2023年7月13日投稿

岡山は医療が充実していると言われています。中四国で医学部医学科が2つあるのは岡山県だけです。川崎医科大学と岡山大学があります。
岡山大学は、歯学部、薬学部、医学部の3つを備えている国立大学です。

ところがこの岡山大学で医学部及び岡大病院中心に異常事態が続いています。

学長経験者がお互いに争っていると言うことです。そしてこれがほとんど地元で報道されていません。
理由は、あまりにも岡山の政財界の有識者が絡み合っているからです。学長の選考委員会には中国銀行のお偉いさん。川崎医科大学の学長さん。





異常事態と言うのは前の学長の森田潔さんが認めています。


コロナの前のことです。
岡山大学の教授が2名解雇されました。

複雑な問題があると言われています。





このほかにも学長の私物化。研究費の流用疑惑。




ここで出ている人物は会ったことのある人ばかりです。



人事から予算まで異常事態があるということは、学長経験者が認めているわけです。

金額が多すぎます。これらが学長ひとりでできる問題だとは思いません。組織的、構造的な問題があると考えられます。




岡山では解決できないはずです。ここに出ている人物を見ると、岡山の経済人、政治家とか有名人ばかりです。



川崎医科大学の学長が、岡山大学の学長を選ぶのにも関与しているわけです。その他にも岡山大学を正常化する会のホームページを見ていると倉敷市長とか教育委員会とか有名弁護士の名前が出ています。


山陽新聞の社長が絡んでいる以上は報道できるはずがありません。



新しい学長が就任したときのニュースを見ると、一切会計疑惑にも私物化にも触れずに就任挨拶という講演会のパーティーで聞いている人は、出席している人は、岡山の有識者の大物ばかりです。


岡山の地元の押し紙裁判で唯一敗訴したけれども、一切報道しない山陽新聞の社長が学長の選考委員会に入っているのもいかがなものか



*ここで地元の人と協力してと黒薮さんが言ってるのはもちろん私のことです。


地方都市では、地元の新聞社の社長は名士です。

だけど、メディアの社長になった以上は、様々な役職を辞退するべきです。


1。これは決して岡山大学の悪口を言ってるわけではありません。あくまでもシステムを批判しているわけです。この際3人の学長経験者が集まって公開討論をしていただきたいと思います。


2。これだけの異常事態が生じると1番気の毒なのは真面目に働いている岡山大学医学部附属病院のナースとかスタッフです。ほとんどの岡山大学の卒業生は、これだけの不祥事に関与していませんから、本当に迷惑です。政治家が疑惑を追求されると、秘書が自殺するこのような事がありました。上の人間ほど責任を取らない。全部下の人間に押し付けると言う典型的なパターンです。

昔からよく出題されてる問題です。





かつて愛光高校でも出たことがあります。

難関高校受験生ならば瞬殺の問題です。

できる直角三角形はすべて3対4対5の直角三角形になります。

ピタゴラス数で等差数列は他に無いからです。

さて折り目の長さはあっという間に出ます。

下の図の赤線で示した直角三角形が合同になるかということに注目していただきたいと思います。





文化相対主義と言うのは人間が作り出した文化に優劣はないと言う考え方です。とりあえずその場面や社会的な状況において単に優劣があるように見えるだけのことです。もともと人間そのものには肌の色が違っていても外見が多少異なっていても優劣はありません。

社会が決めているのですね。
当たり前の事ですね。白い犬と黒い犬ではどちらが優れた犬なのでしょう。しっぽの長い猫としっぽの短い猫ではどちらが優れた猫なのでしょう。

ユダヤ人が優秀であると言われるのも、迫害の歴史においてもともとの国家を失ったからです。国家の後ろ盾を失った場合には教育に力を入れるしかないからです。

 

教育を身に付ければ難民となっても住んでいる国を追い出されても何とか生きていけるからなのですね。よく言われることですが、国が滅びれば、あるいは民族が迫害されればお金は何の役にも立ちません。不動産も国追われれば持って逃げるわけにはいけないのです。

インドの数学やIT技術が優れていると言って、インド式の数学と言うドリルをさせられている子供が日本でもいるようです。

これを文化相対主義の立場から説明してみましょう。答えは簡単です。カースト制を超えるからです。古代のインドに始まったカースト制は職業と結びついています。その職業にIT技術者があるはずがありませんね。だから結果としてインドではIT技術者の人材が育つ訳です。

