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助産師さんの観察ブログ

アメブロプロフェッショナルブロガーだった12人産んだ助産師HISAKOさんを観察しています。15人大家族ではありません。なぜかアメブロは閉鎖、ばぶばぶでもブログは更新されなくなったので、主に過去ブログからコピペ疑惑を掘り出しています。

もうすぐチャンネル登録60万人の節目を迎えられるYouTuber HISAKOさん。

しかしその発信の根幹は、道徳のストッパーが外れています。

ご自身が学校に招かれ行っているいのちの授業を機に「日本の教育現場が抱える問題点」を語る大きなブログでは、こどもまなびラボさんと中学生をまねしてました。

 

こどもまなびラボさんからは7回目の発掘です。

子どもの集中力。 最後まで座って食べられないのは当たり前!

子どもにいつスマホを与えるか?

子どもにとって『遊び』とは?

(9子)の空想、オナラウイルス!

娘に負けたくない!!

難しく考えすぎやねん、子どもの『しつけ』

 

道徳教育を受ける中学生の気持ちを理解し語る部分は、理解もなんも、新聞投書欄にあったらしい中学生の言葉まるうつし。

子どもたちの心に、本気で寄り添います。

という締めの一言さえも、14歳中学生の問いかけ「道徳の授業は子どもの心に寄り添っているでしょうか。」そのまんま。

 

子どもの言葉盗みながら子どもの心に寄り添うてなんなん。ホラーか。

 

そもそも

神様のような人間性を「善」とし、
仏のような人徳を目指しましょうという人としてのあり方を
教えるのはたやすいことではありません。

とあるけれど、まねされた記事からも、学習指導要領からもこのような目標は読み取れません。

 

「教育現場が抱える問題点」」を見据えている風のHISAKOさんご自身が、学校教育を甚だしく誤解されているのだと、私は思います。

 

元記事HISAKOさんブログの類似部分を、元記事の流れに沿って引用、並記しています。あくまでも一部抽出ですので、元記事の意図は十分に汲めません。興味を持たれた方はぜひリンク先をご一読ください。
※まねブログのリンクは記事作成時点で確認できたURLです。バナーはブログ、タイトルテキストは魚拓にリンクしています。
※同じ文章は、2023年3月までnoteとアメブロプロフェッショナルブログにも掲載されていた可能性がありますが、いずれもHISAKOさんブログ一本化を理由に閉鎖・削除されています。

 

12人産んだ助産師HISAKOさんブログ

2019-12-09

HISAKOストッパーを外しちゃいました 〜小坂井中学校 いのちの授業〜

 


親としては、国語、算数、理科、社会など、いわゆる「メイン教科」の学習をつい優先したくなりますよね。

算数や国語などのメイン教科と比べて
いのちの授業が重要視されていないことを
思い知らされることは多々あります。

 

A. 主として自分自身に関すること
(「善悪の判断」「正直、誠実」「希望と勇気、努力と強い意志」「真理の探究」など)
自分自身に関することでは、
善悪の判断・正直や誠実・希望と勇気・努力と強い意志


B. 主として人との関わりに関すること
(「親切、思いやり」「感謝」「礼儀」「相互理解、寛容」など)
人との関わりに関することでは
親切や思いやり・感謝・礼儀・人の気持ちを考えること


D. 主として生命や自然、崇高なものとの関わりに関すること
(「生命の尊さ」「自然愛護」「感動、畏敬の念」「よりよく生きる喜び」)
いのちや自然との関わりに関することでは
よりよく生きる喜びや感動・生命の尊さ・自然愛護


多くの親御さまがイメージされているものと、そう大差はないはずです。どれも目には見えづらく、客観的にも評価(点数化)しづらそうな内容ですね。

これらが『道徳』なワケですが、

どれも目には見えなくて
客観的に評価しにくい内容ばかりです。

 

生まれ育った環境が違う、言葉が違う、考え方が違う。

言葉が違う。考え方が違う。

 

多種多様な文化や価値観を持った人と接する機会も、きっと増えていくことでしょう(あるいは、グローバル化という壮大な話をせずとも、身近なところにだって、“自分とは違う” 人がたくさんいることは自明ですよね)。

