【東村山問題入門書】矢野・朝木市議+維新政党新風+最後のパレード中村氏に関するまとめ 前編 | C.I.L.

【東村山問題入門書】矢野・朝木市議+維新政党新風+最後のパレード中村氏に関するまとめ 前編

---はじめに---

最近ネットを賑わせている東村山問題は、大きくわけて3つあります。

「草の根問題」
「維新政党新風問題」
「最後のパレード問題」

この3つは実は密接に関わっており、さらにそれぞれの当事者が横繋がりという酷い状況にあるため、今回このようなまとめ記事を作成しました。

なるべく簡潔にまとめたつもりですが、なんせ発端が1995年で、それから延々と続いている問題のため、情報量が半端ではなく、それなりに腰を据えて読んで頂かないと完全な把握は難しいかもしれません。

なお本文の後に主なソースとなるリンク集を設けてありますので、それらのサイトにも目を通していただくと、より一層ご理解いただけるかと思います。


また、この問題の中に "創価学会" という強烈な要素が入っているのですが、これについて先に申し上げておきます。

なるべく冷静に時系列立てて説明しますので……

創価が憎いという感情と、何が真実なのか見定める知性とを切り分けてください。そこを混同すると事実が捻じ曲がって見えてしまい、「アンチ創価利権」 でシノギをしている新風のようなタチの悪い連中に取り込まれます。

この点にさえ注意すれば、東村山問題がどのようなものなのか正しく理解できるはずです。


---以下本文---



<主要人物 ※敬称略>

・東村山市議会議員(会派:草の根市民クラブ)
朝木明代(故人)
そもそも東村山では名士と目されていた人物で、高齢者支援などの社会福祉活動に力を注いでいた。87年4月に市議会議員選に出馬し当選、市議会議員となる。しかし95年4月に同じ草の根市民クラブの矢野穂積と、同じく草の根所属の朝木直子(明代の娘) が議席譲渡事件(後述) を起こし、市民から強く追及されることとなる。同年7月に駅前のブティックで万引き事件(後述) を起こし、警察の捜査や議席譲渡事件での責任追及の声が高まる中、同年9月に駅前ビルから飛び降り死亡する。(明代の死因については後述)

朝木直子(東村山市議会議員、自由人権協会員、市川房枝記念会員、アムネスティ会員)
朝木明代の娘で、95年4月に東村山市議会選に出馬。母親の名声もあって初出馬で初当選を果たす。しかし同じく草の根所属として立候補した矢野穂積は次点で落選し、ここで議席譲渡事件という選挙制度を悪用した前代未聞の大問題を起こす。母親の自殺後は 「母親の遺志を継ぐ」 として、故明代の支持者層を取り込んで市議選に当選し続けている。

矢野穂積(東村山市議会議員、自由人権協会員、市川房枝記念会員、アムネスティ会員)
朝木母娘のブレーンとして暗躍していた人物で、東村山問題の最大のキーマン。直子と供に95年に議席譲渡事件を起こし、最高裁まで争った結果、市議の資格なしとして当選を取り消された過去を持つ。また何らかの記録になるんじゃないかと思うほど膨大な数の訴訟をひとりで起こし続けている。東村山市民新聞 というアジビラや、そのWEB版の管理運営者でもある。

・東村山市民
中村克
「最後のパレード」 著者で草の根の朝木・矢野の支持者。過去に東村山市長のブログのコメント欄を荒らし、閉鎖に追い込んだことがある。また東村山市議の佐藤まさたか氏のブログでも同様の荒らし行為を行っていた。また職業差別問題(後述) が取り沙汰された際には、「元風俗ライターの市議など汚らわしい!辞職しろ!」 と、薄井政美市議に対して辞職を求める請願を提出した。(請願の紹介議員は矢野・朝木)

・自称政党の右翼活動家
瀬戸弘幸
維新政党新風の副代表。2008年になって東村山問題を知ったらしく、「内部告発者からの証言があった!これは創価の陰謀だ!」 とまくし立てながら参戦。(創価陰謀説については後述)

しかし内部告発者など今に至っても現れず、最近では 「草の根のお二人と協力してます」 と、矢野・朝木の一方的な主張を信じ込んでいるだけだったという事実が発覚した。2008年9月の東村山駅前街宣で、明代が万引きしたブティックの店主を 「万引き事件のでっち上げを行った」 と煽り、感化された参加者がその無実のブティックを襲撃するという大問題を引き起こした。

