(´・ω・`)日記 -11ページ目
ドイツとは全く関係のないことだけど、最近また、「ゴメン、愛してる」という韓国ドラマにはまってる。

日本で放送されたのは結構前で、私は、今年の初めに一時帰国したときに母が録画したものを見た。韓国ドラマはどろどろしている部分もあり、やらせっぽくて、絶対に誰か死んだり、記憶喪失になったり、事故にあったりして、「何なのこれは。」という展開も多いのに、はまってしまう。

おばさんと呼ばれてもいい。

私は韓国ドラマが好き。
「イブのすべて」が2002年に放送された頃からうちの母は韓国ドラマ好きである。
その頃、母は、私がドイツに言って寂しくて仕方がなかった。(姉もいるのに)
そこで、偶然見た韓国ドラマのヒロインを演じているチェリムが私に似ていることから見だした「イブのすべて」にハマった。

二人、ヒロインがいるのだけど、その二人はアナウンサーになるべくバトルを繰り広げる。
「いじめの場面なんてお母さんたちの時代みたいなのよ~」と母。
「皆なんとなく垢抜けきれてなくて、情があって、ちょっと昔みたいだわ」とも。

↑私のことも垢抜けきれてないと思ってるらしい。
チェリムはこれ。↓今はもっとかわいいけど、当時はこんな感じ。




冬にごめん、愛してるを見たので、今年の冬はぜんぜん嫌いじゃない。
ドラマの中でも冬で、冬も案外いいじゃない、なんて単純に感化されているのである。

そして急にまたドラマが見たくなってしまった。
色々探すが、字幕が日本語かドイツ語というのはなかなか見つからない。

が、執念深いので、字幕が英語バージョンで全話見られるサイトを見つけた。
大満足だったのだけれど、人は欲深いものである。
英語だと雰囲気が出ないし、こんなちっちゃな画面で見ていたくないのである。
テレビで見て、一人どっぷり浸かって盛り上がりたい。

母にテレビで録画したのをDVDに焼いて送ってと、頼んだところ、
「それがね、CMを切ってみたんだけど、うまくいかなくて、いい所まで結構切れちゃったわ」
という返事が返ってきた・・・・・・

はぁ~、人生うまくいかないなぁ~…(笑)



日本に帰りたくなる瞬間は不意に訪れる。

それが、夕暮れや、朝焼け、霜などから起こるものなら、なんと詩的に素晴らしいことだろう!

私の場合、公共のものを使わなくてはいけない状況に陥った場合に、無性に日本が恋しくなる。


トイレを使うとき

電車に乗るとき


大学のトイレが以上に汚い。
汚い話だけど、便座におしっこがよく付いてるし、こぼれていることもある。


どうしたらこんな使い方できるの??ドンッ


家の中はあれだけキレイにするドイツ人なのに、公共のものに対するモラルが欠けている。
他の人が使うのにどうして配慮できないんだろう?

そんなわけで、トイレに行きたくなくて、最近は水を控えるようになってしまった。
良くないんだけどね。
図書館にいかなきゃいいんだけど、本がそこにしかなくて、しかも借りられないので、やっぱり図書館に長時間いることになる。

友人曰く、「トイレが汚いから、みんな中腰でするからうまく行かないのよね」

余計それで汚くしてるんじゃないの。叫び
ズボンの裾におしっこが付き、(だってこぼれてるんだもん)、靴でおしっこを踏み、それで家に上がることのほうが、他の人のお尻が触れた便座に座ることより、いいことなんだ・・・

キレイの基準って難しく奥が深いシラー

ドイツには色々なスーパーがある。

マーケティング的には色々なカテゴリーに分かれているんだけど、日本人にはどこも同じように見えるんじゃないかと思う。

LIDL、ALDI、Pennymarkt、EDEKA、NPなど。

ちなみにうちの街にはtengelmannがない。だからKAISER`Sもない。
東の方には進出してないのだろーか?

私はPENNYがお気に入りなのだけど、家の近くにはない。近くには高いEDEKAしかない。
それでも少しはなれたところにLIDLがあるので、広告だけは入ってくる。

LIDLも最近、LIDL独自の商品に力を入れてきたなぁと、広告を見るたびに思う。
ドイツ語ではHANDELSMARKEという。日本でもどっかのスーパーに、「生活良好」印のお菓子がある。それと同じ。メーカーの食品とは一線を隔てた、スーパー独自の商品。

ちなみに、EDEKAでは「GUT&GÜNSTIG」
「SALTO」はREWEの冷凍食品。
最近は「FIT]とかそういう少し健康的なものを意識したものも出てきてる。(NETTOとか)

そして、日曜日、いつも通りに広告を見ていた私の目になんか、日本語っぽい文字が飛び込んできた。

「SUHADA」

おお!素肌か!

