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民営文化センター

民営の文化センターを開設するのが夢。このブログを書いているうちに何かヒントが掴めると思ってやっています。不器用で華やかさに欠ける画面ですが、少しでも世の為人の為になればとwrite everything forever

 

 

 

 

日系ブラジル人のお客さんにする質問ですが、キリシタン大名が自らの領地内の若い娘たちを火薬と引き換えにポルトガルに売り飛ばしたと言うのは本当です。

 

 

 

 

八切止夫の本で知ってブラジル人に尋ねたのですが、向こうの教科書に詳しく書いてあり、誰もが知っていることだそうです。

 

 

 

 

綺麗な子はいい御家に引き取られ、不細工な子は奴隷扱いされたそうです。

 

 

 

 

ポルトガルの人口の約20%が黒髪直毛であることがその裏付けとのこと。

 

 

 

 

日本の教科書では全く出てこない話なのですが、この内容を知れば歴史好きな国民がもっと増えると思います。

 

 

 

 

カンツォ-ネ(イタリア)、シャンソン(フランス)と並びポルトガルではファドが有名ですが、古い所ではアマリア・ロドリゲス、新しい所ではクリスティーナ・ブランコ https://www.youtube.com/watch?v=W9X8_gycTUY&list=PLugOXWB-E7ekFbrdQ4DasHSF3OQvDgted&index=23 らの哀愁を帯びた歌は天草地方の民謡に似た所があり、大昔の日本の影響が感じられます。

 

 

 

 

ひょっとしたら、クリスティーナ・ブランコさんには日本人の血が流れているかもしれません。

 

 

 

 

先祖がポルトガルに連れてこられた段階では ちあきなおみ 的だったかもしれない。

 

 

 

 

ただし、この私の直感はウィキペディア、その他の百科事典のいずれにも見当たりません。

 

https://www.asahi.com/articles/ASP7Q4VJ5P7POIPE01Y.html

 

 

 

  このところ毎年話題になる帽子の件ですが、今更 変えられない伝統の野球帽」といったところが本音でしょうか。

 

 

今年もよく頑張りました。https://twitter.com/Asahigaoka_BC

 

 

大正時代の奇跡的な全国優勝を誇りに、今後も‟皆出場の記録を絶対に絶やさぬよう精進してください。

 

 

(有力な中学校野球部員を早くから誘ってもいいのではないか? 影の声)

 

 

 

伝統を振り返る愛知一中・旭丘写真館を編集してみましたので、お楽しみ下さい。

 

明治の末の頃

 


 

大正6年、全国優勝

 

 

 

昭和4年、最後の全国大会出場

 

 

 

昭和14年、戦争の影が忍び寄ってきました

 

 

 

昭和38年、16回生

 

 

 

平成30年、皆勤賞表彰

 

 

 

そして令和3年

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ蓋を開けてみなければ分かりませんが、「米田建築史学シリーズ」への期待は高まっているようです(本日のアクセス解析で15.7.%)。

 

 

 

 

私が20年にわたり集中して取り組んできた血と汗と涙の結晶が万札1枚で手に入り、向こう5年間は楽しめます。

 

 

 

 

著者 米田良三氏の理系的な切り口に手を焼く歴史学者は 何かとイチャモンをつけたがるのですが、どのみちアマチュアの発言は定説に成り得ないので、安心して彼の豊かな仮説のスライドショーを楽しむ、と割り切って下さいネ!

手作り文集 ―私の本作りの原点―

 

             

                  

 

 

「米田建築史学シリーズ」4冊セットを発注しました。

 

 

 

倭国九州王朝の物語であるとともに、プロの建築(史学)家と建築・歴史・編集が趣味の町医者との20年間にわたる交流の記録でもあります。

 

 

 

20セット、8月末 出来上がり予定。心の準備をお願いします。

 

 

米田建築史学ファンへのお知らせ


 

                              
 


 

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講演会の対象は直近ではない高校入試を控えた子弟を持つ父兄なので、ただの野次馬である私は対象外、受講申し込みフォームに該当しないので、電話&GメールでURFをゲットした。

 

 

 

 

演者はこの春まで旭丘高校の校長であった杉山賢純氏で、この予備校のCMイベントであることは承知の上で参加した。

 

 

 

 

案の定というか、旭丘の話題が多く、関係者は“ふむふむ”でも、部外者には年代にもよるが耳障りな不快感があったかもしれない。

 

 

 

 

しかし、小学生を持つ教育熱心な お母様方には、刺激的な話が多く、夢と希望が限りなく膨らんだことであろう。

 

 

 

 

「天才、秀才、鈍才、凡才」、「見える学力、見えない学力」、「やっとこ東大、らくらく東大」等、能力評価は様々あるが、地頭のいい奴の存在は昭和30年代、嫌と言うほど知らされた。

 

 

 

 

自分がどのレベルであれ、そのような鋭い人間(一種の起爆剤)に至近距離で一度は接する機会が人生には欲しい

 

 

 

 

名門校に殺到する理由はこのひと言に尽きる。

 

 

 