多種多様な文化や
価値観を持った人と接する機会は
これからの時代、きっと増えていきます。


時に対立することはあっても、そういった違いを認めながら他者と協働できる人になることは、今後の社会をつくっていくうえでも必要不可欠。

さまざまな違いを認めながら
協調性を持って生きていける人になることは必須ですが

 

特に、最近ではスマートフォンの低年齢化が指摘されるなど、小学生が自分のスマートフォンを持つことも珍しくはなくなってきている時代です。

また、総務省情報通信政策研究所の別の調査では、10代のSNS利用率が、平成24年からたった数年で倍以上に急増していることも明らかに。
また最近は、小学校高学年になると
自分のスマホを持っている子が急激に増えます。


当然、コミュニケーションの方法や対人関係の構築の仕方も、昔とは異なってきます。

つまり、コニュニケーションの方法や
対人関係の構築の仕方が、昔とは全然違うのです。

 

もはや、個々の家庭における “しつけ” だけの問題ではなく、これらは、社会全体で考えなければいけない教育の問題となったのです。
そして、核家族、共働き、少子化・・・
家庭での道徳教育もしにくい時代です。


東京都生活文化局が発表したアンケートにより、多くの親が、家庭での道徳教育について「親自身に正しいルールやマナーが身についていない(61.5%)」「親自身の責任感や心構えができていない(47.5%)」仕事など自らの生活を重視するあまり、家庭教育やしつけがおろそかになっている(32.4%)」といった悩みを抱えていることが判明しました。

「しつけ」「親の責任」
大事なんだろうけど、これらの言葉、
親にとってはすごい重圧です。


きっと、子どもは子どもなりに、頭を使って考えるはずです。

子どもは子どもなりに
頭を使って考えているはず・・・

 

仮に、親御さまご自身が考える「正解」とは異なっていたとしても、決して頭ごなしに否定はしないこと。

大人が思う「正解」とは異なっていたとしても

 

なぜならば、そうやって誠実に考えようとする姿勢や態度こそが、「豊かな心」を育んでいくのですから。

きっと彼女は「赤ちゃんをかわいいと思えない」ことを
誠実に考えた結果、トイレにこもったのだと思うのです。


そんな姿勢や態度こどが豊かな心を育んでいきます。

 

元記事 

shima-tさん
中学生 (東京都 14歳)さん

2014-08-23

 

 

※中学生さんの投稿ほぼ丸写しなので元投稿全文記載します。

 

青 元記事

 窮屈に感じる道徳の授業  中学生 (東京都 14歳)

 道徳の授業は子どもの心に寄り添っているでしょうか。

赤 12人産んだ助産師HISAKOさん

子どもたちの心に、本気で寄り添います。

 

授業では美徳を押しつけられます。

大人のキラキラした美徳の押し付けだと
 

教科書にある模範的な友人関係は容易には築けません。

教科書にある模範的な友人関係は
容易には築けません。

 

読むほどに非現実的です。

非現実的です。
 

きれいごとを並べただけにしか思えません。

きれいごとを並べただけにしか思えません。


 子どもは大人が考えるほど単純ではありません。

子どもは大人が考えるほど単純ではありません。
 

それぞれに悩みを抱え、論理的に処理できない感情のもつれの中で、日々、もがき苦しんでいます。

それぞれに悩みを抱え、
日々もがき苦しんでいます。

 

最低限の善悪や道徳なら、教わらなくても分かっています。

「いのちが大切」
「しんどくても頑張る」
「他者には親切にする」

という、わかりきったことを

 

だから、つい反発したくなります。

だからつい、反発したくなるのでしょうね。

 

分かりきったことを押しつけられるのは腹が立つし、型にはめられたら窮屈です。

さらに押し付けられるのは腹がたつし、
型にはめられたら窮屈です。

 

心のケアどころか、「心の束縛」と感じます。
 大人になると、子どものころの複雑な感情を忘れてしまうのでしょうか。子どもが大人に相談できないのも、大人が気持ちを理解してくれないからではないでしょうか。道徳教育の中身を見直してもらいたいです。