どうやら、LIDLはコスメ商品、WELLNESS商品全体を「SUHADA」という名前で売り出しているらしい!

知らんかった・・・いつからだろう・・・??

ちょっと親近感湧くよね。
この名前、資生堂の海外製品でも使っていた気がするんだけど?

LIDLのマーケティングは何を思って日本語のこれにしたんだろう?
SUHADASUSHIくらい有名なのか?

「それじゃあ、ダメなんだーーーーー!!!!」

500人くらいが座れるホールにマイクなしの怒号が響き渡る。
顔を赤くして、少し息が上がっている。

何がダメかと言うと、今までやってきた全部原価計算のダメなところ、つまり短所を説明しているのである。

学生が怒られているわけでも、ディスカッションと言うわけでもない。

ふつ~~~の、会計の講義である。


授業中、あまりにも説明に熱が入り、いつも白熱してしまうヴァイザー教授。

手振り身振りも激しいが、説明も激しい。
選挙の演説のようでもあり、舞台をみているようでもある。

たまに、熱が入りすぎて、素っ頓狂な声が出てしまうこともある。
喜怒哀楽といった表情も激しい。

両手を広げ、素晴らしさを説明したかと思えば、急に低い声になり、警鐘を鳴らす。
見ていてちっとも飽きない。

もし言葉がわからなくて、教授が舞台の上に立っていたら、劇だと思ってしまいそう。


こ~んな情熱たっぷりの講義もあります!
難点は、教授が白熱しすぎて、興奮しすぎて、言葉が早くなり、何を言っているのか聞き取れなくなること。


教授、時々、我に帰ってください...(;´Д`)ノ

私の周りには東ドイツ人が多い。

その中でも、かろうじて旧東ドイツ時代(DDR=Deutschen  Demokratischen Repbulick)を味わった30代前後の世代もたくさんいる。彼らが子供時代にDDRが終わっているので、そこまで悪い思い出と言ったものがなく、懐かしい、けれども失われた故郷としてDDRを見ていることが多い。

そんな中にいると、色々なことを耳にする。


例えば、DDR時代前半にはジーンズが禁止されていたり、キウイなど、ドイツ国内で取れない果物を壁の崩壊後に始めて知ったり、コーヒー豆が高くて手に入らなかったり・・・


そして昨日。
運動不足で、血行が悪くなった私は、リラックスも兼ねて思い切ってプールに行くことにした。
そこで、ぷーさんが「何時に行っても大丈夫なのか」と聞いてきた。
もちろん、夜の10時まで開いているので、しまる一時間前以外ならいつ行っても、大丈夫。

すると、「DDRではね、時間が決まってたんだよ。例えば、1時から2時とか、2時から3時とか。2時半から3時半に入りたいと言うのはダメで、決まった時間に行ってきちんと並ばないと入れなかったんだ。だからみんな一斉に着替えて、入るんだよ」

へえ~~~

あれ?日本の市民体育館のプールもそうじゃなかった?
私も並んで待って前の人が終わるのを待ったような気がするんだけど...
でも夏の外のプールではそういった思い出がない。

それを話すとすごく喜んでこう言った。

ずっと思ってたんだ、DDRと日本は似てるって!

確かに似てるとこ、多いんだよね。


 
ドイツからすごく近い国、ポーランド。

仲の良い友人がポーランド人なせいか、3年前はポーランド一色だった。
初めて外国で過ごしたクリスマスも、ドイツ留学中だったのに、ポーランドだった。

そして私も友人二人を日本まで連れてった。

いつも聞くポーランド語。
ドイツ語のように強くなく、なんとなく,くすぐったい風のような言葉。

日本では馴染みの薄い国。
私も世界史で習ったことと、「天の涯まで-ポーランド秘史」と言う漫画で作られた悲劇の国というイメージが定着してた。もちろん、そんなことはない。

残念ながら、ドイツ人は何かにつけ、ポーランドを目の上のたんこぶのように思っているフシがあるように思う。

友人も、居酒屋で酔っ払ったドイツ人に「車ばかり盗みやがって」と怒鳴られた。
いくらなんでもそれはないでしょパンチ!

関係ないかもしれないが、こんな諺もある。




Jetzt ist Polen offen! (訳 ポーランドが開くよ!)


何が起こってもおかしくない状態、コントロール不可能な状態を意味する。

ちょっと脅したりするときにも使うそう。


例えば...

