「貧乏が楽しい理由ってよくわからないな」
恩師であり、友人(だと私は思ってる)であるR男と、一時帰国であったときに言われた。
そう言われたのは、最近、貧乏であることが段々苦しくなってきていると漏らしたから。
昔、貧乏であっても楽しかった。
可愛いものが買えなくても、外でコーヒーなんて飲めなくても、全然大丈夫だった。
買い物をしなければ、自然に散歩に行けばいい。
カフェに行くなら、シートを持ってピクニック。
(冬は無理だけどね)
物がなくても楽しかった。
友人も東ヨーロッパ出身で同じくらいお金がなかった。
それが最近できない。
貧乏な友人も減った。
心に余裕がなくなってる。
おしゃれをしたい、と最近思う。
けど、服を買うお金がない。
4年も前に着ていた服をまだ着ている。
昔は、日本で楽しんだお洒落も忘れ、ヒッピーのように暮らしてた。
おしゃれなんてどうでも良くなってた。
物を買うとき、それが何でも、本当に必要かどうか、私の人生に必要であるかどうかを問いかける。
なくては生きていけないものなのか?
そして、これを買わないことにより、他に何が買え、何週間生きられるのか。
経済学上の利益で考えると、つまり機会費用だよね。
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そう考えると、放棄しなければいけない利益がたくさん出てくる。
でもただ単に、服を一枚買って、嬉しい思いをするよりも、パンや米を買って一週間長く生き延びることのほうが私にとっては大切だということです。
それでも、最近は貧乏が堪える...