今日は、TRANBIで新しく始めた対談企画について、少し背景を書いてみようと思います。

 

今回ご一緒したのは、
入山章栄先生(早稲田大学ビジネススクール教授)。

 

テーマはとてもシンプルで、同時に重たい問いです。

「AI時代に、人間の仕事は何が残るのか?」

 


「コンサルの仕事は9割なくなる」という言葉の本質

入山先生が語られた
「コンサルの仕事は9割なくなる」という言葉。

 

これは挑発的ですが、実はとても本質的な指摘だと感じています。

 

データ分析、資料作成、リサーチ。
かつて“付加価値”とされていた仕事の多くは、すでにAIが圧倒的に速く、正確にこなします。

 

では、人間に残る仕事は何か。

それは

  • 決めること

  • 責任を取ること

  • 正解のない中で、腹を括ること

この部分です。

 

「ChatGPTに言われたからやりました」では、
誰も責任を取ってくれない。

 

この感覚、経営に携わっている人ほど、身に覚えがあると思います。

 


TRANBIが「継キャリ」を語る理由

TRANBIは、単なるM&Aプラットフォームではありません。

 

僕たちが本当に提供したいのは、
“経営を体感する場” です。

 

会社を買う。
事業を引き継ぐ。


その瞬間から、答えのない意思決定の連続が始まります。

  • この事業を続けるのか

  • 人をどう守るのか

  • どこに投資し、どこを捨てるのか

これはロジックだけでは決められません。


最後に頼るのは、経験から磨かれた直感です。

 

だから僕たちは、
事業承継を「キャリアの延長線」として捉える
「継キャリ(継業×キャリア)」という考え方を提唱しています。

 


キャリアの踊り場に立った人へ

対談の中で、特に印象的だったのはこの視点です。

  • 30代後半〜50代

  • 組織で一定の責任を果たしてきた

  • でも、肩書きや年収だけでは満たされなくなってきた

こうした「キャリアの踊り場」に立った人にこそ、
事業承継は強烈な選択肢になる。

 

これまで積み上げてきた
マネジメント力・数字への責任感・修羅場の経験
が、そのまま活きるからです。

 


AI時代だからこそ、「自分で決める人生」を

AIは、これからもどんどん賢くなります。
便利にもなります。

 

でも、
決断と責任を引き受ける人生だけは、代替されません。

 

今回の対談は、
「会社に残るか/転職するか/起業するか」
という従来の二択・三択ではなく、

「会社を買う」という第四の選択肢が、
現実的になってきていることを、はっきり示してくれました。

 


📌 対談・第1回の全文はこちら

 

https://note.com/tranbi/n/n8cb052ef0a34

 

第2回では、
「大リストラ時代に、個人は何を拠り所に生きるのか」
という、さらに踏み込んだテーマに進みます。

 

このプロジェクトを通じて、
誰かが「次の一歩」を考えるきっかけになれば嬉しいですね。

 

今朝は新幹線で、長野から東京へ。


朝のホームは空気が冷たくて、気持ちが良かった。

 

新幹線に乗って、席に腰を下ろす。
コーヒーを飲みながら、窓の外に流れていく景色を眺める。
この時間が、けっこう好きだ。

 

今日は天気がよくて、遠くに 富士山 がきれいに見えた。


こういうときは、スマホで山の名前がわかるアプリを開いて、
今見えている山が何なのかを確認しながら外を見ている。

 

 

名前を知ったからといって、何か役に立つわけではない。


でも、ただの景色だったものが、少しだけ具体的になる感じがして、悪くない。

山が近くて、空が広くて、建物が低い長野の景色。


そこから少しずつ住宅が増えて、街が密になって、
気がつくと、もう東京に近づいている。

 

2拠点生活を始めてから、
「どちらが本拠地なのか」と聞かれることがあるけれど、
正直、もうあまり区別はしていない。

 

長野には、立ち止まって考える時間がある。
東京には、決断して前に進むスピードがある。

 

どちらか一方だけだと、
たぶん今の自分のバランスは崩れてしまう気がする。

 

新幹線の中で景色を眺める時間は、
会議でも、散歩でも、読書でもない。


でも、頭の中ではいろいろ整理が進んでいる。

 

次に何をやるか。
何を手放すか。
どんな会社でありたいか。
どんな時間の使い方をしたいか。

 

移動しているからこそ、
考えが一度フラットになる感覚がある。

 

