ひとりぼっちのウォークマン -34ページ目

シャルダン「羽根を持つ少女」

この絵は、シャルダンの作品の中で

最も美しいといわれている。


この作品を見たとき、

リヤドロの陶器の人形を見ている

ようだった。


それは?


なめらかな少女の白い肌の質感や、

動きの感じられない、

ちょっと硬い表情からかもしれない。


それにしても

なんて美しいのだろう・・・

$ひとりぼっちのウォークマン

持っている道具から、バトミントンのようだが、

とてもしとやかそう・・・


今の動きの激しいバトミントンのイメージとは

だいぶ違うようだ。


あどけなさの中に

やや緊張した表情が愛くるしい。

そして、スカートの丸みや、

首から胸のラインなどは、とても女性的だ。


今回も、背景には何も描かず、

少女の姿のみを描いている。


そして、落ち着いた色づかいで、

シックにまとめている。


そんなところが、シャルダンらしくて、

とても好きだ。


今晩の「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

リヤドロの人形のような少女に会いに・・・



シャルダン「白い花瓶の花」

この絵はシャルダンが描いた、

たった一枚の花の絵である。


花瓶に活けられた

カーネーション、月下香(チューベローズ)、

スイトピーなどを描いたものである。


カーネーションとスイトピーは

良く知られた花だが、

月下香は、あまり聞いたことがない。

調べてみると、どうやらランの一種のようだ。

$ひとりぼっちのウォークマン

落ちついたおさえめの背景に、

白いカーネーションと東洋的な花瓶が

印象的である。


白い色でまとめられ、質素だが豪華な花々と、

この白磁の艶やかな花瓶が、

とてもバランス良く美しい。


テーブルには、何気なく赤いカーネーションが

置かれているが、

花瓶の中の白い花々を、

いっそう惹きたてている。


この絵は部屋に飾ってみたい一枚である。



今晩の「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

スコットランド国立美術館へ・・・



シャルダン「食前の祈り」

この絵はタイトルのとおり、

食卓で感謝の祈りを捧げるところを

描いたものである。

$ひとりぼっちのウォークマン

どうやら、手前の娘はお祈りの言葉を

忘れてしまったのか、

母親の顔を見ている。


母親は、その言葉を教えているのであろうか、

何か語っている。

姉は、じっとして、

行儀良くお祈りが終わるのを待っているようだ。


この光景から、

当時のフランスの厳格な生活が伺える。


この作品は、1740年に、当時のフランス

国王ルイ15世への謁見が許された時、

献上し、好評を博した。


フランスの普段の生活を

垣間見ることが出来る作品だった

からだろうか。

また、当時は凶作続きだったが、

食事を取れることへの感謝も、

描かれているからだろうか。


この絵は淡い色調で、

おだやかで優しい空気がただよっている

ところが好きだ。



今晩の「ひとりぼっちのウォ-クマン」の旅は


1740年代のフランスへ・・・・・


シャルダン「木いちごの籠」

静寂の巨匠と言われていて、

フランスでは馴染みの深い

ジャン・シメオン・シャルダンの展示会が

三菱一号館美術館で開催されていた。


個人所蔵だったため長い間、見ることが

できなかった

彼の傑作「木いちごの籠」に出会った。

$ひとりぼっちのウォークマン

この絵は平たい籠に山のように積まれた

木いちごを描いた静物画である。


日常の風景のようだが、

とても温かみを感じ幸せな気持ちになる。


使い古した木のテーブルと、竹の籠が

そうさせるのか・・・

そして沢山のみずみずしい木いちごも。


「さあ召し上がれ」 と言わんばかり・・・


思わず、幾つか、口に放りこみたくなる。


そして、真っ赤な木いちごの手前には、

白いカーネーションが半分、

テーブルからはみ出して置かれている。


赤と白といい、カーネーションの置き方といい、

なんてさりげなくて、おシャレなんだろう・・・



今晩の「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、


フランスのありふれた日常の中に・・



レンブラント『夜警(フランス・バニング・コック隊長の市警団)』

この絵は、当時流行していた集団肖像画で、

市警団が出動する瞬間を描いたものである。


この絵を描いたことによって、

なんと、レンブラントは、

画家として、窮地に追い込まれてしまう

のである。

$ひとりぼっちのウォークマン-レンブラント『夜警』

なぜ?

