今期の白馬村スキー客大幅減少
4月11日の大糸タイムスに、「スキー客大幅減少 白馬年末の好調維持できず」という記事が掲載されていました。
記事によると、白馬村が村内スキー場今シーズンの入り込み状況をまとめたところ、村内7スキー場の11月から3月末までの利用者累計は102万4534人で、前年比94%と落ち込んだ。雪不足に加えて世界的不況の影響を受けてか、前年比111.8%の伸びを見せた12月の好調を維持することができなかったとの事です。月別では、1月98%、2月86%、3月86%。スキー場別では1位が白馬五竜の36万人、続いて白馬八方尾根35.8万人、白馬岩岳14.5万人、白馬47が9.8万人となっていました。八方より五竜の方が多かったというのはちょっとびっくりです。
単なる雪不足による減少で、来年以降に尾を引かないことを願っています。五竜、八方、47の3スキー場では5月連休明けまで春スキーが楽しめますので、ここでの挽回を期待しています。
すみあい塾特別講座in石見銀山のDVDが届きました
日本民家再生リサイクル協会の中国地区事務局より、3月8日に行われたすみあい塾特別講座in石見銀山
のDVDが届きました。このDVDは石見町井原の元NHKのカメラマン田村泰男さん(71)が撮影、編集してくださったものです。
約2時間にわたる内容は、私が見落としていたようなところもたくさん写っており、松葉登美さんのお話は、何度聞いても楽しく、勉強になるものでした。私も何カットか登場しており、ちょっと恥ずかしい感じでした。事務局さん、田村さん、貴重なDVDを頂き、本当にありがとうございました。
くらはし天然温泉 桂浜温泉館
てつのくじら館を見た後、温泉でも入って帰ろうと思い、カーナビで検索したところ、20kmほどのところに桂浜温泉というところがあるのを見つけたので行ってみました。音戸大橋という高い橋を渡って倉橋島の奥の方に桂浜温泉はありました。
外観は温泉というよりも、文化会館のような感じで、斬新なデザインでした。新しい建物かと思って一緒にエレベーターに乗った常連さんらしい奥方に聞いたところ、もう10年も経つそうです。
1階と3階に温泉があり、入れ替わり制で今日は1階(石の風呂)が男湯で3階(海の風呂)が女湯との事でしたが、3階に展望台とカフェがあるとの事で、まず3階に上がってみました。棟続きの隣は宿泊施設や図書館、会議室などのようです。
海の方を見ると、松林と管弦船の展示施設が見えました。この松原は万葉集にも詠われ、日本の渚百選にも選ばれた浜で、夏は海水浴場として賑わうそうです。
1階に降りて石の風呂に向かいました。入浴料は600円でした。靴箱です。外観とマッチした雰囲気です。
更衣室です。ドライヤーや整髪料、化粧水、ブラシなども整っています。
源泉名は倉橋温泉、泉質は弱放射能 ナトリウム 塩化物泉、鉱泉分類は等張性中性低温泉、泉温は40.5℃、PH値は7.2、効能は神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、痔疾、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器症、やけど、冷え症、病後回復期、疲労回復、健康増進、痛風、動脈硬化症、高血圧症、慢性胆のう炎、胆石症、慢性皮膚病、慢性婦人病、きりきず、虚弱児童の24種だそうです。主浴槽は無色透明で、対照的に露天風呂は少し茶褐色となっていました。露天風呂は源泉のままで、内風呂は薄めて脱色処理をしているそうです。内風呂はスーパー銭湯並みに充実していて、ローリングバス、エステバス、うきうき風呂、すわり風呂、肩たたき風呂、打たせ湯、摂氏70度~80度の低温サウナがありましした。3階「海の風呂」のサウナは高温サウナだそうです。入っている人は10人くらいで、ほとんどの人は露天風呂に入っていました。写真のように内風呂にはほとんど人が居ませんでした。
温泉を出ると外は真っ暗になっていました。お腹が空いたのでここで夕食を食べて帰ることにしました。2階が「海里部(かりぶ)」というお食事処になっていました。
風呂上がりにビールでも飲みたい気分でしたが車で帰らないといけないので、「運転手さんも安心!アルコール完全ゼロのノンアルコールビール」というのがあったので早速注文しました。