西村修平
主権回復を目指す会代表。極左から極右に転向した経歴を持つ運動家。新風を除名された過去があるのだが、なぜか新風副代表の瀬戸弘幸と常に行動を共にし、日々街宣活動(ヘイトスピーチ) に精を出している。2008年9月の東村山ブティック襲撃(後述) では、この西村が先頭に立っていた。


■東村山問題 総まとめ

< 議席譲渡事件 >

95年の東村山市議会議員選挙に当選した朝木直子が、突然 「私の生活の根拠は松戸市にあります。よって市議会議員の資格がありません。当選を辞退するので、代わりに次点の矢野穂積さんを当選させてください。」 と、同じ会派の矢野穂積に強引に市議の座を譲るという前代未聞の大問題を起こした。

当然議会も、そして選挙に投票した市民も大騒ぎになり、選挙会が何度も流会するなど揉めに揉めたが、なし崩し的に矢野穂積が当選したものとして議会が始まってしまう。

これが最高裁まで争う大問題となり、97年に 「矢野穂積の繰上げ当選は無効」 という判決が下される。この際に朝木直子が 「ならそもそも当選した私が議員に!」 と主張するも、当たり前だがそれは認められず。議席譲渡事件 "自体は" これで一段落するも、これが引き金となって現在まで尾を引く様々な問題が噴出する。(東村山問題第一部スタート)



< 朝木明代万引き事件 >
議席譲渡事件で揺れる1995年6月に、朝木明代が駅前の洋品店で万引き事件を起こした。明代が店先に陳列してあった洋服を手にして持ち去ろうとし、それを店主が追い、品物は取り返したものの、明代自身はその場を立ち去った。当時の明代は市議会選にトップ当選するような人物だったため、店主は顔を知っており、また以前にも明代と思われる人物に万引きをされたことがあったため、東村山警察署に被害届けを提出した。東村山署はその後の明代らの言動(アリバイ工作や逆切れ) が悪質だとし、万引き事件としては珍しく窃盗容疑で書類送検した。

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※以下、矢野穂積らが万引き事件は洋品店店主によるでっち上げだとして、洋品店店主を訴えた裁判(矢野らが敗訴) の判決文より引用。

・判決文と判決結果

控訴人らは、本件各記事、すなわち被控訴人が確たる証拠もなく故明代を万引きの犯人扱いしたということは、主要な点において真実であると主張する。
そこで検討すると、証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

ア 被控訴人は、西武新宿線東村山駅近くのブティック「スティル」(以下「本件店舗」という。)を経営する者であるが、平成7年6月19日午後3時20分ころ、故明代が本件店舗前の陳列ハンガーからTシャツ1枚(時価1900円)をはずし、着用していたジャケットの内側に挟み込んで立ち去るのを目撃したとして、警視庁東村山警察署(以下「東村山署」という。)東村山駅前交番に万引きの被害申告をした。

イ 東村山署刑事課捜査係長は直ちに現場に赴き、被控訴人から事情を聴取したが、被控訴人の供述内容は次のようなものであった。
(ア)平成7年6月19日午後3時15分ころ、本件店舗のレジで店番をしながらショーウインドー越しに外の人通りを見ていたところ、東村山駅の方向から歩いてきた故明代が店先においてあるハンガーの展示コーナーに向かうのを見た。
(イ)前から故明代の顔を知っていたが、平成6年夏ころにも商品を万引きされたことがあったので防犯ミラーを通して同人の動きを注意深く監視していた。
(ウ)故明代は、ハンガーから黒色の衣服を取り出し、小さく折りたたんだかと思うと、すぐさま脇の下に隠し、足早にイトーヨーカ堂の方向へ立ち去ろうとした。
(エ)本件店舗を飛び出して故明代を呼び止め、万引きの事実について追及したが、同人は「盗んでいない」と犯行を否認した。
(オ)脇の下に隠された商品を確認するため、故明代に両手を挙げさせたところ、脇の下から商品の黒色の衣服が足下に落ちた。
(カ)その商品を示して故明代を追及したところ、同人は「知らないわ、盗まないわ」と言って、イトーヨーカ堂の店内に逃げ込んだ。
(キ)本件店舗にいた客と通りすがりの人に店番を頼み、東村山駅前交番に万引きの被害申告をした。

ウ 被控訴人の供述から目撃者が3名いることが判明した。それらの目撃者は「客として本件店舗にいて被控訴人と故明代のやりとりの始終を見ていた」「通りすがりに被控訴人と故明代のやりとりを見ていた」と証言した。

