大和ミュージアム
アレイからすこじまから
5分ほどで大和ミュージアムに到着しました。
これが戦艦大和の主砲かと思って見ていたら、これは戦艦陸奥のものでした。
陸奥は横須賀海軍工廠で建造されたそうですが、主要部品である主砲身、副砲身、装甲鈑、主軸、スクリューなどは呉で造られたものを横須賀まで運搬したそうです。
入口から入ったところで入場券を購入しました。常設展が500円、特別企画展が400円で、セット割引券が800円との案内があったので、セット券を購入しました。
入った正面には戦艦大和の10分の1スケールの模型がありました。
10分の1でも全長26.3メートルもあり、漁船よりも大きいです。設計図や写真、潜水調査水中映像などをもとに、可能な限り詳細に再現した模型だそうです。
入って右側が企画展室になっていました。企画展は「佐久間艇長とその時代―第六潜水艇のものがたり―」でした。今月、佐久間勉艇長が第六潜水艇で遭難してから、「100年」を迎えたので、大和ミュージアムに寄託されている佐久間艇長の書簡などを使って、佐久間艇長の人柄や、当時の潜水艇の技術、第六潜水艇の遭難だけでなく、第六潜水艇の物語がその後どのように語られたかなどが展示されていました。潜水艇の技術がどのように導入されたのかという技術史的な側面と、当時の社会が「第六潜水艇殉難」という事件をどのように受け入れていったのかが詳しく説明されていました。昨年、岩国の新港にある養気園公園
第六潜水艦記念碑
で遺書だけは読んだのですが、遭難にまつわる様々な事実や佐久間艦長の生い立ちを知り、胸を打たれました。
常設展は撮影禁止との事で写真は撮れませんでしたが、呉の歴史や造船の技術力、戦艦大和の歴史などが、展示品や紹介ビデオ、模型などで詳しく説明してあり、ひとつひとつきちんと見ていったら何日あっても足りないくらいでした。常設展を出てくると戦艦大和の模型の反対側に出ました。
さらに模型の逆サイドに行くと、木甲板にみる「匠の技」という展示がありました。
一間平らに見える木甲板ですが、水はけを良くするために平面ではなく左右に下りの傾斜がついているそうです。戦艦大和の甲板材には台湾ヒノキが使われていたそうですが、模型は目の詰まっているタモ材を使用したそうです。この甲板は実際に少年工として戦艦の甲板を手掛け、戦後は木造船の仕事をしてきた大下俊明棟梁が4か月かけて造り上げたそうです。
常設展の反対側は大型資料展示室になっており、零式艦上戦闘機(左)、特殊潜航艇「海龍」(右)、色々な魚雷(周囲)などが展示されていました。零式艦上戦闘機の開発には、広海軍工廠で研究・開発された技術が活かされており、機体全てを金属で製作する技術、運動性重視から主翼を片方だけで支える強度維持の技術、桁と外板で主翼の強度を保持する技術などは、日本国内では呉海軍工廠で開発されたものだそうです。「海龍」は飛行機のように翼を使って自由に潜航・浮上する事を目指して呉海軍工廠などで潜航実験や研究・開発が行われた小型潜水艦だそうです。
3階の踊り場からは下からは見る事が出来なかった木甲板を見る事が出来ました。
3階は未来へというテーマで、松本零士さんの世界などが紹介されており、宇宙戦艦ヤマトの模型が展示してありました。
4階テラスからは呉港を一望することが出来ました。造船所のクレーンや、行き交う大型船など、呉らしさを感じることができました。さらに山側を見ると、次に向かう海上自衛隊呉史料館(てつのくじら館)と実際に使用されていたという展示用潜水艦「あきしお」が見えました。
パンフレットをもらってきたので、もっと呉と戦艦大和の歴史を勉強して、今度は1日かけてゆっくり来ようと思います。


