2012年オリジナル


知識として知っているのと実際に見るのでは大違いである。話には聞いていたが今回生まれて初めて見たものがある。


マルタ共和国とは全く違います。

この時見つけて添乗員さんに言ったんですけれどやはりよくわかっていませんでした。


マルタ騎士団の入国の仕方は分からないです。


ここに入った以上は マルタ騎士団にいったとすれば訪問した世界の国や地域は100カ国になります。

 



マルタ騎士団という「国」がある。国とは一体何かという問題になるが、世界の半分くらいの国は承認しているし、国連にもオブザーバーとして参加している。地図に載っていない「国」であるがローマ法王から主権を認められている。なにしろ十字軍の軍隊がいまだに残っているのだから驚きだ。


HPをみると国歌も国旗もある。ついにアルバニアで発見した。マルタ騎士団の大使館である。


 



UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

2015年8月より投稿


私が海外旅行に行っているのは勉強のためだ。


教会でもモスクでも宗教施設であり観光施設ではない。ただしモスクは集会所だ。これも、実際に海外旅行に行かないとわからないことだが一部のモスクでは中で昼寝をしてたり、弁当を食べてたりしているのには驚いた。








モスクの敷地内で球技をしたり自転車に乗って遊んでいる




以前にも書いたがカトリック教会の椅子の前にある棒について。


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教会の椅子の前にあるこの棒はなにか?過去のブログ記事で述べたようにお祈りをするときに膝をのせる台である。(日本の海外旅行ガイドに書いてあるのも見たことがない)


ところが、知らない日本人には、ちょうど足をのっけたり荷物を置くにはぴったりの位置である。周りを見るとほとんどの日本人が土足で足を置いているので、失礼ながら注意した。これが私なりの「愛国心・日本人としての矜持」である。


本来、このことは日本人添乗員やガイドが厳しく注意するべきだと思う。


さて、その午後の自由時間のこと。残りの日本人同行者はブランド物を買いに行ったり、ガイドブックに載っているレストランに行ったりしたようだが、


直ぐに教会に行って居合わせたシスターに、お願いをした。




さきほども多くの日本人が土足で足のせ台にしていたことを、一人の日本人として謝罪したい。しかしこれらは無知から起こっていることである。幸い私は最高で一日5000人以上(灘中学にいって 入試問題が公開された時にその場で日本最速の入試問題速報をした時)見ているブログを持っているので、このことを日本人に喚起したいので、相互のより良い理解のため必要な写真を撮影しネットで公開するご許可を頂きたい。(シスターにブログなるものを説明するのは、苦労した)


こう申し上げた。返事は;


素晴らしい申し出に感謝致します。趣旨は、よく理解いたしました。教会に属するものとしてキリスト教について日本人に、よりよくご理解していただくことは重要なことであるとともに我々の使命だと思います。本来、この教会では写真撮影はお断りしていますが、ご趣旨からかまいません。


ただし私自身はローマ法王の許可なく、(←この発言も大変、勉強になった。バチカンのサン・ピエトロ教会の名の通りキリストの使徒、聖ペテロの後継者なのですからね)インターネットに写真を公開されることはできませんから、近所の信者にモデルを頼んでみます。(ですから、周りに誰も写っていない)



*もちろん、一般に下のような写真はとれないが許可を頂いて撮影してインターネットで公開しているいることは上で述べたとおりである。


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なお、前から調べていて。どうしても調べがつかなかったことを伺ってみた。この棒の名称である。



英語やラテン語で何というのか伺ったら「お祈りのためのひざまずくためのバー」とか説明することはできるが。


答えは「特に宗教的な名前はない」とのことであったであるから日本語に訳したら「お祈り台」とか訳すしかない。今度教会に行って聞いてみようと思う。





2015年




戦後、70年。ミンクスではお祭りだ。ロシアではWW 2 は 「偉大なる愛国戦争」と呼ぶそうだ。




ミャンマーの奥地に水上生活を送る部族がある。



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チヤィティーヨ・パゴダです。





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ここには現代文明の忘れてしまったものがある・・・・


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などという3流のコピー・ライターが考えるような惹句を思いついて、奥の部屋を覗いてみると、置いてあるのはパソコン。

*写真の現地の人にはモデル料を払ってブログに載せています。


割り切れる分数については 0.1=1/10 とか0.125=1/8とか、すぐにわかりますので。

割り切れない分数(無限小数)を考えてみましょう。


特に無限小数のうち循環小数とそうでない小数の違いは中学生にはわかりにくいようです。


覚えさせるから忘れるので理解させれば忘れないのです。


覚えなければ忘れません。


例えば1÷7を実際に計算してみましょう。









同じ数で割ることになったら、後は同じ計算ですから、繰り返しを持ちますね


では、必ず繰り返しを持つのでしょうか?


