新しき村の義務労働について
私は「理想社会」の基盤は農業だと思っています。そして所謂「篤農的生活」は「人間として本当に生きること」の基本だとも思っています。現在埼玉県は毛呂山町にある村の生活も基本的にはそうしたものだと言えるでしょう(尤も私自身は篤農的生活を送っているわけではありませんが…)。しかし私の目指す「新しき村」は決して「篤農的生活」に尽きるものではありません。その点を私は村内でも繰り返し主張しているのですが、なかなか理解されず、むしろ逆に様々な批判を受ける結果になっています。そのような批判に対して書いたのが、本日お送りする拙論です。御笑覧下さい。
新しき村の義務労働について
日比野英次
はじめに
先月の機関誌の中でY兄は「あまり積極的に労働していない、義務時間を村のために有効に使っていない、と思われる人」について書いている。名前は挙げられていないが、そこに引用されている文などから、私のことを指しているのは明らかだ。村の同志にそのように思われることは実に悲しいことだが、彼には彼の考えがあってのことだろう。少なくとも彼の私に対する非難は単なる誹謗中傷(個人攻撃)ではなく、あくまでも彼の理想とする「新しき村の生活」に基くものだと信じたい。尤も彼はその理想を未だ明確に示していないので、私としても彼の非難には理解に苦しむ点が少なからず見出される。また彼にしても、おそらく私の書いたものなど読んではいないと思われるので、私の活動の真意を充分理解できていないであろう。それ故、私はここで彼の非難に対して反論を試みるつもりはない。率直に言って、彼の言葉は批判の域に達しておらず、反論の対象にはならないからだ。しかし私はY兄の言葉の誠実さを疑うものではない。また批判にはなっていないとは言え、彼があのように書かざるを得なかった気持は充分察することができる。更に言えば、彼のような不満を他の人達も潜在的に抱いているかもしれない。もしそうだとすれば、彼の非難を黙殺することは適切ではないだろう。何れにせよ、売られた喧嘩は買わねばならぬ。私はこの喧嘩が、新しき村における本来の活動を闡明にするという意味において、一つの契機になることを願いたい。
では、Y兄の私に対する非難を分析することから始めたいと思う。
一、非難の分析
Y兄の私に対する非難は次の三つの命題にまとめられる。
命題一、日比野はあまり積極的に労働せず、義務時間を村の
ために有効に使っていない。
命題二、そのような人間に「今の村は食うための労働に追わ
れ、村本来の仕事が疎かになっている」などと言う
資格はない。
命題三、「食うための労働」は他人に任せ、自分は「理想を実
現するための仕事」だけをしていたいなどと考えて
いる虫のいい人間は新しき村には全く必要がない。
もしこうした命題が全て真実なら、私は離村する他はないだろう。果して本当にそうか。言うまでもなく、私自身にはそれらが真実だとは思えない。しかし三つの命題を構成している論理自体には何ら異議を唱える必要を認めない。すなわち「義務労働を果さず、理想ばかり口にしている人間は新しき村に必要ない」という論理には私も賛成する。問題はその論理が私に適用されるか否かであろう。この点について少し考えてみたい。
そもそも私は理想だけを追求する研究生活に疑問を感じ、これまで自分が思耕してきた理想を実現する実践の場を求めて村に来たつもりだ。また併せて私は、「食うための労働」を超越して自らは所謂「悟り」を開くことだけに没頭するような坊主ども(出家者)の生活の在り方も批判してきた。たといどんなに純粋な理想追求(求道)であっても、「食うための労働」を他人にゆだねていては画龍点睛を欠くものとなるだろう。その意味において、殊に命題三は全くその通りだと思っている。むしろ私は一貫してこの命題(労働と仕事の関係)について思耕を深めてきたとさえ言える。そのような思いで二年間村で生活してきた私が、言わば「民衆からの布施で食っていながら、その民衆の俗的な生活を批判する坊主」と同列に非難されるのは実に残念、と言うよりも非常に悔しい思いがする。しかしY兄が私を「悟り澄ました坊主」の如き人間と見做しているのは厳然たる事実だ。それは一体何故か。その理由は結局、命題一に見出されるだろう。それ故、次にその真偽について考えてみたい。