東京に着くころには、
仕事のスイッチは入りつつ、
朝の余白もまだ少し残っている。

 

この行き来そのものが、
今の自分の生活であり、思考のリズムなんだと思う。

 

今日も一日、やっていこう。

 

 

リモートワークについて考える時間が、ここ最近とても増えています。

 

リモートワークは、作業効率という点では間違いなく優れています。
移動時間は減り、集中できる環境をつくりやすく、仕事そのものの生産性は上がりやすい。

 

一方で、ずっと気になっていることがあります。

それは、
「人の成長は、この環境で自然に起きるのか?」
という問いです。

 


オフィスで働いていた頃を振り返ると、
人は意外と「仕事以外の時間」から多くを学んでいました。

 

隣の席の会話をなんとなく聞く。
先輩がどうやって電話対応しているかを盗み見る。
会議後の雑談で、背景事情を知る。
飲み会でぽろっと出てくる失敗談や本音。

 

そうしたものは、誰かが「教えよう」としていたわけではありません。
でも確実に、人の成長を支えていました。

 


リモート環境では、これがごっそり消えます。

 

聞こえてこない会話。
見えない仕事のプロセス。
「今聞いていいのかな」と迷ってしまう距離感。

 

効率は上がる一方で、
学習の偶発性がなくなる

 

特に、新しく入った人や若い人ほど、この影響を強く受けます。

 

名刺交換の仕方。
初対面での立ち振る舞い。
ちょっとしたビジネスマナー。
相談のタイミングや言い方。

 

以前は、自然に身につける機会がありました。
でも今は、機会をつくらなければ、知ることすらできない

 


最近、人事評価や面談をする中で、
「放っておいては、人は成長しない」という現実を強く感じています。

 

そしてリモートワークでは、その傾向がさらに強くなる。

 

オフィスなら、誰かの会話を聞いて
「それ、こうした方がいいかも」とフィードバックできた。
 

でもリモートでは、そもそも気づく機会がない。

だからもう、発想を切り替える必要があるのだと思います。

 


リモート環境では

成長は「文化」ではなく、「構造」でつくるもの

「うちは学び合う文化がある」
「自律的に成長する人を採用している」

それだけでは足りない。

  • 成長のための時間を、業務として確保する

  • 暗黙知を言語化し、プログラムとして渡す

  • 雑談の代わりに、意図された接点を設計する

  • 成長のプロセスが評価に反映される仕組みをつくる

こうした構造そのものを設計しないと、
リモートワークは「成長しない働き方」になってしまう。

 


リモートワークは、悪いものではありません。
むしろ、これからも続いていく前提の働き方です。

 

だからこそ、
人が育つ前提で成り立っていた仕組みを、一度すべて疑い、再設計する

 

その覚悟と設計力が、
これからの経営や人事には求められている気がしています。

 

 

同じように忙しいはずなのに、

なぜか余裕があって、落ち着いて見える人がいる。

 

特別に暇そうなわけでもないし、

責任が軽いようにも見えない。

むしろ重要な判断を、淡々と、しかし確実にこなしている。

 

そういう人を見かけるたびに、

僕は少し不思議な気持ちになる。

 

 

 

少し前まで、

僕は「忙しい」という状態を、

ほとんど疑うことなく受け入れていた。

 

予定は詰まっていて、

次から次へと判断がやってくる。

頭の中では、常に何かが鳴っている。

 

それが仕事をしている証拠で、

前に進んでいる感覚なのだと、

どこかで思い込んでいた。

 

 

 

でもあるとき、

ふと気づいた。

 

忙しさの中にいると、

自分が何を考えているのかが、

だんだん分からなくなってくる。

 

やることは増えるのに、

考えた記憶が、あまり残らない。

 

それは、

速く回り続けるレコードプレーヤーの上に、

針をそっと置こうとするような感覚に、少し似ている。

 

 

 

余裕のある人たちを、

注意深く観察してみると、

一つだけ共通点があった。

 

彼らは、

意図的に、何もしない時間を持っている。

 

歩いている時間。

コーヒーが冷めていくのを、ただ眺めている時間。

予定と予定のあいだに、名前のついていない時間。

 

その時間に、

彼らは何かを生み出そうとはしていない。

ただ、頭の中を静かに整えている。

 

 

 

忙しいときほど、

人は作業に救いを求める。

 

メールを返し、

タスクを処理し、

目に見える「完了」を積み上げる。

 

