ジャーナリストの良心 篠原隆史氏の仕事
テーマ:言論圧殺管見ながら、筆者が「ジャーナリストとは何か」と問われたら、即座に答える。「調査報道を行う者」と。
すなわち、ジャーナリストとは、取材によって現実に発生している状況や現象、つまり事実をまず的確かつ具体的に把握し、その全容および詳細について可能な限り報道する仕事に携わる者であると。
今回の震災ほど、わが国のメディアの正体が浮き彫りになり、かつジャーナリズムの質が問われた時はないのではあるまいか。多くの国民がその生活基盤の多くを依存し、高い公共性を有して重い社会的な責任を持つはずの東京電力が、実は各方面で杜撰としかいえない対応しかしていないことが明らかとなり、行政もリスクマネジメントに満足に対応できない実態が明らかとなった。そして、そうした状況を、大メディアはそれまでも報道しなかったし、今回のような未曾有の大災害が起きたというのに、その体質や姿勢は何一つ変化していない。
こうした状況で、良心と良識に基づいた、精緻にして意義のある仕事を続けているジャーナリストの一人が、篠原隆史氏である。
しかし、篠原氏の仕事を、我々は大新聞や有名雑誌などの大手メディアで見かけることはない。テレビ番組で篠原氏を見かけることはない。
その理由は、篠原氏が追及しているテーマがトヨタ自動車の経営体質に深く関わる問題だからである。
メディア関係者や心あるライターなら誰でも知っていることだが、トヨタのようなメディアの大量の広告を出稿している、すなわち多額の広告費を支払っている企業については、どんなメディアも報じることはない。東京電力もまた同様である。たとえ社会的な問題が少なくない企業について、大新聞もテレビ局も同じ対応だ。かつて消費者金融の武富士に対しても、盗聴事件などが明らかとなってようやく新聞等が報じるようになったが、それまではどんなに具体的な事件が起きようと、死者が出ようとも新聞もテレビも週刊誌も、武富士関連の事件をほとんど報道しなかった。
このような大メディアの体質を筆者は以前から「看板屋稼業」と揶揄している。かつて暗躍した、そして大メディアがさんざん叩いた総会屋とどう違うのかと。
トヨタに関しても、メディアがその問題点を指摘することは極めて稀だ。トヨタ社は億単位の高額な広告費でメディアを黙らせ、心ある書き手の取材には恫喝その他の妨害を惜しまない。
しかし、日本の自動車産業のトップであるばかりか、国際的にもその名と製品が広く知られた「世界のトヨタ」に対して、『優良な一流企業』であると信じている国民は非常に多い。トヨタ社に非常に深刻かつ重大な問題があるなどとは、夢にも思っていない庶民がほとんどだろう。
しかし、篠原氏の文章を読むと、その「優良企業トヨタ」というイメージを変更せざるを得なくなるだろう。
その篠原氏の文章は、現在、一部の雑誌を除いては同氏のツイッター http://twitter.com/#!/gyokaigamieru でしか読むことができない。こういうところに、現代日本のジャーナリズムの問題点も現れている。優れたジャーナリストが、収入にもならないツイッターでつぶやくことしかできない。それでも、ツイートを続ける意味を、筆者はただ畏敬をもって受け取るのみである。
この篠原氏のツイッターだが、わずか140字のコラムとは思えないほど、具体的で臨場感のある文章でつづられている。その点でも、篠原氏の実力と意気込みを感じざるを得ない。





































