内藤×亀田、こんな世界戦は二度と御免だ!
内藤大介と亀田大毅の試合はお粗末の一語。世界戦と呼べる代物ではない。かくて日本のボクシング界は、衰退して行く。
世界タイトル戦は、世界最高のテクニックを披露する舞台―少なくとも観客もテレビで観戦する人もそう思っているはず。内藤も亀田も、全力を尽くして闘い、そして持っている全てのテクニックを使い果たす。プロの選手が織りなす闘いのシーンに手に汗する。
ところがどうだ、亀田のファイトときたら、技術も闘志もない。よくもまー、こんな選手を世界戦の挑戦者に選んだものだ。話題が有ればいい、視聴率がとれればいいと、多分にそんな動機で選んだのだろう。結果、惨憺たる内容に。関係者は反省すべきだ。特に負けが濃厚となった最終回の「押し倒し、抱え投げ」はボクシングを冒涜する見苦しいばかりの振る舞い。勝つためには何をやってもいいという傍若無人の行為は、スポーツマンにとって許されないし、ルールも守れない選手は今後一切リングに上げるべきでない。コミッションは厳重に処罰すべきだろう。
内藤は被害者だ。「あの程度の選手をKOできない内藤もだらしない」といった声もあるが、亀田のあの戦法、ガードを固め突進すだけの戦法はやりにくかったはずだ。加えて、あの狼藉だ。リズムに乗れないだろう。
大差の判定(2人のジャッジが10ポイント差)、勝って当たり前というプレッシャーをはねのけよくタイトルを守った、というべきだろう。
試合後のマイク・パフォーマンスも苦労人らしく、すがすがしかったのが辛うじて後味の悪い試合を救った。
「ゴキブリ」「負けたら腹を切る」等散々内藤を揶揄した亀田に、父親亀田史郎氏の子への躾を問いたい。ともあれ、こんな世界戦は二度と御免だ。
時津風部屋と時太山の死 相撲協会は人心一新で出直すべし
さて、大相撲は混乱の極みだ。時津風部屋の序ノ口力士時太山(本名・斉藤俊)の死は、稽古に名を借りた集団リンチによるものだった―それを指揮したのが、時津風親方。自ら「ビール瓶で殴った」と白状した。時津風親方は聞けば酒乱の癖があるという。そのためにビール瓶を振り回すことは多々あると関係者は証言している。ビール瓶で殴ったあと、今度は「かわいがってやれ!」と暗に兄弟子に暴行をうながした・・・「かわいがる」というのは、相撲界の隠語で「いじめる=鍛える」ということだが、金属バットで殴るとは単なる暴力。この時津風親方、朝青龍が出稽古に来て部屋の弟子達にプロレス技で絞めたり、投げたりしたときには「もう来なくてもいいと」といったそうな。そんなことも忘れ、愛弟子を死に至らしめた。時津風部屋というのは、あの不滅の大横綱双葉山が興した由緒ある部屋だ。歴史に汚点を残した。この際潔く角界から身を引くべきだ。
北の海理事長の責任も免れるない。朝青龍問題でも腫れ物に触るように何もしなかった。横綱・朝青龍をあのように無頼の輩にした責任は、協会の曖昧な態度にある。一連の問題にすばやく、しかも毅然とした処罰を下せなかったのだから、無能と言われてもれても仕方ない。理事長を辞すべき。相撲協会はこれを機に部屋の在り方など、抜本的に改革、人心一新で出直すべきだ。日本相撲協会は、財団法人である。事態を深刻に受け止めなければいけない。
斉藤君はどんなに辛く、悔しかったことか・・・17歳の若い命の死に、ご冥福を祈るのみ。そして徹底的に死因を究明して欲しい。そうでないと斉藤君も浮かばれない。