計算の図で赤丸を付けたところに注意しましょう。


赤丸の中に入る数は(割り切れない場合の)余りは、1.2.3.4.5.6 の6つですね。

一方で、赤丸の数はいくつありますか?7つですね、

ということは、必ず同じものが出てくるはずです。


(*)別に難しい話ではありません。5種類のゲームを毎日1つづつすれば6日目までには、必ず、同じゲームを繰り返すことになります。説明(証明に非ず)は「鳩ノ巣原理」




7でなくても、他の数で割っても同じことですね。


(割り切れない)分数を計算すると、必ず繰り返しを持つことが分かりました。



ということは、



繰り返しを持たない場合は分数にはなりませんね(対偶命題)。


よって,人類が宇宙を記述する際に、思い込みだけでは、無矛盾にできないので困りました。


もともと、人類は矛盾の塊だということを前提に行動すれば良かったのですが、学者には、そこまでの覚悟がなかったのです。


そこで分数(比)にならないということでratio(比)の前に打消しのirを付けてirrational number  ということにしました。


日本語でも、割り切れないという言葉には不合理だ、納得できないという意味がありますので、無理数と訳してしまったのです。


決して無理な数ではありません。




岡山市の中心部に天満屋というデパートがあり、この前はアーケードのある商店街だ。自転車に乗ってはいけないという看板がある。

 

それでは、何故いけないのか生徒に質問してみると:

 

危険だから

通行人に迷惑だから

商売の邪魔になるから

 

という返事ばかりで

 

道路交通法で禁止されているから

 

という答えは返ってこない。子供が赤信号のところを渡ろうとしていると親や教師は危ないでしょとか人が見ているでしょと注意するが、道路交通法7条で禁止されているからだめよと説諭しているのを見たことがない。

 

 

 

 

高校生の生活指導でもタバコは健康に悪いからと説明するから、じゃあ、大人は何故いいんですか、という話になる。

 

健康に良いか悪いかは法律と無関係であることを

 

学校教育で教えないので、大学生が大麻に汚染されるのも大麻は比較的、健康被害の少ない麻薬だという神話があるからであろう。

 

こういう教育をするから次のようなことが起こる。

西大寺町商店街を自転車で通っていると、後ろでまねをしたらだめよと子供にささやく母親の声が聞こえた。

 

アーケードのある商店街で自転車の通行が禁止されているのはシンフォニー・ホールから西大寺町の時計台までだ。西大寺町商店街(旧3丁目劇場の前を東西に伸びるところ)以南は自転車での通行は許可されている。

 

 

逆にアーケードがなくても自転車の通行が禁止されているところもある。奉還町商店街のアーケードを南北に抜けたところだ。多くの人の判断の基準は他の人がやっているかどうかのようだ。

 

 

自分で判断できないのは学校教育が倫理・道徳と法律を区別させる指導をしていないからであろう

 


西大寺町商店街入口の標識UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ-西大寺町


時計台よりシンフォニー方面をのぞむUBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ-時計台より天満屋方面

奉還町4丁目商店街の標識UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ-奉還町4丁目

 


 

以前、国旗やマーク・ロゴの入った服装は海外では慎むように言った。スーツ・ケースに英国国旗(ユニオン・ジャック)を貼って英国旅行に行ってはいけません。また、ユニオン・ジャックには上下がありますから注意してください。

London Opera-loving Kimono-girl (着物でオペラ in ロンドン)

 

 

左のクロスは白い部分が上!国旗を上下や裏表を間違えれば、国際儀礼上、大問題となりかねない、




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「厳しい塾」という言葉からは、宿題が多量に課されたり、毎回試験があって成績が張り出され、試験の点数の悪い生徒に講師がペナルティーを与える塾が想像されるかもしれない。

