舟木昭太郎の日々つれづれ -99ページ目

年を取ると人の情けが身に染みる

 竹内宏介さんが病床にある。一日も早く元気になりますことを祈りたい。私自身が8月に脳梗塞をやったばかりで、その時は大変心配してくださった。お陰様で元気になりました。
 先週はTBS関係の人たちが「快気祝」を九段のそば家「一茶庵」で開いてくれた。永田守(TCエンタテインメント常務)板橋満(TBSサービス常務)原量計(同役員)元TBS関口修平の皆さん。永田常務の祖父はご存知“永田ラッパ”あの永田雅一大映社長。永田社長といいば、かつて大相撲の八百長問題で石原慎太郎さんと相撲協会がもめたとき、仲介に入ったのが永田雅一社長だと最近雑誌で知った。何かと話題の多い方だった。永田常務も何となく話し方が似て来たように思う。東映の大川社長共々、昔の映画人はパワーに溢れ、華があった。余談。それは兎も角、皆さん、有り難うございました。 
 年を取ると、友の病気が妙に心に重くのしかかったり、人の好意にジーンくる場面が多くなる。兄弟の気配りにもまた、格別に感じる。私が両国の姉の家を訪ねたおり、帰ろうとしたら、姪の優子が玄関まで来て「(脳梗塞で)危ないから、地下鉄の駅まで送ってあげる」と労わるように森下駅まで送ってくれて、しかも改札を過ぎるまで見届けてくれた。このとき何故か涙がこぼれて仕方が無かった。かように、年を取ると、人の情け、好意が身に染みる。病気のせいかな。
 最近は寝る前に「竜馬がゆく」を読むのが楽しみ。何度も読み直すと、その都度気付くこともある。竜馬が相棒の寝待ノ藤兵衛に諭した言葉が心に残る。「人間はなんのために生きちょるか、しっちょるか。事を成すためだ。ただし事を成すにあたっては人の真似をしちゃいかん」「世に生を得るは、事を成すにあり」と……。
 坂本竜馬には志があった。スケールの大きい国家観があった。そして志半ばで倒れた。
『世に生を得るは、事を成すにあり』いい言葉だ。振り返って俺は、何をしたか……。

「泣きながら生きて」に感動しました

 「泣きながら生きて」(フジテレビ系/11月3日放送)を貴方は見ましたか……文字通り私は泣きながら見ました。秀逸でした。作り手の情熱が伝わるような、渾身の作品でした。ビデオを取り忘れたので早い機会に再放送してもらいたいものです。
 物語は平成元年から始まる。中国人男性Tさんは、文化大革命に翻弄されながら、仕事を求めて日本へやってきた。多額の借金を背負って。最初は北海道の日本語学校に入学したが、働き口を求めて東京へ。そして、やがて不法滞在者の身となり、塗炭の苦しみを味わいながらも、心死で働き、上海で待つ妻と娘に仕送りを続ける。時を経て、妻と娘に感動の再会。上海、日本、米国と別れ別れになった家族を10年の歳月をかけて追いかけた入魂のドキュメンタリーだ。Tさんの生き様は涙を誘わずには置かない。
 夫婦愛、家族愛、志(こころざし)、忍耐……日本人が遠い昔に失ってしまったような精神が、丁さんを通して垣間見えるのだ。グチ一つこぼすことなく、黙々と運命を甘受して生きる姿は、どうしようもなくやるせない。離日の際、機内で日本に向かって、手を何度も合せるシーンは、特に印象深い。
 TVは捨てたもんじゃない――いいものを創ろうとすれば、こんなにも重厚な映像もできる。10年の間、この一家を追い続けたスタッフに改めて、拍手を送ります。フジテレビは、スマップや吉本ばかりと思っていたのに、こういう優れた作品を放送するとは見直した。