エ 東村山署は、故明代が窃盗を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると判断し、同年6月30日、同年7月4日及び同月12日の3回にわたり、同署において故明代の取調べをした。

オ 故明代は第2回目及び第3回目の取調べにおいて犯行を全面的に否認し、犯行のあったとされる時間には、「びっくりドンキー東村山店(以下「びっくりドンキー」という。)において控訴人矢野と一緒に食事をしていた」旨のアリバイを申し立て、その裏付けとして、同店から受け取ったというレジジャーナルの写し及び北海道拓殖銀行東村山支店のキャッシュサービス明細書を提出した上、次のとおり供述した。
(ア)犯行のあったとされる日は、午前11時7分まで市議会建設水道委員会に出席し、午後零時過ぎまで総務委員会を傍聴し、午後2時ころまで控訴人矢野と共に東村山市役所内の草の根市民クラブの議員控え室において次回本会議の一般質問の準備をした。
(イ)その後、食事のため控訴人矢野と共に「びっくりドンキー」に向かったが、その途中、東村山駅前にある北海道拓殖銀行東村山支店に立ち寄り、東村山市民新聞の折り込み料を振り込んだ。その時に受け取ったキャッシュサービス明細書には、午後2時12分と記載されている。
(ウ)午後2時30分ころ「びっくりドンキー」に着き、当日のランチのセットを注文した。同店にはその後コーヒーを飲みながら1時間近くいて、控訴人矢野と別々に代金を支払った。レジジャーナルの写しには、時間が「15:21」と印字されているから、店を出たのは午後3時21分過ぎになる。

カ 東村山署は、故明代のアリバイについて裏付け捜査を行ったところ、故明代の供述のとおり、平成7年6月19日午前10時28分から午前11時7分まで市議会建設水道委員会が開催され、午前10時56分から午後零時1分まで総務委員会が開催されたこと、北海道拓殖銀行東村山市店のキャッシュコーナーに設置されている監視カメラの映像を調べた結果、同日午後2時9分19秒から午後2時12分57秒までの間に、キャッシュディスペンサーを利用している故明代の姿が映っていることを確認した。この時の故明代の服装は、パンツスーツに襟がチャイナカラーのブラウスで、黒っぽい手提げバッグを肩からかけており、被控訴人から聴取していた被疑者の特徴と一致していた。

キ 東村山署が「びっくりドンキー」の店長から事情を聴取したところ、次の事実が判明した。
(ア)同年6月30日の夜、年配の女性から電話で「6月19日午後3時ころ、同店でランチとコーヒーを2人分注文したが、レシートの写しが欲しい」と依頼され、翌日札幌の本社からファクシミリでレジジャーナルを取り寄せ、同年7月2日の深夜に来店した男女4人連れのうちの年齢40歳から50歳位の女性に渡した。
(イ)上記電話の際、年配の女性に当日のランチの種類と座ったテーブルについて尋ねたが、ランチについては「たぶん日替わりです」などと曖昧に答え、座ったテーブルの位置については何も答えず、「とにかくレシートの写しが欲しい」と言っていた。
(ウ)レジジャーナルと伝票の記載内容を確認したところ、当該客の座った場所は17番テーブルで、平成7年6月19日午後1時29分に日替わりランチを注文し、もう一人の客が同席した後、日替わりランチの注文が取り消され、レギュラーランチ2つとコーヒーが注文されている。
(エ)接客したアルバイト店員の記憶によると、17番テーブルには最初に45歳から50歳の女性が座り、日替わりランチの注文を受けたが品切れであることが分かり、すぐにその旨を伝えに行った。同テーブルにはもう一人の同年配の女性が座っていたので、2人に対し日替わりランチが終わった旨伝えると、2人ともレギュラーランチとコーヒーを注文した。
(オ)2人連れの女性客は、同日午後1時29分ころから午後3時21分ころまでの間、同店にいた。

ク 東村山署は平成7年7月12日、故明代の提出した上記レジジャーナルの写しは、同年6月19日午後2時30分ころから午後3時21分ころまでの間、「びっくりドンキー」において控訴人矢野と一緒に食事をしていた旨のアリバイを証明するものではないと判断し、故明代を窃盗罪の被疑者として東京地方検察庁八王子支部に送検した。