 

即ち、教科学習は楽々、芸術、スポーツ等あらゆる分野で突出した未来の友を求め、受験生が目指すのがトップ高たる所以なのだ。

 

 

 

 

東大・京大・国医 に何名合格等は ただの目安に過ぎない。

 

 

 

 

コロナ騒ぎで明らかになったのは、大学に入ってから生涯の友を得ようとしても無理ということ。

 

 

 

 

多分野にまたがる人脈を得るのは高校時代しかない。

 

 

 

 

演者が言うようにトップ高は各地域に存在しており、個々の特徴をよく理解(大半が医学部を目指す高校の同窓会はつまらない?)した上で受験生は早期から目標に向かって勉強しなさい、と言うのが彼のメッセージなのだろう。

 

 

 

 

 

この期に及んで某県知事が学校群高校入試の復活を企んでいる、と言う記事を読んだことがあるが、「何でも公平、平等」と叫んでいるうちに国が滅びてしまっては元も子もない。

 

 

 

 

トップ高出身者諸君はこの国の発展と国民の幸せを常に考えるように心がけていただきたい。  

 

 

 

 

 

 

昭和50年代初め、名城コートで行われていた高校女子テニス団体戦での1枚です。

 

 

 

“可愛い”のは言うまでもありませんが、フォームの美しさに魅了され思わずシャッターを切りました。

 

 

 

静岡県某市のスポーツ・ショップの娘さんで、もう還暦越えですね。

 

 

 

今までのテニス・シーンをまとめてみました。

 

私の撮った名選手 1.沢松和子嬢

 

 

私の撮った名選手 2.神和住

 

 

私の撮った名選手 3.坂井利郎氏

 

 

私が撮った名選手 4.石黒 修氏ほか

 

 

古き良きテニスの時代

 

 

Ken Rosewall 私の撮った名選手

 

 

 

私のテニス有名人との接点(敬称略)

 

ただのツー・ショット:

ウィンブルドン・ダブルス優勝のケン・マクレガ―(24才の時アデレードで)、岡川恵美子(ご近所のテニスショップでたまたま)

 

 

半径1m以内での遭遇:

ケリー・ハリス&ヘレン・ゴーレイ(サインを求め)、石黒 修(東京の喫茶店でたまたま)

 

 

乱打のお供:

坂井利郎、渡辺篤史(俳優)ともに10分間程度、ダン・マクローリン(USインカレでスタン・スミスと対戦経験あり)1-6で遊んでくれた。

 

 

イベントの折、コート上で:

小林 功、福井 烈、神和住純(その後、テニス文献について電話でトーク)

 

 

類例のない師弟関係:

田沼武男(スポーツ写真の巨匠)

 

 

お店のお客様:

大見映理(インカレ・ダブルス優勝)

 

 


 

今の日本人の心境を世界に発信


 

 

 

やっと若い衆が動き始めたようです。

 

                 

 

 

https://twitter.com/i/status/1413727045645869056  

 

 

https://twitter.com/i/status/1159849399771529217  

 

 

https://twitter.com/i/status/1413900785985802240  

 

 

 

色々な利害、雑多な要素が絡み合って、最悪なオリンピックに向けて突進中です。

 

 

 

「日本はやる気だったのに、やれそうもない事態を招いてしまった」というシナリオが関係者にはベストなのだろう。

 

 

 

少し前からのこの国を取り巻く森羅万象に人工的なにおいを感じるのは私だけだろうか?

 

 

 

もう「オリンピックは今後一切なし」でいいのではないか。

 

 

 

日本が躍進すると、「すぐルール変更」が幾度あっただろうか?

 

 

 

種目別の世界選手権だけで十分だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                 

 

 

 

生死を見届けないと納得できない勝負なんて今まであったでしょうか?

 

 

 

お互いが“相手が狂っている”と思い込んでいることは理解されているのでしょうか?

 

 

 

ロシアン・ルーレット並みにALL or NOTHINGの結果が出ればわかりやすいのですが、

 

 

 

玉虫色の結果ですと このままモヤモヤ状況は続きます。

 

 

 

そこまで計算されているのかどうか?

 

 

                       

 

 

 

 

https://twitter.com/i/status/1412670206661386240

 

 

                                        

 

 

                       

 

 

 

テニスが従来とは全く異なる別の種目になる前夜の写真です。

 

 

 

 

学生テニス界の強豪選手を東西両軍に分けて戦わせるエキシビション・マッチが名古屋を会場に開催されていました。

 

 

 

 

東西対抗選手ともなると未来のデ盃候補として大変名誉なことでした。

 

 

 

 

プロ化の流れと、ラケットの性能の向上で学生テニスの注目度はガタ落ちとなり、全世代にわたるウィークエンド・プレーヤーの減少に繋がりました。

 

 

 

 

ラケットが木製であるのが常識であった時代はプレー・スタイルも世の中の雰囲気も優雅なものでした。

 

 

 

 

フタバヤ、カワサキが当たり前で、ヨネックスはヨネヤマのブランドで遅れて登場したのです。