シカゴ士道館大会にカポネ四代目が……

 先週末は格闘技観戦三昧だった。28日昼は綾瀬の東京武道館で新格闘術連盟の第10回全国大会、夜は両国国技館でMARS、29日はディファ有明で、士道館の空手大会。新格闘術と士道館はアマチュアだ。最近はこうした素人のひたむきな戦いにこそ感銘を受ける。
 新格闘術では、特に小学生の部がきびきびとしていて、凛とした爽やかさが心にしみ込んだ。ここは、会津や佐賀、福井、長野といった地方の子供たちが、素朴で明るい。しかし、試合時間2分間を休みなく殴って、蹴ってという直接打撃(フルコンタクト)ルールで苛烈極まりない。
 正に「死心の力・死心の心」を地でいく。少年&少女たちは将来大きくなったときに、大会に参加した事を誇りに思うのではないか。ここには、陰湿な、いじめといった類は勿論存在しない。
 残念だったのは、黒崎健時総帥が、病気で姿を見せなかったこと。一日も早い回復をお祈り致します。
 士道館で、かつて添野義二館長からおもしろい話を伺った。毎年12月のシカゴに於いて、士道館の全米大会がある。そのとき、必ず顔を見せるのが、アル・カポネ(伝説的なマフィアのドン)の四代目。5~6人のボディーガドとともにやってくるのだが、いたって紳士で、警察も一目置いている存在だとか。お土産店を経営していて、そこでは、カポネのサイン入りTシャツが飛ぶように売れるというから、虎は死んで皮を残すか。私もTシャツが欲しいな。添野師範に頼んでみよう。ミーハーだね。
 ポニーキャニオンから携帯公式サイト『昭和プロレス殿堂』がスタートした。プロデューサーは、私の盟友・竹内宏介さん。昭和の興奮が鮮烈に甦る……。ライター陣には、桜井康雄、菊池孝、ターザン山本、井上義啓氏ら馴染みの顔触れ。信頼できる。
問い合わせ:ポニーキャニオン/03-5521-8020

我が出身福島県の前県知事汚職事件を思う

 目下「UPPER CLASS」11月号は11/1配布開始です。それに伴い、多方面から「UPPER CLASS」の申込みが来て、悲鳴を上げています。零細企業ですので、20~30部を希望する方は、500円の宅配便料を送って下さいますと助かります。
 「PRIDE」のラスベガス大会は大成功だったようで、ご同慶の至りだ。一過性の単なるイベントにしないで(2月に開催が予定されているらしいが)、継続して開催をすればアメリカの大地に根を下ろすかもしれない。UFCとの対抗戦が実現すれば、それこそスーパー・ビジネスになる可能性もある。日本の格闘技が、興行のメッカで成功する事は正に画期的。格闘技の輸出だ。夢を抱かせる。
 さて、我が出身県・福島はとうとう前県知事が収賄の容疑で逮捕された。実弟との共犯で、ゼネコンから賄賂を受け取った疑いが強まった。佐藤栄佐久・前県知事は88年8月、「金権政治がはびこる体質を打破しよう」立候補、当選した。以来5期18年、いくらなんでも長すぎる。水が淀めば、ボウフラが湧くというものだ。そろそろ米国のように、期間を2期8年までと法律で定めたほうがよい。県政のトップが、県民の血税をこともあろうに、誤魔化し、くすねるとあっては(事実なら)、薄汚い。
 以って,県会議員の面々も責任を感じるべきだ。唯々諾々として、見過ごしてきた事が結果として、汚職事件に発展した。東京地検特捜部が動かなければ、あるいは事件は明るみにならなかったかもしれない。
 中国の「菜根譚」にこんな言葉がある。「居官有二語。曰、惟公則生明、惟廉則生威。」
即ち、官位をえて役人であるときの戒めに二語ある。
 「公平があれば明朗が生まれ、清廉であれば威厳が生じてくる」と。
ついでながら、「居家有二語。曰、惟恕則情平、惟倹則用足。」
家庭にあるときの戒めに二語ある。
 「思いやりが深ければ不平不満なく、倹約であれば費用に不足しない」と。
昔の人はいい事いう……。

「心筋梗塞」の体験者西田敏行さんに励まされた。

 脳梗塞からの回復は順調だ。リハビリの成果が出てきている。東京医科大学の看護婦の皆さん……三枝木さん、奥川さん、中田さん、辻本さん、ご心配をお掛けしました。言語の方も、大分良くなりました。少々呂律がおかしいところもありますが、ゆっくり話せば、なんとか会話が出来るようになりました、もう少しです。
 退院する時に「水をこまめに飲んでくださいね」と三枝木さんから、言われことをしっかり守って、ペットボトルを毎日持ち歩いています。
 先日、すっぽん料理『田吾作』で俳優の西田敏行さんとお会いしたら、西田さんも心筋梗塞を患ったことがあるとのこと。「心筋梗塞と脳梗塞とは親戚みたいなもんだね。直るから大丈夫、焦らずに気長に直してください」と激励してくれた。西田さんはすっかり元気になられて、映画&テレビに活躍しているのはご承知の通り。「功名が辻」では新しい形の徳川家康像を見事に演じている。私が、僭越だが褒めると「有り難う御座います」と、この人は誰にたいしても頭が低い。立派だ。私が「脳梗塞になってから、酒は呑めなくなりました」しょげていると「大丈夫、そのうち呑めますよ、僕はこの通りですから……ガァハハ」と笑い、冷酒をぐいと飲んだ。
 早く元気になりたいものである。西田さんのように。

