舟木昭太郎の日々つれづれ -101ページ目

「心筋梗塞」の体験者西田敏行さんに励まされた。

 脳梗塞からの回復は順調だ。リハビリの成果が出てきている。東京医科大学の看護婦の皆さん……三枝木さん、奥川さん、中田さん、辻本さん、ご心配をお掛けしました。言語の方も、大分良くなりました。少々呂律がおかしいところもありますが、ゆっくり話せば、なんとか会話が出来るようになりました、もう少しです。
 退院する時に「水をこまめに飲んでくださいね」と三枝木さんから、言われことをしっかり守って、ペットボトルを毎日持ち歩いています。
 先日、すっぽん料理『田吾作』で俳優の西田敏行さんとお会いしたら、西田さんも心筋梗塞を患ったことがあるとのこと。「心筋梗塞と脳梗塞とは親戚みたいなもんだね。直るから大丈夫、焦らずに気長に直してください」と激励してくれた。西田さんはすっかり元気になられて、映画&テレビに活躍しているのはご承知の通り。「功名が辻」では新しい形の徳川家康像を見事に演じている。私が、僭越だが褒めると「有り難う御座います」と、この人は誰にたいしても頭が低い。立派だ。私が「脳梗塞になってから、酒は呑めなくなりました」しょげていると「大丈夫、そのうち呑めますよ、僕はこの通りですから……ガァハハ」と笑い、冷酒をぐいと飲んだ。
 早く元気になりたいものである。西田さんのように。

スマートになりすぎたボクシング、ワンディにムエタイの迫力を見た

 ワンディ・シンワンチャーvs嘉陽宗嗣のWBC世界L・フライ暫定タイトルマッチが10月9日に後楽園ホールで行われ、嘉陽が敗れた。ワンディが減量失敗して、嘉陽に有利かと思われたが、パワーが違った。さながら、ラジャダムナンでムエタイの試合を観戦しているような気分になった。確かに世界戦での契約体重1.5kgオーバーは絶対に許すことはできない。試合に勝っても、チャンピオンになれないというペナルティーがあったとしても。世界戦に水を差された。それでもワンディの迫力あるファイトは魅力的だった。
  嘉陽の教科書通りのスタイルに対して、ワンディは、力で押し切る八方破れのファイト。思い切り空振りはする、それでバランス崩す……しかしそんな事はお構いなし、その威圧感に嘉陽は次第に飲み込まれてしまうのだ。7回にはダウン喫してしまう。
 嘉陽もダウンから立ち上がり、よく反撃した。7回以降は人が変わったように手数を出して喰らいついていった。が、試合の流れを変えるまでには至らず、3-0の大差の判定。具志堅会長のタイトル奪取30周年の記念イベントを飾れなかった。あの死力の反撃が何故もっと早くで出なかったか。嘉陽に求められるのは、正に「倒す勇気」キラー・インスティンクト だろう。遠くは、藤猛、輪島功一、ガッツ石松ような……なにがなんでも勝つ、倒すという、泥臭さが必要ではないか。
 そういう試合見られなくなったの寂しい。スマートに勝つことを身に付け、逞しさ、荒っぽさが失われたように思うのだ。「これがプロだ!」という醍醐味を私は見たい。甘ったるい世の中だからこそ。これからのトレーナーは技術だけでなく、いかにして「荒ぶる魂」を鍛えるかも、大きな命題だ。だからして嘉陽よ、逞しくなって再びリングに戻って来て欲しい。

凱旋門賞で思った事、感じた事……

 「UPPER CLASS主」10月号をお届けいたします。
 今月号は残念な事に、特集記事で取り上げた亀田興毅と桜庭和志の試合が、負傷でかたや延期、かたや欠場と慌しく決定。両選手にはともかく体調をベストにして、復活して欲しいものだ。しかし、亀田・桜庭以外にも読み物は色とりどり、手にとってご覧下さい。
 K-1ワールドGP2006の決勝戦の組み合わせが決まった。準々決勝の組み合わせはシュルトvsバンナ、ホーストvsハリッド、フェイトーザvsカラエフ、ボンヤスキーvsレコ。この中で勝ち上がると予想する選手は、シュルト、ホースト、フェイトーザ、ボンヤスキー。で、決勝に勝ち残るのは、シュルト、ボンヤスキーの二人。もしかしてボンヤスキーに代わりにフェイトーザかも。腰の入った伸びのいいパンチがようやく打てるようになって一皮剥けた。決勝戦は12月2日、東京ドーム、優勝はずばりセームと予想する。
 

