【転記】人権の話 マイナスの権利はない | 矯正知力〇.六

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メモ的ブログ

以下、mixiの猫王さんの日記より転記。

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『死ぬ権利は権利じゃないってことの説明とか、そもそも権利とか自由とか』

死ぬ権利は「権利」なんかじゃない

◆自由とは

ここでいう自由とは、憲法いうような自由で
「何をやっても俺の自由だろ!」
なんていうときの自由のことね

例えば、何処に住もうが俺の自由だろ
どんな髪型にしようが、私の自由でしょ

とかいう時の自由ってさ
誰に対していってる?

ってか、必ず誰かに対して
自分の自由を宣言しているよね

社会が存在しなければ
わざわざ、「これは自由だ」なんて
口にする必要はないよね

社会が存在しなければ
「自由」という言葉すら、生まれなかった



◆権利とは

これも、社会があるからこそ存在できる概念

社会の中の権利を行使ってものを、わかりやすく例えると

トレジャーハンター数人が、苦労してお宝をゲットした
それぞれの役割からくる労力に応じて
お宝をみんなに分配するよね

「10%は俺の取り分だ!」
なんて言って、自分の権利を主張する

こういうのを、現実社会でいうと
福祉を需給する権利など
様々な社会事業の恩恵を受ける権利となる訳です

ここはこれで、いいかな?
もっとちゃんと説明しようとすると
凄く長くなるし、これで分かるよね?


◆権利というのは、社会参加への権利という意味

自由も権利も、社会的な概念であることがまず第一

社会の営み(運営)の中の、一部を担うのは権利


●社会の営みとは

社会の営みってのは、経済活動が中心で
その上で政治だよ

経済活動だって、働いたんだから報酬をよこせって
自分の権利を主張するよね

政治っていうのは、そういう権利を滞りなく
うまく社会全体で運用されるようにするのが目的

これを法学風にいうと

「政治は、その統治の目的は 人権社会の実現と保護なのです」

法学のテキストでいえば
誰もが手にしやすく、読んで分かりやすいものでいえば
『憲法読本』 杉原泰雄 岩波ジュニア新書
p159の後ろから4行目以降に書いてあります


◆ここで戻って、さっきの続き

これからいうことは、ニュアンスで掴んでいただければと思うんですが
これまで述べてきたように

「権利」ってのものは、否が応でも自分が所属する社会の中で
自分が享受できるもの、分け前的なものへの
請求権みたいなものなんだよね

一方で「死ぬ」ってことはさ
「死ぬ権利」っていえば、自殺とか安楽死とか、そういう事だよね

安楽死は、また特殊なので別の考察が必要だし
複雑になるので、ここでは触れないね

死ぬことって、何にも社会からの分け前を要求する行為じゃないよね

単なる、社会からの離脱だから

最初のところで述べた
「権利」というものの社会的性格

これを捉えないと、死ぬことも権利だと錯覚しちゃう


◆まとめ

にゃんで「死ぬ権利」が権利じゃないかというと
そもそも権利ってものは社会に相対するものだから!
死ってのは社会から離脱する行為で相対しないから!

「自由」や「権利」の社会的性格、属性とも言換えてもいいけど
そこが、この問題を考える上での、要点なのです


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◆人を殺すことはなぜ悪いのか?

