【転記】自由と権利・義務と権利 | 矯正知力〇.六

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メモ的ブログ

以下、mixiの猫王さんの日記より転記。

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『権利について 憲法もちょっとだけ』

権利ってのは、そもそもあやふやな言葉なわけだが
自由が伴っていないと、近代的(人権的)な権利は成立しないよね

お前には働く権利がある
そう言われた場合、シベリア送りの強制労働だって
働く権利を保障したことになるでしょ

職業選択の自由があってこそ
はじめて、働く権利は、近代的な権利となるんだよね


要はね、近代的な権利ってのは、自由のことなんだよね
憲法だって、みんなの自由を最大限に守るために
国家権力を縛るために設けられている

それが社会の設計図となっている

だけど、今の民主憲法ができる前は
主権在民ではなかったわけだ
それを、血を流しながら今のように変えてきたわけだ

王様などの主権者がいて
社会の成員には主権がなく、今でいう人権が制限されていたわけ
例えば封建時代は、農民を土地に縛り付けて
搾取することで成り立っていた社会だ

その時代の法には、農民に職業選択の自由なんてないよね
民主憲法は、これに変わるものだから
前の時代で縛られていた項目について
あえて、これは当然の権利ですよと、明記してあるんだよね

【転記】+法原理の解説~天賦人権論の必然性、理論的根拠+


民主憲法って、本来なら
他人に迷惑かけない範囲で、みんな自由ですよ
それを国家権力は縛ることは出来ませんよ
本質的には、それだけ書いていればいいだけの話だよね
もちろん、実際にはそれだけじゃダメだけどね

前の時代との違いをハッキリさせるために
わざわざ憲法の条文に、権利を明記してある
んだけど
この事から、今日の権利への誤解が生じているんじゃないかと
ふと、金星がみれなくてガックリしているときに、思いついた


人権を主張するなら義務を果たせだ?
お前、小学校の社会科の教科書からやり直してこいYO!
人権と義務は、対概念じゃねえYO!


憲法についての解説→【転記】定住外国人の地方参政権なんて当たり前 憲法とは何か


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【転記】共産党以外に投票する政党がないんだが?

【転記】罪とは何か? 格差社会と改憲
【転記】自殺や貧困は政財界による人災
【転記】財界が格差政策を進める理由

憲法を、ちゃんと社会科学的に捉えようとした法学者は
鈴木安蔵とその弟子の金子勝(経済学者とは別の人)くらいかも知れない~
まあ、他にもいるだろうけど


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『喫煙権、及び人権と人権は対立するかという話について』

◆喫煙の自由

まず、喫煙権じゃなくて
「喫煙の自由」だね

で!
これは文字通り、喫煙するのは自由ジャン・レノ!
って事だよね


◆健康であることの権利

嫌煙権とは、これのことだね

健康でも、その延長線上の命でもいいんだけど
当然、それが脅かされてはいけないわけだ
当たり前のことだねん


◆嫌煙権を、他の話で例えると

暴力を、他人に振るう自由や権利なんてないよね
そして暴力から守られる権利が、当然あるよね


◆喫煙の自由と、嫌煙権の論争

これは、上述した二つが対立しているってこと
喫煙の自由と、健康や命が守られる権利が衝突している

何をするにも、まず人間は自由であるべきなんだけど
人間は社会的動物だから
他人と共存して生きている

自由だといって、他人の人権を侵害するほどのものは
認められない
当然、自由は制限されることになる

タバコの煙は、喫煙している本人だけじゃなく
周りの人の健康も害する
だから、喫煙の自由は制限されなきゃいけない

そうやって制限された中で
誰にも迷惑を掛けない範囲で、喫煙の自由が担保され
喫煙の自由は、「喫煙権」となるわけだ


■以下余談

法学は、自由と自由権の区別
人権と権利の区別
自由がどうやって自由権となるのか
そういったものを、曖昧にしていると思うな


■人権と人権は衝突しない

権利と権利は衝突することがあるかも知れないけどね
(義務は権利の対義語かも知れないが、人権は義務の対義語じゃない)

これには、ほぼ全ての多くの法学徒が意を唱えるかも知れないし
恐らく、どの人権のテキストにも載ってないと思うが
自説が正しいと思っている
なぜそう思うのかを、以下に綴っていきます

