前回の“純文学編”にウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』のハンバート・ハンバートを加えなかったのは、この語り手を物語の「主人公」とするには抵抗があったからだ。
レビューでも触れたが、ハンバート・ハンバートはみずからを美男と称しており、実際に美男であることはあながち自惚れではなさそうだ。成人の女性たちに容易に一目惚れされることとや、出遭ってまもない12歳のドロレスが37歳のハンバート・ハンバートにわりとなついていることなどから、それを窺い知ることができる。そもそもアナベル・リーとたちまち“相思相愛”となったのも、ハンバート・ハンバートがかなりの美少年だったからと推察される。
だが、『ロリータ』の主人公はあくまでロリータ=ドロレスであると判断し、「美男子主人公列伝」には加えなかったというわけである。
・・・・・・。
今回は、「美男子主人公」列伝の後半として、“大衆小説”として刊行されている小説のなかから、美男の主人公を挙げてみる。
ここでことわっておきたいのだが、大衆小説編では、日本人作家による作品に限らせてもらう。
これは、おれが外国のエンターテイメントをあまり読んでいないという個人的な理由が第一。さらには、その少ない読書遍歴のなかで、「美男子主人公」が登場する海外作品の記憶がないからでもある。
さて、日本人作家によるエンターテイメント作品における「美男子主人公」の筆頭は、
大藪春彦『汚れた英雄』(徳間書店より昭和42年〜 刊)の
北野晶夫
である!!
美貌のレベル(?)という点では、『禁色』の南悠一と同格といっていいだろうが、「日陰者」である悠一の影響力が閉じられたゲイ社会や身の周りに限られているのに対し、こちらは世界中(の、とくに女たち)に影響を及ぼす。
北野晶夫は、昭和32年(1957年)、18歳の年の「第二回浅間火山レース」でのデビューから、約10年間世界で活躍したモーター・サイクル(二輪)のレーサーだ。
モーター・サイクルはとくに当時のアメリカ、ヨーロッパで大人気のスポーツであり、そのトップ・レーサーはまさにヒーロー、寵児として称賛される。
そこに稀代の美貌をもった才能あふれるレーサーが登場するのだ。
どれだけの人間(とくに女性)がその虜になることか・・・。
昭和14年(1939年)生まれの晶夫の容貌については、開巻早々、まさに浅間のレースにむかう途上でのようすが描かれる。
少年は背が高かった。細っそりした体は強靭であったが、通りすがりの女が息をとめるほどの美貌には、まだ稚さが強く残っていた。特に少年特有の淋しげな襟足には、脆さの印象が濃い。少年の名前は北野晶夫といった。(角川文庫「第I巻・野望篇」P6)
その美貌が遺伝的なものであることを示すために、早くに亡くなった両親についても、父は「女性的な秀麗な顔」の持ち主であり、母は「もと深川小町と言われ」「辰巳芸者が羨むほどの美貌と粋な体つき」であったことが記される。
「第Ⅱ巻・雌伏篇」「第Ⅲ巻・黄金篇」「第Ⅳ巻・完結篇」とつづく長い物語の全篇を通して、晶夫の美貌がそこかしこに横溢しているが、たとえば『禁色』で見られるような微に入り細に入る描写は見られない。
晶夫の目や鼻や口のかたちがどのようなものか、具体的な描写は意外なほど、ないのである。
せいぜい「長い睫毛」といった記述があるくらいで、あとは「爽やかな美貌」とか、「恥ずかしそうな微笑」とか、「浅黒い美貌」とか、少年時代の回想シーンでは「あどけなく美しい容貌」など、比較的紋切り型の抽象表現にとどまっている。
「第Ⅱ巻・雌伏篇」には、「十九歳になった晶夫の美貌と、女に夢を見させるたぐいの翳深く甘美な雰囲気はますます冴えてきていた。(P15)」という表現が、
「第Ⅲ巻・黄金篇」には「澄みきったキャルフォルニアの空から降りそそぐ陽光のもとで、晶夫の暗くロマンチックな雰囲気は冴えを増していた。(P130)」という一文が、