食べたのは「ちりめん御膳」1800円が美味しそうだったので注文しました。ちりめんは広島県下の水揚げ№1を誇る倉橋の代表的な地元食材で、乾燥ちりめんなら、手軽に手に入るのですが生で食べることは地元倉橋でもあまりないそうです。ここでは網元と契約していて、水揚げ直後に納品してもらい、即、瞬間冷凍機にかけ、新鮮なままストックしているそうです。ご飯の上に生ちりめんと卵が乗っていて、わさびを溶かした醤油をかけて食べると、口の中でとろけるような食感はとても美味しかったです。何杯でもおかわりできそうな味でした。
今日もいい気分で帰路につきました。
海上自衛隊呉史料館(てつのくじら館)
大和ミュージアムの後は海上自衛隊呉史料館、別名てつのくじら館に行ってきました。大和ミュージアムと道を挟んで反対側にあります。
てつのくじら館は、海上自衛隊の潜水艦と掃海艇(機雷を除去する役割を持つ艇)の2つに焦点を絞った展示施設として2007年4月に開館したもので、入場料は無料です。
日本では初となる本物の潜水艦「あきしお」の屋外展示が特徴です。「あきしお」の下をくぐると入口がありました。
潜水艦や掃海艇の活動だけでなく海上自衛隊の任務や歴史なども詳しく説明してありました。先ほどの大和ミュージアムと違い、館内の撮影は自由との事でした。
あまり知られていない海上自衛隊掃海部隊の活動内容を実物の展示で分かり易く説明されていました。
こうして模型を見ると潜水艦は本当に「鉄のくじら」という感じです。
最後にいよいよ2004年まで現役だった潜水艦「あきしお」の中に入りました。
ゆうしお型潜水艦「あきしお」は、昭和60年に進水したもので、基準排水量2,250トン,長さ76.2m,幅9.9m,深さ10.2m,定員75名で、平成16年3月に任務を終え11月に国内最大級のクレーン船で引揚げられ、ここに展示されたそうです。
大和ミュージアム
アレイからすこじまから
5分ほどで大和ミュージアムに到着しました。
これが戦艦大和の主砲かと思って見ていたら、これは戦艦陸奥のものでした。
陸奥は横須賀海軍工廠で建造されたそうですが、主要部品である主砲身、副砲身、装甲鈑、主軸、スクリューなどは呉で造られたものを横須賀まで運搬したそうです。
入口から入ったところで入場券を購入しました。常設展が500円、特別企画展が400円で、セット割引券が800円との案内があったので、セット券を購入しました。
入った正面には戦艦大和の10分の1スケールの模型がありました。
10分の1でも全長26.3メートルもあり、漁船よりも大きいです。設計図や写真、潜水調査水中映像などをもとに、可能な限り詳細に再現した模型だそうです。
入って右側が企画展室になっていました。企画展は「佐久間艇長とその時代―第六潜水艇のものがたり―」でした。今月、佐久間勉艇長が第六潜水艇で遭難してから、「100年」を迎えたので、大和ミュージアムに寄託されている佐久間艇長の書簡などを使って、佐久間艇長の人柄や、当時の潜水艇の技術、第六潜水艇の遭難だけでなく、第六潜水艇の物語がその後どのように語られたかなどが展示されていました。潜水艇の技術がどのように導入されたのかという技術史的な側面と、当時の社会が「第六潜水艇殉難」という事件をどのように受け入れていったのかが詳しく説明されていました。昨年、岩国の新港にある養気園公園
第六潜水艦記念碑
で遺書だけは読んだのですが、遭難にまつわる様々な事実や佐久間艦長の生い立ちを知り、胸を打たれました。
常設展は撮影禁止との事で写真は撮れませんでしたが、呉の歴史や造船の技術力、戦艦大和の歴史などが、展示品や紹介ビデオ、模型などで詳しく説明してあり、ひとつひとつきちんと見ていったら何日あっても足りないくらいでした。常設展を出てくると戦艦大和の模型の反対側に出ました。
さらに模型の逆サイドに行くと、木甲板にみる「匠の技」という展示がありました。
一間平らに見える木甲板ですが、水はけを良くするために平面ではなく左右に下りの傾斜がついているそうです。戦艦大和の甲板材には台湾ヒノキが使われていたそうですが、模型は目の詰まっているタモ材を使用したそうです。この甲板は実際に少年工として戦艦の甲板を手掛け、戦後は木造船の仕事をしてきた大下俊明棟梁が4か月かけて造り上げたそうです。
常設展の反対側は大型資料展示室になっており、零式艦上戦闘機(左)、特殊潜航艇「海龍」(右)、色々な魚雷(周囲)などが展示されていました。零式艦上戦闘機の開発には、広海軍工廠で研究・開発された技術が活かされており、機体全てを金属で製作する技術、運動性重視から主翼を片方だけで支える強度維持の技術、桁と外板で主翼の強度を保持する技術などは、日本国内では呉海軍工廠で開発されたものだそうです。「海龍」は飛行機のように翼を使って自由に潜航・浮上する事を目指して呉海軍工廠などで潜航実験や研究・開発が行われた小型潜水艦だそうです。