※法学において諸説あるけど、権利の明確な定義はないみたいだね


◆それぞれの言葉の意味

人権は海の向こうからやってきた概念だが
その大元ではなんという?
「human rights」だよね

「right」の意味は、「正しい」だよね

他人の人権を侵害する行為は、正しくないよね

人権とは、自由について、あれやこれや鑑みて
許容されたもの
だよね

人権の別の訳は、「civil liberties」だよね
「市民の自由」だよ

この「市民」は、社会を前提とした言葉
ここでは、社会そのものと受け取っていい

「市民の自由」という場合の自由は
当然、社会が認知している自由のこと
(人を殺す自由は、「市民の自由」じゃないからね)

この、「社会の認知」というのは
他人の人権を侵害しないという意味に他ならないデスラー総統


◆right≠civil liberties 

「right」の訳は、「正しい」という意味や使い方と区別されて
「権利」という意味もある
このことから、人権概念が輸入されたときに
人権と権利を、最初の学者たちが
混同しちゃったんじゃない?

「human rights」と「right」が=じゃないことは明らかだし
(義務は権利の対義語かも知れないが、人権は義務の対義語じゃない)

「human rights=civil liberties」であっても
「right=civil liberties」じゃないよね


この議論においては、法学は「human rights」と「right」を混同している

くどいようで、でも大事なので何べんも云うが
権利の対義語は義務かも知れないが
義務は人権の対義語じゃない
よね


◆人権と人権が対立するんじゃなくて...

「自由と自由」や、「自由と人権」
もしくはそこに権利も絡んで対立する


これらが対立することは
喫煙権と嫌煙権の話で述べたように
実際にあるわけだが
その結果、その問題における人権が
具体的に定まってくる
んだな
喫煙の自由が制限されて、喫煙権が定まるということ)

これがさ
法学が、「人権と人権が衝突したら・・・」
なんてやってるけどさ

それはあくまでも
概念の理解、学習の方便としてやってるにすぎないはずでしょ
なぜか、その論理立てが
法学の中で、社会的合意として、正しい事として通っているんだよね

※喫煙権が法的な推論を超えて、本当に正しいかどうかは
健康への被害を考慮すると
まだまだ、考えていかないといけない


◆人権の制限

人権が制限される場合は、社会の再生産の観点からみて
よほどの強い根拠が必要

再生産を大きく阻害するとなって
はじめて、人権は制限できる

実際にさ、刑法によって人権は制限されるじゃん
そういうのを見て、人権と人権は衝突することがあるなんて
安易に思っちゃうんじゃない
自由と人権や、権利と人権の区別を混同したまま


◆さいごに

単純に、俺がどこに住んでもいいっていうのは
それはまず、ただの自由なんだよ

自由だからといって
本人のことわりもなく勝手に
アンジェリーナ・ジョリーの家に住んでいい訳ないだろ

それを実行したら、アンジーの人権を侵害しちゃうことになる
人権侵害しない範囲での自由が、「居住移転の自由」として
自由権となる
わけだ

自由から、自由権へと発展(昇華)するわけ

俺の「居住移転の自由」と、アンジーの人権が
衝突するんじゃなくて!
俺の自由と、アンジーの人権が衝突するわけだ


●ここで終わるなら、法学と同じでただの言葉遊びにすぎないわけだ●

法学のいう「人権と人権の衝突」は
推論、弁論術、修辞学、社会的合意の粋にとどまるわけだ

なぜかというと
実存する客体を、根拠に持ってないから

法学の定説(?)に対して
「人権と人権は衝突しない」という私の主張の方が
正しいと云うのはさ
ちゃんと実存する客体を根拠として持っているので
推論の正しさを、確かめることが出来るから

これを解りやすく例えると
法学は仮説でとどまっているけれど
私は、仮説を正しいとするための
前提となっている根拠を、ちゃんと持っているということ

私がよく云ってることだけど
「人権の必然性」すら、きょうびの法学は語れないだろ
本来なら語れるんだけどね
昔の法学者や社会科学者は、私と同じ方法論でもって
人権の必然性を導いているから

→【転記】法解釈の複数性と実践性
法は科学的実在とリンクさせることで正しく基準を設けることができる


■簡単に、私の云う「根拠」について、説明して行こうジャマイカ

順番に説明して行こうネ!