※明代・矢野によるアリバイの捏造と、捜査によってそれが崩れ、東村山署が悪質と看做して送検するまでの経緯がまとめられている。
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< 明代の転落死(自殺) >
明代は数々のアリバイ工作や、万引き被害者であるブティック店主へのお礼参りといった言動が悪質と看做され、窃盗容疑で書類送検された。さらに議席譲渡事件もこの段階では全く解決しておらず、日増しに草の根に対する追求の声が強くなるばかりという状況にあった。

そんな最中の95年9月1日に、明代は駅前のビルの踊り場から手すりを乗り越えて飛び降り自殺した。



< 矢野穂積によるデマの流布 >
この明代の死を受け、矢野穂積は明代の死について捜査を進めたい東村山署に対し、なぜか非協力的な姿勢を取る。その一方で 「全ては創価学会による陰謀だ!万引きはでっち上げで明代は創価に暗殺された!」 と各メディアを使って散々に喚き散らし、まるで捜査かく乱が目的かのような不可解な言動を繰り返した。(ソース=当時の捜査責任者への取材)

こうした矢野の言葉をマスコミやアンチ創価層が信じ込み、今の今に至るまで続いている 「創価に殺された東村山市議」 というデマが形作られることとなった。

しかしこの時に矢野が主張した 「創価の陰謀」 および 「朝木明代の死因は他殺」 という説は、後の数多くの裁判でことごとく否定され、矢野穂積自身が賠償金を支払わされたり、自身の発行するアジビラに謝罪文を掲載させられたりと完敗を喫している。

また朝木明代の死因について触れられている判決の殆どで 「朝木明代は自殺したと考えるのが妥当である」 との見解が示されており、今では矢野穂積自身も 「朝木明代は創価に殺された」 とは言えない状況になっている。(今現在の東村山市民新聞 を読むと、創価が殺したとは一言も書いていないのが証拠)

個人の感情を抜きにして冷静に考えないといけない部分はここで、デマを根拠に創価を叩いても、結果として創価を利することにしかならないという点をご理解いただきたい。

『どうして創価を利することにしかならないのか?』
・アンチ創価層が朝木明代は創価に殺されたと騒ぐ
→創価寄りの人間が東村山問題の各判決文を持ち出してあっさり論破する
→創価を叩く人間の方がおかしいという風潮が生まれる
→創価の悪事を暴いたとしても 「どうせまた東村山のアレと同じだろ?」 と思われる
→本気で創価を追及しようとしている人間にとって凄く迷惑
答え:だからデマを根拠にしちゃいけません(叩くなら事実だけを提示して攻撃すべき)

※参考資料=東村山問題裁判年表 (主要判決文と裁判背景などのまとめ)



< 1995年問題 >

以下、95年に立て続けに起きた 【議席譲渡事件・万引き事件・明代の転落死】 と、それがなぜ未だに尾を引くことになったかについて、議席譲渡事件を追い続けて来たジャーナリスト・宇留嶋氏のブログ より引用する。

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万引き被害者威迫事件 第1回

平成7年9月1日に発生した朝木明代の転落死を自殺とみる最大の根拠は、同年6月19日に東村山市内のブティックで万引きをし、同年7月12日、警視庁東村山署が明代を窃盗容疑で書類送検していたという事実である。東村山署が万引きという一般には軽微な犯罪で書類送検に踏み切ったのは、明代が矢野穂積(現東村山市議)と共謀してアリバイ工作を企てたこと(アリバイ工作の詳細とそれが崩された経過については拙著『民主主義汚染』参照)に加え、矢野と明代が万引き被害者であるブティック店主に対して執拗なお礼参りを繰り返していたからだった。

 刑法上、アリバイ工作は「証拠隠滅罪」、この場合のお礼参りは「証人威迫罪」に該当する。当時、とりわけ東村山署は被害者に対するお礼参りを重視し、証人威迫罪での立件も視野に入れた。つまりこの時点で、万引き事件とは別の新たな事件が発生しており、今度は矢野も明らかな事件の当事者として認識されていたということになる。しかし上層部との協議の末、最終的に一連の犯罪行為の原点である窃盗罪のみでの立件という結論に至った。この結果、東村山市議という公人の立場にありながら、積極的にアリバイ工作とお礼参りを共謀した矢野穂積はすれすれのところで立件を免れたのである。

