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2016-07-30 12:00:00

REPORT - 0919│白雲瀧 再訪

テーマ:レポートエントリー

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

栃木県│白雲瀧

 

滅びの美学 [ 廃墟・廃屋・遺跡・廃村・廃道 ] 探索 - 白雲瀧(白雲の滝/華厳渓谷/鵲橋/五郎平茶屋滝壺道/華厳瀧壺道)

 

6FROGS 調査終わりました

 

※ 2014年に中宮祠下水処理センターの排水口付近の崩落とアプローチルート壁面の崩落が発生した為に来訪は非常に危険です。またこの崩落箇所の上部壁面が新たな崩落を予測される横亀裂を起こしています、絶対に類似行動は控えて下さい。

 

破線

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

写真引用:パワースポットJAPAN│http://風水.co

 

栃木県日光は中善寺、日本三大名瀑と評される落差100(計測値97m)メートルの華厳滝から程近く、しかし知られる事の少ない名瀑「白雲瀧」を以前ご紹介したが覚えているだろうか。

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

2011年の初来訪から早5年(その間4回再訪)を数え、諸々と準備をした上で向かえた2016年7月。今更ながらではありますが新しい発見の為にやって参りました華厳渓谷、そして眼前に広がる美しさに再び驚愕してしまうのでした。

 

※ 説明簡略化の為、上記レポート(初来訪のエントリー)を読んだ上でお楽しみ下さい。

 

破線

 

改めまして今回の来訪地に関して説明したいのですが先人の素晴らしいレポートが存在します、予備知識としても是非お読み頂ければと思います。

 

山さ行がねが - 橋梁レポート 華厳渓谷と鵲橋
http://yamaiga.com/bridge/kasasagi/main.html

 

photograph:+10

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋


時間:0710
標高:1265m
天温:晴/14℃

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

到着から早々に場面は移り朝7時、既に入渓の為に以前から利用しているアプローチルートへ。傾斜がキツく、山道具を装備しての斜降は非常に気を使う。

 

※ ルートに関しては記述のリンクを参照して下さい

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋


時間:0720
標高:1204m
天温:晴/14℃

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

このやや先の斜面で大規模な崩落が2014年の大雪(平成26年豪雪)と2015年の連続台風により発生。この崩落の所為で白雲瀧へは随分と来訪者が減った筈だ。

 

※ 実際は河川管理の為に日光土木事務所と古河日光発電馬道発電所の各職員が往来する

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

渓谷を下方に望むと濃い霧が掛かっていたが気温上昇と共にこの霧は晴れる筈だ。

 

photograph:U川

 

6FROGS 廃道 白雲瀧 鵲橋

 

安全な帰路確保※1)の為細いアプローチロープを設置した。これはマディ怪我をした時などの体勢確保補助動作でも活躍する、面倒でも安全確保は登山では基本中の基本だ。

 

※1:当チームでは問題の無い状況でも緊急退路は確保しています

 

場面はロープ設置風景、ここをトラバースするのだけれど写真ではただのブッシュに見える。しかしこの場所、実は急斜面で植物がないと眩暈がする様な危険な難所区間。浮き砂利と少ない岩場を利用して移動、樹木に複数フィクスしてルートを確保した。

 

photograph:U川

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋


時間:0735
標高:1196m
天温:晴/13℃

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

1年振りの白雲瀧、霧が晴れてその姿が確認出来ると予想より水量が多いので少々面食らう。今日は調査項目が多いので渡河準備ルーファン作業を早速開始。

 

photograph:+10

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

まずはバックパックからロープを出して詳細な地形図を確認っと…そうそう、今回の来訪目的を説明してませんでした。以前より考えていた現地見聞と史実の机上調査から確認したい点などを踏まえ、

 

① 源流帯の撮影
白雲瀧の湧水現場を確認、複数存在するので出来る限り資料写真として収める。写真と動画は行政へ提供し、地元メディアにも報告。

 

② 渡河して対岸へ
白雲瀧を渡り、河(滝)内や周辺の地形などを調査。

 

③ 対岸の風景と旧開発道の発見
明治時代の初期観光開発道の発見と当時の遺構を発見し写真に収め、地図と航空写真で確認出来る急斜面の現状を現場調査。

 