肖像画であるにもかかわらず、

前の二人だけが目立っている。


周りの人達も、

それぞれに銃や太鼓を持ち、

一生懸命アピールしているのに・・・


その他大勢? になってしまっている。


この描き方では、不満が出るのは当然のこと。

皆、同じ金額を払っていたのに、

均等に描いてもらえなかったのだから。


絵としてはとても面白い、

スポットライトのように、

主役の2人にだけに光を当て、

何を語っているのか、

オペラの一場面のようである。


この大胆な手法は後世になって、

大きな評価を得たが、

完成した当時は、依頼主には不評だった。


そして、依頼主からは訴えられ、

レンブラントへの制作依頼は

全く来なくなってしまった。


それから、家庭的にも不幸が続いた。

でも、レンブラントは絵を描くことへの情熱は

失わなかった。


今晩のひとりぼっちの「ウォークマン」の旅は、


オペラのようなこの絵を観に・・・



レンブラント「イサクの犠牲」

この絵はレンブラントの宗教画で、

旧約聖書の一場面を描いている。

$ひとりぼっちのウォークマン

子供に刃物を向けるなんて、

なんと恐ろしい絵なのだろう。


どうやらアブラハムの信仰を試すものらしい。


神はアブラハムの一人息子イサクを

「モリヤの丘の岩で、焼いて神に捧げなさい」

と命じた。


なんて非情でむごいことだ。


苦しんだ末、アブラハムは決心して、

イサクを丘へ連れて行き、

喉元に小刀を当てようとした。


その時、天使が現れて、その手を制した。


よかった・・・


アブラハムの神への信仰が通じ、

イサクは救われたのだ。


そして、神から、未来永劫の子孫繁栄と

祝福が与えられたのだ。


なんと、スケールの大きい絵なんだろう。


一枚の絵から、旧約聖書の壮大な物語が

イメージ出来、

映画のように魅せられてしまった。



今晩の「ひとりぼっちのウォ-クマン」の旅は、


旧約聖書の一場面に遭遇・・・




レンブラント「テュルプ博士の解剖学講義」

この絵は、26歳のレンブラントが大成功を

収めるきっかけとなったものである。


解剖学の権威だったテュルプ博士が、

人体の解剖を公開講義している一場面を

描いたものである。

$ひとりぼっちのウォークマン


当時のオランダは、

貿易によって世界一の繁栄を誇っていた。


経済的にも潤い、各業種の組合(ギルト)は

集団肖像画を、

競って、壁面に飾るのが流行していた。


肖像画とは、一人の人物を描くものだったが、

この時代には多くの人がそれを望み、

集団で描いてもらうようになった。


それは、

人物を統一的に並べるだけの肖像画だった。


ところが、

レンブラントは新しい構図で、動きをつけて、

人々のさまざまな表情を生き生きと

描きあげた。


この絵も、それぞれの人物の特徴が見事に

捉えられているように見える。


描かれている人物は、お金をたくさん払い、

隣の人よりも自分の方を立派に描いてくれよ、

と言っているに違いない?


その描き方は、肖像画として画期的であり

注目を浴びることになった。



今晩の「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

巨匠に会いに

マウリッツハイス美術館へ・・・



レンブラント「自画像」

マウリッツハイス美術館展で、

展示場の奥に鋭い目をした老人が

こちらを見ていた。

その強い眼差しがとても印象に残った。


その絵は、

17世紀のオランダ絵画黄金期において、

活躍したレンブラント・ファン・レインが

描いたもので、


最晩年の「自画像」である。

$ひとりぼっちのウォークマン


彼は、ほぼ毎年、

自身の姿を描き続けた。

これは1669年に描いた現存する一枚である。


彼は愛する家族を相次いで亡くし、破産し

多くの辛苦を経験した。


それを物語るかのように、

63歳の画家の顔には、

壮絶な生き様が刻み込まれている。


しかし、その表情はどこか穏やかにも見える。

そして、絵に対する情熱は、

いつまでも、失わなかったようだ。


レンブラントのように人生の最後まで、

情熱をもって生きたいものだ。


今晩の「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

レンブラントの生まれた町ライデンへ・・・



エドワード・ロバート・ヒューズ 「星たちを引き連れた夜」

エドワード・ロバート・ヒューズが続くが、

この絵も、是非、紹介したくって、


”太陽と月の神話”の一場面である。


羽根を広げた月の神が、

眠りについたわが子を、

胸にかかえながら

天上を目指していくさまを描いたものである。



青色が、なんて美しいのだろう、

海の底かと思えるような青、

とても、幻想的だ。


$ひとりぼっちのウォークマン


後には、たくさんの星のキューピッドたちが、

にぎやかに楽しげに、

追いかけている。



月の神は、

キューピッド達が幼子を起こさないように、


「シィー」とばかりに、

口元に人差し指を押し当てている。



夢の中で、

こんな一場面に出会えたらいいなあ・・・



今晩の「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

星たちを引き連れた月の神のところに・・・



エドワード・ロバート・ヒューズ「Heart of Snow 」

今週も

エドワード・ロバート・ヒューズをとりあげた。


雲だろうか、雪だろうか、

この白いものは・・・


どうやら雪のようだが。


なぜ、こんなところに、

こんな美しい少女が、


ひとりで?

$ひとりぼっちのウォークマン


花の冠をかぶり、

手には花束を持っている。


もしかして、

恋人のことを思っているのか・・・


花束をあげようとして、

待ちくたびれたのか、


弱々しい少女の表情から、

あまり多くを期待することは

出来ないようだ。


太陽が昇ると、雪が溶けてしまうのに。


少女の身体も、

雪と一緒に溶けてしまうのだろうか、


はかない恋を予感させるような一枚である。



そばにいって、抱きしめてあげたい。



今晩の「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、


雪の中の少女のところへ・・・