HERO'SにPRIDE選手が参戦してPRIDEのあの日々を思う・・・。
いずれにせよ、新たなスターの出現だ。HERO'Sには既にセルゲイ・ハリトーノフが参戦、来年新設のヘビー級をにらんで、そのハリトーノフは「ヒョードルと戦いたい」と宣言したり、先のカルバンも「五味はとてもいい選手」と対戦に意欲だ。ミノワマンもHERO'Sのマットに上がった・・・なにやらPRIDEの戦場がHERO'Sに移った感がある。そのためか、PRIDEファンが多数会場に来ていたと聞く。
PRIDEのファンにとっては、久方ぶりにPRIDE選手の雄姿を見て感慨深いものがあったのでは・・・同時に寂しい、複雑な感情をもって観戦したファンもいたのではないかと思う。
思えば、PRIDEには独特の雰囲気、テーストがあって私もあの会場の雰囲気は好きだった。入場のときの女性アナのヒステリックなまでの絶叫。リングアナのドスの利いた選手コール。試合毎に勝者へのテーマ曲・・・混然一体となって、総合格闘技の戦いのテーマを増幅させていた。
吉田がいた、シウバが、ヒョードルが、ノゲイラが、最強の名誉を賭け熱い闘いを繰り広げた日々。PRIDEはもう還って来ないのだろうか。思い出の中に閉じ込めて置くには、余りにも残酷な話だ。
関係者はあらゆる知恵を絞り、捨て身を賭してPRIDEを再興すべきだ。私の耳には、PRIDEの、あの哀愁を帯びたテーマ曲が今日も聞こえてくるのだ。
5日間のタイ・バンコク旅行 あのシリモンコンに会う・・・
5年振りにタイ・バンコクに行ってきた。夕刻4時55分のタイ航空に乗ると、約6時間半で新国際空港に着く。時差が2時間あるから、時計を2時間戻すとなんだか得したような気分になる。到着時間は現地時間午後9時半頃だ。夕方出発するというのは、会社で一仕事できるから便利だ。それにしても、新空港は目を見張らせる。まるで絵画館のような趣で、タイの景観とは凡そかけ離れている。外観はヨーロッパ風なのだが、建物の中は、流石にタイの伝統芸術が到る所に見られる。広大な平地に広がる新空港は将来、滑走路が何本増えようとも心配ない・・・益々日本の成田空港などは国際社会から置いてきぼりにされてしまう。ドンムアン空港よりは、少し遠くなったが、市内までの高速道路が整備されていてスムーズに移動できる。遠くて、不便―成田とは大違いだ。
さて、タイには31日~5日までの正味5日間だったが、今回ほどのんびり過ごしたことはない。早朝、散歩を兼ねた朝食。午後はタイ・マッサージと昼寝。夕方街に出て散策・・・いい休養になった。仕事はシリモンコン(’60年~70年代にかけてのムエタイのスーパースター)にDVD用のインタビューをしたのみ。シリモンコン氏には私が宿泊しているホテルに来てくれた。
彼は日本語を片言話せる。大の親日家だ。’76年3月8日、ラジャダムナンでの藤原敏男との試合を振り返ってもらった。後世に残る名勝負で、シリモンコンが僅差で勝利をものにした。
私の「接戦だったね・・・判定はどうだった?」問いに「ゴングが鳴った瞬間、ああ引き分けだ、と思った。いまでも私の心のなかでは、そう思っている。兎に角、藤原の早い動きに自分の攻撃ができなかった。藤原はやはり偉大な選手だった」と かつてのライバルを懐かしんでいた。
インタビューを終えて、街に出て飲茶で昼食をとり別れた。
この続きはまた後日に・・・。
タイ行きの前に思ったこと・・・世界陸上、異次元ゲイ、そしてF1!
