今日はとても気持ちの良い一日だった。

 

朝、ゆっくり散歩をしながら神社へ。

息子の高校受験の合格祈願をしてきた。

 

手を合わせながら、

ここまで頑張ってきた時間のことを思い出す。

結果ももちろん大事だけれど、

まずは挑戦していること自体が誇らしいなと思う。

 

お参りのあとは、

近くのお気に入りの喫茶店へ。

 

 

静かな店内で、

一杯のコーヒーをゆっくり味わう。

こういう時間が、心を整えてくれる。

 

帰り道には、

道端に咲く椿が目に入った。

鮮やかな赤が、凛としていて美しかった。

 

特別なことは何もないけれど、

こういう何気ない瞬間に幸せを感じられること。

 

それがいちばん満足度の高い週末なのかもしれない。

 

テレビでオリンピックを見ていると、日本のメダルの多さに目がいく。

選手層が厚いな、支援が手厚いな、と感じる。

 

実は、僕の弟は

長野オリンピック

そして

ソルトレイクシティオリンピック

に出場している。

 

当時、家族としてその舞台を見ていた。

 

オリンピックに出るというのは、本人の努力はもちろんだけれど、

決して一人では辿り着けない世界だ。

 

コーチ、チーム、スポンサー、地域の応援。

行政の支援、企業のサポート。

多くの人の時間とお金と想いが重なって、ようやく一人の選手が世界に立つ。

 

日本は、さまざまな競技に対して比較的手厚い支援がある国だと思う。

メジャー競技だけでなく、競技人口が限られる種目にもチャンスがある。

 

それが、層の厚さにつながっているのだろう。

 

そして今、弟はアスクの経営に関わりながら、

キッズチームのコーチをし、海外遠征の引率もしている。

 

現役時代に受け取った支援を、次の世代に返している。

 

スポーツは、メダルで終わらない。

 

支えられた人が、今度は支える側になる。

その循環こそが、本当の強さなのかもしれない。

 

企業経営も、同じだと思う。

 

一人の経営者が強いのではなく、

挑戦できる環境をつくり、

支援の輪を広げ、

次の世代にバトンを渡していく。

 

オリンピックを見ながら、

そんな“社会の支援の輪”の尊さを改めて感じている。

 

 

今日はファスティングの回復食。

 

正直、一晩だけだったので
「やり切った」という感覚はあまりない。
 

でも、体にやさしい食事をとれたこと自体が、とても良い時間だった。

 

今日の回復食は、

・雑穀入りのお粥
・お味噌汁
・納豆
・ひじきの煮物
・切り干し大根と野菜の小鉢
・きのこや野菜のおかず
・お漬物
・温かいお茶

 

どれも派手ではないけれど、
胃にじんわり染みるようなメニュー。

 

今回のファスティングで一番よかったのは、
体重がどうとか、リセットできたとか、
そういう結果ではなく、

「自分の身体に意識を向けられたこと」
だった気がする。

 

経営をしていると、どうしても頭ばかり使う。
でも、体が資本。

 

せっかくの機会なので、
これをきっかけに食べるものを少し見直していきたい。

 

極端にやるのではなく、
続けられる形で。

 

体づくりも、経営と同じ。
短期の成果より、長期の再現性。

 

今日の一食が、
小さな転換点になればいいなと思う。



 

 

今日は都内から伊東まで車で来ました。

都内から約4時間。

 

訪れたのは、

ファスティングホテル海の森。

 

今回は1泊2日の体験ファスティングです。

 

本格的な断食というよりは“体験版”。

昼は普通に食べて、夜だけ抜くスタイル。

明日の朝には回復食のお粥が出る予定です。

 

長い人だと9泊10日で滞在し、

ここにこもって本を書き上げる人もいるらしい。

 

ファスティングをすると集中力が上がる人もいる、と聞きました。

実際にここに滞在しながら執筆する人もいるそうです。

 

正直、まだ1泊なので実感はありません。

むしろ「集中力が落ちるんじゃないか?」という気もしています。

 

でも今回は、

断食そのものよりも、

環境を変えることが目的です。

 

長野スタートアップスタジオのアクセラプログラムで、

ファスティングのOTA事業を構想している起業家がいます。

 

