舟木昭太郎の日々つれづれ -97ページ目

内藤×亀田、こんな世界戦は二度と御免だ!

 内藤大介と亀田大毅の試合はお粗末の一語。世界戦と呼べる代物ではない。かくて日本のボクシング界は、衰退して行く。
 世界タイトル戦は、世界最高のテクニックを披露する舞台―少なくとも観客もテレビで観戦する人もそう思っているはず。内藤も亀田も、全力を尽くして闘い、そして持っている全てのテクニックを使い果たす。プロの選手が織りなす闘いのシーンに手に汗する。
 ところがどうだ、亀田のファイトときたら、技術も闘志もない。よくもまー、こんな選手を世界戦の挑戦者に選んだものだ。話題が有ればいい、視聴率がとれればいいと、多分にそんな動機で選んだのだろう。結果、惨憺たる内容に。関係者は反省すべきだ。特に負けが濃厚となった最終回の「押し倒し、抱え投げ」はボクシングを冒涜する見苦しいばかりの振る舞い。勝つためには何をやってもいいという傍若無人の行為は、スポーツマンにとって許されないし、ルールも守れない選手は今後一切リングに上げるべきでない。コミッションは厳重に処罰すべきだろう。
 内藤は被害者だ。「あの程度の選手をKOできない内藤もだらしない」といった声もあるが、亀田のあの戦法、ガードを固め突進すだけの戦法はやりにくかったはずだ。加えて、あの狼藉だ。リズムに乗れないだろう。
 大差の判定(2人のジャッジが10ポイント差)、勝って当たり前というプレッシャーをはねのけよくタイトルを守った、というべきだろう。
 試合後のマイク・パフォーマンスも苦労人らしく、すがすがしかったのが辛うじて後味の悪い試合を救った。
 「ゴキブリ」「負けたら腹を切る」等散々内藤を揶揄した亀田に、父親亀田史郎氏の子への躾を問いたい。ともあれ、こんな世界戦は二度と御免だ。

時津風部屋と時太山の死 相撲協会は人心一新で出直すべし

 「UPPER CLASS」10月号は10月1日配布です。今月の巻頭はフィギュアスケートです。題して”氷上の舞姫たち”。安藤美姫、浅田真央、村主章枝、中野友加里らの近況と今後の予定などを織り交ぜながら、グラフィックに構成しております。暑い日が去ってスケートの季節、どうぞご覧ください。
 さて、大相撲は混乱の極みだ。時津風部屋の序ノ口力士時太山(本名・斉藤俊)の死は、稽古に名を借りた集団リンチによるものだった―それを指揮したのが、時津風親方。自ら「ビール瓶で殴った」と白状した。時津風親方は聞けば酒乱の癖があるという。そのためにビール瓶を振り回すことは多々あると関係者は証言している。ビール瓶で殴ったあと、今度は「かわいがってやれ!」と暗に兄弟子に暴行をうながした・・・「かわいがる」というのは、相撲界の隠語で「いじめる=鍛える」ということだが、金属バットで殴るとは単なる暴力。この時津風親方、朝青龍が出稽古に来て部屋の弟子達にプロレス技で絞めたり、投げたりしたときには「もう来なくてもいいと」といったそうな。そんなことも忘れ、愛弟子を死に至らしめた。時津風部屋というのは、あの不滅の大横綱双葉山が興した由緒ある部屋だ。歴史に汚点を残した。この際潔く角界から身を引くべきだ。
 北の海理事長の責任も免れるない。朝青龍問題でも腫れ物に触るように何もしなかった。横綱・朝青龍をあのように無頼の輩にした責任は、協会の曖昧な態度にある。一連の問題にすばやく、しかも毅然とした処罰を下せなかったのだから、無能と言われてもれても仕方ない。理事長を辞すべき。相撲協会はこれを機に部屋の在り方など、抜本的に改革、人心一新で出直すべきだ。日本相撲協会は、財団法人である。事態を深刻に受け止めなければいけない。
 斉藤君はどんなに辛く、悔しかったことか・・・17歳の若い命の死に、ご冥福を祈るのみ。そして徹底的に死因を究明して欲しい。そうでないと斉藤君も浮かばれない。