 ところで大騒ぎした今年の「凱旋門賞」でディープインパクトは、3着に終った。競走前から異常な盛り上がり、アレは何だ。1着は既に決まった当然といわんばかり。5000人の日本人ファンがロンシャン競馬場に殺到したという。この人たちが、ディープの馬券を買ったから、オッズは当然1倍……本命となる。お陰で思わぬ配当に日本人様々だと馬券仕留めたフランス人は言ったとか。結果は3歳馬のレイルリンク(仏)が優勝した。結果が分かってから日本のマスコミは早速「過去10年間で、8回勝っているのは全て3歳馬。その理由は重量が軽い事である。凱旋門賞と距離が同じ2400では、優勝したレイルリンクは過去に3戦全勝だった」。とか何とか。終わった後で、得意になって喋るさまには、呆れた。
 サッカーの応援じゃあるまいし、小旗を振るというのはいかがなものか。武騎手も「馬が驚くので止めて欲しい。」と言っていた。そんなことはお構い無しで日本流を伝統ある「凱旋門賞」に持ち込んだ日本人。オレはそこにいなくて良かった。エコノミックアニマルはとうとう競馬にまで及んだ。
 「凱旋門賞」に夢を馳せて、3ヵ月前からシャッポー(帽子)をオーダーする婦人たちのお国柄だ……こういうのを知ると、フランス人の格別な思い入れに、感じ入ってしまうのだ。
 何でもいいから、冷静になりたいね。特に人様の國へ行った時は。『美しい日本』はどうしたんだ!

脳梗塞のリハビリに励む日々

 脳梗塞で倒れてかれこれ1カ月半、いま週に1度新宿の東京医科大学病院へリハビリに通っている。発声と手先の訓練。発声の担当は杉森先生、鏡を見て口をパクパクやったり、例えば、「ちかく(知覚)」と「みかく(味覚)」といった紛らわしい言葉を繰り返し発声するが、私は呂律が上手く廻らない。何処まで続くか泥濘なのだ。杉森先生も忍耐強く付き合ってくれるから、ガンバラなくちゃ……。
 右手指先の訓練はそれ以上に困難なものだ。小さい玉を指で挟さんで移す運動はもっと苦痛だ。ポロポロ指の間から抜けてしまう。細い紐を結んだり,解いたりする作業は更に難しい。これを指導してくれるのが、松丸君だ。格闘技の大ファンで、いつも話題が絶えない。同じリハビリ科の大橋君も格闘技のファン、だから賑やかだ。
 焦らず、粘り強くやっていくつもりだ。リハビリ科の先生宜しくお願い致します。
 皆さんも、脳梗塞には気を付けて下さい。暑い日には沢山水を飲んで下さい。脳梗塞の予防になります。

ポスト魔裟斗、私が期待するのはTATSUJIだ

 K-1 WORLD MAX世界王者対抗戦(4日・有明コロシアム)は、期待された選手が全て枕を並べて討ち死にという無惨な結果、もう後が無い。危機的状態だ。魔裟斗不在のリングで、かくも荒涼たる姿を見せられるとは、魔裟斗不在だからこそ「俺たちの出番だ!」の誰一人その覇気や見えず。特に小比類巻、須藤,佐藤には失望した。小比類巻、佐藤は何一つ進歩の跡が見られない。
 結局、魔裟斗が頼みの綱。その彼も、斜陽の影が確実に忍び寄っている。だから絶対危機なのだ。奮起せよ、咆哮せよ兵ども!
 この中で、負けたけど私が注目する男は、TATSUJIだ。ひょっとすると大化けするかも知れない。あのザンビディスの嵐のフック攻撃を見事耐え抜き、あろうことか、最終回には、真っ向打ち合い……勝気なところ見せた。KOが2つだけと少なく、パンチ力がないことが課題とされた。しかし、そんな事は心配無い。かつてキック界に岡尾国光という選手がいた。彼は決め手が無い選手、引き分けボクサーという不名誉なレッテルを貼られた。そんな不評に発奮したのか、あるとき大変身した。鎧袖一触、KOの山を築き始めたのだ。
 何しろ黒崎健時先生が当時の岡尾の師匠だからたまらない。1ヵ月、1日7時間も8時間もサンドバックに張り付いた。ひたすらに、蹴りまくり、そして殴りまくる。口からはヨダレ、下からは汗に混じって小便が……。人間と思いないような、そう狂ったかのように稽古して1ヵ月。かくてKOのコツ掴んだ。無我夢中で極限まで挑戦する――道を拓く方法を黒崎先生はこうして教えた。さあ、どうするTATSUJIよ! 何もしなければ、今のままだ。岡尾になれ!
 いやー、脳梗塞は疲れる、これだけ書くのに何時間かかったか。お終いだ。