 その一方、明代が転落死を遂げたあともなお、矢野は明代の万引きを否認し続けた。明代の万引きの事実を認めれば、自分自身が関与したアリバイ工作と被害者に対する脅しの事実も認めることになる。矢野としては、明代の名誉のためではなくむしろ自分自身の市議会議員としての地位を守るために明代の万引きを否定しなければならなかったのである。もちろん朝木直子自身もいうように、「万引きと自殺は表裏の関係にある」。矢野と朝木にとって、明代の自殺の事実を認めることはただちに万引きの事実も認めることになる。彼らが今も明代の自殺を否定し続けているのは万引きの事実を認めるわけにはいかないからであり、さらに明代が書類送検される原因となったアリバイ工作と被害者に対する威迫行為に矢野が当事者として関与していた事実を隠蔽するためにほかならない。

 被害者に対する矢野と明代の動きは早かった。矢野と明代が被害者の店に最初に現れたのは、明代が初めて万引き容疑で任意の取り調べに呼ばれた平成7年6月30日。通常、身に覚えのない人間が被害届を提出されれば、その内容について細かく聞くだろう。議会では税金の使途について、内容はともかく、とにかく厳しく追及することで有名な2期連続のトップ当選議員ならなおさらのことである。しかし不思議なことに、明代は被害届の内容について質問することもなかった。明代はただ「創価学会の陰謀です」などと大声で犯行を否認すると、「多忙」を理由にわずか30分で取調室を出て行った。「多忙」であるはずの明代と矢野が被害者の店に現れたのはその日の午後5時20分ごろ。明代が取調室を出てからわずか1時間後のことだった。

 万引き被害者に対する威迫の事実について矢野は現在も否認を続けている。しかし、これまでに確認された状況の中に、矢野の主張を裏付けるものはただの1つも出てきていない。

(以下第29回まで続く )
↑東村山問題の根幹に関わる話なので、興味のある方はぜひ最後までお読みください

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『95年問題の超簡潔なまとめ』

矢野穂積には人気も人望もない。
→よって政治家として延命するには、支持者の多い "朝木" という名前にすがるしかない。
→だから死んで伝説となってくれた朝木明代の名前を汚すわけにいかない。
→従って万引き事件はでっち上げだと言い張り、全て創価の陰謀とデマを垂れ流し、矢野穂積と朝木直子は創価と戦い殺された朝木明代の遺志を継ぐ正義の人だと、嘘を嘘で塗り固め続けねばならない。

早い話が、全ては矢野穂積という人間の保身から始まったことなのである。



< 95年問題の時系列 >

1995年
4月23日 東村山市議会選
4月24日 朝木明代氏・朝木直子氏が当選(矢野穂積氏次点で落選)
4月26日 朝木直子氏が松戸市への転居届けを出し議席譲渡事件が発生
4月28日 第1回選挙会流会
5月09日 朝木直子氏が松戸市内で転居届け
5月11日 第2回選挙会流会
5月21日 第3回選挙会、選挙管理委員会の決定により矢野穂積氏が繰上げ当選
5月29日 朝木直子氏再び松戸市内で転居届け
6月19日 朝木明代市議による万引き事件発生
7月12日 東村山署、朝木明代市議を窃盗容疑で送検
9月01日 朝木明代市議が自殺
11月25日 矢野・朝木 "幸福の科学集会" に参加

1997年
8月25日 最高裁にて矢野穂積氏の繰り上げ当選無効という判決が下される
8月29日 市選管が矢野穂積氏の当選無効を告示
9月02日 選挙会 「朝木直子氏の議席取得を認めず」 を決定



< 東村山を覆う訴訟地獄 >
C.I.L(Charismatic Itabashi Lover)
C.I.L(Charismatic Itabashi Lover)
C.I.L(Charismatic Itabashi Lover)
※画像が小さくて読み取れない場合は下記を参照
(1)東村山市 訴訟への対応に苦慮 「草の根」会派が70件の裁判
(2)市は専門部署を設置/草の根会派のこれまで 波瀾万丈の24年
(3)2,400万円に上る市の負担一覧

これは矢野穂積が東村山市に対して起こした訴訟と、そのお陰で東村山市が負担するハメになった訴訟費用などをまとめた新聞記事。詳細はなんとか拡大して読んでいただくとして、数字だけ申し上げておくと、東村山市は2008年までに、対矢野穂積裁判のためだけに2,400万円もの税金を使わされている。

矢野穂積という人間は、議会で充分に解決できるであろう内容であっても、少しでも気に入らないと思えば何でもかんでも "訴訟" という手段に訴えるのだ。しかも棄却・却下・取り下げのオンパレードで、本当に勝つ気があって訴訟を乱発しているのかどうかも不明。さらに自分自身で訴状を書くことが多いため、普通の人間に比べたらあまり裁判費用がからない。それが矢野穂積がこれだけひっきりなしに裁判を起こせる最大のポイントである。