◆人権は、民主主義社会の属性

辞書引こうか
ぞく‐せい【属性】
1 ある事物に属する性質・特徴。「ゴムの―である弾力性」
2 哲学で、事物が本来具有する根本的性質。それなしには実体が考えられないような本質的な性質。

基盤とか土台と捉えてもイイデス・ハンソン

民主主義社会は、人権を守ることによって運営されているよね
これは、云うまでもないことだよね
字数の関係もあるし、分からない方は
憲法の初学者向けテキストでも読んでください

※お勧めのテキスト
『憲法読本』 杉原泰雄 岩波ジュニア新書
これには、p159の後ろから4行目以降に、こう書いてある

「それ(人権)を保障することこそが政治の目的」

【転記】政治とは何か?~企業献金はなぜダメなのか?


◆社会は継続(再生産)しなければいけない

全ての社会問題を考察するときは
「社会の継続(再生産)という観点から、取り組まなければならない

ある問題が起こったときに、どうするか判断するときに
社会の継続(再生産)に支障がなければ良し
あればダメ
そうやって、継続(再生産)できるかどうかを、基準に置くんだよね

なぜかって?
単なる人の集まりと、社会との区別は
継続(再生産)するかどうかで行う

再生産されるから、人間の集まりは「社会」となる

そのことは、生命の定義で考えるとわかりやすい
(生命の定義はいろんな議論があるけど)

生命は、自律的に継続するものだよね
「種」が定められるのも
一固体だけなら、突然変異だけど
それが、世代交代して継続していけば、種となるよね

人類社会というのは、継続しなければ社会と呼べないわけだ

その社会の「問題」だから
社会を運営するときに
社会の継続にとって、支障となるものを
「問題」として扱う
わけ

だから、人権上の問題も(人権は民主主義社会の属性ゆえに)
社会が継続(再生産)するかどうかを基準に、考察されなければならない
んだよね


◆社会が再生産されるには?

再生産を阻害するものを、除外しなきゃいけない

もし人権がさ、他人の人権と衝突することがあるのならば
それは、社会の運営と、再生産を阻害する
よね

阻害するものが、社会の基盤であるということは
自己矛盾する
よね


◆労働によって社会は再生産される

民主主義社会に限らず、どの時代の社会も
客観的事実として、人間の労働によって再生産されているよね

人が生きていくための富を生産し
その富でもって、次世代を育む
労働によって作られた富によって
社会は運営され、継続していく

人間の労働が滞りなく継続されなければ
社会は、再生産されない訳だ

あらま!
人権についての問題を、法学上の問題を考えていたら
「労働」というものを、理論的根拠にしないといけなくなった
訳だ


◆経済学

私の説の根拠を、客観的に実存するもの、客体に求めていくと
経済学を理解しなければいけなくなってしまった!


人権が民主主義社会の属性(土台、基盤)となると云うのも
経済学が、明らかにしている

民主主義社会が、その時代の主たる政治制度となるのは
資本主義経済になって、はじめてそうなる

なぜかって?
その時代がどういう社会であるかを規定すのは
その時代の富の、主要な生産方法が
どういう生産関係によって行われているか
それによって規定される
から


資本主義の時代より以前の社会は、人権があれば、その時代の主な富の生産が出来なくなるから


資本主義経済は、人権がなければ成り立たない
ここに、人権の必然性がある
封建時代から、資本主義の時代に遷るときに
人権が必要になったから、人権が法として定められたのだ

詳しくは、コチラを参照して下さい
【転記】+法原理の解説~天賦人権論の必然性、理論的根拠+


このような経済学の命題から
民主主義社会は、人権を基盤にすることは
正しいと証明できるのできるんだね


ちなみに、社会の継続(再生産)についても
経済学が、その中身を説明しているんだよね

社会というのは継続されなきゃいけないわけだけど
資本主義社会では、資本が再生産されることによって
社会の継続が出来るんだよね

資本は、自律的に自らを再生産するという経済学の命題によって
社会の継続(再生産)の具体的な中身は
明らかにされる

ここについては、説明しない
説明するのは無理
何千ページは軽く超えるから


※富とは何かについては、私の過去日記を参照して下さい
【転記】猫にでも分かる経済学 富の再分配

※社会(国家)って何だ?って事も、私の過去日記(コメント欄も)を参照して下さい
【転記】「国民」や「国民主権の原理」ついての原理的解説


◆余談のまとめ

民主主義社会は人権を基盤、属性とする
そもそも社会(一般。民主主義社会でなくても)は再生産されなきゃならず
それを阻害するもののは、基盤にはなれない
だから人権は、社会の再生産を阻害するものではない