脳梗塞で倒れて、知った人の有り難味

 脳梗塞で2週間、東京医科大学病院に入院した。それは突然に忍び寄ってきた。朝方居間に横になっていて、起き上がろうとした所、どうした訳か起き上がれない。もがく・・・・・・やっと起き上がった。だがどうしたわけか真っ直ぐ立てないで、右によろけ倒れた。2度、3度とこれを繰り返す。どうもおかしい。初めて異常なのに気が付く。やっとの思いで起き上がって、行きつけの信濃町のお医者さんへ、死ぬ思いで辿り着いた。血圧を測ったら、何と200もあった。顔も見る間に変形していった。そうこうする中、具志堅用高さんが、患者としてやって来た。顔見知りだ。私が事務所の椅子に座ったまま、ぐったりとしていると何やら医者に聞くや「すぐに大きい病院に行かなくちゃ、一刻を争うよ。顔も変わってきているし、救急車よりオレの車が下に置いてあるから、それで行こう。大変だ」――こうして東京医大に運ばれたのだ。不幸中の幸いだった。具志堅さんのお陰で助かった。大事に至らなかった。今は口に麻痺が残るが、リハビリで直りそうだ。2週間の入院で済んだのも、具志堅さんのお陰だ。感謝です。
 それと東京医大の先生方、そして看護婦の皆さん、リハビリの方々、お世話になりました。皆さんの力で元気になれました。赫(てらし)先生、西田先生、梅里先生、沼田先生の心温まる診察や応対、一生忘れません。看護婦の三枝木さん、奥川さん、田中さん、辻本さん、岩本さん――皆さんの笑顔忘れません。本当に有り難う御座いました。不安な日々、どんなに励まされたことか・・・・・・我が忘れじのモニュメントととして、心の奥底に刻みます。

亀田の戴冠は喜べぬ……世界戦をダメにした2人のジャッジ!

 「40年間ボクシングの世界に関わってきたが、これほど失望させられたことはない。一体どういう見方をすれば、亀田の勝ちになるのだろう」
 これは、ガッツ石松氏の試合翌日付けスポーツ報知「ガッツの目」の冒頭部分。さすが、石兄ィ、多くの人が疑問に思うことをズバリといってのけた。因みに、7ポイント差でランダエタの勝ちだという。私の採点でも、明白にランダエタ。だからして、亀田の戴冠は率直には喜べぬ。むしろ、敗れてこそ亀田の浮かぶ瀬があったのにと。「亀田はよくがんばった。まだ若いんだから、明日があるさ」と国民の共感を得られていたろうにと思うのだ。亀田は、19歳、若く、かつボクシングに一途なだけに……。正直、技術はまだ未熟。ベタ足で、直線的な動きしか出来ないスタイルは、ランダエタのように、自在に揺さぶってくる選手には脆い。亀田は所謂攻防一体のリズムカルな動きが出来る選手ではない。従って、現在のスタイルを固陋に守る限りに於いて、タイトルの連続防衛は難しいだろう。
 もっと、世界の技術を学ぶ必要があろう。例えて、海外修行に出すとか、1度親元を離れるのも本人のためになるだろう。いかんせん、テレビも興行主もタレントとして、ゼニ儲けに走り、肝心な、選手を育てることをすっかり忘れている。或いは、亀田3兄弟はその犠牲なのかも。促成栽培のツケは、かくて今回早くも露呈した。断じて、ボクサーはタレントではない。一瞬のうちに失明し、命を奪われる可能性のある危険なスポーツなのだ。才能ある亀田だからこそ、亀田陣営は自戒自重、高き志を持って新王者を育んで欲しい。
 で、今回の"疑惑の判定"といわれるものに、亀田にはなんら非があるものではない。被告人の立場ではない。ダウンを跳ね返して、粘り強く頑張ったと思う。今日の世界戦を台無しにしたのは、2人のジャッジ、タロン(フランス)と金(韓国)。彼等は、心からボクシングを愛し、世に広めて行こうという志も使命感も無いと感じる。
 ホームタウン・ディシジョンは何処の國にも存在するが、常識、良識というものがあろう。コミッションが中立な立場で、審判員を管理監督しなければ、主催者に阿る異常な採点は今後も起こるだろうし、挙句はボクシングの衰退への道にもつながる。兎も角、平均視聴率42.4%(関東地区)の「闘拳・亀田祭り」は終わりました。最後に、ランダエタ選手、ゴメンナサイ!