こういう事実だけを並べると、単に 「訴訟を振りかざして脅かしたいだけちゃうんか?」 と勘ぐりたくなる。そもそもこういった諸問題を議会で議論して解決していくのが、本来の市議の仕事なのではないだろうか?それを市議として政治に携わるより先に法廷に頼るというのでは、市議が存在する意味がない。東村山はクレイマー紛いの市民運動家が動かしているのか?という話になってしまう。

また、この "矢野の特殊な性格" は東村山市に対してだけはなく、一般市民にも向けられる。先にも書いたが、矢野は自身の市議としての立場を守るため、何としても 「創価の陰謀渦巻く東村山市」 ということにして、"創価と戦う草の根" を演出する必要があった。

そうしなければ議席譲渡事件から続く自身が携わってきた悪事の数々だけが晒され、そもそも人気のない矢野は政治家として食べて行けなくなるからである。


そのため明代がビルから落ちた時に駆けつけた救急隊員を訴えてみたり、創価工作員だと言い掛かりをつけて見ず知らずの当時16歳の少年を訴えて延々と裁判に付き合わせてみたり、一連の捜査にあたった東村山署の人間を訴えてみたりと、手当たり次第に意味のわからない訴訟を連発し、まともな根拠がないのだからその殆どに敗訴している。ハッキリ言って矢野穂積がこれまでに起こした訴訟の数はあまりに膨大すぎて把握しきれない。(恐らく3桁近いはず)

だが異常とも思える矢野の作戦は一時期までは大成功だった。このように何でもかんでも創価だ陰謀だとわめき散らしながら裁判を連発することによって、事情をよく知らない人間が 「東村山で何か起こっているらしい、創価が関係しているらしい」 と壮絶な勘違いをする土壌が生まれてしまったのだ。そうするとアンチ創価層からすれば矢野穂積というのは創価と戦う "救国の英雄" に見えなくもない。実際はわが身可愛さにデマを撒き散らしているだけなのに、誰もが創価憎さの感情が大きすぎて盲目になり、情報に対する冷静な判断ができず、一般人はおろかマスコミさえも矢野穂積の手の上で踊らされるハメに陥ったのだ。

※参考リンク 矢野穂積が関係する主な裁判

つまりは矢野穂積とはそういう人間であり、後に登場する最後のパレードの中村氏に対する世間の印象と瓜二つ、というかこっちがそもそも本家本元なのである。



< 職業差別問題 >
矢野穂積は選挙の度に辛うじて最下位当選するといったギリギリの線にいる。そのため、常に落選の危険と背中合わせである。この前提を踏まえた上でこの職業差別問題を見て欲しい。

2007年の東村山市議会議員選挙で、内外タイムスや風俗誌などを発行していた出版社に勤めていた薄井政美氏が初出馬・初当選した。薄井氏は自身の前職を明らかにした上で選挙に臨み、そして当選を果たしたのだが、待ち構えていたのは矢野穂積・朝木直子ら "草の根" だった。

「薄井は元風俗ライターだ!汚らわしい!市議の資格なし!」

草の根は選挙結果が出た直後から自身の発行するアジビラ(東村山市民新聞) でこうした主張を繰り返し、さらには 「薄井政美を辞職させろ!」 という内容の書面を東村山市に対して提出した。

こうして薄井政美市議は草の根から職業差別感情丸出しの嫌がらせや中傷を受け続けることとなる。(草の根の2人はアムネスティ会員……)

だが、これに対して薄井市議の前職時代の友人・知人や、騒ぎを聞きつけた知識人らが "応援団" として結集し、「職業差別を許さない!」 と反撃を開始した ことから、各マスコミや東村山とは無関係な人々をも巻き込んだ大騒動に発展してしまう。(発端の95年から実に12年も経って東村山問題第二部が開幕)


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※以下 「職業差別を許しません!」 の抗議文(一部読み辛い箇所を修正)

「東村山市民新聞」における薄井政美・東村山市議会議員に対する誹謗中傷と、朝木直子・同議員による薄井議員の辞職勧告申出書の内容についての抗議文

風俗に対する偏見はまだまだ根強いものがありますが、私たちは風俗や風俗に関わる仕事をしている人たちが、「風俗」を理由に差別されるのはおかしいと考えています。それゆえ、先の統一地方選挙で東村山市議会議員に当選した薄井政美議員が、過去の職歴・元マンゾクニュース記者を理由に、差別や誹謗中傷を受けていることに強く抗議し、すぐに差別を止めるよう要求します。