「第Ⅳ巻・完結篇」には、「二十一歳の晶夫の言語を絶する美貌はますます冴えて、荒廃した精神が宿っていることが絶対に信じられぬほどであった。(P79)」という描写がある。
どれもに「冴え」という言葉が入っていることに、今回気づいた。
そのような美貌自体の描写よりも、女たちが晶夫に一目で心を鷲づかみにされる、夢中になる、惚れ抜く、独占しようとするシーンは、これでもかというほど登場する。
多く列挙してもキリがないので、すこしばかり。
その頃(四歳かそこら)から、小さな晶夫は娘たちに溺愛された。それに、近所のオカミさんだけでなく、行きずりの女までが晶夫を見ると思わず抱きあげた。(「第I巻・野望篇」P15)
(前略)首や手首に伊達包帯を捲いたズべ公たちの視線が〈十二歳の〉晶夫に集中した。途端に女らしい含羞(はにかみ)の表情に変るズべ公が多い。(同P47)
「ズべ公」というのは、いわゆる「不良少女」のことで、昭和当時における蔑称だが、晶夫の性的魅力のまえでは基本的にどのような女性も、教養のかけらもないズべ公たちと同様の反応を示して接近してくる。たとえ深窓の令嬢であろうと、人妻であろうと、上流階級の貴婦人であろうと、世界的な有名女優であろうと、王国の王妃であろうと。
作家であり文芸評論家でもある齋藤美奈子などは、
『汚れた英雄』の晶夫はなにせ美貌の天才レーサーですから、行く先々で金持ちのアーパーな美女ととっかえひっかえやりまくります。(中略)通俗的な意味でなら、彼ほど男の読者に夢を与える「いい男」はめったにいないでしょう。(紀伊國屋書店『文学的商品学』とばす! オートバイ文学P187)
と、晶夫の人格や作品の世界観に辛口の評価を下している。
表面的には、まあ、そのとおりで、作者の大藪春彦自身もかつてあるインタビューのなかで、北野晶夫というのはレーサーとしてのストイックな姿勢がなければただのジゴロである旨のコメントを口にしている。(『汚れた英雄』の映画化に際しての雑誌のインタビューだったと記憶している)
一方、おれが「『汚れた英雄』論」として随一だと考えるのは、小説家・評論家の鏡明による一文だ。
鏡明は、大藪藪春彦の作品は一般にハードボイルドに分類されているが、むしろハードボイルドの枠組みを破壊するものである、という文脈のなかで、
たとえば、私が最も愛する大藪春彦作品の一つ、「汚れた英雄」を読んでもらえればわかる。どこがハードボイルドだというのだ、この作品の。
これはハードボイルドどころか、ミステリでさえ、ない。この物語は、一言で言えば、肉体を武器に、一人の少年が、世界を手に入れる物語だ。(徳間書店『蘇える野獣 大藪春彦の世界』「あこがれ」と「リアリズム」のはざまでP209)
と概括する。
もちろん「肉体」というのは類い稀な身体能力のみならず、「美貌」をふくんでのものである。
大藪作品の主人公は軒並み、強靭な肉体と、驚異的な運動神経と、怜悧で冷徹な頭脳と、鋼鉄の意志と、そして端正な顔貌の持ち主であり、その超人的な戦闘能力は総じて「裏の世界」で活かされる。だが『汚れた英雄』は、それらと同等のポテンシャルの持ち主が、さらに破格的な美貌をもってモーター・スポーツという「表舞台」に登場したときにどうなるかを示した物語でもある。
北野晶夫も表面的には社交パーティが似合う繊美な好青年だが、恐るべき身体能力を備えた胸囲120センチを誇るマッチョである。そもそも重量級のオートバイを繰るには並々ならぬ全身の筋力が必要で、レース界でマッチョは晶夫に限らないのだが、中学時代から護身のために拳法を習得し、高校時代、晶夫を目の敵にしてくるサッカー部のコーチによる殺人的なしごきによって驚異的な筋力の原型が培われ、レーサーとして磨かれた動体視力や反射神経も相まって、いざ格闘すれば野獣のような戦闘力を発揮する。
