賃借家屋明渡債務と敷金返還債務との間の同時履行関係の有無
家屋明渡請求事件
【事件番号】 最高裁判所第1小法廷判決/昭和48年(オ)第30号
【判決日付】 昭和49年9月2日
【判示事項】 賃借家屋明渡債務と敷金返還債務との間の同時履行関係の有無
【判決要旨】 家屋の賃貸借終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務とは、特別の約定のないかぎり、同時履行の関係に立たない。
【参照条文】 民法533
民法619-2
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集28巻6号1152頁
民法
(同時履行の抗弁)
第五百三十三条 双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。 ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。
(賃貸借の更新の推定等)
第六百十九条 賃貸借の期間が満了した後賃借人が賃借物の使用又は収益を継続する場合において、賃貸人がこれを知りながら異議を述べないときは、従前の賃貸借と同一の条件で更に賃貸借をしたものと推定する。 この場合において、各当事者は、第六百十七条の規定により解約の申入れをすることができる。
2 従前の賃貸借について当事者が担保を供していたときは、その担保は、期間の満了によって消滅する。 ただし、第六百二十二条の二第一項に規定する敷金については、この限りでない。
第四款 敷金
第六百二十二条の二 賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
一 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。
二 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。
2 賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。 この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。
事案の概要
家屋賃貸借が期間満了によつて終了した場合の明渡請求に対し、賃借人が敷金返還請求権をもつて同時履行の抗弁、留置権を主張して家屋の明渡を拒みうるかが本件で問われたものである。
敷金とは停止条件付返還債務を伴う金銭所有権の移転であるとするのが通説的見解であるが、右の停止条件の成就時については、賃貸借終了時説と賃貸借終了後明渡時説がある(学説の詳細は、石外「敷金と権利金」契約法大系III129頁参照)。
そして、本問の同時履行関係を認めるか否かは、終了時説=肯定、明渡時説=否定と結びつくと説明されることがあり(石外・前掲131頁)、事実、終了時説ととつている学者は一致して同時履行関係を肯定している(戒能・地借家法126頁、星野・借地借家法266頁、幾代・総合判例民法1162頁等)が、明渡時説は、肯定説(広中・判例評論39・11・なお、東地判昭36・3・31下民集12・3・703)と否定説(我妻・債権各論中巻1・472頁)にわかれている。
最小二判昭48・2・2民集27・1・80は、明渡時説をとつているが、右のように、明渡時説が当然に本問の結論を導くものではないから、本問につき最高裁がどちらの説をとるかが注目されていた。
本問は、結局は、公平の原則、賃借人の保護の要請をどのように評価するかによつて結論がわかれるものといえるが、最高裁は、否定説をとつた。