このようにもともと人間には優劣があるはずがありません。韓国でノーベル賞の理系の受賞者がいないのも優劣ではありません。朝鮮戦争により研究に専念できなかった世代があり、今でも男子には徴兵制があるからです。

このことを説明する言葉として「アマゾンのモーツアルト」と言う言葉があります。モーツアルトがどんなに天才だと言ってもアマゾンのジャングルの中に生まれていたら今のような素晴らしい音楽を作り出す事はできなかったであろう。と言う考えを説明している言葉だと思います。

1. 塾の指導に何十年も携わってきたから、直接教えた生徒でなくても管理下にあって指導した生徒は多分、万を超えると思う。

 

そのなかで、最も短期間に、成績が飛躍的に向上した横浜ゼミナール(個人が特定されないよう仮名)のX君のことは忘れられない。

 

塾というものがどんなものか勉強させていただいた。この生徒は私の塾講師人生のなかでは、もちろんのことながら、ひょっとすると日本の塾の歴史の中でもっとも塾で成績が伸びた例かもしれない。

 

中一の終わりごろに母親が来て、いきなり泣き出した。男の子だからせめて高校ぐらいは出させてやりたいのだが、学校の先生からは入学できる高校はないと言われた。色々な塾に行っても、すべて断られて、ここしかもう残っていないんです。

 

何回か面談というより泣きわめく母親のカウンセリングをして後、横浜ゼミナールの経営者には、断るように進言したが、情に篤(あつ)い人で、クラスは到底無理であるから個人指導で引き受けるので、どこかの高校に入れるように全力尽くせとの厳命が下った。

 

マン・ツー・マンの個人指導を週に3回は必要だから費用もそれなりのものだということを了解してもらった。

 

これは私が作った制度なのだが個人指導はまず、長山が教えて、何回か授業をしたうえで、担当講師の適任者を決めるという事にしていた。

 

驚いた。数学では基本的な分数の計算ができないし、英語はアルフアベットも覚束無い。成績はもちろんオール1だ。

 

中一なのにどうみても小学生にしかみえない。字義どおりの意味で、教えているとションベン臭い。何よりも気になったのは母親の前で異常におどおどとしていることで、たぶん体罰を加えられているのではと推測した。

 

だが、厳命だ。幸い横浜ゼミナールは立地条件がよいので学生・社会人の講師が潤沢に選べた。

 

何人も指導しているベテラン講師や東大の数学科の大学院生講師では無理だと判断し、【未経験者】から選ぶことにした。学生講師は駄目である。と勘違いされてる方がいますが間違いです。要は教務次第です。

 

母子関係がうまくいっていない。講師は女性講師でなければならないと判断したうえで一番若い、いわゆるお姉さんタイプの、癒し系の物腰柔らかな、教員志望の横浜国立大学の1年生を選抜した。

 

慶應・東京工業大学が多いのですが。慶應は当たりはずれが多いので学歴フィルターを敷いて面接試験を重視した。さすがに東工大の学生は優秀な方ばかりですが、いかんせん教員志望の学生があまりいないので、教えることには向いていない。医学科の学生さんは問題外であった。学力の高い学生講師と教える能力は別物である。UBQでは事情が異なる。OG講師の岡大医学科の夏期講習を手伝ってもらったのだが、「狭い岡山です、生徒は…病院…部長や院長の息子とか岡大医学部の教授の子弟が何人もいることがわかっていますよね」の一言で終わり。

 

将来教員を目指す、高校をでたばかりの講師が初めて教える生徒です.。「これからの貴女のキャリア支援です。小学校の教師になれば、無茶苦茶な生徒や保護者を相手にすることにもなります。塾ですから何があっても教育委員会にねじ込まれることはありません。結果の責任はすべて私にある。お金をもらって将来の教員人生の勉強と考えてください」と言った。また正社員講師ならば全体の利益や進学実績を考えますからこういった非効率的な指導に専念するのは困難です。初めて教える【未経験者】だからこそ、いわゆる【すれていない】・不安半分と期待でやる気満々なのです。だから私の指示どうりに動いた。

 

横浜ゼミナールでは、講師としての力量よりも管理者としての力量の方がはるかに上まっているので、長山に授業をさせるのはもったいないという事でほとんど授業をもっていなかったので様子をモニターできた。

 