スマートになりすぎたボクシング、ワンディにムエタイの迫力を見た

 ワンディ・シンワンチャーvs嘉陽宗嗣のWBC世界L・フライ暫定タイトルマッチが10月9日に後楽園ホールで行われ、嘉陽が敗れた。ワンディが減量失敗して、嘉陽に有利かと思われたが、パワーが違った。さながら、ラジャダムナンでムエタイの試合を観戦しているような気分になった。確かに世界戦での契約体重1.5kgオーバーは絶対に許すことはできない。試合に勝っても、チャンピオンになれないというペナルティーがあったとしても。世界戦に水を差された。それでもワンディの迫力あるファイトは魅力的だった。
  嘉陽の教科書通りのスタイルに対して、ワンディは、力で押し切る八方破れのファイト。思い切り空振りはする、それでバランス崩す……しかしそんな事はお構いなし、その威圧感に嘉陽は次第に飲み込まれてしまうのだ。7回にはダウン喫してしまう。
 嘉陽もダウンから立ち上がり、よく反撃した。7回以降は人が変わったように手数を出して喰らいついていった。が、試合の流れを変えるまでには至らず、3-0の大差の判定。具志堅会長のタイトル奪取30周年の記念イベントを飾れなかった。あの死力の反撃が何故もっと早くで出なかったか。嘉陽に求められるのは、正に「倒す勇気」キラー・インスティンクト だろう。遠くは、藤猛、輪島功一、ガッツ石松ような……なにがなんでも勝つ、倒すという、泥臭さが必要ではないか。
 そういう試合見られなくなったの寂しい。スマートに勝つことを身に付け、逞しさ、荒っぽさが失われたように思うのだ。「これがプロだ!」という醍醐味を私は見たい。甘ったるい世の中だからこそ。これからのトレーナーは技術だけでなく、いかにして「荒ぶる魂」を鍛えるかも、大きな命題だ。だからして嘉陽よ、逞しくなって再びリングに戻って来て欲しい。

凱旋門賞で思った事、感じた事……

 「UPPER CLASS主」10月号をお届けいたします。
 今月号は残念な事に、特集記事で取り上げた亀田興毅と桜庭和志の試合が、負傷でかたや延期、かたや欠場と慌しく決定。両選手にはともかく体調をベストにして、復活して欲しいものだ。しかし、亀田・桜庭以外にも読み物は色とりどり、手にとってご覧下さい。
 K-1ワールドGP2006の決勝戦の組み合わせが決まった。準々決勝の組み合わせはシュルトvsバンナ、ホーストvsハリッド、フェイトーザvsカラエフ、ボンヤスキーvsレコ。この中で勝ち上がると予想する選手は、シュルト、ホースト、フェイトーザ、ボンヤスキー。で、決勝に勝ち残るのは、シュルト、ボンヤスキーの二人。もしかしてボンヤスキーに代わりにフェイトーザかも。腰の入った伸びのいいパンチがようやく打てるようになって一皮剥けた。決勝戦は12月2日、東京ドーム、優勝はずばりセームと予想する。
 

 ところで大騒ぎした今年の「凱旋門賞」でディープインパクトは、3着に終った。競走前から異常な盛り上がり、アレは何だ。1着は既に決まった当然といわんばかり。5000人の日本人ファンがロンシャン競馬場に殺到したという。この人たちが、ディープの馬券を買ったから、オッズは当然1倍……本命となる。お陰で思わぬ配当に日本人様々だと馬券仕留めたフランス人は言ったとか。結果は3歳馬のレイルリンク(仏)が優勝した。結果が分かってから日本のマスコミは早速「過去10年間で、8回勝っているのは全て3歳馬。その理由は重量が軽い事である。凱旋門賞と距離が同じ2400では、優勝したレイルリンクは過去に3戦全勝だった」。とか何とか。終わった後で、得意になって喋るさまには、呆れた。
 サッカーの応援じゃあるまいし、小旗を振るというのはいかがなものか。武騎手も「馬が驚くので止めて欲しい。」と言っていた。そんなことはお構い無しで日本流を伝統ある「凱旋門賞」に持ち込んだ日本人。オレはそこにいなくて良かった。エコノミックアニマルはとうとう競馬にまで及んだ。
 「凱旋門賞」に夢を馳せて、3ヵ月前からシャッポー(帽子)をオーダーする婦人たちのお国柄だ……こういうのを知ると、フランス人の格別な思い入れに、感じ入ってしまうのだ。
 何でもいいから、冷静になりたいね。特に人様の國へ行った時は。『美しい日本』はどうしたんだ!