「そんなことばかりしてると、ポーランドが開くぞ!」

みたいな。

なんか、この諺、ポーランドに対してひどいなって思うのは私だけ??

「貧乏が楽しい理由ってよくわからないな」

恩師であり、友人(だと私は思ってる)であるR男と、一時帰国であったときに言われた。

そう言われたのは、最近、貧乏であることが段々苦しくなってきていると漏らしたから。

昔、貧乏であっても楽しかった。
可愛いものが買えなくても、外でコーヒーなんて飲めなくても、全然大丈夫だった。
買い物をしなければ、自然に散歩に行けばいい。
カフェに行くなら、シートを持ってピクニック。
(冬は無理だけどね)

物がなくても楽しかった。
友人も東ヨーロッパ出身で同じくらいお金がなかった。

それが最近できない。
貧乏な友人も減った。

心に余裕がなくなってる。

おしゃれをしたい、と最近思う。
けど、服を買うお金がない。
4年も前に着ていた服をまだ着ている。
昔は、日本で楽しんだお洒落も忘れ、ヒッピーのように暮らしてた。
おしゃれなんてどうでも良くなってた。

物を買うとき、それが何でも、本当に必要かどうか、私の人生に必要であるかどうかを問いかける。

なくては生きていけないものなのか?


そして、これを買わないことにより、他に何が買え、何週間生きられるのか。

経済学上の利益で考えると、つまり機会費用だよね。

もっと知りたい人はこちら

そう考えると、放棄しなければいけない利益がたくさん出てくる。

でもただ単に、服を一枚買って、嬉しい思いをするよりも、パンや米を買って一週間長く生き延びることのほうが私にとっては大切だということです。

それでも、最近は貧乏が堪える...


2年前に、DIPLOMという制度から、日本のように学士(バッチェラー)と修士(マスター)という制度に変わったドイツ。

ドイツ国内にもたくさんのMBAスクールが存在する。

MBAは、大学に通っても取得するが出来るし、国から認可を得た私設のビジネススクールに通って取得することも可能である。もちろんDIPLOMもそうである。

学部においてある、経済関連の雑誌をパラパラめくると、私設のビジネススクールの広告がたくさんあることに驚く。色々なコースが出ていて、マネジメントに重点を置かれているけれども、それがインターナショナル・マネジメントだったり、普通のマネジメントだったりして、多彩である。

ランク的にいえば、ドイツでは、総合大学(universität)の方が高い気がする。
プライベートスクールはお金を出せば、制度が整っているので、MBAが取得しやすいイメージがある。
就職の時も大学のMBAの方が、ランクが高い、と友人は言う。
企業側もそのような発言だ。

ランクが高くても、理論重視で、実践があまり学べない、そして学生へのケアがちゃんとしてないのが大学だと思う。その分、変なところで無駄な労力というか努力というか、そういったものが必要になる。
(例えば、4学期生、2年間なのに、毎学期、木曜日に3回必修が重なるとか・・・つまり、絶対出られない講義が出てくるので、それは自習でやり通さなければならない。)
ここまで来ると、努力する・しないの範疇を超えている。
自分で本を見て。学ぶことが出来たら、教授なんて必要ではないんだから。
それに、MBAが取得できなかったら、元も子もない。

授業料が導入されている大学も多いが、ないところもある。
それでも、私設のビジネススクールに比べれば、安いだろう。

タダより高いものはない、とはこのことか・・・?!

私設ビジネススクールは、サービスも、教授陣もちゃんとしてて、かなり面白いものが学べそう。
留学生へのケアもしっかりしている感じだ。
授業も実践を重視し、どう理論を実践で使うか、という応用が学べる。
きちんと努力すれば、それが報われる形になっていると思う。
その分、授業料は高く、ドイツ内での、企業におけるMBAの認知度は不明。

取得してしまえば、MBAホルダー。
それが例え大学のものでも、私設ビジネススクールのものでも取ってしまえばこっちのもの。

MBAコースを取るからには、絶対に取得したい!
誰もがそう願うはず。
それなら、少しくらい授業料が高くても、私設のビジネススクールに入る価値があるのではないか、と思うし、認知度・知名度抜きで大学以外を選ぶのも一つの手だと思う。

数ある講義の中で苦痛なのがManagement Accounting。

原価計算を基礎としていて、原価計算はバッチェラーのときに習う。

あれ、日本でこんなことやるっけな~と思い、ググってみる。
すると

原価計算がある試験 日商簿記 1級

となってる。

大学ではやらないのか・・・?