HERO'SにPRIDE選手が参戦してPRIDEのあの日々を思う・・・。

 HERO'Sの横浜アリーナ大会(9/17)はミドル級でカルバンが連覇して、圧倒的な強さを見せ付けた。当分、彼に勝てる相手は出そうもない。風貌はさながらシウバ、気性も似ている。シウバのように打撃をもっと身に付けたら、攻守にバランスの取れた選手になるだろう。ただ、体が一回り他の選手と比べて大きいような気がした。前日の軽量で、恩恵を授かった典型的な選手なのかもしれない。
 いずれにせよ、新たなスターの出現だ。HERO'Sには既にセルゲイ・ハリトーノフが参戦、来年新設のヘビー級をにらんで、そのハリトーノフは「ヒョードルと戦いたい」と宣言したり、先のカルバンも「五味はとてもいい選手」と対戦に意欲だ。ミノワマンもHERO'Sのマットに上がった・・・なにやらPRIDEの戦場がHERO'Sに移った感がある。そのためか、PRIDEファンが多数会場に来ていたと聞く。
 PRIDEのファンにとっては、久方ぶりにPRIDE選手の雄姿を見て感慨深いものがあったのでは・・・同時に寂しい、複雑な感情をもって観戦したファンもいたのではないかと思う。
 思えば、PRIDEには独特の雰囲気、テーストがあって私もあの会場の雰囲気は好きだった。入場のときの女性アナのヒステリックなまでの絶叫。リングアナのドスの利いた選手コール。試合毎に勝者へのテーマ曲・・・混然一体となって、総合格闘技の戦いのテーマを増幅させていた。
 吉田がいた、シウバが、ヒョードルが、ノゲイラが、最強の名誉を賭け熱い闘いを繰り広げた日々。PRIDEはもう還って来ないのだろうか。思い出の中に閉じ込めて置くには、余りにも残酷な話だ。
 関係者はあらゆる知恵を絞り、捨て身を賭してPRIDEを再興すべきだ。私の耳には、PRIDEの、あの哀愁を帯びたテーマ曲が今日も聞こえてくるのだ。

5日間のタイ・バンコク旅行 あのシリモンコンに会う・・・

 5年振りにタイ・バンコクに行ってきた。夕刻4時55分のタイ航空に乗ると、約6時間半で新国際空港に着く。時差が2時間あるから、時計を2時間戻すとなんだか得したような気分になる。到着時間は現地時間午後9時半頃だ。夕方出発するというのは、会社で一仕事できるから便利だ。それにしても、新空港は目を見張らせる。まるで絵画館のような趣で、タイの景観とは凡そかけ離れている。外観はヨーロッパ風なのだが、建物の中は、流石にタイの伝統芸術が到る所に見られる。広大な平地に広がる新空港は将来、滑走路が何本増えようとも心配ない・・・益々日本の成田空港などは国際社会から置いてきぼりにされてしまう。ドンムアン空港よりは、少し遠くなったが、市内までの高速道路が整備されていてスムーズに移動できる。遠くて、不便―成田とは大違いだ。
 さて、タイには31日~5日までの正味5日間だったが、今回ほどのんびり過ごしたことはない。早朝、散歩を兼ねた朝食。午後はタイ・マッサージと昼寝。夕方街に出て散策・・・いい休養になった。仕事はシリモンコン(’60年~70年代にかけてのムエタイのスーパースター)にDVD用のインタビューをしたのみ。シリモンコン氏には私が宿泊しているホテルに来てくれた。
 彼は日本語を片言話せる。大の親日家だ。’76年3月8日、ラジャダムナンでの藤原敏男との試合を振り返ってもらった。後世に残る名勝負で、シリモンコンが僅差で勝利をものにした。
 私の「接戦だったね・・・判定はどうだった?」問いに「ゴングが鳴った瞬間、ああ引き分けだ、と思った。いまでも私の心のなかでは、そう思っている。兎に角、藤原の早い動きに自分の攻撃ができなかった。藤原はやはり偉大な選手だった」と かつてのライバルを懐かしん
でいた。
 インタビューを終えて、街に出て飲茶で昼食をとり別れた。

 この続きはまた後日に・・・。

タイ行きの前に思ったこと・・・世界陸上、異次元ゲイ、そしてF1!