そのメンタリングをする中で、

「まずは自分で体験してみよう」ということになりました。

 

やはり経営も支援も、

体験してから語る方が解像度が上がります。

 

今日はデジタルデトックスも含めて、

パソコンはこのブログを書く以外触らないと決めました。

 

普段は、

・情報を浴び続け

・判断し続け

・返事をし続ける

 

そんな日々です。

 

だから今回は、

食事だけでなく“刺激”も断ってみる。

 

今日の夕食は、

・リンゴジュースとモリンガのミックスジュース

・梅干し1個

 

それだけ。

 

お腹は減っています。

でも、不思議と不満はありません。

 

「足りないはずなのに、足りている。」

 

そんな感覚があります。

 

もう夜10時。

このまま空腹で眠ります。

 

明日の朝、

どんな目覚めになるのか。

 

頭は冴えるのか、ぼーっとするのか。

それも含めて楽しみです。

 

環境を変えることで、

何が見えてくるのか。

 

小さな実験をしてみます。

 

 

昨日は、EO(Entreprenuer Organization)のモデレーターが集まる会があった。


モデレーター(各フォーラムのリーダー的な立場の人たち)が集まり、各フォーラムで実施している

活動内容について情報交換をする場だ。

 

その中で、短いワークの時間があった。
「ライフライン」と呼ばれるもので、
縦軸に人生の幸福度、横軸に年齢をとり、
自分の幸福度の推移をグラフにして、
その時々に何が起きたのかを話す、というもの。

 

僕が所属するEO Tokyo Centralは、起業家しか入れないルールになっている。
メンバーが全員自分で事業を立ち上げ、経営してきた人たちの集まり。
 

だからなのか、発表を聞いていて強く感じたのは、
ライフラインの触れ幅が、とにかく大きいということだった。

 

良い時代もあれば、
どう考えても「底」だった時代もある。
 

成功も、失敗も、挫折も、回復も、
全部が一本の線の上に並んでいる。

 

「何かをやってきた人」というのは、
やっぱり両方を経験している人が多いんだな、と思った。

 

正直に言うと、
他のメンバーと比べると、
自分のライフラインは、まだ触れ幅が小さい方かもしれないとも感じた。

 

いろいろやってきたつもりではいたけれど、
もっと深い谷を経験している人もいるし、
もっと高い山を越えてきた人もいる。

 

世界は広い。
本当に、そう思った。

 

触れ幅を大きくする、というのは、
「失敗しよう」という話ではない。
 

でも、限界を超える挑戦をしていれば、
うまくいく振れも大きくなるし、
同時に、どん底に落ちる可能性も大きくなる。

 

たぶん、それが人生なんだと思う。

 

守りに入れば、
ライフラインの振れ幅は、自然と小さくなる。
安定はするけれど、線はなだらかになる。

 

どんな人生が正解かは、人それぞれだ。
触れ幅の大きい人生が、必ずしも良いわけでもない。
穏やかで、静かな線を描く人生も、きっとある。

 

ただ、起業家という生き方を選ぶと、
ライフラインの触れ幅は、どうしても大きくなる傾向がある。
 

昨日の場にいて、
それだけは、はっきりと感じた。

今日、ちょっとしたやらかしをした。


タクシーに乗って移動している途中、手元の資料を見ながら、あれこれ考え事をしていたら、降りるときに自分のプライベート携帯をタクシーの中に置いてきてしまった。

 

降りて少し歩いてから、
「あ、ないな」
と気づく。

 

すぐに電話をしてみた。
 

幸い、タクシーの中に忘れていること自体ははっきりしていたのだけど、業務中にすぐ届けるのは難しい、という返事だった。

まあ、これは仕方がない。

 

そこでふと思い出したのが、Appleの「探す」機能。
今、自分の携帯がどこにあるのかを地図上で確認できるやつだ。

 

試しに見てみると、
……これが、なかなか面白い。

 

自分のスマホが、タクシーに乗ったまま、街のあちこちをぐるぐる移動している。
 

「あ、今ここ行ったんだ」
「え、そんなルート通るんだ」
と、思わず見入ってしまった。

 

