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民営文化センター

民営の文化センターを開設するのが夢。このブログを書いているうちに何かヒントが掴めると思ってやっています。不器用で華やかさに欠ける画面ですが、少しでも世の為人の為になればとwrite everything forever

 

 

遅くとも3月になればトランプ氏の大復活が見られると期待した日米の応援団は、予想外れの現在の情勢に戸惑っているのか、彼を話題にしたツィッター記事は減ったようだ。

 

 

アメリカ人なら100%America First”で当たり前だが、属国日本国民の場合、諸手を挙げた“アメリカ大好き”ファンもいるにはいるが、条件付きの者もいる。

 

 

隣の大陸や半島から来ている“倭国民と区別しづらい”連中に支配されるくらいなら、まだアメリカの方がマシという“消去法的”ファンである。

 

 

いずれにせよ、ここ一番の応援が必要な時であることに変わりはない。

 

 

そこで、アメリカの“Great”が怪しくなり始め、日本が“as No.1”の階段を上り始めた頃の歌「アメリカン・フィーリング」を世界に発信することを提案したい。

 

 

 

 

 

ワシントンD.C.に集まった何万人もの人々が「Make America great again」の意思表示をするのに「国歌」オンリーでなく、もう1曲あってもよいのではないか。

 

 

アメリカ国民はおろか当の日本人もまだ気付いていないが“日本は大和朝廷以前、当時の世界の最先端を走る普遍的国家”であり、現在も落ちぶれたとはいえ外交的には付き合うに値する“あげまん”国家である。

 

 

アメリカ国民は属国日本由来のこの曲の威力を思い知ることになるだろう。

 
 

https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakahisakatsu/20180512-00085108/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宇治平等院」は太宰府の南南東にありました。

 

俗明院2にあるエクセレント・ハイツというマンションの位置に鳳凰堂は建っていました。

 

 

また、540年中国の梁では武帝が倭国の諸国長谷寺と同様に、新長谷寺を建立している。

 

 

これを契機に隋、唐、明と中国国民に観音信仰と阿弥陀信仰が拡大する。

 

 

則天武后や西大后が 観音信仰に肖ろうとしたことはよく知られる。

 

 

541年、リンカーンの奴隷解放令を遡ること千三百年以上、倭国に奴隷解放令が発布された。

 

 

解放がスムーズに進むように細かな規定が定められていた。

 

 

「明要」人間の体・「要」は光り輝いている・「明」な存在だと宣言した年号を掲げたのである。

 

 

571年には天暦帝が即位し、宇治に平等院鳳凰堂を落成している。

 

 

兄弟の関係の中に「平等」と言う概念を確かめたことの反映と考えるのである。

 

 

浄土三部経にある奈良帝を殺した継体軍関係者は許せないとする言葉「唯除五逆」は、天暦帝の590年までには取り除かれ、阿弥陀はすべての人を救うとする経典に変わる。

 

 

591年に即位した法興帝(上宮王)は、598年に十三歳で法華・勝鬘等経を講じている。

 

                                                      続 く

 

 

 

今回の‟あとがき”は長く、難解ですので5回に分けます。

学校で習った歴史がものすごく邪魔になります。

 

歴史から全く消えてしまった王朝の話なのですが、知っている名詞も登場します。

 

しかし、それはあなたの知っているものとは違います。(例えば 奈良)

匙を投げないでくださいね。

 

 

      あとがき

             山椒大夫事件を中心に

 
 

2014年の日本の問題の一つは北朝鮮による拉致事件をどのように解決するかである。

 

 

加害者が個人であれば捕まえて罰することで事は済むが、おそらく加害者は国家であり、外交交渉によって解決するか、戦争を戦って拉致被害者を取り返す以外にない。

 

 

百人近い拉致被害者がもし米国人であったら、すでに後者によって解決させているに違いない。

 

 

しかし、拉致は戦争の結果としてイスラム過激派のボコ・ハラムやイスラム国で進行しており、国連を含めた国 際社会は解決の糸口さえ見出す術を持てないのが現状ではないだろうか。