④ 対岸から鵲橋を撮影
対岸の帯状丘(右岸2本目の丘)から鵲橋を撮影、初来訪時に橋上から”行けそうだ”と見えた場所へ実際に向かう。

 

⑤ 机上調査の現地実証(後述)
この白雲瀧へ至る遊歩道に関して事前提供されていた情報を元に現地検証、また資料との合致箇所探索。

 

この5項目の実行だ、これは初来訪当初から現場調査したいと考えていた内容で各関連機関に協力を仰ぎながら情報提供を収集していたのだ。

 

※ 栃木県立日光自然博物館の派遣調査員Oさん、栃木県庁県土整備部元職員のNさん、日光市観光協会さん有難う御座いました。

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

最初はこの白雲瀧の湧水地の確認である「① 源流帯の撮影」だ、華厳渓谷の河川の水源は地質学的には男体山の地下水脈(伏流水)、後天的要因として男体山の噴火によって大谷川が堰き止められた中禅寺湖が挙げられるが近年、男体山との位置関係や形成に至る迄の地殻変動等に関して諸説議論されている。

 

過去を説けば白雲瀧と華厳滝は別の水源だった可能性も指摘されており、周辺一帯は専門の地質学の世界でも現在進行形で多角的に考察中なので明言は避けよう。

 

現状は華厳滝(溶岩瀑布)は中禅寺湖と人工堰によって地中に漏れ出た地下水、白雲瀧(潜流瀑布に近く、分類的に溶岩瀑布では無いが噴火の為の堰も形成要因の一つと言える)は加えて直接的に男体山の水脈からもその水源を得ていると言える。

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

地図解説:男体山と華厳滝、白雲瀧の位置関係。

 

が、この地の形成は非常に複雑で詳細は割愛させてほしい。今回は来訪地の白雲瀧に主題を絞って説明していく、解説を一本化しても表層的な解説が複雑化するのは主水源と湧水量が比例しない事実に起因する。

 

日本地質学会によれば中禅寺湖からの下流への流水率は華厳滝が19%白雲瀧(+周囲の伏流水)は37%。複数の水源を得ている白雲瀧の方が華厳の滝より中禅寺湖からの流水総量が多い、理由は地形。

 

大きく湾曲してみえる大谷川の流れが実は地下水脈では白雲瀧へ直線状に伸びており、華厳滝は高低差の所為で別滝と認識される十二滝の流水率が36%と多い事も特徴的。

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

地図解説:航空写真で見る華厳渓谷の源流帯

 

因みに残りの8%は地下水脈によって足尾山地へ浸み出している、自然の地形造成と人工的な観光地整備により白雲瀧は豊富な水量が約束されている状況なのだ。これらを総考すれば中禅寺湖からの総流水量の81%(華厳滝伏流水/十二滝:36%+白雲瀧:37%+足尾山地への地下水脈:8%の合計)が地下水脈を通して各湧水箇所へ漏れ出ている事が解る、この件…後程出てくるので覚えておいて頂ければ。

 

photograph:+10

 

破線

 

写真は90メートル程の絶壁(柱状節理)の直下斜面から湧き出る白雲瀧の水源と思われる湧水地(伏流水源)、各所から水が湧き出ている様子。

 

【用語説明】

 

伏流水
河川の流水が河床の地質や土質に応じて河床の下へ浸透し、上下を不透水層に挟まれた透水層が河川と交わる時に透水層内に生じる流水。水脈を保っており、極めて浅い地下水。

 

溶岩瀑布
火山の爆発で流れ出た溶岩が川を堰止め、その末端、又は複数個所で断層が生じて滝になる。華厳の滝の場合は直瀑形の溶岩瀑布と成る。

 

潜流瀑布
川の水が流れ落ちるのではなく、地層の中を走る伏流水が崖の途中から突然流れ出して形成される滝。白雲瀧の場合は段瀑形の潜流瀑×渓流瀑などの複数の形状特徴を持っている。