数年前、京大で大激論になって
結局、誰も答えが出せずに

第三者も、これが答えだっての本になってるのとか読んだけど
誰も、私が納得いく答えが出せなかったんだけど

全くもって馬鹿らしい騒動でさ
にゃんでこんなものが分からないのと、思ったのだ

これもね、今回の要点であった
当該概念の、「社会的性格」というものが
分かってないから、答えが出せないんだよね

純粋に、殺す者と殺される者の二者だけが、世界の全てなら
要は、「社会」という人間の属性をなくした状態であるなら

殺人の、何が悪いの?
何にも悪くないでしょ
殺される側が、ただ嫌だってだけでしょ

って、ことになります

だけど、社会というのは人間の属性で
人間は社会的性質をともなっているので

社会的視野から、殺人を考察しないと
答えは出せません

もし、殺人が悪いことではないとなれば
たくさん殺人行為が起これば
社会は継続できなくなるじゃない

社会の再生産(継続)が阻害されるから
殺人は、悪い事、すなわち犯罪となるわけです

全ての犯罪の根拠は、どれもこれが理由であり
物理的、客観的な、根拠となるんです

【転記】+社会問題への論理の立て方・アプローチの手順+

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『さあ、人権の話をしようじゃないか! 』

今回の主題は、「マイナスの権利はない」ということだ

よく、「死ぬ(自殺)権利」とかそういう話題が出るよね
そんな感じの話題デスノート


◆自殺は権利じゃない

こんな事をいう人がいる

私は手元に死ぬことが出来る薬を持っています
本当にダメだと感じたら、それを飲んで死ねる
そう思うと、なんとかつらい今を、乗り切ることが出来るんです
だから、私から死ぬ(自殺)する権利を奪わないでください

対話の中で、実際にそんなことを言われたことがあるんだよね
心情としては、とても理解きるよ
だけど、自殺する権利なんてないのだ

その説明は、以下から順を追ってやっていきますね


◆権利は、個人だけのもの(個人主義)じゃないYO!

そもそも「権利」とは
ボクには、これこれあーすること、しないことの自由があるんだからね!
というもの

権利が社会から切り話された、個人、独りだけのものであるなら、
何もそんなことをわざわざ主張する必要はない
ただの独り言になっちゃう

他者に対して、社会に対して
こういう振る舞いをします、またはしません
でも、誰もそれをダメということは出来ませんよ
というものだ

権利(人権)は、「社会」が前提にあってこそ成立する概念なのだー

それはまるで
「右」という位置を示す概念が、同時に「左」という概念がなくては
存在できないように
両方あって、はじめて成立する概念です

※思想の左右は、共依存の関係じゃないから、そういう誤解はしないようにねん
たまにいる(==;


◆常に権利はプラス方向

もしさ、マイナス方向の人権も、権利と認められばどうなるだろうか?

それについて、こんな対話をしたことがある

脳の腫瘍とか、脳の障害だか、どっちか忘れたけど
病気や身体的なものが原因で
本人の意思とは関係なく、性犯罪を犯す者がいる

その人が、ボクは性犯罪などしたくありません
でも、体が原因で起こしてしまうんです
だから、脳の問題部分を切除してください(ロボトミーみたいなもの)

これは、その人の権利です

そう主張する人がいたんだよね
実際、そういう身体的なことが原因で性犯罪がおきるとか
そういうのは置いといてね
思考実験みたいなもんだと思ってねん

結論を先にいうと、これは「権利」じゃないんだよね


◆権利(人権)を定める法は、それが侵害されることがないよう慎重に設計される

もし、上の例のような自傷的なものが
権利として許されるなら
それを、悪用される可能性がある

民主的な政治手続きの中でも
ヒトラーのような、危険な独裁者は生まれる
巧妙に有権者に取り入り、人気を背景に
政治権力を独裁する

そういう危ないやつが、必ず出てこないなんて
誰にも言えないよね

もし、脳の病気だか障害を理由に
反社会的な行為を行う者が
自らロボトミー手術を望むことを
権利として認めてしまえば

ヒトラーのような、独裁者は
自分に反抗する者に、ロボトミー手術を行って
反抗できなくさせることが出来る

その建前が、「権利」だ!

こういう危険性を排除して、法はつくられるんだな


◆物事はなんでも、全体との関連をみないと分からないのだ

最初のほうで書いたけど
権利とは、個人だけの問題じゃなくて
常に社会を前提とするよね

個人だけに着目していれば
なんでも権利として通りそうなもんだけど

社会からみると
悪用されて、結果的に
特定の誰かが、自分の利益のために
誰かの権利を侵害するために
権利を利用する可能性がある

こういう事態を避けるために
本来なら権利を侵害する行為(自傷、自殺)は
権利として認められない


あ、ちなみに
さっきの性犯罪者の話は
脳になんらしかの原因があるなら
隔離して、治療するばいいだけだから!


※つけたし

プラス方向だからといって
他人の人権を侵害するものは
自分主観ではプラスかも知れないけど
社会からみればマイナスなので、許されない


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参照
【転記】人種差別は犯罪か~差別がいけな理由~なぜ犯罪者の人権を守るのか