同じ作者のデビュー作『野獣死すべし』の伊達邦彦は、北野晶夫をふくめた「大藪ヒーロー」の原型である。
大藪春彦の作品群において、北野晶夫は人をあやめたことのないおそらく唯一の主人公だが、伊達邦彦は、躊躇なく人をころしまくる。
『野獣死すべし』の全編を通じて、あたかも「殺人」を賛美するかのようなモノローグも散見されるが、しかし伊達邦彦は「享楽者」や「淫楽者」ではない。
賛美しているのは「殺人」自体ではない。
「完全犯罪」と「完全犯罪という目的のためなら躊躇なく他人をあやめることのできる冷酷さ」を美学としているのであるである。
その後産み出される大藪ヒーローたちも同様で、彼らはたとえ「殺し屋」だとしても、けっして「殺人鬼」ではないのである。
さて。『野獣死すべし』の伊達邦彦も、デビュー作からいきなり美貌の持ち主として登場する。
北野晶夫より、よっぽど具体的に描写されている。
クッションにもたれて、ラジオから流れる甘美な深夜の調べに、夢見るような瞳をあげて耳を傾けている。
ポマードをつけぬ漆黒の髪はおのずから渦を巻き、彫った様に浅黒く端正な顔は若々しい。甘い唇には孤独の影があるが、憂いを含んで深々と光る瞳には夢見る趣きがある。
そのあとも、レンタカー店の受付嬢に「物思わし気な目つき」で後ろ姿を見送られたり、バーで独り酒を呑んでいる横顔に「ゲイ・ボーイが、媚を含んだ視線を蛾のようにへばりつけ」られたり、アドニスのように美しいゲイ少年から「『お兄さまこそアポロン……』と、向日葵のように輝いた美しい笑顔を」むけられたり、と、その美貌を窺わせる描写はいくつもあるが、端的な「美貌」という単語は使われない。
伊達邦彦に「美貌」という語彙が使用されるのは、続編である『野獣死すべし(復讐篇)』で、美貌も良し悪しだ。顔を覚えられる、という言葉が出るまで待たねばならない。
その後、伊達邦彦は「英国情報局情報部諜報科破壊活動班員」(『諜報局破壊班員』昭和40年刊)としてプロのスパイとなるのだが、敵国の女性スパイに接近したりする際、ますます「美貌」が重宝されていく。
それゆえ、小説上のスパイ=諜報員は美男というイメージをいだくようになっていた。
20年ほど前に読んだ、手嶋龍一『ウルトラ・ダラー』(新潮文庫2007年刊)の英国情報部のスティーブン・ブラッドレーも当然美形として描かれているように記憶していたのだが、今回あらためてざっと確認したところ、具体的な美形描写は見当たらなかった。
おれが勝手にイメージをふくらませていたのだろう。
「大藪春彦教」の信者のように大藪春彦を信奉しているSF作家・平井和正『幻魔大戦』の主人公、東丈(あずま・じょう)もとてつもない美少年として登場する。
自負心や向上心や虚栄心や承認欲求が強烈で、意志が強くてストイックなのに、才能が乏しくて勉強でもスポーツでもなかなか目標に到達できない。しかしそれでも、根性でなんとかなると信じて疑わない。
読んでいて痛々しくなるほど、自分にも他人にも厳しすぎる性、狷介な人物だが、容貌はこの上なく端麗である。
丈は圭角だらけの少年だったが、それを償うのは、彼が実に凛然たる美少年という事実であった。色白で眉は濃く、瞳は黒々と輝く。その黒い瞳に不穏な光が絶え間なくちらついているとしても、充分な魅力があった。(角川文庫『幻魔大戦1』P62-63)
そんな丈は、やがてPK=サイコキネシス=念動力に目覚め、“幻魔”と闘う超能力者(エスパー)の中心的存在として活躍する運命にある。
おれは高校時代に本書を読んだ際、才能に恵まれないながらも一念岩をも通さんばかりに意志を頑強に保持しつづけたことが超能力の覚醒につながったのだな・・・、と、ちょっとした「伏線回収」の快感を味わった。
さて、島田荘司の創造した名探偵・御手洗潔(初登場は『占星術殺人事件』)も、けっこうな美男であることを匂わせているが、やはり強調されているのは「頭脳」のほうであり、容姿についてはさほど重きを置かれていない。