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

次なるフェーズは「② 渡河して対岸へ」、初来訪からずっと考えていた対岸トレックだ。まずはロープを横断行動に必要な分だけビレイヤーがリリース、足場を確認しながらルートを構築して樹木に複数個所フィクスする。

 

対岸までのルートが確保出来たら不測の事態用※2)に別ルート(最悪ロープが無くても迂回出来そうな場所)を確認、個人がセーフティ出来る休憩場所を設定して後続に合図して渡河を開始。

 

※2:基本的に水場のトラバースや横断は親ロープを張り、そこへセーフティ用のナイロンスリングやマッシャーで滑落防止対策を講じる。

 

この滝床、実際に歩いてみると非常に危ない。状況から判断出来るのは北側に聳える華厳溶岩壁(柱状節理)から剥離崩落した板状の岩が積み重なった状態で不安定だと言う事、その上に苔が群生していて滑り易く崩れ易い。

 

更に枯枝が集まった小さな堰の上に苔が乗っているだけ箇所もあり、足場に見えても加重すると潰れてしまう。

 

photograph:U川

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

白雲瀧は既に説明した通り伏流水型の潜流瀑×渓流瀑で複雑かつ段瀑と言う傾斜渓流瀑布、写真はこの先が最初の第一段瀑で高低差15メートルの落込みと言う場所。

 

足を滑らすと水中滑落の前に浮きガレの板状の岩が雪崩を起こして非常に危険、この特殊な地形と言うか滝床形成の為に内島の樹木は上手く根を張る事が出来ない。触れる支点も心許無く、堆積土砂も薄い為に神経が擦り減る踏破区間だ。

 

photograph:U川

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋


時間:0820
標高:1229m
天温:晴/16℃

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

何度でも言いたい、この場所本当に美しい。

 

 

最後尾だったU川君も無事到着、入滝してみればこの白雲瀧、特に核心部分は存在しないし踏破レベルも全体的に低い。ただ環境が特殊過ぎるんだな、滝床や周囲の壁面等を考慮するとどうしても他人に勧められる踏破行程では無いのは確か。

 

※ 携帯の電波状況は良好でGPSもバッチリです、ですが遭難時の要救助者収容が非常に厄介な場所なので何卒無理をせずに…出来ればモニター越しにお楽しみ頂ければと思います。

 

photograph:+10

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

こりゃホントに凄ぇや。

 

リコーのシータアップロードサイトへ移動(ブランク)します、PCからならマウスのジェスチャーコントロール、モバイルの方も同様ですがVR系アプリがインストールされている場合はジャイロが良い働きをしてくれます。

 

破線

 

 

 

休憩もそこそこに行動再開、先程開いたルートで親ロープにセーフティをセットして渡河します。ここから川幅(滝幅)が広がり、流れの水圧も増加。

 

今回の行動リストも「③ 対岸の風景と旧開発道の発見」へ、渡河後は赤線で囲った場所へ向かいます。

 

※ マウスオーバーで目標ポイント表示

 

大きな赤円線の場所は高さ50メートル程の柱状節理からボロボロと剥離崩落した板状の岩が堆積しているので注意が必要、幾つかの資料を見るとこの場所にその昔開発作業道が在った様ですが…うーむ、流石に埋没しただろう事はココからでも解りますねぇ。

 

小さい赤円線の場所は最初の訪問時に鵲橋の橋上から見えた伏流水(潜流瀑布の湧水箇所)、流石に近年ではこの周辺を歩いた人物はおりますまい。歩くだけでもオッカナイ、こんな浮きガレ斜面は僕らでも滅多に歩きません

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

丁度この辺に着く予定です。

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋


時間:0910
標高:1198m
天温:晴/17℃

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

ここ怖いです、何が怖いって大小形状様々な岩と言う岩全てが浮いていて地面全体がグラグラ。私の右側のデカイ岩もグラグラ、足元もグラグラ、伏流水周辺もグラグラ…ああ、もう。

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

迫力の崩落岩堆積現場、先程の大きな赤円線の最上部に成ります。相棒さんの左側のデカイ岩なんて最近落ちたのかと思う程綺麗日常的に崩落が続いています。

 