このManagement Accountingは一年前にも訪れた講義。
その時には新しく知る専門用語がどっさりある上に、またまた新しい情報を矢継ぎ早にインプットされるのでついていけなかった。

一学期ちゃんと通ったのに、もう一度通っている今でも新鮮。
ぜんぜん頭に入ってなかったみたい。

今回、新たな発見をした。

やっぱり、講義わかんない・・・ということだ。

教授の話を追っていくとどんどん迷宮にのめりこむ感じ。
ハっと気づくと、どこにどんな関係があって今の話に通じているのかわからなくなってる。
話がどんどん違う方向に行って、元の話にぜんぜん戻らない感じ。

次第に集中力を失い、馬の耳に念仏状態となったところで大抵、教授も話し始めた話題に戻る。
そして、それを聞き逃したことに気づく...

コレは集中力の問題なのか。
それとも、ドイツ語の問題なのか。

講義が終わってどんよりとした私に、友人のマーテンはこう言った。

「ねえ、わかった?話がどんどん飛躍してて、ついてけないんだけど。結構、難しくない?」

!!!!!!

そうか、ドイツ人でもそんなことあるのか。
それじゃ、問題は私らの理解力か、先生のやり方か...

きっと私らだろうな・・・
私がまだ、ドイツに来たてで、ドイツ語で書く能力を高めたかったときのこと。

ドイツ人のEメール友達、つまりペンパルを(もう古い言葉?!)を募集しようと思いついた私。
早速、獲物を狙う蛇のごとく、何時間もかけて、そういったサイトを探し出し、ペンバルの相手を吟味。

どうせだから、ドイツ人よりも、ドイツ語が話せる、普段交流ができない国の人とお友達になりたいな~なんて思い始めていた。

だって、登録してある、アジア専じゃなさそうな人は、みんな漫画やアニメが好きなんですもの・・・
ドイツ語で長々と漫画やアニメを語る気にはなれない。

同い年くらいの女の子を捜しているものの、なかなかいない。

と、そこに、まともそうな大学生F君とモロッコ人とのハーフJ君、ベルリンで日本学を学ぶAさん。

第一希望のAさんからは返事が来ず、
J君とは、ドイツ内におけるアラビア人という会話が縺れ、音沙汰なしに、
そして普通のF君が残ったわけです。

F君とは長い友情が続き、毎回、私の文章をちゃんと校正してくれる法律学科の学生。
写真を送りあったり、結構続いた。
ジュード・ロウ似だったように思う。
まじめで優しいんだけれど、どこかパンチの欠ける彼。
なんとなく、文通の内容がつまらないのよね...
それでも、4年くらい続いたかな?

ちょっと、ドイツ滞在がうまくいっていなかった私は、筆不精になり、ついに音沙汰なくなった。

で、2006年、友人に進められ、studiVZという、ドイツ版MIXIみたいなものに登録した。
*この話題はコチラ

別に、大して面白くもないコレ。
ほったらかしにしておいた2007年。

久々に開いたら、「友人にして下さい申請」があった。



それはF君。



あら!と、なんとなく嬉しく思い、承諾。

それにしても、文通をやめたのが2005年、すごいね・・・
たまたま検索してみたのか、何なのか...

すると、彼、法律学科は卒業してました。
新たな夢はモデルとして日本進出とのこと。
ジュード・ロウ似だった彼。まあ、いいんじゃないと思ってた。
(注、私は彼の写真を一回しか見たことありません)
事務所に送る用の写真を撮ったから、是非見て欲しい、と写真が10枚ほど送られてきた。


え、こ、これは!
ムリ~~~~~!


自己陶酔型の写真の数々...

ジュードはいませんでした。


昔の写真、超良い角度のを私に送ったな!


「どうだった?」

との問い掛けに、ちょっといくら外国人タレントとして活躍するにも、もう少しだけ容姿が必要よ、な~んて言えない。いくら、外国人はかっこよく見える日本人でも、モデルとなればやっぱもう少しだけ何かが必要な気がする。容姿だけでなくオーラみたいな。ゴニョゴニョごまかす私。

「すっごくカッコいいポーズでしょ。モデルという夢のために僕は勉強しながらも腹筋を続けたんだ。ファッションモデルになりたいんだ」

確かにスタイルは結構いい。
でもなんかひ弱な感じ。

「モデルは厳しいし、日本へ行って仕事がもらえるとは限らないから、法律系のインターンでもしながら、日本で過ごしてみて考えてみたら?」

「ありがとう、でも僕は頑張るよ!」

今、日本にいるのか、夢を実現させる途中なのかわかりません。
でも、もうちょっと、地に足をつけた職業を選んだほうがいい気がします。

せめて、ドイツ語の教師とか。

何でモデルなの?