タクシーって、意外と本当にいろんな場所を回っている。
 

普段はただ“移動手段”としてしか見ていなかったけれど、地図上で眺めると、

街の裏側の血流みたいにも見えてきて、不思議な感覚だった。

 

同時に、ちょっとゾッとする感覚もある。


今や、自分の持ち物の位置が、これだけ正確にリアルタイムで可視化される。
便利さと引き換えに、情報は常にどこかに残り、管理されている。

テクノロジーは本当にすごい。


でもそれと同時に、「どこまでを預けているのか」を、ちゃんと自覚しておかないといけない時代だなとも思った。

 

ちなみにその後。


タクシー会社の方が着払いで自宅まで送ってくれることになって、
今、僕のスマホはヤマトの配送センターにいるらしい。

 

 

地図を見ると、
「ちゃんと“荷物”として扱われている自分の携帯」がそこにいて、
それはそれで少し安心するような、可笑しいような気分になる。

 

人の手から離れ、
タクシーから物流へ、
スマホもまた、社会の仕組みの中を流れている。

 

 

 

今日の面接で、こんな質問を受けた。

「アスクでは、どんな人材を求めていますか?」

 

今回は新規事業の担当ポジションだったので、
一般的に言えば、企画が得意とか、営業が強いとか、
そういうスキルセットの話になるのだと思う。

実際、それも間違ってはいない。

 

ただ、答えながら自分の中で、
「それだけじゃないよな」と思っている自分がいた。

 


これまで、「攻めに偏りすぎて失敗した」
新規事業の記憶がある。

 

スペックの高い、いわゆる攻め人材ばかりを集めたチーム。
 

最初は本当にワクワクした。

One Pieceの漫画みたいに、キャラの濃いすごい人たちが集まって、
「これは強いチームができたな」と本気で思った。

 

でも、しばらくすると組織が少しずつギスギスし始めた。

それぞれが正しいことを言っている。
それぞれが前に進もうとしている。
なのに、なぜか噛み合わない。

 

やがてそのチームは、
まるで動物園の動物みたいになっていった。

 

個性は魅力的。
でも近づけすぎるとぶつかる。
檻で隔離しないと、バランスが取れない。

 

「この人とこの人は分けた方がいい」
「ここは直接関わらせない方がいい」

そんな調整ばかりが増えていった。

 

それってもう、
チームとして機能しているというより、
隔離してバランスを取っている状態だったと思う。

 


じゃあ、今はどうしているか。

 

檻を増やさないために、
僕が一番意識しているのは、メンバーのミックスだ。

 

能力が高いかどうか、
攻められるかどうか、
スピードがあるかどうか。

もちろんそれも大事。

 

でもそれ以上に、
この人が入ることで、
チームの空気はどう変わるか。

議論の温度は上がりすぎないか。

勢いを受け止めてくれる人はいるか。

 

あとから檻を用意するより、
最初から壊れにくい配置を考える。

作る前に、壊れない設計にしておく。
そんな感覚に近い。

 

攻める人も必要だし、
守る人も必要。
 

仕組みを作る人もいれば、
それを淡々と回し続ける人もいる。

 

そういう違いを、
役割として分断するのではなく、
チームの中で自然に混ざっている状態をつくりたい。

 


だから、面接で
「どんな人材を求めていますか?」


と聞かれたとき、
僕の頭にはあの“動物園”の光景が浮かんだ。

 

スキルや職種の話をしているつもりで、
実はチームの設計の話をしていたのかもしれない。

 

結果として、
アスクでも、トランビでも、
僕が一緒に仕事をしたいと思う人の条件は、
あまり変わらない。

 

・多様性を尊重し、他者と良好なコミュニケーションが取れる
・常識にとらわれず、幅の広いものの見方ができる
・フラットな雰囲気を好み、権利や権限に固執しない
・高い自己成長意欲と、素直な好奇心を持っている

 

面接の何気ない質問だったけれど、
答えながら、
自分がどんなチームをつくりたいのか、
どんな人たちと時間を共有したいのかを、
改めて考えるきっかけになった。

 

こういう気づきがあるから、
面接の時間は、やっぱり面白い。

 

 

気がつけば、この5年ほどパーソナルトレーニングを受け続けている。

 

最初の目的はとてもシンプルで、
運動不足の解消と、体力を落とさないことだった。

 