大谷川において華厳滝や白雲瀧周辺の地形成は北側の男体山の度重なる噴火に因る部分が殆ど、それは溶岩だったり飛来物だったりするけれど主要構成岩質は通称「華厳溶岩」と呼ばれる安山岩集塊岩の互層だ。

 

元々の地層を形成していた第三紀溶結凝灰岩(地質学的には約2万年前に堆積形成)でその上に噴火堆積した華厳溶岩が積層している。噴火の力は絶大でその溶岩は南方の足尾山地に迄届いたとか、その後は崩落を繰り返して現在の華厳渓谷を形成した様だ。

 

【用語解説】

 

安山岩
火成岩の一種、殆どがプレートの沈み込み帯で噴火した非アルカリ質の岩石。日本の火山が流れ出る溶岩は殆どがこの安山岩が溶解した物、柱状節理を形成する過程で硬度は確保されてもクラックにより剥離し易い状況を内包する事も多い。華厳渓谷においてはその特徴が顕著に見てとれ、多数の崩落箇所を発生させている。

 

集塊岩
地を這う溶岩と対照的に火山噴出物が固まった岩石、総称して火山砕屑岩とも呼ばれる。石材として容易に切断加工出来るが自然においてはその脆さが落石として人を襲う事も。

 

破線

 

この様にこの華厳渓谷では脆く崩落し易い岩盤が周壁を囲い、自然現象や気象災害によって更に削り取られて年々その姿を変えていく事で有名だ。華厳滝の滝口も凡そ20年前に大崩落が発生し、落水の姿を大きく変えた過去が記憶に新しい(※3)。

 

白雲瀧においても同様で写真の様に大小様々な剥離崩落が現在進行形で進行している、この事からもこの地への来訪は非常に危険なのだと理解して頂きたい。

 

※3:大谷川山腹崩壊対策事業http://goo.gl/wi9QCU

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

岩盤内部で別々の岩質互層境界部分で大きな亀裂を発生させている、先程の小さい赤円線最上部だ。この箇所は特に危険だと思われる、資料を確認するとこの上部から裏手に掛けて最初期の観光開発作業道が存在した筈なのだけれど…流石に100年以上前の形跡は発見出来なかった。

 

やや上流の華厳の滝付近では頻繁に維持対策工事(※4)が行われているので当時の地形とは大きく異なる、もし該当時代を偲ぶ痕跡が発見出来るなら人がまず入らないこの辺りだと期待したのだけどねぇ。

 

※4:大谷川流域直轄砂防事業http://goo.gl/T6SklO

 

さて、ココで思い出してほしい。中禅寺湖から一帯に浸水している総流水量は全体の81%、つまりは雨などに関係なく地中には常に十分過ぎる水が絶えず流れ込んでいる。

 

人工的にある程度管理されている華厳滝でさえ大規模な崩落を発生させるのだ、白雲瀧に至っては元々脆い岩盤+過剰とも言える湧水(浸水)量によって特殊な条件が揃った「形成維持が危うい滝」だと理解出来るだろう。

 

そんな中で約1世紀も前の遺構を見付けるのはやはり至難の業だった様だ。

 

photograph:U川

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

対岸最大規模の伏流水箇所、浸水量も半端なく湧水している。うん、恐らくだけどこの白雲瀧、何れは直瀑に成るんだ。

 

この間々崩落が進めば遠い将来だけど段瀑を形成している滝床は全て崩落して大谷川支流を侵食、華厳渓谷の大谷川へ直接流れ込む大きな滝へ変貌するのだろう。

 

そこで思いを馳せるは裏手の華厳滝、この華厳滝も大谷川においてもっと下流に存在した筈だ。侵食を繰り返し、後退しながら現在の渓谷を形作ったに違いない。一応地質学の研究者に質問済み、回答が来たらこのエントリー上で追加記載します

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

背後は絶賛崩落進行中の岸壁、足元は恐怖の浮きガレ。写真のお二方は落ちたら50メートルの崖からダイブです、私は崖上から崩落した樹木の枯れ根にフィクスして眼下へ顔を向けるとですね…。


時間:1025
標高:1196m
天温:曇/21℃

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

これもんですよ、ぱいせーん。

 

photograph:U川

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

此方は崖っぷちでブラブラしている枯枝上に堆積した僅かな土砂の上に歩を進めた方、眼下20メートルには第二段瀑が見て取れます。

 