いくら週3回の個人指導とはいえそれだけで成績が上がるわけではないから宿題をいかに出すかがポイントだ。

 

個人的には生徒を・・・ちゃんと呼ぶのは大嫌いで塾の「ご法度」と考えているので(ビリギャルの「さやかちゃん」じゃあるまいし・・・・)なのだが、特に許可をした。

 

横浜ゼミナールの経営者の偉いところは、講師とのミーティングにも手当を払っていたところだ。お蔭で徹底的に担当講師と打ち合わせができた。

 

宿題を出すだけなら塾はいらない。

やらなかったからといって注意するだけなら塾はいらない。

 

問題は出し方とチェック方法だ。宿題をやってこない分析ができないのなら塾講師失格。

 

いささかもストレスを与えないように工夫しなさい。

 

それまで断られた塾では男性の熱血講師が厳しい口調で宿題を出してもやってこないので断られたり、辞めさせられたりということは確認済みである。

 

「・・・ちゃんねぇ。いーい。ここの計算を今度までにしてくれると、お姉さん、凄くうれしいわぁ。約束しようねぇ!」とか「お姉さんと指切りげんまん嘘つかなーいってやろうね!」


 

との具合で、ダダ子をあやすような授業をさせた。

 

この方法なら宿題を必ずやると確認したうえで徐々に宿題を増やしていったら、そうこうするうちに基本的なドリルであるが、月に何冊も消化するようになった。

 

近隣の塾でも話題になるくらい成績が伸びていった。繰り返すが塾講師歴数十年の中でX君ほど成績が伸びた例は知らない。もともとがオール1どころがオールマイナス5くらいだったのが、中二の夏には数学は平均点近く取れるようなった。

 

その後、成績も安定して中三の初めには、どの教科もコンスタントに五段階評価で3の成績を取るようになった。

 

その学区ではハイアラキーが確立していて横浜朝日高校(仮名)をトップに最下位グループに横浜日没高校があった(仮名)。横浜日没高校であれば十分合格圏に達したと判断したので、現時点で横浜日没高校は十分合格可能である旨、保護者に連絡した。

 

私も若かった。まだ未熟な塾講師であった。塾って奥深い

 

次の日、朝一番に母親が血相を変えて怒鳴り込んできた。責任者の長山を出せ!

激昂して怒鳴りまくる。

 

「なんでうちの子が横浜日没高校みたいなバカ学校にいかないといけないのか!? どうして横浜朝日高校にはいれないのか!」

 

「横浜日没高校に入れるために高い月謝を払ったのではない!お前らは詐欺師かぁ!」

 

ペテン師とか月謝泥棒。挙句の果ては金返せ!日没高校なら月謝はどぶに捨てたようなものだ!とののしられた。

 

半年でオール1がオール3になったのなら次の半年ではオール5になるはずだ。そうならないのは塾の教え方が悪いからだから責任をとれというのが母親の言い分であった。

 

この経験は長山の学習塾経営の原点の一つであり、良い勉強をさせて頂いたと感謝している。

 

 

2.長い話を紹介したのはこんなひどい保護者がいるということをお知らせするためではない。


 

今になって振り返れば、この母親の言い分は100%正しいのだと思うようになった。

塾で怒鳴って金返せというのはともかく、親の気持ちは当たり前のことだと思うようになった。成績が上がれば幸せか、有名大学に入れば幸せかどうかは措いといてもこの母親は少なくともそう思っていた。

 

親が子供に幸せになってほしいと願う愛情に、ここまでというようなポイント(顧客満足度)は無いのだ。ここまでなら満足という「終着点」は無いのである。

オール1がオール3になれば次は4に、次は5にと親が望むのは当然の希望なのだ

昔からいうではないか:

       這(は)えば立て。立てば歩めの親心。


 

先のX君の話に戻ると私の最大の失敗は母親の「せめて、どこかの高校に入れるようにしてほしい。」という言葉を額面通りに受け止めて母親の心理の機微を考えなかったことだ。


 

未熟者だった。

高校に入れるまで成績が伸びたのが単純に嬉しかったから、弾んだ声で「日没高校には入れますよ」と伝えたから母親が次の日に怒鳴り込んできたのだ。


 

こういうべきだった。「申し分けございません。いかんせん、スタートで躓いていますから日没高校なら・・・というところです。後は横浜朝日高校を目指して一層の指導を心がけます」・・・と。


