銀河漂流劇場ビリーとエド 第4話『ようこそ!怪物プラネット』・① | せいぜいひまつぶしの小話

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5年目から創作系ブログとして新装開店しました。
色々と思うところ書いてます。講談社への抗議不買は一生続けます。
2022年12月からは小学館もリストに加わりました。
「人を選ぶ」とはつまり「自分は選ばれた」ということです。

登場人物

 

第4話 ②、 ③、 ④、 ⑤、 ⑥、 ⑦、 ⑧、 ⑨(終)

 

 鍋に落とせばフワリ舞い散る衣の花。油の香ばしい匂いと軽やかに弾ける音が、今か今かと
待ちわびる者たちの食欲をそそる。やがて鍋からカラリと揚がれば薄い黄金色をまとい、口の
中でサクッと奏でる食感が、最高の瞬間を演出することだろう。
 塩を振るもよし、ダシ醤油でいただくもよし。白飯と共に甘辛のタレがたっぷり染み込んだ
“天丼”をかっこむのもたまらない…味も期待も無限大に広がるこだわりの逸品だ。

「どうだエド、美味そうなエビの天ぷらだろう?」
「……………」
 ここは、宇宙船シルバーアロー号船員用食堂。エドワード船長は、角皿に盛られた天ぷらを
前に怪訝そうな顔で、何故か食べるのをためらうようにそれを見つめていた。

「どうしたエド、いらないのか?」
「これって…エビなの?」
「どっからどう見ても立派なエビの天ぷらじゃねぇか。エビじゃなきゃ何なんだ?」
 促すように語りかけるビリーは、何故か“エビ”を不自然に強調していた。
「だって足が6本」
「足が6本のエビだ
「それに色だって茶色」
「茶色のエビだ
「羽が生えて」
「羽が生えたエビだ!
「……………」
「………いや違うって、これやっぱりチャバネ…!」
 席を立とうとするエドワードの両肩を押さえつけるようにガッシリ掴み、目つきの悪い男は
船長のつぶらな瞳を真っ直ぐに見据えた。

「いいかエド、宇宙は広い。どんな生き物がいるか分からん。だからエビっぽくない見た目に
進化したエビがいたとしてもおかしくはないはずだ。だからこいつはエビだ。分かるな?」
「…………………………」
 有無を言わさぬビリーの迫力に圧倒され、エドワードは首を縦に振るしかなかった。
「よし、じゃあエビの天ぷらを食べるとするか。いただきます」
「いただきます」
「ゴキブリつまんで何やってるの」
「!!」
 衣を崩さぬように箸で器用につまみ、おもむろに天ぷらを口へ運ぼうとしたその瞬間、永い
眠りから目覚めた超能力少女の容赦無いひと言に、2人はその場で凍り付いた。

「これは………エビ?」
「もういいよ。こいつはゴキブリだ、どう見ても立派なチャバネゴキブリだよ!…ちくしょう
…あともう少しでいけると思ったのに…!」
「やっぱり自己暗示でごまかして食べるのは無理だよ。ゴキブリなんだから」
「そうだな。ゴキブリはやっぱゴキブリだ」
 念のために言っておくが、彼らがやっているのは自己暗示ではなく、単なるゴリ押しである。
「…なんだかエビの尻尾みたいな風味だね」
「同じキチン質だからな。でもやっぱゴキブリだ」
「そうだね」
「……………………」
 ゴキブリゴキブリ言いながら平然とそれを口に運び、バリボリ音を立て貪(むさぼ)り食う
2人の姿にアルルは戦慄(せんりつ)し、我が目を疑った。

 

「ようやくお目覚めですか、アルルさん」
 音も無く気配も無く、背後から突然ヌッと現れた聞き覚えのある声に振り向くと、そこには
大昔のパルプマガジンから抜け出してきたような、古臭いデザインのロボットが立っていた。
「…いたの?」
「ずっといましたよ。文章だから書かれるまで気付かなかっただけです」
「そういうもんなの?」
「そういうもんです」
「…まあいいわ。ところであいつらなんでゴキブリ食べてるの?」
「なんで…ですか。アレは要するにですね、ヒトは何故アイスクリームを食べることが出来る
のか?という、その問いに対するひとつの答えなわけですね」
「うん。全然分かんない」
「逆に考えてみて下さい。塩味のアイスクリームを知らないで口に入れたら一体どうなるか?
アイスクリームは甘いと分かっているから食べることが出来るように、船長たちがゴキブリを
食べられるのも、エビの尻尾みたいなものだと分かっているからなんです」
「…なんで“わざわざ”ゴキブリ食べてるの?」
「そんなの決まってるじゃないですか。他に食べるものが無いからですよ」
 ロボは両手両腕を広げながら、そんなことも分からないのかと言わんばかりに体をゆすった。

 宇宙を彷徨(さまよ)い星々を渡り歩くのも、決して楽ではない。漂流生活を営む彼らには

どうしても避けられない問題が“2つ”あった。死にたくなるほどのヒマと、『食糧』だ。
 宇宙の海で魚は釣れない。外から持ち込むにしても限界がある。それでなくとも宇宙の旅は、
いつ、どこで補給を受けられるか、確実な見込みを立てるのが難しく、そのため人類が活動の
場を宇宙に広げて以来、機械設備の稼働効率向上にエネルギー調達、および自給自足を目的と
した様々な技術や手段を発達させてきた。

 食糧生産プラントもその1つであり、彼らの母船であるシルバーアロー号にも当然のように
搭載されている船員たちの生命線は、最大収容人数250人超に対応していながら、どういう
わけだか実質2人分の食糧も満足に賄(まかな)えないほど供給が不安定で、彼らは慢性的な

食糧不足に悩まされていた。
「だからゴキブリを天ぷらなんかにしちゃったりなんかするわけですね」
「アルルさんも食べる?」
「あー…天かすだけでガマンしとくわ」
「それなら別に作って取っといたヤツがあるぞ。脚とか触角とか混ざってるけどな」
「…ホントに何も無いの?」
「あってもせいぜいパン粉ぐらいだな。具無しのフライにするかオーブンでカリカリに焼いて
砂糖でも振ってみればいけるんじゃないか?砂糖も残り少ないけどな」
「…………」
「……………………」
「……なんで目ェ覚ましちゃったんだろう…」
 アルルは頭を抱え、大きくため息を吐(つ)いた。年単位の永い眠りから目覚めたばかりで
つき合わされる相変わらずのトンチキなやり取りは、アルルにとって紛れも無い現実の出来事
であり、それだけに一層タチが悪かった。

〈続く〉

 

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