※ 段瀑までは高低差20メートル位ですが直下に関しては50メートル程あります

 

photograph:U川

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

調査は後半戦、「④ 対岸から鵲橋を撮影」の行動開始…なんですけどね。いや、もうさっきからチラチラ見えてるんですよね…鵲橋

 

流石にこのアングルで撮影された「鵲橋」は存在しないかと、もう1人居れば2人×2人の2チームに別けて無線連絡しながらお互いを撮影出来たのになぁ。

 

photograph:+10

 

 

鵲橋

 

1900年(明治33年)1890年より進めていた華厳の滝(滝壺)までの道を開拓していた星野五郎平翁が設置した吊橋(初代鵲橋)がルーツ。場所は現在より20メートル程上方で現在も基礎部分が見てとれる(確認済み)、その後昭和初期に架け替えが行われ木造の桁橋へ。この頃には管轄が行政へ移行しており、工事も行政主導で行われている。

 

日光市から提供された資料に記載には無いが現在の位置、そして形状に成ったのは1949年(昭和24年)だろうと推測出来る古い観光案内紙が残っている。華厳渓谷遊歩道自体も翌年の1950年に完成して一般開放されている事から恐らくは間違い無いだろう、元々は華厳滝への遊歩道整備から開始された観光開発だったが戦後は渓谷全体を対象とした様だ。

 

詳細は冒頭の「山行が」さんのレポートを参照して欲しい。

 

観光開発は上手くいったものの、これまで解説した通りこの渓谷の岩質は非常に脆くて崩落を繰り返す事で現在の形に成った経緯を持つ。一般公開当初から崩落事故や落石は絶えなかったと聞く、それからは一時的な閉鎖期間なども経て1972年には一般通行が禁止へ。

 

翌年には華厳渓谷の整備を行政と現・日光土木事務所、現・古河日光発電株式会社が分割及び平行管理する様になり、名勝と名高い華厳滝を主に据えた主場変更を余儀なくされた。

 

photograph:+10

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

それでは元の左岸に戻って下流を少々拝見しましょうか、初来訪時に気に入りましてその後何度も撮影した絶景ポイントがあるのですよ。


時間:1155
標高:1232m
天温:曇/22℃

 

破線

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

先程対岸に居たガレ場から見えていた第二段瀑の丁度上方、そこから懸垂降下。

 

※ ここが白雲瀧において一番の絶景ポイントです

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

先程まで恐々と歩いていた対岸の崩落箇所、今思うとフィクスする樹木が沢山あるのだしラペで滝まで降下しても良かったなぁと。

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

来て良かった、大満足です。

 

リコーのシータアップロードサイトへ移動(ブランク)します、PCからならマウスのジェスチャーコントロール、モバイルの方も同様ですがVR系アプリがインストールされている場合はジャイロが良い働きをしてくれます。

 

っと、そうそう。最後の「⑤ 机上調査の現地実証」が残ってましたね。それでは最後にこの白雲瀧や五郎平翁が作ったとされる道筋、その他付随する謎を解き明かしていきましょうか。


時間:1310
標高:1175m
天温:曇/22℃

 

photograph:+10

 

破線

 

白雲瀧と鵲橋

 

そもそもこの白雲瀧は1890年から星野五郎平が華厳滝の滝壺までの遊歩道整備を開始したのが切っ掛けで2年後に発見される事になる、整備当初から滝の存在に気付いていたが星野五郎平は華厳滝だと勘違いしており、1892年に滝左岸に着いて初めて別の滝だと判明したのだ。

 

滝壺までは右岸壁面に沿って開拓され、1900年には10年の歳月を掛けた苦心の傑作道が完成。この滝壺への遊歩道の正式名称を、

 

五郎平茶屋滝壺道

 

と言う。五郎平自らが名付けた名称でその道すがら、白雲瀧を越える為に設置された橋は「鵲橋」と名付けられた。当初は吊橋で何度か架け直しをした記録も残っている、木造化したのは大正後期とも昭和初期とも言われているが写真として残っているのは昭和に入ってからだ。