 

オール3になった時点で講師を厳しい男性教師に変更すべきだったのかもしれない。


 

顧客満足というのは相場や目やすがあって成り立つものだ。

1000円ならこんなものだ。5000円出したのだからこのくらいだろう。・・・・・これは塾には一切当てはまらない。


 

「学習塾には顧客満足度はない」というのはこういう事なのである。


 

このことから、塾講師は貴重な教訓を引き出さなければならない。


 

親の子供に対する希みに終わりがないという事は、塾の仕事にも終わりはないということである。


 

3.塾の仕事に終わりは無いというのはこういうことだ。


 

その後、大手の難関塾に移った。猛烈な勢いで講師を鼓舞した。指導システムも改善し、指導能力のない講師は全員、やめて頂いた。

中学入試の結果がでると、最難関中学50名受験で45名合格だ。まさに塾始まって以来の「好成績」だ。


 

その時には全体の教務の責任者をしていたのだが、中学受験部の責任者が、塾始まって以来の好成績だと大喜びをして,満面笑顔を浮かべて、担当講師団の「慰労会」の日程を何時(いつ)にしたらよいか相談に来た。面罵した。


 

馬鹿野郎!「反省会」の間違いだろう!落ちた5名の中にもう少し塾が頑張れば合格した生徒は一人もいないと言い切れるのか!…(沈黙)・・


 

落ちた5名の生徒と保護者の前で、50名中45名合格だから喜んで下さい。とお前は言えるのか!合格率90%というのは単なる塾側から見た数字に他ならないんじゃないか!


 

こういって塾のパンフレットを投げつけ、一番大きな活字で書いてある言葉を読めと怒鳴った。


 

一人一人の頑張る気持ちを応援…」と声を震わせながら読んだので、もう一度、この「一人一人」の意味を考えなさいというところで私の叱責は終わった。


 

全講師の前でやったので効果てきめん。次の年にはさらに進学実績は向上した。私のこの「叱責」がなかったら大幅に、進学実績は大幅に落ち込んでいたかもしれない。


 

これを読んでわからない塾講師は独立して塾を作ろうなどとゆめゆめ、思わないことである。


 

このことはX君の「事件」で学んだことである。だから「感謝している」というには心から言えることである。

 

 

4. さて、X君は何故、短期間に成績が伸びたのであろうか?という質問は、いいかえれば、ある程度の能力がありながら、なぜ全くの成績不振におちいっていたのであろうか?という質問に還元できる。


 

答えは、それまで一切、勉強していないからである。一切、勉強をしていない生徒が、生まれて初めて勉強を自分から行い始めたのだから、成績がいくらでも伸びるのは理の当然であった。


 

これから、恐ろしいことを申し上げます。


 

それまで、一切、勉強をしていなかった原因は、どこにあるかというと

 

親(ここでは母親)に対する無意識の反抗!

からなのである。親に対する反抗というのは非行行為や暴力に出るかといえば、必ずしもそうでなく、本人も親も気づいていないが、

 

勉強をしない。

という形でも現れるのである。

 

 

*東京大学理科3類合格確実者だろうが、駿台模試全国トップだろうが灘高校のトップでも、平気で厳しく叱れるのはこういった経験があるからである。

 

*塾は講師ではない。教務(講師を監督したり、生徒に合わせて担当講師を選んだり、場合によっては解雇する人事権のある立場の人間)だと常々言っているのはこういうことだ。この女性講師を生意気な中学生の集団クラス指導をさせたら学級崩壊を起こしていただろう

 

雑誌などで「最強のクレジットカード選び」などの特集を見ていると、やはり、これも「東京に住んでいる人のための最強のクレジットカード選び」というべきだ。


少なくとも、私は、伊勢丹(注:岡山にはない)での買い物に便利だとかJR東日本や東京の地下鉄を利用するのに便利なカードは岡山に住んでいると利便性を感じない。


同じように「塾選び特集」も「(東京に住んでいる受験生のための)塾選び特集」と考えて読むべきだ。


たとえば、東京に本部のある大手塾の全国高校受験模試をみれば、明らかに開成高校の出題形式に合わせている。朝日高校を志望するUBQの生徒には、その模試は推薦していないのはこれが理由だ。


塾の指導もおのずから異なる。東京の塾で中一の新入生の保護者面談をしてみれば、生徒も保護者も、はっきり志望高校を明言する。理由は中学受験で入れなかったというのが一番多い。