しかし、UBQの厳しさは、それとは全く異質のものである。

常々生徒に中1段階から言っていることを、いくつか挙げよう。

1 特別な勉強法はない。

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書店に行けば様々な勉強法の指南書が販売されている。
「東大生のノートは美しい」という書籍も、この系統のものである。

ところが、ここには非常に危険な甘えがある。

自分の努力不足を棚に上げ、できる人は特別な勉強法をしているのであり、自分はそれを知らないから成績が悪いままなのだ(=自分は悪くない)。

こんな甘えがあるのではないか。

数学のセンスという言葉も、これと同じである。

こんな都合の良い言葉はない。
数学のできる人は、生まれ持った特別なセンスがあると思い、自分の数学の不出来はそのセンスがないからだ(=生まれつきのものだから自分は悪くない)という、努力をしないことの言い訳である。


こんな甘えがあるのではないか。


2 「合格への最短コース」はない。

巷には「合格への最短コース」「効果的な勉強法」「最小の努力で最大の成果を」「短時間で成績アップ」などと宣伝する塾や書籍が多数見受けられる。
これは、勉強したくない(=楽をしたい)ことの裏返しであり、甘えである。

例えば、好きなコミックを読むとき、「効果的に読もう」「最短時間で読もう」などと考えて読むだろうか。

やはり、「効果的な」「効率的な」勉強という言葉に惹かれるのは、どこかに「勉強したくない(=楽をしたい)」という甘えがあるのではないか。

UBQのホームページにあるように、

大学に行くために勉強するのではない。勉強するために大学に行くのである。

ということを、生徒には中1より常に周知徹底している。

3 3年間の遅れは3ヶ月で取り戻せない。

UBQの卒業生が難関大学に圧倒的に強いのはなぜだろうか。
それは、一人一人が血のにじむような努力を日夜しているからである。
東京大学理科3類合格者がどれだけ努力しているかを知らない方が多すぎる。

過去にある塾が、12月の中3生向けチラシに、「3年間の遅れを3ヶ月でとりもどす入試直前集中ゼミ」という見出しで広告を出したことがある。塾の広告としては最高にうまい。


そのとき私は、中3生にその話をして、厳しく言った。

「3年間の遅れがわずか3ヶ月で取り戻せるということはありえない話だ。3年間こつこつ努力した人と、3年間怠けていた人との間に差がつくのは当然のことである。このことを受験直前にいきなり言われたら怒るかもしれないが、今、始めて言ったわけではない。中1の4月から繰り返し言っていることである」


要するに、受験勉強というのはスポーツや音楽の世界とは異なり、努力した者・なすべきことをなしたものが勝つのである。

4 たかが大学受験



高校球児が日本でどのくらいいるかは知らないが、恐らくプロ野球選手になれるのは、何万に一人いるかどうかであろう。ましてやイチローや松坂のような一流選手になれるのは何百万人に一人いるかいないでかあろう。このくらいになれば、単に努力だけではなくセンスとか才能が必要な世界であろう。


音楽でもそうだ。努力さえすれば誰でもモーツァルトのようになれるわけではない。


大学入試はどうであろうか?


大学受験生は60万人前後としよう。この全てが全て、良い意味でも悪い意味でも、いわゆる難関大学を目指しているわけではない。良い意味ではというのは、本当にやりたいことがあって、音楽や芸術分野に進む人もいるであろう。悪い意味ではというのは、ただなんとなく目標も無く漫然と大学進学を希望しているものも相当多数いるであろう。


一方で 難関大学の定義は人によって異なるが、入学定員は東京大学・京都大学・大阪大学の三校だけを合計してもおよそ一万人だ。旧帝大に一橋・東工大・お茶の水・筑波・神戸・東京外大等を加えて、さらに早慶上智・東京理科大(*),,中央(法)、ICU等を加え、


さらに国立大学の医歯薬を加えてみてください。これらの入学定員は(重複分をひいても)かるく10万人を超すはずだ。計算してみると、意外と難関大学進学は(スポーツや芸術の世界に比べて)たいしたことではないことがわかるはずだ。


(*)東京理科大学ほど不当に評価の低い大学はない。いかにマスコミが文系中心であるかの証左である。卒業条件の厳しさや東大・東工大への大学院進学率の高さを考えて頂きたい。


