「一を聞いて十を知る」

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レブロンさんから 頂いたコメントをみて

ふと思いいたって書きたくなった。
言葉って面白いなあと。


「一を聞いて十を知る」

この言葉ってとても日本的な言葉だと思う。

深いことがだと思う。

この言葉をどう取るか考えてみると

二つの考え方が浮かんで。


ひとつは知識として、教養として持っている

(今は失われてしまったけれど)

昔の人の有名な言葉の一部を用いることによって

その状況を思い浮かべたり

背景がわかったりすべきだという状況が望ましい

というようなことを表しているのかなと。


夏目漱石や鴎外などの文豪も行っているけれど

有名な漢文や古典、詩の一部を用いて

自分の文に深みを与えるというか。

なんていうのか忘れてしまって気持ち悪いのだけど

「本歌取り」?だったかしら・・・

そういった知識に基づくことによって

深みを増す文章や言葉になるから

ひとつのことから沢山のことを繋げるという意味。


視点を変えてみると

ただ単に、情報量としての言葉としてだけでなく

人間は感情と理性のある動物であり

日本人は直接的にものをいうことを

避けてきたという文化がある。


そういったことから省みてみると

もうひとつの考え方として

言葉以外の表情を捉えるという意味。


例えば、明るく元気に振舞っている人がいる。

もしかしたら、心の中では悲しみにあふれ

緊張の糸が切れたら

泣き出してしまうかもしれない。

だからこそ、精一杯空元気に振舞っているのかもしれない。


例えば、

向かい合って話をしている相手に

別れ話をするとする。

相手は意外とすんなりと

しょうがないわね・・・なんて

さらっといったりする。

ああ、もしかしたらこんなに構える必要はなかったのかもしれない

ちょっとほっとして

そして、なんだかそれも寂しくて

視線をテーブルの上に移す。


すると彼女の手に握られていたタバコが

微妙に震えている。

ああ、気丈な大丈夫なふりをしているけれど

本当はとっても動揺しているんだね。

精一杯強がりをしているんだね。

タバコを支えている指のふるえから

そんなことを感じ取ったり。


そんなような表現として

「目は口ほどものを言う」とか

「目で訴える」

「眉をひそめる」なんてあったり。


そういったように

目に見えている、

もしくは見せている部分だけではなくて

心の動き、感情、表情、声の高さ、体の動き

言葉以外のものを含めて

言葉という一のものだけではなくて

それ以外の9の情報を

動きを逃さないように

注意をして

知ろうとするということを

文化的に気にしていたんだろうな。


ある意味、想像の範囲であったり

自分の経験からの推測であったり

パターン化された何かであったり。

その人だけの独特な言い回しであったり。

もしくは、ある一定の地域での共通認識

暗黙の了解であることであるのかもしれないし。


言葉の受け止め方

捕らえ方って本当に面白いし

奥が深いと思う。


何を情報と考えるのか。

言葉だけを捕らえずに

表情やしぐさに表れる心の動きを捕らえようとすること。

これが人間関係のややこしい部分であり

また、興味深いところなんだろう。

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「愛」を別の言葉に置き換えたら

どんな言葉になるのか。


そんなことを知人と話した。


「許す」「認める」「包む」


すべてそれらは

「与えるということに連なるよね」

その人がいう。


与えるだけって難しい。

人間だから。

無償の愛。


相手が望まなければ

その「愛」はどこへ逝ってしまうのだろう・・・

確かにそれは溢れるほど

「ここ」にあるのに。


気づかなければ

誰が受け取るのだろう。

与えられたものに・・・・


いつの日に、気づく日があるの?

振り返れば目の前にあるものに。

心を閉ざして。

違うところをみている。


優しさの厚さを変えて

「愛の言葉」をそっと捧ぐ


サミシサガイクラカヤワラギマスヨウニ

ヒトリデクルシマナイデイイヨウニ

ココロハイツモココニアルカラ

カタチヲカエテトキヲコエテ・・・・


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お礼状

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先日いったくふ楽から
お礼状が届いた

アンケートに答えた内容に
豪快に(^O^)答えてくれている

こういう気持ちの使い方が
また行こうかなっていう気持ちに
させてくれるのだろう
荒々しいけれど
気持ちが伝わったお手紙でした♪
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人との出会い