 まもなく9月、残暑もやっと峠を越してしのぎ易い季節になりました。なのに私は皮肉にもタイへ行くのです。
タイへ行く楽しみに以前はゴルフがありました。タイには安くて、いいゴルフ場が沢山あって飽きがきません。今回は残念ながら予定はありません。脳梗塞で倒れて1年が経ち、担当医の先生は大丈夫といってくれるのですが、自重自戒・・・バンコク滞在中は穏やかに過ごすつもりです。その代わり大好きなタイ料理(イーサンなどの東北タイの料理)三昧といきたい。タイのお話は帰国後に。
 さて、大阪で開かれている「世界陸上」はさすが世界の一流アスリートが集まっていて、目が離せません。連夜、テレビの前に釘付けとなて、見惚れています。何といっても、100㍍で優勝したタイソン・ゲイには痺れました。今月号の「UPPER CLASS」で大島一郎記者(デイリースポーツ)が「T・ゲイの異次元の走りに注目して下さい」と書いていますが、まさに異次元の走りです。カール・ルイスと一味も二味も違う荒々しい走法で、印象的です。それに対して日本勢の不振はどうでしょう・・・目を覆うばかり。暑さのせい?条件はみな同じ、敗因の理由にはならない。
それよりも選手達をタレント並の広告塔に使うことに一考を。選手達は必要以上にプレッシャーを感じてしまったのではないのか。それが直接的な原因でないにせよ、前評判が評判だっただけに、落差が大き過ぎた。失望もそれだけ大きいのだ。
 末続、為末、”イケクミ”池田のどうにもとまらない予戦落ち。室伏までが、6位止まり・・・これでは北京も望み薄。それにしても女子棒高跳び決勝を実況したアナウンサーはちょっとお粗末。うるさいだけで、私には耳障りだった。一瞬の沈黙、一瞬の間もまた喋りには大切な要素。(偉そうにすみません)
 エシンバエワの世界新記録更新に賭けるアナ君の意気込みの程は分かるがが。TBSといえばスポーツに歴代名アナウンサーが多い。私の友人、知己も多い。だから敢えて苦言を呈するのだ。
 さて、9月号「UPPER CLASS」はなんとF1です。迫力の誌面にご期待ください。同時に町田英明氏(文)と桜井淳雄氏(写真)、それに高橋進一氏(協力)の皆さんに改めて御礼申し上げます。
 ではタイに行ってきます。

「UPPER CLASS」9月号特集でまた新たな挑戦 月末からもう1つのタイヘ里帰り

 夏の終わりだというのに、連日の猛暑。さすがに堪えます。
田舎も東京と同じで、お盆の14~16日はかつてない暑さでクーラー設備のない家屋は扇風機がフル回転でした。
それでも流石に朝方は、ヒンヤリして掛け布団が要りました。
 私の故郷は福島県の中通り、鮫川村と言うところ、静かな山村です。4年振りに帰った実家で、昔懐かしい味に満足して帰ってきました。墓参りもしたし、故郷の花火も見たし…やはり実家はいい。16日の夜からは「UPPER CLASS」の追い込みで、出社しました。今回は大分、焦りました。特集で写真の入手が困難で、困難で―それがなんとか、間に合って助かりました。何の写真かって?それは9月1日のお楽しみ。アッパーは、常に新しいものに挑戦です。

 月末からは、これも5年ぶりにタイ・バンコクに行って来ます。
1つは次回10月発売のDVD「ムエタイ伝説の10人!」(定価4,000円)で、あのセンサック・ムンスリンにインタビューするためです。もうかれこれ17年ほど、彼には会っていないけど元気かなぁ…網膜はく離で片方の目が哀れな姿だったけど。会えないかもしれないが、タイの友人が手を尽くしてくれているので、なんとかなると思うが…。