これらは、推論ではなく客観的事実であり
理論的にも経済学が明らかにしていることで
私の説は、これを根拠として、ここから展開されている


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法学が、私に反論するのはまず無理だね

人権と人権が対立することを
いくら修辞学的に云われても
「その根拠は?」と問えば、それまでだ

人権の必然性すら理解していないきょうびの法学が
学説、人権、そういう法のカテゴリーの根本的な根拠なんて
学んでいないからね

厳しい言い方をするけど、同じ土俵にすら立ってないよ

もちろん、昔の法学者は学んでいるし
いま居る法の学徒でも、学んでいる人はいるだろうし
そういう人から見れば、まだまだ私は未熟だろうねw
当たり前だけど。餅は餅屋だからね


カール・マルクスの理論体系を理解しなきゃ
私の書いたものを、正しく理解することは出来ない

じゃ~、と云って
資本論なんかの、解説本を読んで
理解したような気になっている院生とか真面目に勉強する気のなる学生もいるが!

勉強の仕方を、知らないんだなと云いたい

資本論なら資本論、それを直接読まずして
解説本なんかで、理解できる訳ないジャン・レノ!

そもそも、どんなに良く出来ている解説本でも
資本論そのものと比べたら、一億倍くらい違う

またね、資本論はマルクスの理論のエッセンスが詰まっているけど
それだけを読んで、私が書いているものを
理解できるかどうかは、人によるな

普通の人は、体系全体を学ばないと、分からないと思う
弁証法的唯物論とかね
とくに、大きな意味での論理学を理解していないと
資本論自体、正しく中身を掴むことは難しいよね


社会科学は、いろんな分野があるけれど
どの分野にしたって、歴史学だって社会学だって福祉だって
こういう社会科学の基礎理論を身につけないと
ただ、現象を追っているだけにすぎないんだよ

現象しか追ってない者が
私に挑もうなんて、問題外なんだな

私が根拠とする理論体系が間違っていると指摘したいのであれば
まずは、その理論体系に挑まないといけない

本当に謎の答えを知りたいのなら
社会を良くしたいのであれば
そして、これまで私の書いてきたものに、一定の共感をしたのであれば
学んでみて欲しいね

そのための水先案内は、させて頂きますから

なんでそんな事をいうかっていうと
一人の力では、社会を良くすることが出来ないから!

【転記】+社会とは何か~社会科学の学び方・入門書紹介+


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『義務と権利は、対概念(対義語)じゃないよ』

◆対義語、対概念とは何か?

簡単にいうと
その二つの言葉の、意味が逆になってること

もう一つは、相手に「依存」していること
依存しなきゃ存在できない概念が、対概念

例えば、左右
左という概念は、右がなければ存在できないでしょ
上下もそう

白黒は違う
無限のように存在する色の種類の、二つに過ぎないから
ただ、「白黒つける」と言った場合は
正誤をハッキリさせるという言葉の言換えであるから、対概念といえる


◆権利と義務は対義語、対概念じゃない

私が、ウサちゃんパンツを履くか、クマちゃんパンツを履くか
どちらを履くか、選ぶ権利はあるけど
それに対して、私が何か義務を負うかい?
負わないよね

これに対して、国家が自由権を守る義務を負うといって
義務と権利は対概念だといえば
それは、言葉の置き換えにすぎない

国家は自由権を侵害してはいけない
それの言換え


福祉を受給したかったら、義務を果たせ

なんて、アホが最近いうでしょ?