 

 

千五百年前の倭国は奈良帝が筑紫京から奈良京に都を移した年に当たる。

 

 

514年から52 2年の間に奈良帝は隠国の初瀬に母である神功王后をモデルとした十一面観音像(長谷観音)を造り、長谷寺を創建する。

 

 

神功王后は国王の倭武(仲哀帝)の死が新羅国の陰謀によることを確かめて、新羅征伐を行ったことで知られる。

 

 

新たに長谷観音の霊験が知られることで、観音信仰が盛んになり、全国に諸国長谷寺が造られる。

 

 

諸国長谷寺には十一面観音像と奈良帝をモデルとした大日如来像が祀られた。

 

 

ところが、531年に六万の扶桑国(継体)軍による奇襲により、筑紫京は焼かれ、奈良帝は殺される。

 

 

535年奇跡が重なり、奈良帝をモデルとした阿弥陀如来が生まれ、阿弥陀信仰が始まる。

 

 

536年から宇佐の小倉山の西麓(東大寺)に阿弥陀大仏の鋳造が進み、570年には金光明四天王護国之寺が落成する。

 

 

並行して各国に国分寺・国分尼寺が造られる。

 

                         続 く

 

 

 

今回は目次です。

 

1~3書で既に見たことのあるテーマが並んでいますが、視点が異なり読者の理解を助けてくれます。

 

法隆寺関連年表」、「筑紫観世音寺年表」は渾身の力作で、本来なら、これ位の作業はプロの歴史家が既にやり終えていなければおかしいと言えるのではないでしょうか?

 

著者の集中力とアイディアの賜物です。

 

 

           目 次

 

まえがき

目次

序として

法隆寺移築論における真偽を中心に

疑問の提示1.

疑問の提示2.

ステップ1.法隆寺関連年表

ステップ2.落書き「六月肺出」、「奈尓波都尓佐久夜己」

 

第1章 新 柿本人麿論

万葉集』『古今集』『新古今集』の解析を通して

1.万葉集』

2.古今和歌集』

3.奈良の帝

4.長谷寺

5.巻向、軽の路の新妻

6.司馬達等

7.惨劇「磐井の乱」

8.奇跡の年

9.信貴山縁起絵巻』

1.乞食の聖

1.延喜帝

1.生誕と没年

1.新古今和歌集

1.新 柿本人麿論の結論

 

第2章 小倉百人一首について

真本『新古今集』を踏まえての小論

 

第3章 632年に何が起こったか

2008年作成の小論

1.史料としての摂関設置略表

2.源氏物語』の中の観世音寺

3.和泉式部日記』の真実

4.632年とはどのような年か

5.綏遠(すいえん)の才なし事件

6.旧唐書』倭(ゐ)国日本伝の〈日本国名関係    文〉

7.日出ずる処の天子」の国書

8.誰でも知っている事件

9.日本人の宝

 

第4章 倭国時代の東北・他 

発掘された原稿

1.多賀城碑

2.多賀城碑のデザイン

3.陸奥国の歴史の前部

4.北山

5.資科の発掘

6.倭国の年号

 

あとがき

山椒大夫事件を中心に

筑紫観世音寺年表

老いの宣言

米田建築史学シリーズ」の完結にあたり

 

 

 

米田氏が本書で試みたように、和歌、地理、歴史を集中して対比する手法をアカデミズムの研究者たちは行っているのだろうか?