容姿を強調されているのは、同じ作者によるもうひとりの名探偵(職業は一課殺人班の警官)である吉敷竹史(よしき・たけし)のほうである。
初めて登場した『寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁』(光文社文庫)では、
(前略)吉敷の風貌はその場でもなかなか人目をひいた。耳がすっかり隠れるくらいの長髪、その髪は大きく波打っている。目が二重まぶたで大きい。鼻筋は高く通り、唇は少し厚い。長身でとても刑事には見えない。混血のファッションモデルのようだ。(P13)
と描写されている。
美男の名探偵といえば、高木彬光による神津恭介(初登場は『刺青殺人事件』)を忘れるわけにはいかない。
額は突き出て高く、瞳はオブシディアン のように澄み切っており、濃い眉はやや力なく見えるが、繊細で敏感な力を秘めており、男性の中でも稀に見る美男子である。
神津恭介シリーズの一篇である『わが一高時代の犯罪』では、神津恭介と、いわゆるワトソン役の松下研三との邂逅を描いている。
一高で初めて会った神津恭介は「嬢や」とあだ名されるほど、いかにも弱々しげな、バンカラとは正反対の美少年だったが、最初の試験で驚くべき高得点をあげて秀才ぞろいの級友たちの度肝を抜き、そして同級生の消失事件を解決する。
名探偵を美男・美少年にする理由のひとつが、頼りなげな外見と卓抜した能力とのギャップを楽しむためでもあるのだろう。
推理・探偵小説から離れると、筒井康隆『聖痕』の葉月貴夫も美男子の極致と言ってよい。
貴夫は五歳のとき、その美貌に邪念を刺激された幼児性愛者の暴漢によって、性器を根本から切断されてしまう。それによって貴夫は「性欲」がどんなものであるかを知るまえに性欲そのものを失うのだ。
「聖痕」とは、その傷痕を指している。
医師の話だと、睾丸からのテストステロンなど男性ホルモンの分泌がないために、変声期も来ないし、髭も生えないそうです。いわゆる二次性徴というものが訪れないと言ってました、(新潮文庫版P22)
二次性徴を迎えていないがゆえに長じてからも稚児的な美しさを保ち、同性異性からの欲望に満ちた視線が「アセクシャル」の貴夫にまとわりつくが、早くに食の「味」に目覚めた貴夫は、本来性欲にむかうべきだったエネルギーを美食の追求にむけていく。
赤ん坊のころ(まだ五体満足だった)の周囲の反応。
ええっ。男の子。まあ。男のお子さんなの。嘘みたい。女の子だってこれほどの。ああ葉月の奥さん。この子は成人した時にゃあ女を泣かせますぜい。ひひ。あっ。抱かせて。奥様。わたしに抱かせて。うわあ可愛い。笑った。笑った。おやまあ。男の子ですって。まだ二歳なの。この子はまあ凄い美男子になるわ。(同P7)
叔母の計伊子(貴夫の受難を知らない)から見た小学校高学年の貴夫。
彼女は正面の席の貴夫をうっとりと見る。打ち靡(なび)く黒髪。俊敏そうな細い眉。気高い鼻梁。憂いを帯びた菅の根の長い睫毛の瞳。初ういしく赤い唇。引締った栲綱の白い頬。梨園の御曹司を慕う女学生のような気分になり溜息をついて計伊子は貴夫を称美せずにいられないのだ。(同P53-54)
*菅(すが)の根の :「長」の枕詞
*栲綱(たくづの)の:「白」の枕詞
最後に紹介するのは、櫛木理宇の「捜査一課強行犯係・鳥越恭一郎シリーズ」の鳥越恭一郎である。
現在のところ文庫版では、
『灰いろの鴉』
『業火の地』
『凶獣の村』
の三冊が発売されている(いずれも「ハルキ文庫」)。
鳥越恭一郎は『灰いろの鴉』に登場した段階で41歳の、県警捜査一課の巡査部長だ。
米兵を祖父に持つクォーターという設定で、すでに故人である父・一彦も美男子であり、元刑事である。
鳥越恭一郎は、初めて彼を見る者がみな驚愕するほどの美形であり、刑事としても場違いなほどの美男なのだが、物語全体としても、
刑事をここまでの美男子にする必要があるのか?