私が心服した藤島大氏のコラム「具志堅VS亀田陣営」の一部を紹介

 前回、ワールド・ボクシング7月号、藤島大氏のコラム「キャンバスの匂い―具志堅VS亀田陣営に思う―」の文章が、私を最も心服させた、文章であると書いた。そこで、一部引用させてもらい、ご紹介したいと思う。
 「亀田興毅は、いかなる苦言をもらおうとも、具志堅用高を尊敬すべきだ。周囲はどうでもよい。このスポーツを選んだ当事者としてのそれが務めだ。きっと感受性の鋭敏な貴兄は胸の奥でそのことを分かっている。分かっていると信じたい。
 スポーツ選手の偽りなき幸福とは、ひざに毛布をかけて揺り椅子に背を沈める老境に訪れる。はたして次のように孫に語りかけられるか。
 『いつもいつも勝ったわけじゃない。でも、何一つ恥ずるところのないボクシング人生だった』
そして、門田新一やジャッカル丸山ら、世界には届かなかったが、人々の記憶に残るファイターを称え、最後に「未来ある才能よ、焦るな。尊敬せよ。」と……亀田へのエール。
 全文を読みたいひとは、どうぞワールド・ボクシング7月号をお買い求め下さい。尚、編集室電話番号は、03-5834-0830
 いずれにせよ、亀田の世界戦は目前、私は、亀田の7回辺りのKO勝ちと予想。しかしどんな結果になろうとも、亀田君は藤島氏の言葉を忘れないで欲しいものである。

義兄の一周忌に思うことあり。藤波選手の再出発を祝う会……月末何かと行事が多い

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 月末は行事がつづく。楽しいこともあれば、悲しいこと、寂しいこともある。23日(日)は義兄・岸波彦雄の一周忌で、泉岳寺へ。梅雨の明けきらない、どんよりとした一日だったが、幸い雨も降らず時に薄日も差した。それにしても、1年が経つのは早い。読経は、故人の晩年の凛とした生き様をオーバーラップ、増幅させた。83歳で逝去したが、長い間糖尿病で苦しんでいた。日々厳しい食事制限のなか、義兄は不平も言わず規律、節制を守り通した。まさに鉄のように堅い意思で、その生涯をまっとうした。義兄こそは我が鑑でもある。冠婚葬祭は、普段は会えない兄弟・縁戚の人と親しく飲食できるのはありがたいが、田舎の兄も腰がすっかり曲がり、痛々しく、あの若かりし頃が懐かしい。
 27日は、帝国ホテル(中華料理・北京)で13時から、「藤波辰爾旅立ちの会」があり、喜んで出席させて頂いた。発起人が新間寿、竹内宏介、坂口征二の皆さんで、6月30日に新日本プロレスを退社した藤波さんをみんなで励まそうという趣旨。53歳、キャリア35年の藤波選手の“新・無我伝説エピローグ”は8月2日、後楽園ホールで旗揚げ。盟友・西村修選手を従えて、波高きプロレスの大海へ漕ぎ出す。週刊ゴング時代に大変お世話になった。新日本を見返すような、プロレス団体に是非発展して欲しいものだ。“炎のドラゴン”に声援を!
 同日、18時から町屋の斎場で、足立さんの御通夜。黒崎健時師範の長年の友人……いつも温和な人で、65歳の人生は短すぎる。ご冥福をお祈り致します。
 さて、亀田興毅の世界戦(8月2日両国・国技館)も目前に迫った。話題のみが異常に先行している気もする。ようは試合内容。亀田君には、それこそ誰にも文句を言わせないような、「これぞボクシング!」を見せて欲しいもの。悪評を振り払うにはこれっきゃない。
 で、毎日新聞の闘論「亀田3兄弟ブーム」で具志堅用高さんが亀田の世界挑戦に対して「安易な世界戦に懸念」と批判したことが発端で、意外や波紋が広がり、遂には協栄ジム(具志堅氏の出身ジム)金平会長の絶縁宣言、亀田親父の反論とマスコミは書きたて、少しは沈静化したと思ったら、またぞろ週刊誌に具志堅氏の記事が……。私は個人的に具志堅とは付き合いも深いが、客観的にみても、彼の言ってる事は亀田を貶めるようなものではなく、ボクシングを愛すが故と亀田の将来を案じるがためと読みとれるが。
 この問題をシャープな文章、筆力で納得させてくれるコラムを見つけた。ワールド・ボクシング7月号、藤島大の「キャンバスの匂い―具志堅VS亀田陣営に思う―」。次回はこのコラムに触れたい。