3階の踊り場からは下からは見る事が出来なかった木甲板を見る事が出来ました。
3階は未来へというテーマで、松本零士さんの世界などが紹介されており、宇宙戦艦ヤマトの模型が展示してありました。
4階テラスからは呉港を一望することが出来ました。造船所のクレーンや、行き交う大型船など、呉らしさを感じることができました。さらに山側を見ると、次に向かう海上自衛隊呉史料館(てつのくじら館)と実際に使用されていたという展示用潜水艦「あきしお」が見えました。
パンフレットをもらってきたので、もっと呉と戦艦大和の歴史を勉強して、今度は1日かけてゆっくり来ようと思います。
アレイからすこじま(旧呉海軍工廠本部前)
Cafeサブマリンで食事をした後、サブマリンから見えたアレイからすこじまという公園に行ってみました。この付近は、戦前、呉海軍工廠の心臓部だったところで、呉らしさを伝える公園として昭和61年に整備されたそうです。「アレイ」は英語で遊歩道を意味し、「からすこじま」は大正時代までこの湾にあった周囲30mほどの「烏小島」に由来しているとの事です。残念ながら烏小島は埋め立てられて魚雷実験場になり、現在は日新製鋼㈱呉製鉄所となっているそうです。
アレイからすこじまの道を挟んで反対側は、呉貿倉庫運輸㈱の赤レンガ倉庫が並んでいました。この赤レンガ倉庫群は、明治30年代前半に呉海軍造兵廠水雷庫として建設され、その後、海軍工廠の電気関係の工場として使用されてきましたが、空襲の被害を受け、戦後修理して民間の倉庫に転用されたそうです。
その向こうには、先ほどのCAFEサブマリンから見えた潜水艦の黒い塊が三つ見えました。潜水艦が「てつのくじら」と呼ばれるだけあって、丸い背中を少しだけ水面に出している姿は、クジラのようでした。
水辺まで下りる事が出来る石段があったので降りてみました。ちょうど引き潮で桟橋が下の方まで見えていました。
もう少しゆっくりしていたかったのですが、時間がどんどん過ぎていくので、今日の目的地、大和ミュージアムに向かいました。
イタリアンレストラン CAFE サブマリン(SUBMARINE)
今日は天気が良かったので、午後から呉市にある「大和ミュージアム」に行ってきました。お昼御飯は、大和ミュージアムのすぐ近くにあるイタリアンレストラン CAFE サブマリン(SUBMARINE)というお店で食べました。石川島播磨重工 呉工場を過ぎて、赤レンガ造りの倉庫の手前にあるセブンイレブンの2階がお店です。倉庫に合わせて赤レンガ造りとなっていました。
そして何と!一番手前には、海上自衛隊の潜水艦が3艇停泊しているのが見えました。潜水艦の見えるお店だからサブマリンだったようです。
店内は天井が高くて、色調もブルーを強調した気持ちいい空間となっていました。
おなかが空いていたのでしっかり食べようと思い、プランゾBランチ \1,800というのを注文しました。まず、前菜盛り合わせと本日のスープとパンが来ました。前菜の盛り合わせには、くじらの肉が乗っていました。潜水艦=鉄のくじら からでしょうか。
パスタはパスタメニューから選択するシステムでした。たくさんあって迷ったのですが、メインディッシュを肉にしたので、エビと春野菜のパスタにしました。わらびや菜の花が乗っていて美味しかったです。
メインディッシュは魚料理or肉料理を選択するようになっていましたが、肉料理にしました。写真を撮るのを忘れてひと口食べてしまってからの一枚です。
本日のデザートは黒砂糖のムース「和三盆(わさんぼん)のフロマージュ」とイヨカンのコンポートでした。和三盆とは、主に香川県や徳島県などの四国東部で伝統的に生産されている砂糖の一種です。和三盆は昔は和菓子に使われてたけど、最近は洋菓子にも使われだしたそうです。以前、どっちの料理ショーでは和菓子の特選素材で紹介されていました。
ふらっと寄ったお店でしたが、とても贅沢な時間を過ごす事が出来ました。色々なメニューがあったのでまた行ってみたいです。
白馬村和田野区長にスコットランド出身のマットさん就任
今日の信濃毎日新聞webに、白馬村の和田野区長に、英国スコットランド出身で「森のロッジ」を経営するダン・マットさん(32)が就任したという記事が掲載されていました。