この数字を考えてもう一度、以下の文を読んでもらいたい。


要するに、受験勉強というのはスポーツや音楽の世界とは異なり、努力した者・なすべきことをなしたものが勝つのである。





たかが、受験勉強という言葉にはまだ意味がある。それは生活が掛かっていないということだ、

授業で使うプリントを紛失してしまうと厳しく注意されるであろうが、ただそれだけのことだ。


会社員が仕事で使う書類を紛失して、重要な契約ができなければ、懲戒処分されるかもしれない。警察官が捜査上の書類を紛失すると新聞ネタだ。弁護士が裁判に必要な書類を紛失すれば、訴えられる可能性もある。

ましてや医師が患者の診療に関する書類を紛失すれば・・・


親から衣食住を保証された上、お金を出して頂き「勉強させてもらっている」事を忘れないで欲しい。



これが、UBQの考える「厳しさ」である。



しかし。このように努力しないことを責任転嫁して、言い訳をしている人間は昔から世の常であった。

徒然草でも次のように戒められている(85段)


狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり。悪人の真似とて人を殺さば、悪人なり。驥を学ぶは驥の類ひ、舜を学ぶは舜の徒なり。偽りても賢を学ばんを、賢といふべし 


(UBQ風、超口語訳)おれは馬鹿だ。センスがないと言い訳して努力しない奴は、本当に馬鹿である。才能が無い人間とは「才能が無いと言い訳する人」のことである。努力する人の真似でも、実際に努力すれば、それは「努力した人」なのである。自分の心に嘘をついている暇があれば、さっさと実行しろ!


池上彰先生は、「事実を踏まえたうえで・・・歴史を考えることが大切…」と常に言ってる。


ナチスがプロパガンダ映画として作ったのが、この「意志の勝利」である。


大谷大学大学院で民族学やユダヤ問題について研究されている教授に、先生は


「(部分的に切り取られているものではなく)ヒットラーの演説をフル・バージョンでご覧になったことがありますか?と聞いたら、一度もないとの由で、お貸ししたら、随分。イメージが変わったとの事であった」


私はいかなる意味でもナチスの犯罪を肯定するものでもない。しかし、なぜ、ドイツ国民が、結果的にナチスを受け入れたか?そして米国の富裕層が初期において、ナチスに資金援助をしたのか。


キリスト教勢力は、何故止めなかったのか?(タブー)


その中で、一級の資料の一つが「意志の勝利」である。今では著作権切れのため手に入るが、大学生の時にどうしても手に入らなかった映画である。


映画評論家も京橋(フィルム・センター)でしか見られないと嘆いていた。手元にありますからお送りしようかと行ってあげればよかった)


海外から輸入した。苦労した。アメリカ合衆国まで手紙を書きやっとシカゴで販売してるということに気づき直輸入しました。


現在では、ネットのおかげで、すぐにアクセスできる。



特に、アメリカ合衆国が。対日戦争の準備のために用意した「KNOW YOUR ENEMY JAPAN (「汝の敵日本を知れ」 や、英国で特集された大和やアメリカ合衆国での黄禍論の記録等は日本のテレビでは放送不可であろう。



そのほかにも、公民権運動の歴史などの貴重な記録が見られる。



(注:ここでの、運動=ムーブメントというのは「議会に動議を提出する」という意味である。辞書でMOVEを引いたら、書いてある。)


Japanese Relocation (Internment Camps) DVD - www.ihfhilm.com











http://ihffilm.com/


(外部リンク:お断わりNTSC リージョン0とあれば日本のDVDプレイヤーでも再生可能であろうが、保証は出来かねる)


もう一度:
私はいかなる意味でもナチスの犯罪を肯定するものでもない。


ただ、やみくもに戦争反対と叫んでも。本質を見失うだけだ。民主主義(選挙)にのっとって、民主主義を破壊した記録をみるべきである。

なおヒットラーは選挙で選ばれて独裁者になったことは事実ですが権力掌握の過程でかなり非合法なことをしています。 国会議事堂に火をつけて共産主義のせいにしたり敵対する人物を粛清しているという事実があります。 ともとミュンヘン一揆自体が非合法なテロです。