福祉を受給するのは、ある個人であるし
その受給に対して、義務を負えと言われているのも
同じ個人でしょ

どんなパンツを選ぶのか、権利があるのは個人であるし
その個人に、パンツを選ぶ権利に対する義務なんて、存在しないじゃない


◆世間の定義も見てみようね

●対義語
対義語
対義語対は一般・慣用的に用いられているものを蒐集したものが教本化されたものであり、そのなかには一定の法則性が存在していることが指摘されている。

漢字二文字からなる対義語は、次の4パターンに分かれる。
1.「短所」と「長所」のように、漢字一文字の意味が反対になっているもの。
2.「拡大」と「縮小」のように、漢字二文字の意味が反対になっているもの。
3.「成功」と「失敗」のように、熟語全体として意味が反対になっているもの。
4.「平凡」と「非凡」のように、打ち消しの漢字(不・無・未・非)を使って一方の意味を消しているもの。

意味での分類は3パターンある[3]。
1.一方を否定すれば必ず他方になる関係。(男-女、生-死)
2.程度の差を表すもの。(大-小、遠-近、良い-悪い)
3.一つの事柄を見方や立場を変えて表現するもの。(売る-買う、教える-学ぶ)


●対概念
対概念
互いに対照的な要素を持ち、一方が言及される場合には自ずと他方の存在が前提されている、といった関係の概念。対をなす二つ一組の概念。

●上で私が簡単に言ったことが、世間でも言われているね


◆実は、権利は定義すらされていない

実際に、権利の定義について調べてみるといいよ


「権利」とか「人権」とか「自由」とか
曖昧にしか、把握されていないんだよね

権利というと、例えば会員権みたいに
会員になるためには、お金を払ったり会のルールを守る義務が生じるよね

こういうものを混同して、権利全般に当てはめちゃうから
権利と義務は、対義語、対概念だと錯覚しちゃう


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権利と呼ばれるものの中に
会員権のように、依存の関係にあるものもありますが
私が履くパンツを選ぶ権利は、他の何物にも依存しませんし
私になんの義務も課しません


、人権も権利だけど
会員権のようなものも権利だと
範囲が広がり
それゆえに混同が生じるのです


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【転記】+社会問題への論理の立て方・アプローチの手順+

【転記】人種差別は犯罪か~差別がいけな理由~なぜ犯罪者の人権を守るのか
【転記】人権の話 マイナスの権利はない


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『哲学でもあり科学哲学でもあり科学論でもある話』

【転記】数の概念
【転記】科学の方法

まずこういうのを読んで、数とは何か? 数量化するとはどういうことか?
そういうのを、ざっとでも理解してくれないと
以下に書くことは分からないかも知れない


以前に、どっかの法曹なのか法科大学院生なのか
とくにかくすげえアホな野郎と対話したときの話

そん時の私の主張
人権は数量化できないから、分割なんて出来ねえんだYO!」

アホの話
「一票の格差など、実際には差異は生じているので、差が少しでも縮まれば一定の評価をすべき」

実はこの時のテーマは、一票の格差じゃなくて
人権侵害問題について、政治家が
「解決したいと思う気持ちはあるよ。でも具体的に何かする訳じゃないけどね」
といった発言を、その馬鹿が評価した

何もしないのであれば、評価なんて出来ないじゃないかと私が突っ込んだんんだが
その馬鹿が、その発言だけでも一歩前進だという

一体何が?具体的に?前進したのか分からない
結局、人権侵害状態が放置されていることに変わらないと返すと

先の、一票の格差の例をもちだして
一気に解消されなくても、前進だとのたまう

そこで私が、数量化できないものを数量化して
「アナタの人権はこれまで90%損なわれておりましたが
今回の対策で50%の損失で済むようになりました。良かったですね」
なんてことにはならないだろ?
と、返した

そうすると、いつもの逃げだ
アナタは人権が分かってないとw

「分かってない」というやつは、ご他聞にもれず
何がどう分かってないのか、説明することは一切ない
私の過去の経験上、それが学者だろうが法曹だろうが
いつも同じだ。
要は負け犬が尻尾丸めて吼えてるだけw

せいぜい気の利いた遠吠えでは
自然科学と法学が違いますってやつだ


こっから言うことは重要だ
テストで出るから赤線引いとけ
とくに、研究者とか目指してるような人はね

大きな意味で、法学も物理学も科学なんだよ
ゆえに、根本的な方法論は同じなんだよ
異なるのは、その個別的。特殊的な部分において差異が現れるだけだYO!


