もうすぐチャンネル登録60万人の節目を迎えられるYouTuber HISAKOさん。
しかしその発信の根幹は、道徳のストッパーが外れています。
ご自身が学校に招かれ行っているいのちの授業を機に「日本の教育現場が抱える問題点」を語る大きなブログでは、こどもまなびラボさんと中学生をまねしてました。
こどもまなびラボさんからは7回目の発掘です。
・子どもの集中力。 最後まで座って食べられないのは当たり前!
道徳教育を受ける中学生の気持ちを理解し語る部分は、理解もなんも、新聞投書欄にあったらしい中学生の言葉まるうつし。
子どもたちの心に、本気で寄り添います。
という締めの一言さえも、14歳中学生の問いかけ「道徳の授業は子どもの心に寄り添っているでしょうか。」そのまんま。
子どもの言葉盗みながら子どもの心に寄り添うてなんなん。ホラーか。
そもそも
神様のような人間性を「善」とし、
仏のような人徳を目指しましょうという人としてのあり方を
教えるのはたやすいことではありません。
とあるけれど、まねされた記事からも、学習指導要領からもこのような目標は読み取れません。
「教育現場が抱える問題点」」を見据えている風のHISAKOさんご自身が、学校教育を甚だしく誤解されているのだと、私は思います。
2019-12-09
HISAKOストッパーを外しちゃいました 〜小坂井中学校 いのちの授業〜
元記事
こどもまなびラボさん
2018-07-14
青 元記事
なぜ、いま「心の教育」が重要視されているのでしょうか。
赤 12人産んだ助産師HISAKOさん
学校が一番、実感しているはずなのに。
親としては、国語、算数、理科、社会など、いわゆる「メイン教科」の学習をつい優先したくなりますよね。
算数や国語などのメイン教科と比べて
いのちの授業が重要視されていないことを
思い知らされることは多々あります。
A. 主として自分自身に関すること
(「善悪の判断」「正直、誠実」「希望と勇気、努力と強い意志」「真理の探究」など)
自分自身に関することでは、
善悪の判断・正直や誠実・希望と勇気・努力と強い意志
B. 主として人との関わりに関すること
(「親切、思いやり」「感謝」「礼儀」「相互理解、寛容」など)
人との関わりに関することでは
親切や思いやり・感謝・礼儀・人の気持ちを考えること
D. 主として生命や自然、崇高なものとの関わりに関すること
(「生命の尊さ」「自然愛護」「感動、畏敬の念」「よりよく生きる喜び」)
いのちや自然との関わりに関することでは
よりよく生きる喜びや感動・生命の尊さ・自然愛護
多くの親御さまがイメージされているものと、そう大差はないはずです。どれも目には見えづらく、客観的にも評価(点数化)しづらそうな内容ですね。
これらが『道徳』なワケですが、
どれも目には見えなくて
客観的に評価しにくい内容ばかりです。
生まれ育った環境が違う、言葉が違う、考え方が違う。
言葉が違う。考え方が違う。
多種多様な文化や価値観を持った人と接する機会も、きっと増えていくことでしょう(あるいは、グローバル化という壮大な話をせずとも、身近なところにだって、“自分とは違う” 人がたくさんいることは自明ですよね)。
多種多様な文化や
価値観を持った人と接する機会は
これからの時代、きっと増えていきます。
時に対立することはあっても、そういった違いを認めながら他者と協働できる人になることは、今後の社会をつくっていくうえでも必要不可欠。
さまざまな違いを認めながら
協調性を持って生きていける人になることは必須ですが
特に、最近ではスマートフォンの低年齢化が指摘されるなど、小学生が自分のスマートフォンを持つことも珍しくはなくなってきている時代です。
また、総務省情報通信政策研究所の別の調査では、10代のSNS利用率が、平成24年からたった数年で倍以上に急増していることも明らかに。
また最近は、小学校高学年になると
自分のスマホを持っている子が急激に増えます。
当然、コミュニケーションの方法や対人関係の構築の仕方も、昔とは異なってきます。
つまり、コニュニケーションの方法や
対人関係の構築の仕方が、昔とは全然違うのです。
もはや、個々の家庭における “しつけ” だけの問題ではなく、これらは、社会全体で考えなければいけない教育の問題となったのです。
そして、核家族、共働き、少子化・・・
家庭での道徳教育もしにくい時代です。
東京都生活文化局が発表したアンケートにより、多くの親が、家庭での道徳教育について「親自身に正しいルールやマナーが身についていない(61.5%)」「親自身の責任感や心構えができていない(47.5%)」仕事など自らの生活を重視するあまり、家庭教育やしつけがおろそかになっている(32.4%)」といった悩みを抱えていることが判明しました。
「しつけ」「親の責任」
大事なんだろうけど、これらの言葉、
親にとってはすごい重圧です。
きっと、子どもは子どもなりに、頭を使って考えるはずです。
子どもは子どもなりに
頭を使って考えているはず・・・
仮に、親御さまご自身が考える「正解」とは異なっていたとしても、決して頭ごなしに否定はしないこと。
大人が思う「正解」とは異なっていたとしても
なぜならば、そうやって誠実に考えようとする姿勢や態度こそが、「豊かな心」を育んでいくのですから。
きっと彼女は「赤ちゃんをかわいいと思えない」ことを
誠実に考えた結果、トイレにこもったのだと思うのです。
そんな姿勢や態度こどが豊かな心を育んでいきます。
元記事
shima-tさん
中学生 (東京都 14歳)さん
2014-08-23
※中学生さんの投稿ほぼ丸写しなので元投稿全文記載します。
青 元記事
窮屈に感じる道徳の授業 中学生 (東京都 14歳)
道徳の授業は子どもの心に寄り添っているでしょうか。
赤 12人産んだ助産師HISAKOさん
子どもたちの心に、本気で寄り添います。
授業では美徳を押しつけられます。
大人のキラキラした美徳の押し付けだと
教科書にある模範的な友人関係は容易には築けません。
教科書にある模範的な友人関係は
容易には築けません。
読むほどに非現実的です。
非現実的です。
きれいごとを並べただけにしか思えません。
きれいごとを並べただけにしか思えません。
子どもは大人が考えるほど単純ではありません。
子どもは大人が考えるほど単純ではありません。
それぞれに悩みを抱え、論理的に処理できない感情のもつれの中で、日々、もがき苦しんでいます。
それぞれに悩みを抱え、
日々もがき苦しんでいます。
最低限の善悪や道徳なら、教わらなくても分かっています。
「いのちが大切」
「しんどくても頑張る」
「他者には親切にする」
という、わかりきったことを
だから、つい反発したくなります。
だからつい、反発したくなるのでしょうね。
分かりきったことを押しつけられるのは腹が立つし、型にはめられたら窮屈です。
さらに押し付けられるのは腹がたつし、
型にはめられたら窮屈です。
心のケアどころか、「心の束縛」と感じます。
大人になると、子どものころの複雑な感情を忘れてしまうのでしょうか。子どもが大人に相談できないのも、大人が気持ちを理解してくれないからではないでしょうか。道徳教育の中身を見直してもらいたいです。