「UPPER CLASS」を通して繋がる人の輪。心に残こるあの人、この人……

 「UPPER CLASS」8月号の制作も締め切りが迫り何かと追い捲られて気ぜわしい。そんな中、JR東海不動産静岡営業所総務課の島田さんからお便りが届いた。嬉しいご報告だ。内容は「UPPER CLASSを100部お送り頂き有り難うございました。弊社運営のSC『セントラルスクエア静岡』CSポケットに掲出いたしましたので、ご参考までに掲出写真を同封致します」というもので、「UPPER CLASSは人気が高く既に100部は消化済みで、次号以降部数を増やして欲しい」と……。これなど嬉しい悲鳴だ。ある日突然、島田さんから送って欲しい旨ご連絡があり、200部のところ100部に削ってしまったけど申し訳ない気持ちになる。次号は増やします。こういう話って、本作りのパワーになるよね。
 顔も姿も知らず、声だけで、人と人が繋がり「UPPER CLASS」がまた、見知らぬ方の手に渡る。編集子冥利に尽きる。静岡の皆さん宜しくお願いします。
 先週は心に残る人に会えた。これが嬉しい。何故かって? 同世代の人間は、定年で多分静かに暮らしているだろうに、私はバタバタと動いて、だからこそ、普段会えない人に「UPPER CLASS」を通して会えるのだ。
 エイベックスといえば浜崎あゆみさんで有名な会社だけど、武田幸三選手のマネージメントを手掛けているのも同社のグループ会社。そのスポーツ・マネージメントの中心的な人が伊藤正二郎さん。ゴング時代から、いつもお世話になっている人だが、社にお伺いするのは初めて。南青山のそれは、モダンな高層ビル。仰げば尊しだ。儲かっている会社は違う。ロビーはさながらハリウッドのよう。カラフル。そこに現れた伊藤さん、黒尽くめ、ニコやかに……指にはダイヤの輝き。う~ん、クリエティブな仕事をする方は違う。唸る! キマっているのだ。福島の山の中から出てきた私には、ハリウッド・スターのように映る。伊藤さん何かとお世話になります。
 伊藤さんとお会いした日の午後、沢村忠さんの対談で、今度は、プラハ・グループ呉天洲社長と新宿のパークハイアットで取材。呉社長は父親の遊技場を継いだ二代目だが、米国コーネル大学工学部を卒業、南カリフォルニア大で、MBAの資格も取ったエリート、異色の経営者。沢村さんとの対談では、その経営哲学が、大変勉強になりました。「知恵と創造力をあてにしては、喰えないよ。必要なのは“気をつかえ! 神経を使え! 足を使え!”の三拍子だよ」。これ、ホールの従業員に対する訓示。MBA資格者が語る、沢村さんとの対談、どうぞ皆さんお楽しみに。8月1日発行です。