つい、数か月までは開成や桜蔭をめざして、猛勉強してきた生徒がリベンジに、もえて入ってくるのだから、意識が違う、「まだ、中一ですから、ゆっくりと基礎固めをします」などというとクレームがくる。


東京の塾では中一からガンガン進めていくことが多いのは、こういった背景がある。


岡山には、岡山のやり方がある。ということはご理解いただきたい


大学受験でもそうだ。東京の数理難関塾のテキストをUBQでは導入する気は全くない。


開成高校や麻布高校などの生徒が通うことを前提にしているから、


1.過度にひねった問題が多い。

2.高校の範囲を超えて作られている問題が多い。


オーソドックスな問題は、ほとんどの受講生が解けるからどうしてもこうなる。


(注)以上の内容は難関塾に関しての一般論で、東京のすべての塾について述べたものではない。東京の中学受験生がすべて開成や桜蔭を受けるわけではないことはもちろんのことである。



■さてここからは長山の塾講師歴30年の分析。全ての中学受験生に当てはまることではない。あくまでも個人的意見として読んでいただきたい。


東京と岡山の中学受験には決定的な違いがある。


いくら、岡山の名門中学といっても東京のトップ名門中学には勝てない。


東京では卒業生に総理大臣経験者や国会議員・高名な学者・大企業経営者などを数多く輩出していて、父親も祖父もその中学の出身者であるという学校もめずらしくない。


麻布中学の志望動機に「おじいちゃんが江原素六先生(←麻布学園創立者)のことを尊敬していて、小さいころよく話を聞かされた」と言った生徒がいたくらいである。


こういう環境の中で育てば、なにがなんでも麻布中学に入りたいという強い志望をもつことになる。


フェリス(中学)に子供を入れたいという親で

「とにかくフェリスには入れれば大学はどこでもいいんです。下手な大学を出るぐらいなら、最終学歴がフェリス(高校)卒の方が良いんです」


という親もいた。


一般に、東京では是が非でも特定の私立中学に入れたいという層が存在する。


ところが、ご存じのように岡山は大変な公立高校王国である。

そして、一部にはいわゆる「荒れた公立中学」があると聞く。


実際には一時期に比べて、だいぶ改善されているのではあるが、そこは岡山県人の保守性の真骨頂。○○中学は良くないといったうわさを頻繁に耳にする。


これは、個人的見解であるが、


岡山では「特定の私立に入れたい」という動機よりも、「地元の公立に入れたくない」から中学受験をさせる場合が多いのではないか。


これを消極的中学受験とよんでいる。







2014/4/18

 

東京(正確には首都圏。以下の記事で東京とあるのは東京近県も含む)で暮らした経験のある人間が、岡山にもどって生活しているとつくづく感じることがある。

 

雑誌やテレビなどのマスコミがいかに東京中心に作られているかである。

 


 

全国放送の経済番組で「3000万円ほどの中古マンションをかって2000万円ほどかけてリフォームする人が増えています」など報道していると、

 

この番組のプロデューサーは東京のことしか念頭に無いのであろうかと思う。5千万あったら岡山ではどこの場所でも豪邸が新築できます。

 

さて、岡山の中学受験塾で教えていた時のことだ。読売新聞が岡山での中学受験の取材をしたいと連絡してきた。 以下の新聞報道で写真に写ってるのは私であります 。 こういう場合は、必ず算数の授業が取り上げられる。なんとなく難しいことをしているように読者からは見えるからだ。

 

新聞記者がきた。塾の様子をみるなり、ため息をつく。

 

こんなにのんびりしている生徒ばかりだと思わなかった。これでは記事にならないわ。

 

私は、言った。

 

中学受験で、深夜まで小学生が目の色を変えて、必死に猛勉強しているとか「過熱する中学受験」なんて東京や関西の一部の塾での作られたイメージですよ。日本全国レベルでみれば特殊な現象ですよ。 と申し上げても新聞記者は取り上げてくれ ません。 最初からストーリーを作って 現場取材 に来るのは報道とは言えません 。

 

それでは記事にならないから、出来上がったものが次:


UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ


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新聞の記事は意図的な悪意ある故意の創作記。 見れば分かる嘘ですね。

 

 