もう1つの目的は久しくお会いしていない、タイ人の友人に再会すること。マニット氏は、ムエタイの映像を集めるのに苦労をしてくれた。彼の力無しには、沢村忠のタイでの試合の映像も入手できなかった。私が脳梗塞で倒れたと聞いて、大変心配したと伺った。友人は国境を越えて、有難い。
 そんな訳で、夏休みを兼ねた5日ばかりの、もう1つの里帰りでタイへ行って来ます。

お盆に田舎に帰省……故郷は思い出の玉手箱

 猛暑が続きます。去年、脳梗塞で倒れて丁度一年が経ちました。あっと言う間の一年です。暑い日には、倒れた瞬間が蘇り、あわてて水を飲みます。通勤にウォーキングにと、今は水は離せません。皆さんも夏は水を沢山飲んで下さい。
 さて、10日~19日はお盆休みで田舎に帰省している方が多いと思います。私も5年振りに福島の鮫川村というところに帰ります。父や母、兄弟が眠る墓に焼香してきます。15日には村の花火大会もあります。山間の漆黒の闇に咲く大輪の花火は、とても情緒豊かです。
 子供の頃、町まで自転車に乗って、花火を見に出かけた日を思い出します。故郷は思い出の玉手箱。故郷には匂いがあります。僅か二日の帰省ですが童心に帰り、思い切り楽しんでくるつもり。
 夏の高校野球も真っ盛り……炎天下での全力投球、全力疾走は無条件で胸を打ちます。一瞬の夏、一瞬の青春……若人の健闘を祈ります。

「ラーメン二郎」はさしずめヒョードル、ガツンと力強い味なのだ!

 神保町の「ラーメン二郎」に行ったお話……前回は感想を述べずに終っているので、早速お味の方を。
 中身より、先ずは外観から――ハッキリ言って、ボタ山のように形をなしたそのボリュームに圧倒される。野菜を炒めたものがこんもりとラーメンの上に鎮座しているのだ。麺に辿りつくまでフーフー、荒い息をしなくてはならない。謂わば、ラーメンとの異種格闘技戦だ。オジサンは小さめで、野菜も麺も少なくしてもらったから、KOされずに済んだ。普通盛りなら、血圧が上がってギブアップというところだ。
 さて、麺に辿り着いた。肝心のお味だ。麺はパスタの麺を想像したらよい。それが絶妙の舌触りである。かつて味わったことがない―パスタ麺(?)とスープとのコラボレーション。しっかりと麺に染込んで、ガツンとくる、力強い味になっている。おもわず「美味い!」と私は、一口で唸った。
 そう、別格な味、格闘家ならさしずめヒョードルのような力で相手をねじ伏せる、そんな味だ。若者が連日、昼となく夜となく行列をなす、その理由がこれで納得。チャーシューも麺に負けずとても旨かった。マスターも気さくで、感じよかった。連れていってくれた瑞枝ちゃんありがとう!
 22日は義兄岸波彦雄の三回忌。泉岳寺で行なわれた。雨が心配されたが、危惧だった。多分、千の風になって、雨雲を振り払ってくれたのだろう。墓参りをする度に、遥かな泉岳寺の歴史に心を揺さぶられる。江戸時代からの××藩主など、枚挙にいとまがない。勿論、赤穂浪士四十七士の墓も……歴史の物語の中で、義兄は静かに眠っている。
 さて、8月1日配布の「UPPER CLASS」は巻頭特集がなんとデビッド・ベッカム! いよいよ登場です。世界陸上&女子世界バレーボールもあります。期待して下さい。
 「大山道場&黒崎健時」のDVDも発売して、お陰様で大反響です。スクープ映像もさることながら、大沢昇さんのインタビューが意外な話題に発展しているようで……びっくり。
 兎に角、極真の全ての原点はここにありーを見てください。
 猛暑続く折柄、皆さんご自愛の程を……。