と疑問をいだきたくなるような設定である。
刑事部捜査一課の執務室のなか、第三係の鳥越は、第一係の係長から事件の捜査の件でお呼びがかかる。
ふと気づくと、第一係係長が鳥越をじっと見ていた。
「なんです?」
「トリはいつ見ても親父さんに似てる、と思ってな」
「そいつは心外です」
鳥越は真面目くさった顔で答えた。
「どう考えたっておれのほうが百倍美しいし、千倍モテる。失礼ですよ係長」
どっと笑いが起こった。(ハルキ文庫『灰いろの鴉』P24)
鳥越恭一郎は暗い内面を韜晦すべく、みずからの美貌さえネタにして道化の仮面をかぶっている。
近寄りがたいほどの美形で、刑事としてもすこぶる優秀なのに、気さくで陽気でフットワークが軽い・・・というのが、本部内での鳥越刑事の評判だった。
鳥越恭一郎のキャラクターとしては「破格の美男子である」ことと「鴉と意思疎通ができる」ことが車の両輪をなしている。
鳥越は幼少のころから、学者でさえ雌雄の区別がつかないと言われている鴉の雌雄を直感で区別でき、それどころか個体も正確に識別できた。
そして会話も可能だった。
しかし少年は常から、(中略)鴉と心で触れあえた。鴉たちの訴えや主張を肌で感じ、読み解くことができた。
犬猫や魚や、ほかの鳥類とはこんなふうに通じ合えない。鴉とだけであった。なぜなのかは知らない。(同P9)
刑事になってからも、鳥越はその特性をあたりまえのように活かし、ある意味、鴉を「情報提供者」として厚遇している。生き先々でその地域の「ボス鴉」に仁義を切り、協力を願い、鴉が住まいを訪れてきた際は、ベランダではなく部屋に入れて直接餌を与えたりもする。
そして、実際鴉たちは、さまざまなヒントを鳥越にもたらす。
鴉たちとの共感能力と美貌は、どう捜査に活きてくるのか?
典型的なのは、鴉がくわえて持ってきたペットボトルのキャップを、鳥越に恋慕している科捜研の女性職員に「非公式」で鑑定を依頼する、という流れである。
鴉が持ってきたキャップでは、それを証拠とする根拠がなさすぎて、公式には鑑定を依頼できないからである。
(前略)鳥越は電話をかけた。
相手は顔見知りの、科捜研の女性職員であった。(中略)
「もしもし、鳥越くん? 電話なんて珍しいね。ひさしぶりじゃん」
「ひさしぶり。いま、ちょっと時間いいか?」
「家だから大丈夫。なにかあった?」
「いや、じつは頼みごとがある。内緒で調べてほしいブツがあるんだ」
「調べてって———ああそっか。鳥越くんいま、例の特捜本部にいるんだっけ」
女性職員が「察した」とでも言いたげに声を低める。
(中略)
「うーん。まあ鳥越くんは嫌いじゃないからいいけどさ。でもまさか、タダ働きとは言わないよね?」
「それはないさ。事件が片づいたら飲みに行こう。なんでもおごるよ」
「あら、それだけ?」
「じゃあきみの部屋で飲むのはどうかな。もちろん二人っきりで」
数十秒、沈黙があった。
「……OK。その言葉忘れないで。結果が出たら連絡する」(同P119)
どうだろう(笑)。
ただし鳥越は事件解決後も、この女性と二人で飲んではいないようだ。
つづくシリーズでも、鳥越恭一郎の美貌は、ときには反発や敵愾心を生みながらも、協力者・情報提供者を得る力となっていく。今後は物語における「美貌の意味」が、ますます強まっていくだろう。
そんな予感をいだきつつ、ひとまずここで、「美男子主人公列伝」を終了とする。
これからも、小説のなかで「美男子主人公」と出遭った際は、その都度紹介していきたいと思う。
それでは、また。
「美男子主人公列伝」のインスピレーションを得たのは、美女に比べて美男が少ないと思ったためでもあるが、最近になってこの鳥越恭一郎シリーズを読んだからでもある。ちなみに鳥越恭一郎の職場は「県警本部」なのだが、詳しくは「L県警察本部」であり、作中に出てくる市町村名や地名もさりげなく架空のものばかりだ。日本のどのあたりにある設定なんだろう、L県? 東京からそう離れてはいないようだが。