 

ってアレ?この道って「華厳瀧壺道」じゃないの?ええ、そうです、華厳瀧壺道ですよ。二つあるんですよ、この道の名前。大正時代位までは「五郎平茶屋滝壺道」と並称され、その後「華厳瀧壺道」と公称された様です。なので古い文献には「五郎平茶屋滝壺道」と記載され、近代書籍や地域地図には「華厳瀧壺道」と記載されました。

 

当ブログでは当初の名称を正式名称として指定、なので「五郎平茶屋滝壺道」をこの道の真名として記載致しました。

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

写真引用:絵葉書.com│https://絵葉書.com

 

現在より20メートル程上方の第二段瀑辺りに架けられ、写真の木造橋も数度の補修工事や架け直しがされている。1949年には現在の位置に石造橋が架けられ、今も変わらない姿を見せてくれているのは幸運と言える。

 

因みにこの鵲橋の命名については翁自らとする記述や別の者だと言う記述、実は別の名前が付けられていたなど諸説語られている。

 

1929年までは滝壺への観瀑遊歩道として活躍したが翌年の1930年、観瀑台エレベーターが完成。明治、大正、昭和と時代を跨いだ観光主要道路は人の往来が少なく成っていく事になる。

 

 

 

写真引用:絵葉書.com│https://絵葉書.com

 

この写真を見て欲しい、マウスオーバーでその道筋がお解かり頂けるだろう…そう。この道筋こそが星野五郎平が開拓した「五郎平茶屋滝壺道」なのだ。

 

現在はその殆どが失われ、ハッキリと確認出来るのは鵲橋のみだ。華厳渓谷遊歩道はまた別の管理と成っていて開拓業者も時代も全く異なる…のだけど少なくとも1970年代までは平行運用された(鵲橋付近までは)筈だ、それは古い地図※5)を見ると確認出来る。

 

※5:国会図書館などに所蔵されている国土地図

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

写真引用:絵葉書.com│https://絵葉書.com

 

当初私達が探したのは右下の大正時代から昭和初期に人が往来した開拓道(後に一部遊歩道と成る)だった、白雲瀧右岸から回り込む様に華厳滝へ壁面空中歩道が在ったと思うとその形跡をどうしても見つけたかったのだ。

 

が、結果は既にご存知の通りでして。

 

6FROGS 華厳 白雲瀧 鵲橋

 

五郎平茶屋滝壺道の終着点には五郎平翁が設けた五郎平茶屋(確認出来ている営業期間は1902年~1932年)が当時の来訪者を持て成したと言う、この頃は華厳滝と言えば五郎平茶屋と答えが返ってくる程の有名店に成っていたが1930年の観瀑台エレベーター完成からは僅か2年で滝壺道と同様の歴史を辿る事に。

 

地図から星野五郎平の痕跡が消えたのは1972年、国内全ての発行地図から滝壺道や茶屋の名称は削除されたのだけどこの辺に関しては年度がやや曖昧です。

 

1890年の発起から実に82年もの歳月が経過、廃道に成ってからは今年(2016年)で44年も経ってしまっており、元の姿を取り戻すのは勿論絶望的だ。適うならば是非血縁者にお話をお聞きしたいとも思うけれど…まあそれは少々無粋なのかもしれない。

 

破線

 

白雲瀧や華厳滝を要する華厳渓谷、そして観光開発に揺れた当地と現地の人々。沢山の歴史と今も残る少しばかりの痕跡、それらを求めてやって来た今回の白雲瀧の再訪エントリーは如何だったでしょうか、これにて今回のレポートは終了です。


調査レポートメンバー 6FROGS 2016

 

アプローチ
中禅寺湖T字路から国道120号線下り方面(いろは下り)のみとなる分岐部分、手前のガソリンスタンドが目印。石碑は道路から比較的発見し易いので入口は間違わないと思います。

 

地図リンク
http://goo.gl/maps/CuZ18

 

写真撮影:6Frogs Design Works


廃墟写真


近代化遺産

 

破線


探訪目録09

6FROGS 行ってみたら凄かった


6FROGS

 

6frogs twitter


注意点

 

破線

 

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