同じ相手と3度対戦―宮田&内藤師弟のコケの一念が王座を手にした

 苦節3度目、内藤大助選手がWBC世界フライ級チャンピオンとなった。32歳、正に遅咲きの世界王者。相手が17度防衛中のタイのポンサレックだけに3-0の判定勝ちも立派なものだ。ジムを開いて21年目、さぞかし宮田博行会長も嬉しかろう。
 今度の戴冠は、宮田会長の「コケの一念」の執念の賜物でもある。3度目の挑戦で実を結んだ。1度目は02年4月、僅か34秒のKO負け……世界戦最短負けの記録で「日本の恥」と罵倒され、2度目は05年10月、7回負傷判定負け。同じ相手に2度負けたら、大概諦める。しかし、宮田&内藤の師弟は、性懲りもなく3度目のアタック、そして栄冠を掴んだ。「コケの一念、岩をも通す」―そのブレない、頑固さに敬服するのみ。
 例えて、2度負ければ、今度はWBCじゃなく、WBAに挑戦を変えてみよう……てなのが一般のジム。それをやらなかった。だからチャンスが巡ってきた。人生も同じだ。職をコロコロ変える人にあまり成功した話を聞かない。苦しくとも、やはり我慢するしかない。そう、宮田&内藤の師弟は教えてくれる。心から祝福する。これで世界フライ級は、WBAの坂田健史(協栄)と日本が独占した。本来なら、統一戦を!と言いたいが、ここは亀田興毅(協栄)とやってもらいたい。
 坂田との同門対決が先行しているようだが、断然内藤戦が盛り上がる。同門対決は、相撲界でもそうだが今一つ盛り上がりに欠く―ボクシング人気復活のためにま私は内藤vs亀田戦が見たい。
 話しは変わる……18日夜、神田神保町の「ラーメン二郎」に行って来ました。いつも長蛇の列をなす伝説のラーメン店です。感想は次回で。

具志堅会長のご長男が結婚式、A浜口親子の「気合いだ!」の乾杯に沸く

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 七夕の夕刻から青山の「青山ダイヤモンドホール」で具志堅用高会長のご長男・用輔さんと茂木かおりさんの披露宴があり私も招かれた。披露宴の会場となった場所は、表参道の地下鉄の駅からエレベーターで上がると、式場の入口とあってともかく便利。私は代々木上原に住んでいるので、交通至便な会場は有り難い。脳梗塞を患ってからはなおさらだ。式場が1階にあるのも出入りに便利……よく考えたものだ。
 招待客は200名ほど8割がた新郎新婦の同級生というのも感じ良かった。新郎の父が偉大なボクサーであり、現在ジムを経営していることから、私は色んな著名人がわんさと来るもんだ――と頭から決め付けていただけに、当てが外れたが、それが良かった。お二人を知る仲間が心から二人の門出を祝っているのが心に伝わってきた。
 新郎と新婦は、駒場学園高の同級生ということで、25歳(新郎)24歳と若く、新郎は、南青山で美容室勤務。素敵なカップルだ。そう、具志堅会長の数少ない招待客の中に、アニマル浜口&京子さん親子が私の前のテーブルに座っていた。浜口さんと会うのも久しぶりで、挨拶に行くと「おお!」と奇声を発して立ち上がりお互いに手を握り合った。週刊ゴングの編集長時代にお世話になった……そこで京子ちゃんを交えて記念写真となった。浜口親子の「気合いだ!気合いだ!」の9連発の全員による唱和、そして最後の「乾杯!」は最高に盛り上がった。京子ちゃんは記念写真攻めに遭って食事もろくに摂れなかったが、笑顔で応じていた。是非北京では、金メダルを! 好感度100%でした。横の席には北京五輪の選手団団長を務める福田富昭氏が頼もしそうに京子ちゃんを見つめていました。
 具志堅会長の謝辞も飾り気なく、感涙にむせんでいたのも印象的でした。目出度し、目出度し。