 

 

前回の続き

前々著『現代を解く・長谷寺考』を書くにあたり、長谷寺に関係する和歌を資料として取上げ、九州佐賀県の山中に長谷寺の背景となる隠国を確認する作業を行い、

 

 

長谷寺の創建が奈良帝(倭薈)と柿本人麿により行われたことを明らかにし、人麿の巻向歌群が詠われた場所を明らかにすることが出来た。

 

さらに飛鳥川、石上布留も隠国にその所在を確認することが出来た。

 

 

これら和歌とその示す地名を地図上に確認できると、和歌は史料としての価値・意味を持つ。

 

それらの歌は『源氏物語』、『大和物語』、『万葉集』、『古今集』、『新古今集』、他の勅撰集にあるが、その多くは『万葉集』の歌であり、柿本人麿の歌であった。

 

 

そこで、史料となった歌を漏らさないような手法として、近代以降の評価や解釈を無視して、万葉集』、『古今集』、『新古今集』を見直そうと思ったのが この柿本人麿探索の始まりである。

 

到達できた結果を知って頂くことは私の望むところであり、これらを知ることにより新しい世界認識が始まることを期待したい。

 

 

国文学とは縁の遠い一般市民がしていることであり、間違いがあればご指摘願えれば幸いである。

 

                      2015年1月吉日


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

医学部受験に特化したもうひとつの予備校のパンフレットが届きました。

 

 

インタビューの見出しの文言にビックリ。

 

 

「学力以外に要るものとは何だっ? まさか?」一瞬絶句。

 

 

これは普通の反応なのか、陰謀マニアの性(さが)なのか・・・・

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立ち読みも最後の第4書『柿本人麿の真実』です。

人麿は謎の多い人物ですが、米田氏の説では473年生まれ、575103歳で没とあります。

 

 

     まえがき

 

激しく変化する現代における忘れ物は何かを問われるとすると、私はミッシングリンクの日本(倭)国と答えたい。

 

ヨーロッパの文明と比較可能な文明が東アジアに存在したのであり、混迷の現代に新しい価値観を生み出し得るのではないかと思う。

 

日本人が中国に対して良くない印象を持っているのはなぜ? 侵略されたのはこっちなのに、中国や韓国の指導者は歴史に向き合わない者に未来はないと声高に主張する。

 

中国の旅行者の一人は日本に来て静寂、秩序、清潔を感じたと述べている。600年に法興帝(上宮王)は隋国に遣使を行っている。

 

第一回の遣隋使の派遣であり、隋国の冊封体制に順応している。

 

644年、唐軍の筑紫京占領により盗まれた日本(倭)国王室の宝物は台北の故宮博物院にある。

 

公開されていない(真本)清明上河図、明人画とされる入蹕(ひつ)図、出警図は日本(倭)国王室の記録となっており、帝の行列の中に、煬帝から下されたと思われる「静粛」の旗が掲げられている。

 

行列には楽隊もついており、冊封体制が機能していた段階の大国と小国の関係を見るし、静寂、秩序、清潔を感じるまでに中国の影響を受けていたのである。

 

「粛々」という言葉も煬帝の旗の延長であろう。

 

後半次回に続く

 

 

 

 

ただいま多くの人に建築史学の楽しさを知っていただくために、このブログで立ち読みをしていただいております。

 

 

現在、愛蔵版4冊セットを準備中ですが、値は張ってもハードカバー・デラックス版にするのか、少し廉価なペーパーバック版にするのか迷っています。

 

 

今まで1冊でもお求め頂いた方で、ご意見/ヒントのある方はメール(abandjcclub@gmail.com)をお寄せください。

 

 

少しずつ改善を加えてまいりました本作りもこれで完了します。

 

 

現在お持ちの分との重複に御不満(セットにこだわる方の場合)がおありと思いますので、新セット纏めてお求めの場合、特別割引で臨みますのでご期待ください。

 

 

尚、当セットはネット限定で市場に出回ることはありません。

 

 

故 米田良三氏の遺志と私の趣味である本作りのコラボを評価していただけたら、これ以上の喜びはありません。

 

体に良いレトルトカレーとして「富良野トマトカレー」を愛食していたのですが、製造中止になって久しい。

 

スーパーを訪れるたびにカレー・コーナーを覗くのですが、田舎町ではアイテムが少なく苦戦しています。

 

郷土愛に惹かれ稲沢市で作られている「オリエンタル・マースカレー」に注目しました。

 

少年時代から お馴染みのメーカーです。

 

