12人産んだ助産師HISAKOさん、LITALICO発達ナビさん記事のまねブログです。
LITALICO発達ナビさんのまねはママの感情、子どもにどう影響する?に続き、2回目。
本田秀夫先生のまねは(7子)ちゃんの登校しぶり〜発達障害〜、特別支援学級はいいところ!に続き3回目の発掘です。
元記事
LITALICO発達ナビ
信州大学医学部子どものこころ発達医学教室
附属病院こどものこころ診療部長
本田 秀夫先生
2019-02-28
12人産んだ助産師HISAKOさんブログ
2021-11-09
「できるようになる」には、ひたすら『時間』が必要です(発達障害)
人の「発達」は、必ずしも連続的に右肩上がりに伸びるとは限りません。
赤 12人産んだ助産師HISAKOさんブログ
赤ちゃんの発達
子どもの発達
そして大人になったママたちの人間成長だって
いつも連続的に右肩上がりに
伸びるわけじゃありません。
ある時期まで全くできなかったのに、ある時期から急にできるようになる、ということがあります。
ある時期までまったくできなかったことが
ある時期から急にできるようになる
ということもあります。
読者のみなさんの中には、オムツを1歳で取ってしまった人もいれば、4歳頃まで取っていなかった人もいると思います。
例えば、おむつが2歳で外れる子もいれば
4歳まで取れない子もいます。
もし4歳までオムツが取れなかったとしても、大人になってそのことを恥だなどと思っている人はまずいないでしょう。
大人になったら
おむつが外れるのが遅かったことで
心を病む人なんてまずいないし、
オムツが取れている子が周りに着々と増えてきているのに、「うちの子はまだ取れていない」と焦るわけです。
周囲がどんどんパンツになっていく中
わが子だけが置いてきぼりになっていく
渦中にいるときママは焦りますよね。
でも、大人になってから振り返れば、オムツがいつ取れたかなど、どうでもいい話。
おむつがいつ取れたか?
そんなのどうでもいい話。
後になって考えるとムダな焦りだったと言えるかもしれません。
後になって考えると
あのときの焦りは
無駄だったなーと笑い話になります。
同じようなことが、発達障害の人の場合にもあるのです。
うちの中学1年生、(7子)ちゃんは
『自閉症スペクトラム障害』という
発達障害を持っています。
いったんできるようになってしまえば、いつからできるようになったかは問題になりません。
いったんできるようになってしまえば
いつからできるようになったかは
問題にさえもなりません。
時間が経てば、できるようになるはずなのですが、ほかの子どもたちと同じ時期にできるようになっていないと、親はとても不安になります。
時間が経てばどんなことも少しずつ
できるようになっていくもんですね。
当時はあんなに悩んで
早くみんなに追いつくように
あれやこれやと気を揉んだけど
発達障害の人たちには、特有の発達スタイルがある。
発達障害の人たちには
特有の発達スタイル、独特な発達スピードがある。
それをきちんと理解しておくことが大事です。
それを周囲がちゃんと理解することが
大事なんだなぁとつくづく思います。
いま無理に教えなくても、いずれできるようになるのだ」という見通しさえ持っていれば、別に焦らずにすむわけです。
今できないからといって
ずっとできないわけじゃないんだなって。
いずれできるようになっていく
という見通しさえ持っていれば
別に焦ることないんですよね。
4~5歳の発達障害の子どもに「大人へのあいさつ」を教え込むことは、難しい場合が多いでしょう。
小学生低学年では
「自分の考えていることを
言葉で相手に伝えなさい」
といくら指導しても
なかなか難しい場合が多いと
小学校の先生がおっしゃってました。
でも、小学校中学年から高学年にかけて丁寧に指導すれば、比較的簡単に定着します。
高学年なら、丁寧に指導すれば
比較的簡単に定着するんだそうです。
たとえば、微妙な空気を読むことを教えても、残念ながら限界があります。
例えば
「場の空気を読む」
「微妙な対人関係の調整をする」
いくら教えても
(7子)には限界があるでしょう。
発達障害の特性には、大人になって困りごとが軽減するものもあれば、困難がなくならず支援が必要な領域もあります。
発達障害の特性には
大人になるにつれ生きづらさが
軽減していくものもあれば
やっぱり困難がなくならず
支援が必要なものもあります。
身長の伸びと同様に、精神機能のさまざまな領域の発達においても、個人差は存在します。
このように、
人間はみんなそれぞれ個性があり
それぞれの発達スタイルがあり、中には成人期までに帳尻が合う領域もあれば、残念ながら、平均的な水準に達することのないまま終わるものもあるかもしれません。
定型発達でも発達障害でも
それぞれの発達スタイルがあり、
大人になるまでに
平均的な水準に追いつくものもあれば
残念ながらそこに達することのないまま
終わるものもあったりします。
数値化できませんが、「空気を読む」「微妙な対人関係の調整をする」などの能力についても相対的なものですので、周囲の人よりも苦手なことが多く、生きづらいと感じる人は、どうしても出てくる可能性はあります。
例えば
「場の空気を読む」
「微妙な対人関係の調整をする」
周囲の人よりも苦手なことが多く
生きづらいと感じる人は
どんなに素晴らしい社会であっても
ゼロになることはないと思います。
人に多様性がある限り、社会的に不利な少数派の人たちは、必ずある一定の割合で存在します。
人に多様性がある限り
社会的に不利な少数派の人たちは
必ずある一定の割合で存在するのです。
教育界にしばしば見られる幻想ですが、「どんな人でも時間をかけて繰り返し量をこなせば、必ずできるようになる」という考えを持つ教師がかなりいます。
『時間をかけて
繰り返しこなせば
必ずできるようになる』
また、何かを目指すときには、苦手なことを克服することが美徳だと、私たちは思いがちです。
何かを目指すとき、
苦手なことを克服することが美徳だと
わたしたちは思いがちです。
しかし、それがうまくいかないのが発達障害の人たちなのです。
でも、それがうまくできないのが
発達障害の子どもたちなんですよね・・・。
苦手の克服を最優先課題にするのは、発達障害の人たちにとってはしばしば逆効果となり、特訓すればするほど嫌いになってしまいます。
苦手の克服をゴールと定めて
(7子)が不得意とするところに
わざわざ向き合わせようとする
支援という名の押し付けは
逆に彼女を苦しめてしまう結果になりました。
