標題からわかるように、今回は短編が2編である。
『現代怪談集成』のなかに作品が2編ならべて収められているのである。
理由は、短いからであろう。
2編合わせても、本書に収められている作品のなかで、一番短い。
本篇「猫が物いふ話」と「猫の踊」は、どちらも1943年(昭和18年)刊の『月夜車』から採録したものである。
作者は、森銑三〈1895(明治28)-1985(昭和60)年〉。
銑三は「せんぞう」と読む。
現在では一般にはほとんど名の知られていない作家であり、正直なところ、おれも本書をひらくまでその名前を知らなかった。まあ、おれの知識を基準にする必要はないのだが。
本書では、載っているすべての作家について、短い紹介文が載っている。
ブログ読者への紹介の意図も籠めて、今回は紹介文の全文を引用してみる。
■森銑三(もり・せんぞう)
明治二十八年(一八九五)愛知県に生まれた。文部省図書館講習所を卒業。近代の学芸史を研究する。その業績は、資料の博捜によって正確緻密な史実と人物像を描き出す。対象は主として江戸期の人物と書物。また、明治・大正期の人物研究、随筆にも好著が多い。いずれも、歴史に埋もれた人物や学者、文人、画家たちの考証から生彩ある伝記研究となっている。昭和六十年没。
本篇は、昭和十八年刊の『月夜車』から採録したもので、民話調の怪談である。ほかに著者の怪談としては、「仕舞扇」「一念」などがすぐれている。(紀田)(P216)
その紹介文を読み、果たしてどれほどの学術的な文体で緻密な記述が展開されるものかと、やや気負って臨んだのだが、そこで炸裂するのは愛らしい猫の言葉である!
冬の夜に火燵(こたつ)に入って談笑していたその家の主人と客たちの全員が睡ってしまい、そのなかの半八という客が真夜中にふと眼をさましたところ、
「はあ、みな寝てぢや」(P217)
という声がしたというシーンから始まり、おれは春の夜に、独り破顔することになったのだった。
まあ、題名から「化け猫」の話であることは想像がつくが、しゃべった言葉が、「はあ、みな寝てぢや」。
怖いというより、可愛らしすぎて笑ってしまう。
翌朝、半八はその家の飼い猫がしゃべったことを誰にも(家人)にも言い出せなかったが、その猫がなぜか二、三日行方不明になり、帰ってきたときは、「どうしたものか、足を一本斬られてゐた。」(P217)というのだから穏やかではない。
その猫は手当の甲斐もなく死んでしまうのだが、猫がしゃべったことと、それを半八が聞いたこと。それらと猫の負傷や死は、関係があるのかないのか、いっさい不明のままで幕は閉じる。
(以上、「一 冬の夜」)
「猫が物いふ話」には、「二 春の日」という全く別の話もある。
庭先の縁台で白魚を選り分けているお婆さんの背後から、そこの雄の飼い猫が、おれにも食わせろ、という意味のことを言い、言われた婆さんはそれに対して平然と、まだ旦那にも食べさせてないからダメだ、ときつく返答するのだが、そのようすをたまたま目撃した者が驚いた、という話である。
つづく「猫の踊」は、猫ばかりのダンスパーティで、紅い端切れを頭にかぶって踊る猫の話。
作中ではさすがに「ダンスパーティ」という言葉は使われていないが、字面だけを見ると笑ってしまう!
この話の猫は踊りもするが、おいたをしたときに庖丁の柄で小突かれて「いたい」とも言う。
しゃべれて踊れる猫なのだ。
夜中になると家を出ていく飼い猫のことを怪しんであとを尾けたその家の倅は、そこで驚愕の事実を目撃する。
萱町の天神様へ行って、その拝殿の内に這入つた。なおもそつと近づいて覗いたら、中では猫ばかり二三十匹も集つて、輪になつて踊を踊つてゐた。その内に、赤い手拭いをかぶつて、妙に人間臭い、いなせな恰好で踊つてゐる一匹が、一きわ目立つのをよく見たら、それが家の飼猫だつた。(P219)
だが、その光景を目撃した倅は、その猫をさっさと殺してしまうのだ。
まあ、実際にそんな猫を見てしまったら、怖いわな。
「猫が物いふ話」を収録した文庫本。