脳梗塞のリハビリに励む日々

 脳梗塞で倒れてかれこれ1カ月半、いま週に1度新宿の東京医科大学病院へリハビリに通っている。発声と手先の訓練。発声の担当は杉森先生、鏡を見て口をパクパクやったり、例えば、「ちかく(知覚)」と「みかく(味覚)」といった紛らわしい言葉を繰り返し発声するが、私は呂律が上手く廻らない。何処まで続くか泥濘なのだ。杉森先生も忍耐強く付き合ってくれるから、ガンバラなくちゃ……。
 右手指先の訓練はそれ以上に困難なものだ。小さい玉を指で挟さんで移す運動はもっと苦痛だ。ポロポロ指の間から抜けてしまう。細い紐を結んだり,解いたりする作業は更に難しい。これを指導してくれるのが、松丸君だ。格闘技の大ファンで、いつも話題が絶えない。同じリハビリ科の大橋君も格闘技のファン、だから賑やかだ。
 焦らず、粘り強くやっていくつもりだ。リハビリ科の先生宜しくお願い致します。
 皆さんも、脳梗塞には気を付けて下さい。暑い日には沢山水を飲んで下さい。脳梗塞の予防になります。

ポスト魔裟斗、私が期待するのはTATSUJIだ

 K-1 WORLD MAX世界王者対抗戦(4日・有明コロシアム)は、期待された選手が全て枕を並べて討ち死にという無惨な結果、もう後が無い。危機的状態だ。魔裟斗不在のリングで、かくも荒涼たる姿を見せられるとは、魔裟斗不在だからこそ「俺たちの出番だ!」の誰一人その覇気や見えず。特に小比類巻、須藤,佐藤には失望した。小比類巻、佐藤は何一つ進歩の跡が見られない。
 結局、魔裟斗が頼みの綱。その彼も、斜陽の影が確実に忍び寄っている。だから絶対危機なのだ。奮起せよ、咆哮せよ兵ども!
 この中で、負けたけど私が注目する男は、TATSUJIだ。ひょっとすると大化けするかも知れない。あのザンビディスの嵐のフック攻撃を見事耐え抜き、あろうことか、最終回には、真っ向打ち合い……勝気なところ見せた。KOが2つだけと少なく、パンチ力がないことが課題とされた。しかし、そんな事は心配無い。かつてキック界に岡尾国光という選手がいた。彼は決め手が無い選手、引き分けボクサーという不名誉なレッテルを貼られた。そんな不評に発奮したのか、あるとき大変身した。鎧袖一触、KOの山を築き始めたのだ。
 何しろ黒崎健時先生が当時の岡尾の師匠だからたまらない。1ヵ月、1日7時間も8時間もサンドバックに張り付いた。ひたすらに、蹴りまくり、そして殴りまくる。口からはヨダレ、下からは汗に混じって小便が……。人間と思いないような、そう狂ったかのように稽古して1ヵ月。かくてKOのコツ掴んだ。無我夢中で極限まで挑戦する――道を拓く方法を黒崎先生はこうして教えた。さあ、どうするTATSUJIよ! 何もしなければ、今のままだ。岡尾になれ!
 いやー、脳梗塞は疲れる、これだけ書くのに何時間かかったか。お終いだ。

脳梗塞で倒れて、知った人の有り難味

 脳梗塞で2週間、東京医科大学病院に入院した。それは突然に忍び寄ってきた。朝方居間に横になっていて、起き上がろうとした所、どうした訳か起き上がれない。もがく・・・・・・やっと起き上がった。だがどうしたわけか真っ直ぐ立てないで、右によろけ倒れた。2度、3度とこれを繰り返す。どうもおかしい。初めて異常なのに気が付く。やっとの思いで起き上がって、行きつけの信濃町のお医者さんへ、死ぬ思いで辿り着いた。血圧を測ったら、何と200もあった。顔も見る間に変形していった。そうこうする中、具志堅用高さんが、患者としてやって来た。顔見知りだ。私が事務所の椅子に座ったまま、ぐったりとしていると何やら医者に聞くや「すぐに大きい病院に行かなくちゃ、一刻を争うよ。顔も変わってきているし、救急車よりオレの車が下に置いてあるから、それで行こう。大変だ」――こうして東京医大に運ばれたのだ。不幸中の幸いだった。具志堅さんのお陰で助かった。大事に至らなかった。今は口に麻痺が残るが、リハビリで直りそうだ。2週間の入院で済んだのも、具志堅さんのお陰だ。感謝です。
 それと東京医大の先生方、そして看護婦の皆さん、リハビリの方々、お世話になりました。皆さんの力で元気になれました。赫(てらし)先生、西田先生、梅里先生、沼田先生の心温まる診察や応対、一生忘れません。看護婦の三枝木さん、奥川さん、田中さん、辻本さん、岩本さん――皆さんの笑顔忘れません。本当に有り難う御座いました。不安な日々、どんなに励まされたことか・・・・・・我が忘れじのモニュメントととして、心の奥底に刻みます。