薄井議員は東村山市議になる前まで、風俗情報誌であるマンゾクニュースで記者として働いていました。そのことについて、「東村山市民新聞」(http://www.geocities.jp/higashimurayamasiminsinbun/index.html ) 発行人の矢野穂積氏は、薄井議員がしていた風俗情報誌の仕事をセクハラ同様に位置づけ、それを理由に薄井議員の辞職を要求。風俗についてもまた、セクハラ類似行為を売り物にしているから消滅すべきだと言っています。(http://www.geocities.jp/higashimurayamasiminsinbun/page027.html )

また、同新聞の編集長である東村山市議の朝木直子議員は5月25日、市長あてに、薄井市議の辞職勧告措置を求める文書を提出しました。(http://www.geocities.jp/higashimurayamasiminsinbun/page038.html

矢野議員、朝木議員による一連のこうした言動は、風俗や風俗に関わる仕事をしている人々を貶めるものです。風俗関連で働く人たちはセクハラを売り物にしていませんし、セクハラを許していません。それに何がセクハラ行為にあたるかは、矢野議員が勝手に決めて判断することではありません。

朝木議員は、インターネット上で自ら探し出した過去の薄井議員のマンゾクニュース記者時代の動画について、朝木議員自身に対するセクハラだと言いますが、薄井議員が朝木議員に向けて情報発信したものではなく、風俗情報を知りたいと思う視聴者が自主的、主体的にアクセスして得られる情報なので、それを知りたくないと思う公衆に向けたものではありませんし、朝木議員が自分に対するセクハラだという論理はおかしいと思います。

また、風俗に関連する仕事をしていた人が政治家になる資格がないというのは、職業差別であり、人権侵害です。私たちはむしろ、過去に風俗で働いていた人たちや風俗に関わる仕事をしていた人でも政治家になれる道やチャンスをつくっていくことが大事なのではないでしょうか。風俗の当事者や現場というのは、まだまだ支援や社会保障の行き届いていない領域です。そこから社会の問題、政治の問題へと発展させていく人がいなければ、風俗で起こる不幸を止めようとする人はないに等しいのです。

そういう意味では、これまで薄井議員は記者として現場の声をメディアで伝える努力をしてきてくれた数少ない理解者なのです。薄井議員の記者としての仕事は、ただ風俗情報を伝えるだけではありませんでした。薄井議員は、内外タイムスでの連載や、マンゾクニュースの記事、市民集会などを通じて、人々に、HIV/STD予防、客のマナーについての呼びかけや、風俗嬢の人権問題(ストーカー被害や店の問題)、法的・社会的支援体制の必要性について訴え、風俗嬢の実態調査でもボランティアで協力してくれるなど、風俗で働いている女性たちの安全と健康、人権について、言葉だけでなく、労力を惜しまず動いてきてくれた人なのです。

こうした薄井議員のこれまでの貢献は、風俗のユーザーだけでなく、私たちの風俗嬢の労働環境改善と人権問題への取り組みに一石を投じただけでなく、多くの風俗嬢の女性たちにエンパワメントをもたらしてくれました。

矢野議員と朝木議員は、薄井議員の職歴と仕事の一面だけを取り上げて、セクハラで男女共同参画社会を阻害すると言っていますが、それによって、風俗嬢の社会進出や、政治進出が阻害されることについては全く問題意識がないと言わざるを得ませんし、薄井議員が風俗で働く女性たちの抱える問題にどう取り組んできた人なのかを全く知らずに批判しています。

薄井議員は職歴についてブログで包み隠さずプロフィールをオープンにして当選しました。風俗情報誌を出す出版社で働いていたからといって議員を辞職しろというのは、職業差別以外の何ものでもありません。

矢野議員と朝木議員の、薄井議員に対する言動によって、薄井議員だけでなく、風俗に関わる仕事をしている人たちや、性にまつわる仕事をしている人たちが怒り、傷つき、嫌な思いをしました。もうこれ以上、風俗を差別する言動を続けるのは止めてください。そして、東村山市長へ提出した薄井議員の辞職勧告申出書を取り下げてください。薄井議員の誹謗中傷活動をする時間があったら、もっと他の重要な課題に取り組んでもらいたいです。それが有権者や市民に対する役割と責任ではないでしょうか。