数量化できないものを数量化しちゃいけないのは
基本中の基本

異なる分野の、共通項と異なる部分の把握も、基本中の基本

こういう
基礎の基礎の基礎の基礎の基礎の基礎の基礎の基礎の基礎の
前提の前提の前提の前提の前提の前提の前提の前提の前提になることが

法曹なのか、法曹を目指してるのか、法学者を目指してるのか知らんが
そういう奴だけでなく
現役の教授レベルでも、分かってない奴たくさんいる

日本国中、総エアヘッド時代だ

知性の喪失時代

こんな低レベルなことを、知性といいたくないので
知性の喪失と表現することすら、気分が悪くならぁ!


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「要請しないよりはマシ」
そういう評価は、人権政策には当てはまりません

詳しくはご説明さしあげませんが
論理構成は、一票の格差に近似しますので
それが分かれば、マシという評価ができないことが分かるでしょう


人権政策に、程度の解決なんてありえないのです

一票の格差の論理を、近似的にと持ってきたのは・・・
説明しなきゃ分からないのかと思うけど
人権に差はないし
人権は完遂されてこそ人権で
完遂されなきゃ人権侵害なわけです

育児というのは、人権ですし
人権はそもそも、資本主義社会の必要条件なので
(恐らくここが理解できていないのでしょう)
人権は社会の継続に、必要不可欠なのです

だからここが欠けていれば
社会の継続を阻害することになるので問題なんです
格差が駄目な理由も、ここに客観的・物理的根拠を持つのです


育休なんてものは、私人の問題として
企業に任せていれば、永久に解決しないわけで

女性や外国籍の雇用差別と同じで
行政対応や立法による対応、つまり政策的な対応をしなければ
永久に解決しないわけで

人権にまつわる問題は
全てそうです

社会科学の基礎原理を学んでいれば
誰にでも分かる分かるはなしですが
そこまでいかなくとも
今のお粗末な法学や社会学の範囲でも分かる話です


人権というのは、数量化できないでしょ(数の概念が理解できてないとダメ。数学センス悪い奴には一生無理)

【転記】+刑法・刑罰体系の致命的欠陥 度量衡+
度量衡の話

だから1ミリ足りとも削ることは出来ない。なので、人権はオールオアナッシングな概念。
満たされていなければ、ただの人権侵害(だから一票の格差を近似的と説明代わりにもってきたんだよ。それで分からなければアンタが一票の格差の意味を理解してない)

人権が資本主義社会の必要条件(最低でも資本論は読んで理解していないと一生分からない)
である以上、人権が満たされなければ社会は継続(社会の再生産)は出来ない(これも同上)

だけどこれが今回なら育児休暇を私企業に任せると
市場と生産の無政府性(同上、資本論)によって、一向に解決しない
だから行政措置や立法による対応が必要なわけ

流通の革命児と言われたダイエーグループの創始者は
日本の労働条件が悪すぎる。改善しなきゃ日本は悪くなる(資本主義の必要条件を蝕むから)
だけど、それは一企業では出来ず
政府が音頭を取って日本社会全体がよーいどん変わらなきゃいけない

そんな論旨の新聞インタビューをしていた

そうやって私企業の問題にしていた結果がこういう社会だ

【転記】+自殺や貧困は政財界による人災+


人権が制限できるのは、よほどの強い合理的理由がある場合だけで
それは、社会の継続(再生産)が阻害される場合のみ



雇用に関する法律、労働時間に関する法律
一私企業に任せていたら
人権無視の状況になる
だから、憲法に乗っ取って立法で守るわけだ

この基本が分かっているのに
育児休暇は立法化しなくていいと考えるのであれば
人権に差があると思う間違いを犯しているわけ

生存権と参政権、どっちが上とかないでしょ

要は、育児休暇が人権であり、その意味を理解できてないわけ

人権は数量化できないからこそ
一票の格差
東京の一票は、島根の三票に相当する
そういうのは憲法違反なわけ
分かる?

だから、人権と人権
例えば参政権と生存権は、どっちが上とか比較できない

育児休暇も同じわけ


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