そこから少しずつ、
「ちゃんと動ける体をつくりたい」
「年齢を重ねても、疲れにくい体でいたい」
そんな意識に変わってきた気がする。

 

最近、特に強く感じているのは、

筋肉をつけること以上に、ストレッチが重要だということ

 

若い頃は、
「重いものを上げる」「追い込む」
それだけで体は応えてくれた。

 

でも今は違う。

 

体が硬いままトレーニングをすると、
効かせたい筋肉にうまく入らなかったり、
変なところに力が入ってしまったりする。

 

ストレッチをしっかり行うと、
まず姿勢が整う。

 

姿勢が整うと、
同じトレーニングでも
入る場所が明確になる。

 

結果として、
筋肉もつきやすくなり、
トレーニング全体の効果が上がっていると実感している。

 

「鍛える」と「伸ばす」は、
セットで考えた方がいい年齢になったんだと思う。

 

時間が限られている中で、
最近はパーソナルトレーニングと
エニタイムフィットネスを組み合わせている。

 

パーソナルで
・フォームを直す
・可動域を広げる
・体のクセを確認する

 

エニタイムでは、
空いた時間にサッと行って、
淡々と体を動かす。

この組み合わせが、今の自分にはちょうどいい。

 

「完璧なメニュー」より、
「続く仕組み」の方が、結果的に強い。

 

今年は、
剱岳に登る予定もあるので、
有酸素運動も意識的に増やしている。

 

筋トレだけしていても、
山では通用しない。

 

長く動き続ける体力、
呼吸、脚の持久力。

 

目的があると、
運動の内容も自然と変わってくる。

 

体を鍛えることは、
見た目の話だけじゃなくて、
「これからやりたいこと」に
ちゃんとつながっているかどうか、なんだと思う。

 

無理はしないけど、手は抜かない。
伸ばしながら、少しずつ積み上げていく。

そんなフェーズに入ってきた気がしている。

 

 

今朝起きて、仕事のことを考えていた。
 

上司という立場にある人間は、
部下の仕事を、どこまで理解しておくべきなのだろうか。

 

組織が大きくなると、こんな言葉をよく耳にする。

「全部を把握するのは無理だよね」
「現場は現場に任せた方がいいよね」

確かに、それは一理ある。
 

でも本当に、それでいいのだろうか。
少なくとも僕は、この問いをずっと抱え続けている。

 


最近、あるマネジメントの場で、
「現場業務への理解がまだ十分とは言えない」
そう感じる出来事があった。

 

複数の業務領域にまたがる仕事を見ていて、
表面的な流れは把握できているものの、
実際にどこで負荷がかかり、
どこで判断が難しくなり、
どこに改善余地があるのか。

 

そこまで踏み込めていないように感じた。

 

本来、上司であれば、

「こういう状況になったら、どうすればいいですか?」

と部下から相談されたときに、
業務の背景や構造を理解したうえで、
一緒に整理し、次の打ち手まで示せる状態でありたい。

 

少なくとも、
部下よりも業務を分かっていそうに見える
その状態を作れていなければ、
安心して相談は集まらない。

 


僕自身、コンサルティングの仕事を長くやってきた。


その影響もあってか、
業務を見るときの視点は、かなり厳しい方だと思う。

 

コンサルタントはクライアントの業務を一度見たら理解する必要がある。
情報がどう組み立てられ、
どれくらいの工数で回り、
どこに無理が生じているのか。

 

そして同時に、
「どうすれば改善できるか」を頭の中で組み立てる。

 

何度も何度も聞き返すことはできない。
それは相手に対して失礼だからだ。

 

だからこそ、
一回で理解し切ろうとする集中力と覚悟が、
常に求められてきた。

 

この基準で考えると、
現場理解が浅いまま、
改善案や企画だけを語ることはできない。

 


上司に求められる役割は何だろうか。

 

僕は、
・部下にどれだけ寄り添えているか
・部下の仕事をどれだけ理解しているか
・その仕事が、お客様のために適切に回っているか

この3つを把握し、改善し続けることだと思っている。

 

その中でも、
部下の仕事を理解していることは、すべての土台だ。

 

確かに、
組織が大きくなり、業務が複雑になると、
すべてを完璧に把握するのは難しくなる。

 