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< 中村克氏と草の根の共闘 >
草の根の提出した 「薄井を辞めさせろ!」 という書面は特に大きく取り上げられることもなかったのだが、問題はこの後である。草の根の書面と殆ど同じ内容の請願書を書き、草の根の2名を紹介議員とし、東村山市に提出した市民がいたのだ。

それが 「最後のパレード」 の著者であり、盗作疑惑の渦中にいる中村克氏(草の根支持者) である。

中村氏は東村山4丁目や、kodomotachinomirai(子供たちの未来) といった何種類かのHNを使い、主に東村山市議らのブログのコメント欄に出没しては、「自分の言いたいことだけ言う」 「他人の発言など一切聞かない」 「何か困ったら被害者アピール」 「反論されても話題をすり替えて以下ループ」 と、荒らし行為とも受け取れる書き込みを繰り返した。特に市長のブログに粘着した際は、結果として閉鎖に追い込む形となってしまった。

この中村氏の請願は後に不採択とされ、また東村山市も 「薄井市議には何らやましい点がない」 と公式見解を示し、薄井市議はやっとのことで汚名(というか言い掛かり) を晴らすことができたのだが、これらが一段落したのは2007年の12月末だった。薄井市議は4月の当選から8ヶ月もの間、この草の根の嫌がらせに振り回されていたことになる。(ちなみに草の根による中傷は今も継続中)

※参考リンク
・薄井市議への辞職請願が不採択に
・薄井市議に対する疑いが全て晴れました

薄井市議への職業差別請願問題が一段落し、東村山問題から去って行く人間が出始める中、2008年になって誰もが想像し得なかった事態に発展する。


- 以下中編へ続く -

・前編
・中編
・後編
・番外編



■超重要なソース集
「東村山問題」 および 「エセ保守・新風問題」 に興味のある方は流し読みでいいから目を通すと吉。むしろ話があっちこっちにとっ散らかってて、読んでおかないと状況が理解できません。


・朝木市議万引き事件・転落死事件 まとめWiki
P2C氏 が涙目になりながらまとめて下さってるwiki
・最後のパレード盗作疑惑まとめwiki
新たな東村山問題として脚光を浴びている "ディズニー本盗作疑惑" に関するwiki

・創価陰謀説派(朝木明代他殺説)
せと弘幸
西村修平(主権回復を目指す会)
黒田大輔
※新風連ヲチスレ テンプレまとめ
東村山市民新聞
矢野穂積wiki
以上自称右派とエセ人権派市議の強烈タッグ。


・陰謀説否定派(朝木明代自殺説)
宇留嶋氏ブログ
議席譲渡事件の当時から矢野穂積らを追い続けているジャーナリスト。矢野穂積らが何をして来たかについては、この人が日本で一番詳しい。
松沢呉一氏ブログ
豊富なキャリアと知識から多角的に矢野穂積らの問題点を指摘している。
三羽の雀氏ブログ

情報処理能力が高いのか、矢野穂積の膨大な裁判量とその判決文を的確に引っ張り出してくる人。
薄井政美市議のブログ

矢野穂積や朝木直子に散々いやがらせを受けている東村山市議。
佐藤まさたか市議のブログ

薄井市議と同様に矢野穂積に散々嫌がらせをされ続けて来た東村山市議。
現在矢野穂積を訴えた訴状なども公開中。


■事の経緯と一次ソース(判決文まとめ) など
当ブログの東村山問題過去ログ
初心者用まとめ
主要裁判の経緯・論点・判決結果
主要判決文とその論点と各裁判所の判断 その1
主要判決文とその論点と各裁判所の判断 その2
※協力者が時系列ごとに個別URLを作ってくださいました(外部ブログ)


■注目ブログ
・或る浪人の手記
・ミハルちっく
・凪論
・Mauii.jp
・孫と東村山Rhapsody
・橋本玉泉氏
・柳原滋雄氏
・瀬戸先生!グーの根も出ません!
・ワールドワイドウェブ的左顧右眄
・Autocrat Watcher
・めくるめく集団ストーカー被害者の世界にようこそ(本家wiki)
めくるめく集団ストーカー被害者の世界にようこそ(ブログ)
日護会(笑)
くしくしこねこね
XENON氏
清風匝地
・小さな正義を信じて
・小さな正義を信じて(出張所)
・デブちんのデータ工房
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