昨日の続き
明日に続く
「日経」夕刊記事
長距離トラックドライバーが運転席でペットボトルに排尿し、インターを出た後、一般道の繁みに投げ捨てる、という記事です。
ウチのお客さん(ドライバー)も2回やったことがある、と言っていました。
彼はペットボトルではなく、大き目のコーヒーの空き缶に注入し、しかるべき所に流したと言います。
ペットボトルの場合、サイズが合わないので漏斗を利用するようです。
ドライバー諸君の情け無い表情が目に浮かびます。
問題は、彼らが何も好んで、こんなことをやっているのではない、ということです。
サービスエリアで休息をとることも許されず、生理現象も非人道的な解決方法を強いられる。
これは生活リズムを狂わせて働かせる西三河流の2交代勤務と同根です。
どの分野も、若い世代の参入は望めず、外国人も頼れず、この状態はずーっと続き、やがて、この国は終焉を迎えます。
ところで、経団連の広報誌なら、こんな記事は書けないと思うのですが、政権に忖度しなくなったのか、ただの鈍感なのか?
「。」、「、」のどちらが読点なのか即答できますか?
ちなみに、「読」を「とう」と発音するのは「読点」の場合だけのようです。
米田良三氏の原稿の編集中、気付いたのですが、氏の文章において「、」の扱いが一定していないのです。
文章の流れによっては「、」が邪魔だと感じる場合があったのかも知れません。
「まず、」と「まず」のように、全編を通じて「、」が有ったり、無かったりすると、日本人ならまだしも、日本語に自信のある外国人ですら混乱すると思います
ここで応用問題です。
「死者を弔うことがまずおこなわれた。」という文があったとします。
貴方なら何処に読点を入れますか?
日本人なら、読点が無くても平気ですが、外国人だとちょっと辛いと思います。
親切なのは、「死者を弔うことが、まず、おこなわれた。」のように2箇所ですね。
編者の立場からすると、本文をいじるわけには参りませんが、読点の追加は必要と考えます。
と言うのは、現代日本人には、大きな「バカの壁」が立ちはだかっていて、なかなか「法隆寺移築説」が広まりません。
わが国ではどの分野に於いてもそうですが、この壁を崩すには「外圧」が有効です。
そのためには、日本語を得意とする外国人研究者のための読みやすい歴史書が必須です。
『続 法隆寺は移築された 建築史学入門』はその役割を負っているのです。
外国人読者の中から新たなフェノロサが出現することを期待しています。
日本が本当に滅びるのではないか、という議論があちらこちらで聞かれますが、このテーマに関連するツイッターを見つけました。
熟年にとっては、ついこの間のことですので、すべて、この通りと納得できます。
意図的でない限り、こんなにも素敵な国が現在のように無残な状態になることはあり得ません。
「改革」と称せられたことの全てがペテンだったわけで、それを推し進めていた連中は売国奴、もしくは非日本国民に違いありません。
それでも“今がいい!”という人は知らぬ間に彼等の仲間になっているのかもしれません。
117の起こる前の年の暮れに神戸の街から外国人が消えていたとか、911では飛行機がぶつかっていないビルが崩れたり、311の直前に複数の政治家一族が外国に移動していた等、と噂されています。
マスコミも直球勝負の記事は書けなくとも、そのような噂の有無についてのコラムくらい載せないと、使命を果たしているとは言えません。
平成以降の法律を総て御破算にしたらどうなるのか、誰かシュミレーションしていただけませんか?
はたして、日本は復活できるのか?
いよいよ西暦672年から続く半島経由人達の支配する実質東朝鮮の世が終わり、真の日本(倭)国の時代が始まりました。
瀬戸内寂聴さんが出家したせいでしょうか、彼女に感じる九州王朝の雰囲気と同じものを今上陛下にも感じます。
国民の知らぬ間に王朝は交代したのです。
つまり、令和は倭国の復活の世であり、「米田説」の各事項が次々に認められ定説化します。
台北の故宮博物院所蔵の「清明上河図」、ハーバード大学所蔵の「源氏物語画帖」、宮内庁の所蔵する『源氏物語』・『枕草子』ほか、高校時代に馴染んだ古典の九州オリジナル・バージョン等がすべて公表され、世界はパニックに
・・・という所で目が覚めました。
今年ゃ春から縁起がいいワイ。
My first dream of the yearでした。
日本のテレビ番組では、なかなか放映されませんので、You Tubeで探してみました。
今まで私の知っているバイリンガルの達人ベスト・スリーに食い込みますね。
日本語のボキャブラリーも確かです。
発声については、英語の方が良く響きますね。
良い意味で“親の顔を見てみたい”。
いつか落ち着いたところで、御両親の教育裏話が聞けるといいですね。
日本語での応対
Japanese journalist Shiori Ito wins high-profile #MeToo case
ヨーロッパでのインタビュー
伊藤詩織はレイプで日本の沈黙を破った: - 結果は残酷だった|スカヴラン
校舎の丸窓
普段はあまり話題にならない、玄関から見上げた時、目に入る丸窓ですが、ルーツは二代前の校舎にまで遡ります。
現在の明和高校に位置するその校舎は明治村にふさわしいデザインの木造で、玄関エントランスの大屋根に丸窓が埋め込まれていました。
その窓が屋根裏空間に機能していたかどうかは定かでありませんが、現在の我々にはメルヘンチックに映ります。
昭和13年、現在地に建てられた鉄筋校舎に二つの丸窓は引き継がれます。
あの窓の部分は308の教室だったのですが、内側は外から見るロマンチックさとは無縁の黒板裏のただの空きスペースでした。
阪神淡路地震(1.17.)を根拠に校舎は建替えられたのですが、丸窓はデザインに再び組み込まれました。
たったあれだけの物ですが、ひと目で“旭丘”を連想しますので、建築デザインは面白そうな分野ですね・・・
2019年 「鯱光祭」リンク集