それは確かに安心感をくれる。

でも同時に、

考えるための静けさを、少しずつ奪っていく。

 

 

 

余裕のある人は、

すべてに反応しない。

 

今すぐ決めなくてもいいことは、

いったん棚の上に置いておく。

無理に答えを出そうとしない。

 

そうしているうちに、

本当に考えるべきことだけが、

自然と手元に残る。

 

 

 

最近、

僕も意識して、

スピードを落とすようにしている。

 

歩きながら考えたり、

夜に情報を入れすぎないようにしたり。

 

すると不思議なことに、

判断はむしろ早くなり、

迷いは少なくなった。

 

余裕とは、

時間が余っている状態ではなく、

思考がきちんと呼吸できている状態なのだと、

今は感じている。

 

 

 

忙しいから余裕がないのではない。

余裕をつくっていないから、

いつまでも忙しいのかもしれない。

 

少し立ち止まることは、

後退ではない。

 

静かな場所で、

次に進む方向を確かめるための、

ごく自然な動作なのだと思う。

 

最近、読んでいる本。

 

 

世界情勢を扱うニュースは、日々たくさん流れてきますが、

ただ眺めているだけだと「何が起きているか」は分かっても、

「なぜそうなっているのか」までは、なかなか見えてきません。

 

地政学の本を読むと、

国の行動は善悪や感情だけで決まっているのではなく、

地理、資源、国境、歴史的な制約といった

動かしようのない前提条件の上で選ばれていることが分かります。

 

一方で現代史をたどると、その国やリーダーが、どんな成功体験を持ち、

どんな失敗や恐怖を抱えてきたのかが見えてきます。

 

この2つを行き来しながら読むと、

ニュースの見え方が少しずつ変わってきます。

 

出来事そのものよりも、

その裏にある構造や判断の背景に

目が向くようになる。

 

すると、

「なぜ今こう動くのか」

「なぜこの選択をしているのか」

を、感情に引っ張られずに考えられるようになります。

 

これは世界情勢に限らず、

仕事や経営、日々の意思決定にも

そのまま当てはまる感覚だと思います。

 

視点を一段引いてみる。

解像度を少しだけ変えてみる。

 

それだけで、

同じ情報から受け取れる意味は

確実に増えていきます。

 

忙しい日々の中でも、

ときどき「世界を見る解像度」を

ひとつ上げてみる。

 

そんな習慣を、

少しずつ持っていけたらいいなと思っています。

 

今日は天気の良い週末。

特に予定を決めずに、散歩しながら渋谷の植物園に行ってみた。

 

天井の高い空間に、たくさんの緑。

自然光が差し込んでいて、都会の真ん中なのに、不思議と時間がゆっくり流れているように感じた。

 

そのまま帰り道も、急がずに歩く。


途中で本屋に寄って、目的もなく棚を眺める。
今すぐ必要な本を探すわけでもなく、
ただ気になったタイトルや装丁に目を留めるだけ。

 

天気も良くて、それだけで十分な一日だった。

 

こうして振り返ると、
「ゆっくりできる週末」って、去年まではあまり取れていなかったなと思う。

 

週末でも、
どこかで仕事のことを考えていたり、
次の判断や、次の一手を頭の片隅で回していたり。

 

休んでいるようで、
実はずっと走り続けていたのかもしれない。

 

今日は、ただ歩いて、眺めて、感じるだけ。
それだけなのに、心がちゃんと整う感覚があった。

 

こういう時間があるからこそ、
また次の一週間を、落ち着いた気持ちで迎えられる。

 

たまには、
何かを「足す」よりも、
余計なものを「手放す」週末もいいなと思った。

 

 

新年の挨拶回りをしていて、少し気づいたことがあった。

 

僕がアスクを継いでから、毎年欠かさず新年の挨拶回りをしている。
もうかれこれ20年くらいになるだろうか。

 

製造業という仕事は、どうしても景気や社会状況の影響を受けやすい。
需要が良い年もあれば、厳しい年もある。

その波を、長く付き合っているお客さんとは一緒に越えてきた。

 

そんな中で、ありがたいなと感じる瞬間がある。

 

「この先、この分野の需要は少し減りそうだから、
代わりにこういう製品があるんだけど、アスクさんでできないかな?」

 

そんなふうに、
こちらの経営状況や将来まで考えた上で、
取引が長く続くように配慮してくれるお客さんがいる。

 