二、新しき村の活動
私は義務労働を果している(勿論、完全にとは言えないが)と思っているが、Y兄はそうではないと見做す――こうしたズレは一体何に由来するものか。おそらくそれは「義務労働」についての見解の相違だと思われる。今回の「記録」の冒頭でY兄は「農業というものが人間が本当に人間らしく生きるために最も適した仕事の一つである」として「農業が正しい仕事で、新しき村に最も相応しいことは間違いない」と断言している。私も農業が基本となることに異論はないが、新しき村の生活はそれに尽きるものではないと思う。尤もY兄も「農業以外の仕事では人間らしく生きられない、とは言いませんが」と断っているが、彼が私の生活を非難する論調からすれば、「農作業以外は義務労働とは認められない」と主張しているように見受けられる。また、仄聞すれば、Y兄は「村に外部の人間が入って来られないように閉鎖すべきだ」と或る人に言ったそうだが、そうしたことから判断すると、「閉じられた純粋空間の中で、ただ黙々と農作業に勤しむこと」のみがY兄の理解する義務労働なのだろう。
確かにそうした義務労働観からすれば、私は自らの時間を全て農業労働に費やしてはおらず、その意味では積極的に労働していないと言えるかもしれない。しかし単に農作業に従事することだけが義務労働ではないだろう。これは決して「労働を忌避するための口実」として言うのではない。私は自分に与えられた洗卵所での労働を責任を以て果たしているつもりだ。つまり私がここで「単に農作業に従事することだけが義務労働ではない」ということで強調したいことは、「財団法人 新しき村 寄付行為」によれば、新しき村の事業には次の如き二つの大きな柱があるという客観的事実に他ならない。
一、 完全協同経営による近代農業を基幹とする「新しき村」の建設経営(便宜上、A事業とする)
二、 「新しき村精神」の普及宣伝(便宜上、B事業とする)
こうした二つの事業が恰も車の両輪の如く機能していくところに新しき村の活動が成立すると思われる。すなわちA事業において人間が本当に人間らしく生きられる「新しき村」の実現を目指し、同時にB事業においてそれを可能にする精神並びに理論の研究・普及を機関誌等によって行っていくということだ。ただし、A事業にせよB事業にせよ、その活動内容は常に更新していく必要があるだろう。例えば、現行のA事業においては「近代農業を基幹とする」とあるが、この点は根本的に問い直し、真に持続可能な農の営み(「新しき村農業」の確立)を摸索していくべきだと思う。また「完全協同経営」という理想についても改めて問い直し、各自が「真に喜びに満ちた労働」に従事できる道を追求すべきだろう。言うまでもなく、「真に喜びに満ちた労働」は農業に限定されるものではない。すなわち、それぞれが「村の経済を支え、しかも自らが喜びをもって行うことのできる労働とは何か」という問いを深め、その理想が実現できるように皆で考えていくということだ。
やや横道に逸れた嫌いがあるが、新しき村の活動はAB 両事業から成り立っており、決して農作業だけが義務労働ではないことをここで確認しておきたい。勿論、私はこの確認によって自分がB事業のみに集中することを正当化するつもりはない。そもそも二つの事業は密接に関連しており、何れか一方だけに従事するということはあり得ないだろう。また先述したように、私の入村目的はあくまでも研究(思耕)と実践(農耕)の両立にある。ただし現実にそうした両立を実現することは難しく、結果的には何れか一方に重心を置かざるを得ないということはある。しかし、これは過渡期には不可避のことだ。確かに洗卵所での労働は農耕とは言い難いかもしれないが、「食うための労働」の一端であるとは言えるのではないか。少なくとも私自身は「食うための労働」を他人任せにしているつもりはない。
何れにせよ、「今の村は食うための労働に追われ、村本来の仕事が疎かになっている」という私の言葉はあくまでも新しき村の主要な二つの事業を問い直すことを意図したものであり、決して「食うための労働」を忌避するためのものではない。少なくともその点をY兄には理解して戴きたいと思う。
おわりに
