今日は“日韓条約調印記念日”です
1965年(昭和40年)6月22日、「朴正煕大統領と「佐藤栄作首相政権」のもとに、“日韓条約調印式”が挙行され、同年12月18日、正式に「国交回復」が実現しました。通称「日韓基本条約」、正式名称は「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約」です。但し、「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」は、当条約は認めておらず、「無効」と主張しています。日本と韓国、両国の関係は、太古の時代からどうも、もう一つ上手く行っていないように思えます。朝鮮の人々の日本に対する位置づけは、「東アジアの盟主は中華文明圏に有り、朝鮮は地理的にもそこに近接し、自分たちもほぼ中華文明圏の一員である。というところから、日本よりも一段先進的な立場に有る」という自負が有るように思えます。一方、日本の側からの「朝鮮半島」の見方ですが、白村江の戦いや倭寇の時代から、「利益を獲得するための場所」というような位置づけで朝鮮半島を見てきているような気がします。室町時代に始まり、江戸時代を通して続いた「通信使」制度、明治時代、1910年(明治43年)の「併合条約」以降も、決して、「共存共栄、ウインウインの関係」を目論んでの関係性は見られません。江戸幕府が認定していた、外交上の国交を保証された「通信国」は「朝鮮」と「琉球」の二か国のみで、経済上の貿易を認める「貿信国」である「明(清)」、「ポルトガル」、「オランダ」、「イギリス」とは一線を画する近い立場の国とされていましたが「日本が優位に立つ」という立場は崩していません。そもそも、両国のお互い様というようなものも有りますが、お互いに「尊敬」、「友愛」などの心情、情感が確かめられたような事象が長い歴史の中にもなかなか見つけられないという「寒々しさ」が有ります。「併合」後は、すべての挑戦の人々も「大日本帝国の臣民」となりましたが、一握りの例外を除いては、「日本人と同等」と見做される立場では有りませんでした。この「日韓基本条約」の締結についても、両国の国民がこぞって祝福するというものでは有りませんでした。有名な「日韓癒着」の象徴として「金大中拉致事件」が有りますが、「政財界の上層部での日韓の癒着」が正に現れたものとして「韓国のKCIA(韓国中央情報部)」から「田中元首相周辺」へ、多額の「裏献金」がなされたというものです。この「日韓癒着」関係の元凶ともされています。「徴兵」、「強制労働」、「売春婦」への「賠償事案」など、決着が付いている筈のものごとが、燻り、火の手が上がってしまうという状況が繰り返されています。どこに原因が有るものか?私なりに考えますと、二つに集約されるように思います。一つは、先にも述べましたが、「双方にお互いを尊重するという感覚が欠如している」、ということと、もう一つは、「コミュニケーションが増々取りにくくなっている」のではと危惧しているところです。韓国の歴代の大統領を務めた「朴正煕さん」、「金詠三さん」、「金大中さん」あたりまでは、日本への留学等生活経験も有り、日本語が堪能で、流暢に日本語の会話が可能な人々が、政官財界にひしめいており、そのころまでは、「裏工作」を含め、その場その場を何とか乗り切って来たように思いますが、日本の相対的な経済力も中位に落ちている現在の状況では、日本への留学よりも中国や欧米への留学嗜好が強くなっており、益々、先行き不透明になっているように思います。但し、コミュニケーションに不便の無い「沖縄(琉球)」の皆さんに不満を募らせている現況を鑑みますと我々「日本列島に住む日本人」の「不遜さ」、「強者への阿り(おもねり)」など、反省を突きつけられるべきものがあるようにも思います。一度は、じっくり、一人一人が考えるべきものではと思います。アンクリエイト名刺・封筒・印刷の相談は アンクリエイト|名古屋で印刷のことなら当店にお任せくださいテレビ塔からスグのアットホームな印刷ショップです。デザイン制作、データ調整。名刺、封筒、チラシ、メニュー、ラベル、ステッカー、ポスター、コピー、データ出力、伝票、会社案内、看板、Tシャツやノベルティ、製本、はがき、DM、ファイル、会報誌などのご相談まで承ります。データ持ち込み大歓迎!お気軽にお問い合わせください。www.an-create.com