牛肉はオーストラリア産、他の具も良質ですが ‟アミノ酸等”が気に入りません。

 

100時間かけたビーフカレー」は ‟化学調味料不使用”、優等生の味ですが原料欄の項目がやたら多い。

 

SBの「マンダラ」バターチキンカレーは  ‟アミノ酸”の表示がなくほぼ合格点ですが激々辛。

 

だんだん目と舌が肥えてきた頃、エキゾチックなボックスデザインが目に止まりました。

 

桑名市にあるヤマモリという会社のタイの現地工場で作っている「Thai Curryシリーズ」です。

 

グリーンとレッドが定番のようですが、その他イエローを始めとして計8種類あります。

https://www.yamamori.co.jp/product/thailand/

 

 

  

 

 

手始めにグリーンに挑戦。

 

激辛ですがライスとの絡め方を工夫すれば平気で、ボケの始まった脳天を突き抜ける感じが爽やかで心地よい。

 

何よりも、食後30分以内に ‟返し”が来ないのがいいですね。

 

‟返し”は自分との相性を推し量るうえでの大切な注目点です。

 

 

 

 

    このような表示があるとつい買ってしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

            

 

『日本書紀』では嘘八百が語られている、と言われるが、対案を伴っての指摘は少ないように思う。

 

倭薈をいつまでも“大和朝廷に刃向った地方豪族「岩井」である”と学校で教えているようでは、すべての国民が思考停止のままである。

 

ザックリ示すと以下のようになる。

 

倭の五王の最後“武”の妃が長谷観音、その息子(倭薈)が薬師寺の阿弥陀如来(薬師如来と偽られている)、日光・月光菩薩がその息子たち、地蔵菩薩は倭薈の子供時代を表している。

 

救世観音が法興帝(聖徳太子のモデル)で百済観音はその妃。

 

その息子が光源氏(のモデル)。

 

阿弥陀信仰は大陸由来であったが、経典として整い確立したのは日本(倭)国に於いてである。

 

倭国民は自分たちの国王の死後、彼を阿弥陀如来と見做したのである。

 

倭薈は神道側からは八幡大菩薩、仏教徒からは阿弥陀如来と崇められるスーパースターである。

 

そして現代の日本人が新年に神社や寺院のどちらにも意識せず参拝するのである。

 

以上を知ると(前回の)米田氏の最後の1行(赤線)が理解でき、とぼけた仏像解説書がいつまでも国民の理解の邪魔をしていることに気づくであろう。

 

 

 

第3書の目次です。

 

 

第1章 ― さしでがましいとは思いますが、

知っていることをお伝え致します ―

 

第2章 法隆寺移築説の原点である観世音寺考

1.『二中歴』の観世音寺

2.『源氏物語』の観世音寺

3.観世音寺の鐘

4.観世音寺の碾磑

5.観世音寺の五重塔

 

第3章 漂泊の宇治平等院鳳凰堂

1.常識である千年前頃つくられた『源氏物語』

2.最勝院の古図二点

3.喜撰法師

4.『日本書紀』の記述

5.鳳凰堂の創建

6.『万葉集』と『古今集』と『源氏物語

7.宇治平等院鳳凰堂

8.鳳凰堂仏後壁

 

第4章 年表 ―源氏物語―

注釈つき年表

[解1] 『源氏物語』解体

[解2] 中国正史(①『隋書』と ②『旧唐書』)の日本記述

[解3] 635年頃の長谷信仰

[解4] 扶桑国の興隆

 

第5章 出警入蹕図

 

第6章 清明上河図論

1.北京本、清院本、流布本

2.清院本と流布本の関係

3.真本の存在

4.描かれた場所

5.清明上河図真本の意味

 

第7章 石山寺論

1.観世音寺の造形

2.近年の中国の発掘遺物

3.宝慶寺石仏群

4.二つの石山寺

5.三宅廃寺遺跡

 

第8章 法隆寺の私的な価値の変遷

 

古代の建築等造形物一覧

 

あとがき

 

写真 出典一覧

 

 

次回に続く!