仕入れ先という立場は、どうしても
「お客さんより下」に見られがちだと思う。

 

でも本来は、
お互いが事業を続けていくための対等な取引先のはずだ。

 

仕入れ先との関係をきちんと築き、
長く良好な関係を維持していこう、
そういう視点を持ってくれているお客さんには、
心から感謝の気持ちが湧いてくる。

 

一方で、ふと自分を振り返る。

 

うちは毎年、お客さんへの挨拶回りは欠かさないけれど、
仕入れ先への挨拶は、基本的に社員に任せてきた。

 

でも今回の挨拶回りを通して、
お客さんと同じくらい、
仕入れ先も大切にしていく姿勢が必要なんだと、改めて感じた。

 

長く事業を続けていくために必要なのは、
派手な戦略や数字だけじゃない。

 

こうした人と人との関係を、どう大切に積み重ねていくか


その姿勢こそが、結局は会社の土台になるんだと思う。

 

 

M&Aというと、
「仲介会社に依頼するもの」
「成約手数料が何百万円、何千万円もかかるもの」
そんなイメージを持たれることが、まだまだ多いと思います。

 

でも現実には、
その金額を前提に動ける個人事業主や中小企業は、決して多くありません。

 

むしろ世の中の大半は、

  • 一人、あるいは少人数で事業を回している

  • 大きな利益が出ているわけではない

  • それでも、事業をきちんと次につなぎたい

そんな方たちです。

 


「誰にも相談できない」状態が、一番のリスク

M&Aには、悩むポイントが数多くあります。

資料作成も、条件交渉も、契約手続きも大変ですが、
一番つらいのは、一人で悩み続けてしまうことだと思っています。

  • この金額は高いのか、安いのか

  • 今この交渉相手と進むべきなのか

  • 自分が本当に実現したいことは何なのか

相談できる相手がいないまま時間だけが過ぎ、
結果的にチャンスを逃してしまう。

 

これは、これまで多くの売り手さんを見てきて、
何度も感じてきたことです。

 


だから「マッチングエージェント」をつくった

トランビのマッチングエージェントサービスは、
売り手さんの隣で、一緒に考えるための仕組みです。

 

高額な成功報酬を前提とした仲介サービスではなく、

  • 売り手が主、エージェントは副

  • オンラインツールやITを徹底的に活用

  • コーチ役を配置し、エージェントの質を高め続ける

そうした設計の結果として、
成約時30万円という形にしています。

 

これは「安くした」のではなく、
多くの人が使える形に再設計したという感覚に近いです。

 


掲載して終わりにしないための工夫

マッチングエージェントでは、

  • 案件の見られ方

  • 買い手の反応

  • 動きが止まるタイミング

こうした情報を、データと実例をもとに確認しながら、
次の一手を一緒に考えていきます。

 

「待つ」だけでなく、
どう動くかを一緒に悩んでくれる相手がいる。

 

それだけで、
M&Aの進め方は大きく変わると感じています。

 


テクノロジーと人の役割分担

資料作成や情報整理など、
効率化できる部分はAIやツールを使います。

 

一方で、

  • 条件調整

  • 売り手さんの迷い

  • 判断のタイミング

こうした部分は、
人が向き合うからこそ意味がある。

 

だからマッチングエージェントは、
「全部お任せ」ではなく、
一緒に考える伴走型にしています。

 


M&Aを、特別な人のものにしない

高額な仲介会社を使えないからといって、
選択肢がなくなる社会にはしたくない。

 

トランビがこのサービスを続けているのは、
M&Aを一部の人だけのものにしたくないからです。

 

一人で悩ませない。
一人で決断させない。

 

そんな仕組みを、
これからも地道に磨いていきたいと思います。

 

今日は、TRANBIの ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム) の審査がありました。

 

TRANBIは、M&Aという性質上、
かなりセンシティブで厳格な情報をたくさん扱っています。

 

ほんの少しの情報漏えいでも、
お客様の信頼を大きく損ねてしまう世界です。

 

だからこそ、
「社員一人ひとりの意識」や
「気をつけようね」という気持ちだけに頼るのではなく、
仕組みとして情報が漏れない状態を作ることが必要だと、ずっと思っていました。

 

そのために、今回ISMSに挑戦しました。

 


正直に言うと……
めちゃくちゃ厳しいです。

 

「え、ここまでやるの?」
「そこも管理対象なんだ…」

 

