と言おうとしているのではない。新しき村(理想的社会)といえども、経済は必要不可欠だ。では昭和三十年代の半ばに達成された村の経済的自立の一体何が問題なのか。簡単に言えば、それはお金を稼ぐことを主たる目的とする経済だったことだと私は思う。確かに一般に経済的に自立するとは生活を維持するに充分なお金を稼げるようになることを意味する。村の場合、それは養鶏事業の成功によって可能になった。しかし、そうした経済的自立には真の新しさはない。別に新しき村でなくとも、それは他の一般社会においても常識的に成し遂げられているものにすぎない。

 では、村の理想とする自立の在り方とは一体如何なるものか。重要なことは、その自立を可能にする労働の在り方に他ならない。すなわち単にお金を稼ぐことだけを目的とする労働ではなく、喜びに満ちた労働によって自活していくことにこそ、村の理想とする「新しき生活」があるのだ。おそらく「喜びに満ちた労働」などと言えば、「労働はそんなに甘いものじゃない」という反論が直ちになされるだろう。現実に食っていくためには嫌な事もしなければならず、むしろ労働は苦痛に満ちているというわけだ。しかし果して本当にそうだろうか。

 「喜びに満ちた労働」とは単に「楽な労働」ということではない。そもそも楽なことで人間として生きる真の喜びを得ることはできないと思われる。楽にお金を稼ぐ道はあるかもしれないが、「生の充実」への楽な道はあり得ない。ただし、「喜びに満ちた労働」は、たとい苦しみ多きものであっても、決して嫌々なされるものではないだろう。あくまでも主体的な情熱を以て取り組める労働にこそ喜びがあり、そのような労働によって肉体の糧を得ていくことこそ「新しき生活」の名に値する。そして「新しき生活」が「新しき経済」によって成立することは言うまでもない。では、「新しき経済」とは一体何か。

 残念乍ら、今それについて詳述する余裕はないが、例えばスローフードもしくはスローライフ、またはエコマネー(地域通貨)の試みなどに象徴されるオルタナティヴな社会を求める動きに「新しき経済」への可能性が感じ取られるだろう。そこに展望される「新しき生活」は決して富の蓄積によって実現されるものではない。

 何れにせよ、現在の村は依然として富の蓄積によって豊かになろうとする「古き経済」に囚われたままだ。これでは、たとい再び好況に恵まれて村の財産が飛躍的に増えたとしても、それは決して新しき村の実現を意味しないだろう。新しき村の実現とは、新しき経済による新しき生活の確立、すなわち祝祭共働態を成就することに他ならない。


おわりに

 東京など、都会から来村される方々の多くは「村はとても良い所だ」とおっしゃる。確かに村は都会に比べれば自然に恵まれ、その環境を羨ましく思われる気持に偽りはないだろう。しかし、今の私は心から「村はとても良い所だ」と言うことができない。率直に言って、村は未だ新しき村になっておらず、その生活も理想的と言うには程遠いと思っているからだ。それはむしろ当然のことであり、そう簡単に新しき村(=理想的生活)が実現できる筈はない。

 とまれ、こうした思いから私が問題にしたいことは、今の村には「新しき村の精神」が冀求する理想的生活のヴィジョンが欠けており、従ってそれを実現するための議論が殆どなされていない点だ。勿論、村の経済的自立を維持するために村人は精一杯頑張っている。それぞれの農作業に汗を流し、その義務労働を怠ける者など一人もいない。その日々の生活は間違いなく誠実なものだ。

 しかし乍ら、私は敢えて問いたい。我々は農業だけをするためにここに集っているのか。新しき村は単なる農業共同体ではなく、あくまでも「新しき生活」を実現せんとする魂の共働態ではないか。少なくとも私は「新しき村の精神」への共鳴を全世界の人間の魂が「新しき生活」に向けて共働することだと理解している。果してどれだけの方がこうした私の理解に共感して下さるだろうか。それぞれの方の意思表示を期待したい。