言うまでもなく、私は自分の「新しき村」理解が絶対的に正しいなどとは思っていない。その意味において、今回Y兄から異論が表明されたことを(決して皮肉ではなく)心から有難く思っている。こうして様々な考えが真摯にぶつかりあってこそ、「新しき村」も前進していくに違いない。今後も様々な議論ができるのを期待したいと思う。
新しき村の義務労働について
日比野英次
はじめに
先月の機関誌の中でY兄は「あまり積極的に労働していない、義務時間を村のために有効に使っていない、と思われる人」について書いている。名前は挙げられていないが、そこに引用されている文などから、私のことを指しているのは明らかだ。村の同志にそのように思われることは実に悲しいことだが、彼には彼の考えがあってのことだろう。少なくとも彼の私に対する非難は単なる誹謗中傷(個人攻撃)ではなく、あくまでも彼の理想とする「新しき村の生活」に基くものだと信じたい。尤も彼はその理想を未だ明確に示していないので、私としても彼の非難には理解に苦しむ点が少なからず見出される。また彼にしても、おそらく私の書いたものなど読んではいないと思われるので、私の活動の真意を充分理解できていないであろう。それ故、私はここで彼の非難に対して反論を試みるつもりはない。率直に言って、彼の言葉は批判の域に達しておらず、反論の対象にはならないからだ。しかし私はY兄の言葉の誠実さを疑うものではない。また批判にはなっていないとは言え、彼があのように書かざるを得なかった気持は充分察することができる。更に言えば、彼のような不満を他の人達も潜在的に抱いているかもしれない。もしそうだとすれば、彼の非難を黙殺することは適切ではないだろう。何れにせよ、売られた喧嘩は買わねばならぬ。私はこの喧嘩が、新しき村における本来の活動を闡明にするという意味において、一つの契機になることを願いたい。
では、Y兄の私に対する非難を分析することから始めたいと思う。
一、非難の分析
Y兄の私に対する非難は次の三つの命題にまとめられる。
命題一、日比野はあまり積極的に労働せず、義務時間を村の
ために有効に使っていない。
命題二、そのような人間に「今の村は食うための労働に追わ
れ、村本来の仕事が疎かになっている」などと言う
資格はない。
命題三、「食うための労働」は他人に任せ、自分は「理想を実
現するための仕事」だけをしていたいなどと考えて
いる虫のいい人間は新しき村には全く必要がない。
もしこうした命題が全て真実なら、私は離村する他はないだろう。果して本当にそうか。言うまでもなく、私自身にはそれらが真実だとは思えない。しかし三つの命題を構成している論理自体には何ら異議を唱える必要を認めない。すなわち「義務労働を果さず、理想ばかり口にしている人間は新しき村に必要ない」という論理には私も賛成する。問題はその論理が私に適用されるか否かであろう。この点について少し考えてみたい。
そもそも私は理想だけを追求する研究生活に疑問を感じ、これまで自分が思耕してきた理想を実現する実践の場を求めて村に来たつもりだ。また併せて私は、「食うための労働」を超越して自らは所謂「悟り」を開くことだけに没頭するような坊主ども(出家者)の生活の在り方も批判してきた。たといどんなに純粋な理想追求(求道)であっても、「食うための労働」を他人にゆだねていては画龍点睛を欠くものとなるだろう。その意味において、殊に命題三は全くその通りだと思っている。むしろ私は一貫してこの命題(労働と仕事の関係)について思耕を深めてきたとさえ言える。そのような思いで二年間村で生活してきた私が、言わば「民衆からの布施で食っていながら、その民衆の俗的な生活を批判する坊主」と同列に非難されるのは実に残念、と言うよりも非常に悔しい思いがする。しかしY兄が私を「悟り澄ました坊主」の如き人間と見做しているのは厳然たる事実だ。それは一体何故か。その理由は結局、命題一に見出されるだろう。それ故、次にその真偽について考えてみたい。
二、新しき村の活動