和田野地区は白馬村に29ある行政区の1つで、白馬八方尾根スキー場の咲花(さっか)ゲレンデ麓の地域です。白馬村では、区長に外国人が就くのは初めてになります。記事によると下伊那郡大鹿村でも英国出身の男性が自治会長を務めている例があるが、県人権・男女共同参画課は「地域の自治組織の長に外国人がなるのは珍しいのではないか」としているという事です。マットさんは、10年ほど前に旅行で来日したことをきっかけに日本に住み始めた。白馬村や松本市、北安曇郡松川村、東京で英語教師などをして暮らし、冬になると白馬村でスノーボードを楽しんできたという。「変化のある四季が特に好き。森もいっぱいあって気持ち良い」と白馬の魅力を話す。3年前から和田野でロッジを開業し、地区内の行事や作業などにも積極的に参加。区の景観育成住民協定を見直す委員会にも加わり、「和田野の将来を共に考えられる人」(区民)との評価も受けている。8日夜にあった区の総会で、区民の推薦を受けて区長に選ばれた。任期は1年。八方尾根スキー場のふもとにある同区は、ペンションなどを営む外国人が増え、約60の宿泊施設のうち約2割は移住者が経営。前区長の岡田久子さん(63)は「区民に外国人が増えているということもあるが、それ以上にマットさんはここに住んで地域づくりをしている人。だから選ばれたと思う」と話す。同区ではオーストラリア資本によるコンドミニアム(分譲マンション)の計画も浮上している。マットさんは「住民の意見を聞き、一緒になって和田野の方向を決めていきたい」と意気込んでいるとの事でした。
白馬村内では、どこに行っても外国人の方が目立つようになりました。区の代表として外国人の方が選ばれたことは、今後の白馬村の活性化につながると思います。ジムで脂肪率と筋肉量の測定
フィットネスクラブに通い始めて
5か月が経ちました。今日は恒例の月一体組成測定
を行いました。今回で6回目です。帰省した時
に家内から「肩のあたりががっちりしてきた」とか「胸板が厚くなったみたい」とか言われたので、期待して測定に臨んだのですが、今までとあまり変わらないデータでした。マシンジムトレーニングもだいぶ慣れてきたので、徐々に負荷を上げて、さらに筋肉をつけていこうと思います。
八方尾根スキー場でJALフェスティバルが開催されました
中日webに4月5日に白馬八方尾根スキー場で開催されたJALフェスティバルの様子が掲載されていました。
記事によると、フリースタイルスキーモーグルの上村愛子選手が5日、地元白馬村の白馬八方尾根スキー場で開かれた「JALフェスティバル」に参加し、集まったファンから世界選手権2種目制覇とバンクーバー冬季五輪代表内定の祝福を受けた。昨季のワールドカップ(W杯)で日本選手初の種目別優勝を遂げた上村選手。今季もW杯で2勝し、3月の世界選手権猪苗代大会ではモーグル、デュアルモーグルの2冠に輝く活躍を見せた。セレモニーで、世界選手権は自分でも納得の滑りができたと振り返った上村選手は「(モーグルを)長く続けてきたかいがあった」と感慨深げ。ファンたちから「おめでとう」の言葉とともにクラッカーで祝ってもらうと、「世界選手権が終わった瞬間に気持ちはバンクーバーへと向かっている。いい滑りを見せることができるよう頑張りたい」と笑顔で応えた。上村選手はこの日、同じく五輪代表に内定している西伸幸選手らとともに、「JAL杯八方尾根スーパーモーグルカップ2009」にも参加し、デモンストレーションを披露。世界を制した滑りで会場をわかせた。と書いてありました。
大糸タイムスは「上村、西選手 滑り披露 白馬八方尾根でモーグルカップ」というタイトルでした。白馬村の八方尾根観光協会は5日、同村八方尾根スキー場兎平ゲレンデで「JALフェスティバルin HAKUBA HAPPO&JAL杯スーパーモーグルカップ2009」を開いた。特別ゲストとしてフリースタイルスキー・モーグルでバンクーバー五輪出場が内定した、白馬高出身の上村愛子さんと西伸幸さんが来場。華麗な滑りを披露し、集まったスキー客やファンを沸かせたとの事でした。
信濃毎日新聞には前日行なわれた小学生モーグル教室の様子が掲載されていました。フリースタイルスキー・モーグルの世界女王、上村愛子選手が4日、北安曇郡白馬村の白馬八方尾根スキー場で県内の小学生たちにモーグルの手ほどきをした。県スキー連盟とNTTドコモ長野支店が、スキーの普及を目的に初めて企画した。前夜に東京ドームでプロ野球開幕戦の始球式をした上村選手は、この日の未明に白馬に戻る強行日程だったが、「雪の上に立てば元気が出る」と笑顔で指導した。「ひざを突っ張らずに柔らかく」など具体的な指導を受けると子どもたちはすぐに上達。飯山市戸狩小6年の金崎蒔(まき)さん(11)は「いろんな滑りに挑戦してみたくなった」と目を輝かせていた。との事でした。
今や国民的スターとなった上村愛子ちゃん。これからのさらなる活躍を期待しています。


