タイへ行く楽しみに以前はゴルフがありました。タイには安くて、いいゴルフ場が沢山あって飽きがきません。今回は残念ながら予定はありません。脳梗塞で倒れて1年が経ち、担当医の先生は大丈夫といってくれるのですが、自重自戒・・・バンコク滞在中は穏やかに過ごすつもりです。その代わり大好きなタイ料理(イーサンなどの東北タイの料理)三昧といきたい。タイのお話は帰国後に。
さて、大阪で開かれている「世界陸上」はさすが世界の一流アスリートが集まっていて、目が離せません。連夜、テレビの前に釘付けとなて、見惚れています。何といっても、100㍍で優勝したタイソン・ゲイには痺れました。今月号の「UPPER CLASS」で大島一郎記者(デイリースポーツ)が「T・ゲイの異次元の走りに注目して下さい」と書いていますが、まさに異次元の走りです。カール・ルイスと一味も二味も違う荒々しい走法で、印象的です。それに対して日本勢の不振はどうでしょう・・・目を覆うばかり。暑さのせい?条件はみな同じ、敗因の理由にはならない。
それよりも選手達をタレント並の広告塔に使うことに一考を。選手達は必要以上にプレッシャーを感じてしまったのではないのか。それが直接的な原因でないにせよ、前評判が評判だっただけに、落差が大き過ぎた。失望もそれだけ大きいのだ。
末続、為末、”イケクミ”池田のどうにもとまらない予戦落ち。室伏までが、6位止まり・・・これでは北京も望み薄。それにしても女子棒高跳び決勝を実況したアナウンサーはちょっとお粗末。うるさいだけで、私には耳障りだった。一瞬の沈黙、一瞬の間もまた喋りには大切な要素。(偉そうにすみません)
エシンバエワの世界新記録更新に賭けるアナ君の意気込みの程は分かるがが。TBSといえばスポーツに歴代名アナウンサーが多い。私の友人、知己も多い。だから敢えて苦言を呈するのだ。
さて、9月号「UPPER CLASS」はなんとF1です。迫力の誌面にご期待ください。同時に町田英明氏(文)と桜井淳雄氏(写真)、それに高橋進一氏(協力)の皆さんに改めて御礼申し上げます。
ではタイに行ってきます。
「UPPER CLASS」9月号特集でまた新たな挑戦 月末からもう1つのタイヘ里帰り
夏の終わりだというのに、連日の猛暑。さすがに堪えます。
田舎も東京と同じで、お盆の14~16日はかつてない暑さでクーラー設備のない家屋は扇風機がフル回転でした。
それでも流石に朝方は、ヒンヤリして掛け布団が要りました。
私の故郷は福島県の中通り、鮫川村と言うところ、静かな山村です。4年振りに帰った実家で、昔懐かしい味に満足して帰ってきました。墓参りもしたし、故郷の花火も見たし…やはり実家はいい。16日の夜からは「UPPER CLASS」の追い込みで、出社しました。今回は大分、焦りました。特集で写真の入手が困難で、困難で―それがなんとか、間に合って助かりました。何の写真かって?それは9月1日のお楽しみ。アッパーは、常に新しいものに挑戦です。
月末からは、これも5年ぶりにタイ・バンコクに行って来ます。
1つは次回10月発売のDVD「ムエタイ伝説の10人!」(定価4,000円)で、あのセンサック・ムンスリンにインタビューするためです。もうかれこれ17年ほど、彼には会っていないけど元気かなぁ…網膜はく離で片方の目が哀れな姿だったけど。会えないかもしれないが、タイの友人が手を尽くしてくれているので、なんとかなると思うが…。
もう1つの目的は久しくお会いしていない、タイ人の友人に再会すること。マニット氏は、ムエタイの映像を集めるのに苦労をしてくれた。彼の力無しには、沢村忠のタイでの試合の映像も入手できなかった。私が脳梗塞で倒れたと聞いて、大変心配したと伺った。友人は国境を越えて、有難い。
そんな訳で、夏休みを兼ねた5日ばかりの、もう1つの里帰りでタイへ行って来ます。
お盆に田舎に帰省……故郷は思い出の玉手箱
さて、10日~19日はお盆休みで田舎に帰省している方が多いと思います。私も5年振りに福島の鮫川村というところに帰ります。父や母、兄弟が眠る墓に焼香してきます。15日には村の花火大会もあります。山間の漆黒の闇に咲く大輪の花火は、とても情緒豊かです。
子供の頃、町まで自転車に乗って、花火を見に出かけた日を思い出します。故郷は思い出の玉手箱。故郷には匂いがあります。僅か二日の帰省ですが童心に帰り、思い切り楽しんでくるつもり。
夏の高校野球も真っ盛り……炎天下での全力投球、全力疾走は無条件で胸を打ちます。一瞬の夏、一瞬の青春……若人の健闘を祈ります。