私は義務労働を果している(勿論、完全にとは言えないが)と思っているが、Y兄はそうではないと見做す――こうしたズレは一体何に由来するものか。おそらくそれは「義務労働」についての見解の相違だと思われる。今回の「記録」の冒頭でY兄は「農業というものが人間が本当に人間らしく生きるために最も適した仕事の一つである」として「農業が正しい仕事で、新しき村に最も相応しいことは間違いない」と断言している。私も農業が基本となることに異論はないが、新しき村の生活はそれに尽きるものではないと思う。尤もY兄も「農業以外の仕事では人間らしく生きられない、とは言いませんが」と断っているが、彼が私の生活を非難する論調からすれば、「農作業以外は義務労働とは認められない」と主張しているように見受けられる。また、仄聞すれば、Y兄は「村に外部の人間が入って来られないように閉鎖すべきだ」と或る人に言ったそうだが、そうしたことから判断すると、「閉じられた純粋空間の中で、ただ黙々と農作業に勤しむこと」のみがY兄の理解する義務労働なのだろう。
確かにそうした義務労働観からすれば、私は自らの時間を全て農業労働に費やしてはおらず、その意味では積極的に労働していないと言えるかもしれない。しかし単に農作業に従事することだけが義務労働ではないだろう。これは決して「労働を忌避するための口実」として言うのではない。私は自分に与えられた洗卵所での労働を責任を以て果たしているつもりだ。つまり私がここで「単に農作業に従事することだけが義務労働ではない」ということで強調したいことは、「財団法人 新しき村 寄付行為」によれば、新しき村の事業には次の如き二つの大きな柱があるという客観的事実に他ならない。
一、 完全協同経営による近代農業を基幹とする「新しき村」の建設経営(便宜上、A事業とする)
二、 「新しき村精神」の普及宣伝(便宜上、B事業とする)
こうした二つの事業が恰も車の両輪の如く機能していくところに新しき村の活動が成立すると思われる。すなわちA事業において人間が本当に人間らしく生きられる「新しき村」の実現を目指し、同時にB事業においてそれを可能にする精神並びに理論の研究・普及を機関誌等によって行っていくということだ。ただし、A事業にせよB事業にせよ、その活動内容は常に更新していく必要があるだろう。例えば、現行のA事業においては「近代農業を基幹とする」とあるが、この点は根本的に問い直し、真に持続可能な農の営み(「新しき村農業」の確立)を摸索していくべきだと思う。また「完全協同経営」という理想についても改めて問い直し、各自が「真に喜びに満ちた労働」に従事できる道を追求すべきだろう。言うまでもなく、「真に喜びに満ちた労働」は農業に限定されるものではない。すなわち、それぞれが「村の経済を支え、しかも自らが喜びをもって行うことのできる労働とは何か」という問いを深め、その理想が実現できるように皆で考えていくということだ。
やや横道に逸れた嫌いがあるが、新しき村の活動はAB 両事業から成り立っており、決して農作業だけが義務労働ではないことをここで確認しておきたい。勿論、私はこの確認によって自分がB事業のみに集中することを正当化するつもりはない。そもそも二つの事業は密接に関連しており、何れか一方だけに従事するということはあり得ないだろう。また先述したように、私の入村目的はあくまでも研究(思耕)と実践(農耕)の両立にある。ただし現実にそうした両立を実現することは難しく、結果的には何れか一方に重心を置かざるを得ないということはある。しかし、これは過渡期には不可避のことだ。確かに洗卵所での労働は農耕とは言い難いかもしれないが、「食うための労働」の一端であるとは言えるのではないか。少なくとも私自身は「食うための労働」を他人任せにしているつもりはない。
何れにせよ、「今の村は食うための労働に追われ、村本来の仕事が疎かになっている」という私の言葉はあくまでも新しき村の主要な二つの事業を問い直すことを意図したものであり、決して「食うための労働」を忌避するためのものではない。少なくともその点をY兄には理解して戴きたいと思う。
おわりに
言うまでもなく、私は自分の「新しき村」理解が絶対的に正しいなどとは思っていない。その意味において、今回Y兄から異論が表明されたことを(決して皮肉ではなく)心から有難く思っている。こうして様々な考えが真摯にぶつかりあってこそ、「新しき村」も前進していくに違いない。今後も様々な議論ができるのを期待したいと思う。