でも、
だからといって
理解しようとする努力をやめていい理由にはならない。

 

上司は、
分かろうとし続けなければならない。
努力し続けなければならない。

 


組織構造をはっきりさせ、
上司と部下の関係性を強化していく中で、
むしろ浮き彫りになる課題もある。

 

階層ができたからこそ、
上司が現場から遠くなり、
細かな業務が見えにくくなる。

 

でも、ここでも結論は同じだ。

だから諦める、ではない。

 

「どうすれば、部下の仕事を部下以上に理解できるか」
それを考え続けることが、
上司の役割なのだと思っている。

 

現場で起きる小さな違和感や、
置いてきぼりになる業務は、
多くの場合、
上司が現場を十分に理解できていないところから始まる。

 


構造的に難しい組織だからこそ、
上司に求められる理解力、共感力、先回りする力の水準は高い。

「できない」ではなく、
「どうやったらやり続けられるか」。

 

アスクの入社直後に全事業部を渡り歩くフレッシャーズキャンプの仕組みも、
そのための一つの工夫だと思っている。

 

特に上司は、
業務を理解したうえで、
改善のアイデアを考え、進める立場にある。

 

現場の人と話したときに、
「今の課題はここだな」と自然に分かる。


そこまで理解度を高めておく必要がある。


 

上司は、完璧である必要はない。
でも、理解しようとする覚悟は、持ち続けなければならない。

 

部下よりも、部下の仕事を知ろうとすること。
 

お客様が経営者であれば、
経営者以上に、その気持ちを理解しようとすること。

 

それができなければ、
本当の意味で、組織を率いる立場には立てない。

 

上司とは、
「分かっている人」ではなく、
分かろうとし続ける人なのだと思う。

 

今日は、アスクで導入している

「委員会」という仕組みについて、少し書いてみようと思います。

 

この委員会の考え方は、

いわゆるマトリックス組織に近いものです。

 

事業部という縦の組織とは別に、

もう一本、会社を横串で束ねる所属をつくる。

 

それが、アスクの委員会です。

 

 

事業部とは別の「もう一つの居場所」

普段の仕事は、それぞれの事業部で行う。

一方で、委員会は部署を越えて集まる場です。

 

立場も年次も関係なく、

「会社全体としてどうあるべきか」

「もっと良くするには何ができるか」

 

そんなテーマを、横断的に考える。

 

この“横串”が入ることで、

会社は少し立体的になるな、と感じています。

 

 

若手をリーダーにする意味

アスクでは、

委員会のリーダーを若手に任せることを意識しています。

 

理由はシンプルで、

全社の場で活躍する経験を、

できるだけ早い段階で持ってほしいから。

 

委員会のリーダーになると、

  • 年上のメンバーに意見を伝える
  • 全社に向けて提案する
  • 周囲を巻き込みながら進める

 

こうした経験を、自然と積むことになります。

 

事業部の仕事とは、また違った成長の機会ですね。

 

「自分ごと化しづらい仕事」を、みんなの仕事にする

会社にはどうしても、

  • 総務的な業務
  • 管理部門的な取り組み
  • でも、実は全員に関係すること

があります。

 

こうしたテーマは、

担当部署だけで頑張ろうとすると限界があります。

 

そこで委員会化すると、

「これは会社全体のテーマだよね」

という空気が生まれる。

 

結果として、

協力が得やすくなるのは、

やってみて実感しているところです。

 

 

環境改善委員会という、ひとつの実験

今のアスクでは、

委員会は環境改善委員会ひとつだけ。

 

でも、この委員会を

若手メンバーが本当によく引っ張ってくれています。

 

その姿勢が伝わるからこそ、

周りも自然と協力する。

 

「やらされ感」がなく、

「一緒につくっている感覚」がある。

 

この雰囲気は、

とてもアスクらしくて、いいなと思っています。

 

文化は、仕組みから生まれる

会社の文化は、

スローガンだけではなかなか根づきません。

 

でも、

仕組みが行動を変え、行動が文化になる

そういう順番は、確かにある。

 

委員会という仕組みは、

アスクにとって、

その小さな実験のひとつです。

 

これからどう育っていくのか。

それを見ていくのも、楽しみですね。