●親密で極上の音楽
👆フルアルバムの音源❣
チャートでも好成績をのこす、2017年にデビューしたオルタナティブ/インディーシーンの巨星「Cigarettes After Sex (シガレッツ・アフター・セックス)」。日本で略称は定まっていないようだが、以下シガレッツと表記することにする。このレビューでは今月(2024年7月)に発売された彼らの3rdアルバム『X's』をレビューします。
wikiによると、現在のメンバーはファウンダー(≒創始者)であり、ギターボーカルでソングライターのグレッグ・ゴンザレスを中心とする3人組のようだ。ドリーム・ポップ/アンビエント・ポップ・バンドと称されるが、そう称されるバンドのほとんどが甘美な曖昧さの美徳を鳴らしているのに対し、サイケでドリーミーな特徴も確かにあるけれども、シガレッツにはもっとスッキリしてシンプルな音楽的主張を感じ取ることができる。
さて、彼らの音楽について詳しく述べる前に、邦楽と洋楽について自分の持つ問題意識を読者の皆さんにお伝えしたい。
欧米の文化/社会は日本のそれと違う。文化/社会の違いは音楽への理解度にも表れる。言葉を歌う音楽は特に、ある程度の基礎知識がないと充分に楽しめないものが多い。和訳では伝わらない英語詞ならではのフィーリングや、各国独自の音楽性や表現手法は彼らの文化/社会からの影響が強い。他のカルチャーだと「お笑い」を想起すると分かりやすい。
昔の洋楽は日本で即時にローカライズされ、日本人が興味を持てるように日本語の曲名をつけられたり、音楽雑誌などのメディアで日本人の趣向に合うようにプロモーションされたりしていた。しかし、そういったローカライズはここ10年以上、あまりされなくなった。それも日本で洋楽が流行らなくなった一因だと思う。
しかし、長い間続いた、海外の文化を取り入れることが得意な日本による洋楽のローカライズとそれによる洋楽人気により、洋楽は日本人にとっての音楽のDNAに刻まれた。現在の邦楽を聴いていると、1960年代〜2000年代(ゼロ年代)の洋楽からの影響をあちらこちらで聴くことができる。だが、2010年代以降の洋楽からの影響を感じる邦楽はEDMや音の質感を除いてそれよりもだいぶ少ない。
たぶん、その理由の一つは英米や世界的な2010年代からのヒップホップの隆盛もあると思う。ヒップホップは言葉ありきの音楽だし、黒人文化/社会の影響が強い(もちろん、白人ラッパーもいるが、ヒップホップのおおもとは黒人の文化だった)。ラップ好きの日本の若者には刺さって影響を及ぼしたかもしれないが、他の日本の大衆(僕も大衆)には伝わらなかった。
そうして、海外で流行している洋楽がリアルタイムで日本で聴かれなくなったのが、2010年代以降の日本だと思う。同じ海外の音楽でも、リアルタイムのK-POPが日本でよく聴かれているのは、韓国と日本の両国による日本へのローカライズが上手くいっているからだと思う(たとえば、日本語の歌詞も含めたり)。
かく言う僕も、マネスキンなど少数のバンドを除いて、最近の洋楽はゼロ年代以前に世に出たバンドの作品しか聴いていない。懐古主義という訳ではなく、新しい世代の洋楽バンドもいちおう聴いてはみるのだけど、なかなか自分にはハマらない。
邦楽と洋楽を区別することは無意味とおっしゃる方もいるだろう。僕もミツキ(MITSUKI)について書く際にそれと似たことを書いた。しかし、邦楽と洋楽を分けることは、両者ともに音楽であるという一面で見たら的が外れているのかもしれないが、その傾向性は二者でだいぶ違うので分けることも意義があるだろう。(特に邦楽ロックやJ-POPはガラパゴス化が進んでいる。)
👉Mitski『Be the Cowboy』〜邦楽ファンと洋楽ファンの境界とは?〜
そんな僕でもシガレッツにハマったのは、彼らの音楽が普遍的な美しさをたたえていたからだと思う。その一点だけで僕の心の壁(ATフィールド)を突き破ってきた。 The 1975のように(よりも?)モダンでエレガントな音。そして、バンド名のとおり、チルアウトな曲調。恐ろしいくらいに洗練されたその慎ましやかで快楽的な音像と曲の構成に感動すら覚える。邦楽、あるいは洋楽においても、これほど良い音と構築美を聴かせるアーティストは稀(まれ)ではないか。
彼らの音楽を瞑想的と表現する方もいる。そうだね、この音楽的な深みはどこまでも沈潜していける魅惑にあふれている。アルバム中、しばしば聴かせるギターのサイケな音色に没入感があるし、歌声はセクシーでスイートだけどタバコを吸った後の吐息のような渋みもあり、ああ、親密で極上の音楽だ。もちろん、リズム隊の二人の演奏も手練れであり、音楽への愛を感じるし、楽曲の骨格をしっかりと支えている。シガレッツの鳴らす一音一音に感激している自分がいる。この音は僕にとってのリアルだと思った。
しかし、楽曲ごとの個性が均一的すぎるとも思う。もちろん、どの曲も様々な個性があると感じる方もいるだろう。そういう方は、シガレッツの音楽を聴く上で心構えとリテラシーがあったということ。(僕の心構えとリテラシーは、オルタナティブかつ歌としての魅力がある邦楽ロックバンドに最適化している。)
そんな中で僕がおすすめする曲は、#8「Hot」だ。ボーカルの高音が気持ち良く、おごそかで尊く感じる。まどろむようなボーカルとサウンドで深くリラックスしたいときに聴きたい。
👆「Hot」
僕は彼らの音楽を『MUSICA(ムジカ)』の中のレビューで初めて知ったか、意識した。音楽とのこういう予期せぬ出会いがあるから、音楽雑誌の価値は消えないのだ。と同時に、僕みたいな野良のアマチュアが書いている音楽ブログにも価値を感じる方がいれば嬉しい。これからも、サブスクを掘ったり、音楽メディアやSNSを利用したりしてシガレッツのような良いバンドを探していきたい。
Score 8.5/10.0
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