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以前、とっても尊敬していた人が

話してくれたことで

ずっと胸に残っているものがある。


人との出会いについて。



その人は

バブル崩壊後

証券会社の営業マンをやって

その後、新聞記者になり

今は通信社でばりばり仕事をしている。(はず)



いつも、高い目標をもって

自分を追い込んで。

夢をかなえようとしていた。



いろんなことを知っていて。

たくさん、勉強をしていて。

本当に努力の人という言葉が

ぴったり当てはまる人だった。



残念ながら

色々なことがあって

今は連絡をとっていないのだけど。



彼からたくさんのことを教えてもらった。

二度と会えないかもしれないけれど

ずっと尊敬・敬愛しつづける人。



「一生にめぐり合える人って

とっても少ないんだよ。」

この言葉は、時には私の心の支えだ。



「例えば、一日に一人の人に会えるとする。

人の一生が70年と仮定して。

365日かける70年=25,550人。

でも、一日に一人新しい人に出会えることって

営業をやっていたとしても

難しいことだから。

実際には、もっと少ないよね。」



「日本の人口が1億2千万人。

そのうちの約5000分の1の人と

出会えるかどうかなんだよね。

だから、人との出会いは大事にしないと。」



人が怖くなってしまうときがある。

気持ち悪いって思うこともある。

感情が怖くなってしまうこともある。



そんなときに、彼の言葉を思い返してみて

気持ちを切り替える。

心の支えにして。

心にずんと響くコトバ

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仕事でお付き合いのある人と
お話をした。


50代前半の方で
「ああ、この人はよく人をみているのだな」と
素直に思ってしまった。


私は頭でまず考えてしまう傾向がある。
計算ということではなくて
今までの短い人生経験と
状況的要素で
瞬時に一番最悪な結果を予測してしまいがち。



そして、考えすぎて

身動きとれなくなってしまう。



「僕もそうなんだけどね」
といいながら、
私のそういう点を言い当てられてしまった。


だから、行き詰ってしまったり
抱え込みすぎて
動けないことでなおさら
落ち込んでしまったり。


とっても臆病な自分がいる。



「でもね、鬱なときって何にもしたくなくなるけど
半歩でも、何かをして進むことが大事なんだよね。


何かをしているときって、それに集中しなくちゃいけなくて
考えている暇がなくなるでしょ。


だから、半歩でいいから
動くことが大事なんだよ。


何かをやることに対してリスクは発生するけど
何もしないことにもリスクは発生するんだよね。
だったら、やって起こるリスクをとるべきだと
僕は思うんだよね。


やらなくて後悔するよりは、前に進んでいるはずだから。」



あー、ずんと心に響くコトバだなって
重いよなって思った。



恋愛に関しても
「あなたは、話をしてくれる相手があうと思う。
お互いに話をすることによって
不安定な気持ちが落ち着くタイプだよね。


できれば、10歳くらい年上の方がいいじゃない。
今の若い男の子って
実年令より精神年齢が5歳くらい若いから。

同じ歳の男の子って
あまり話しあわないんじゃないかな?」
なんてことも言われてしまった。


「今の若い子は、好きっていう気持ちが弱いように思うんだよね。
僕らの若い頃は、好きな人と会えるなら
どんなに仕事が忙しくても
寝る間を惜しんで、会いにいったんだけどね。

まっすぐ玉砕覚悟でぶつかっていくことって
大事なんだよ。
僕なんか、30年前、玉砕覚悟でぶつかればよかったって
30年間ずっと思っているんだよね。」



「それに、本気でぶつかって
それに対する相手の処理の仕方が
ひどいものだったら、
それは、男同士でもあまりいいやつじゃないんだよ。
人間的に問題があるやつなんだって。
ちゃんとしたやつは、断るにしても
誠意もって接してくれるはずだからね。」



もともと弱い涙腺がゆるんで
話をしながら、思わず泣きそうになって。
ほんと、あと一歩でおお泣きしちゃいそうだった。


仕事で、ご迷惑をかけてしまって
そのことを謝罪しにいったのだけど
なぜか人生相談じゃないけれど
人生の先輩としての
アドバイスを聞かせていただいた。


こういう大人になりたいなって
こういった暖かい気持ちに触れると思う。


色々ばたばたした一日だったけど

昨日はしあわせな一日だった。