そんな気づきの連続でした。

 

時間もかかるし、
ツールの導入などでコストもかかる。

 

仕組みを変えるだけでは足りなくて、
実際の業務フローや使うツール、
日々の細かい運用まで見直す必要がありました。

 


僕自身は、
トップマネジメントとしてインタビューを受けただけですが、
本当に大変だったのは、現場で推進してくれた担当のメンバーだと思います。

 

ISMSを進めるということは、
どうしても、

・今までできていたことができなくなる
・やり方が面倒になる
・ルールが増えて窮屈に感じる

そんなネガティブな声が出やすい取り組みです。

 

その矢面に立ちながら、
社内に説明し、調整し、仕組みを作り、
それでも前に進めてくれた責任者の人たちは、
本当にしんどい役割だったと思います。

 


それでも逃げずに、
一生懸命やり切ってくれた。

 

これは当たり前のことではなくて、
本当に感謝しかありません。

 

会社として
「やると決める」ことはできても、
「やり切る」ことは、
現場の力がなければ絶対にできない。

 

今回のISMSの取り組みは、
仕組みの強化だけでなく、
TRANBIという組織の底力を改めて感じる機会でもありました。

 


派手さはないし、
すぐに売上が伸びる話でもない。

 

でも、
信頼を積み重ねるための土台として、
そして、長く事業を続けていくために、
とても大切な挑戦だと思っています。

 

大変なことは、大変だねと言いながら。


それでも前向きに、ちゃんとやる。

そんな会社でありたいなと思います。

 

 

今年も評価面談の季節が始まりました。

 

今年は、TRANBIで新しい人事評価制度を導入したこともあり、

これまで以上に評価面談の意味や役割について考えさせられています。

 

評価というと、「評価する側」と「評価される側」という関係で語られがちです。

しかし、実際に評価面談に向き合ってみると、そんなに単純な構図ではないなと感じます。

 

そもそも、評価基準をつくること自体が、想像以上に難しい作業でした。

多様性のある組織の中で、ある程度の「型」をつくり、その枠の中で社員を評価する。
 

それは効率の面では合理的です。

 

一方で、それが本当に社員一人ひとりの成長につながっているのか、
不安になる瞬間があるのも正直なところです。

 

人はそれぞれ違います。
得意なことも、成長のスピードも、目指すキャリアプランも違う。
その中で同じ評価基準を当てはめることには、どうしても限界があります。

 

それでも人事評価に意味があるとすれば、
それは

会社としてどんな方向を目指しているのか、
どんなスキルや姿勢を大切にしているのかを、
社員に明確に伝えるためだと思っています。

 

TRANBIが目指している方向性の中で、
社員にどんな力を身につけてほしいのか。

どんな行動や考え方を評価したいのか。

 

それを曖昧な精神論ではなく、
「高評価項目」という形で言語化し、共有する。

 

人事評価は、人をふるいにかけるための仕組みではなく、
会社の方向性と社員の方向性をすり合わせるためのツール。

 

最近は、そう考えるようになりました。

 

今回の評価面談では、
今できていること、
足りていないと感じていること、
そしてこれから何を期待しているのか。

そうした点を、できるだけ具体的に伝えることを意識しています。


あわせて、その評価をどうすれば伸ばせるのか、
次にどんな経験を積んでほしいのか。
成長につながる道筋まで、一緒に話すようにしたいと思います。

 

評価は、される側からすると不満が生まれやすいものです。

なぜこの評価なのか。
もっと評価されてもいいのではないか。

 

そう感じることもあると思います。

 

それでも評価面談が、
自分に何が足りていないのか、
どこを伸ばせばいいのかに気づくきっかけになり、
次の一年を前向きに考える時間になってほしい。

 

人事評価は、過去を裁くためのものではなく、
未来を一緒に設計するためのもの。

 

評価面談は、
会社と社員の向きを揃えるための、
大切な対話の時間だと思っています。

 

だからこそ、社員を評価しながらも、
社員が良い評価を得られないとすれば、
それは十分な成長の機会を提供できていない
会社や社長の責任なのではないかと感じます。

 

社員を評価しながら、
その評価は社長自身の評価でもある。
 

最近は、そんな感覚を強く持つようになりました。

 

良い評価ができるよう、
社員、会社、社長、それぞれが何をすべきか。
 

それを考え続けていくことが、何より重要なのだと思います。