出鱈目もよいところ。議論の余地もない。「黒板をすべるチョークの音」などと書いているが、よく、写真を見てください。

 

写真に写っているのはホワイトボード。この塾には黒板がないので、チョークも一本もなかった。

 

黒板が全くない塾でどうやって「黒板とにらめっこ」できますか。

 

写真を見たらわかるように20人もいなかった。「加熱する中学受験」の写真を撮りたかったようだが、どう見ても閑散とした教室ですね。中学受験が加熱してるとか低年齢化してるというのは50年以上前からずっと言われ続けていることです。


近頃の小学生は大変ですねで必ず閉められます。


岸信介は山口県出身ですが岡山の内山下小学校出身です。 これは中学受験のために小学生が山口から下宿して暮らしているからです。


戦前でもそういうことはあったんです。 中学受験は激化していません。

 

 読売新聞の報道の写真 を見ていただければ 黒板ではなくてホワイトボードであることは明らかであります 。


本当に平気で嘘をつきますね。 同じ新聞記事の中で矛盾しているすぐばれる嘘をつきます。


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東京大学の入試で、「色について述べよ」という問題が出たことがある。見た瞬間に足がすくんだ。

 

 

後で模範解答を見ると、どの予備校も気がついていないようだ。

 

問題文にはふり仮名がついていないから、「色(いろ)」と読むことを無批判に前提として、解答をしても良いのか?

 

「色(しき):梵語ルーパ」とも解釈できる。

 

生徒への指導「まず、この問題の解答に当たっては、そのことを指摘したうえで、ここでの色は・・・・と解釈したうえでの。解答である・・・と書きなさい」

 

少なくとも世界有数のインド哲学研究をされている東京大学において、意図もなく出したとは思えません。

 

 

 

http://www.l.u-tokyo.ac.jp/intetsu/  (東京大学公式hp・インド哲学)

 

いわゆる脱サラをして、学習塾をつくりました。もちろん、人にやとわれてやっているわけではありません。自営業ですから労働基準法も適用されません。法定休日もありません。自分の生活がかかっていると思えば、本当に手も抜けないわけであって、朝から晩まで、死に物狂いで働きました。その時はまだ若かったからよかったのですけれども、大体それを3年ほど、休みなく働いたところで、私はとうとう、過労で倒れてしまいました。ちょっと疲れたかな、と思って椅子に座ったら、周りの景色がぐるぐる回って、椅子から立てなくなってしまいました。

 

 お恥ずかしいことに、救急車で運ばれて、病院に入院して、点滴を受けていました。その時に、病院のベッドの上の天井を見て、今まで何年も、本当に、徹夜の仕事をして作り上げた個人塾も、これでおしまいかと思ったわけです。


 

次の日、同業者の組合に所属している、あるご年配の塾経営者の先生がお見舞いに来てくださいました。その先生は相当な苦労人で、いろいろな体験をされ、甘いも酸いもかみ分けた人でした。その方が開口一番来て言うには、

 

君はいい時に倒れたねえ


 

 

私は、人が過労で入院しているのになんてひどいことを言う人だと思いました。ところが、よく話を聞いてみると、それは、その人ならではのアドバイスだったわけです。その人がおっしゃるには、こういうことなのです。

「君はまだ、30いくつで倒れたからよかったんだよ。個人零細塾経営者で倒れた人はいくらでもいるんだ。たとえば、Aさんとか、Bさんとか、知り合いのあの人も過労で倒れたことがある、あの人も過労で倒れたことがある」と。

自慢するようなことではありませんから、本当かなと思って、後にその知人らに聞いてみたところ、若いころ一度は過労で倒れたことがあるという人は多かった。

 

そういうことであるならば、同じ、過労で倒れて入院するのなら、若いときのほうがいい。というのは、ある程度、個人塾が発展すると、人を雇ったり、校舎も増やしていろんな事務所を借りたり、宣伝や広告の仕事も多くなります。そんな時に、2日や3日でも入院して社長がいなくなり、それが銀行の取引だとか決算だとかに重なれば、そのまま会社が倒産して、本当にホームレスになってしまう可能性もあります。ところがまだ若いうちに倒れたのであれば、若いから回復も早いし、それを契機に仕事を見直す良いきっかけにもなる、と。

 

そんなアドバイスをいただきました。


 

そうすると、私のストレスは、あっという間にとれたわけです。

 

ちょうど仕事を見直す、いいきっかけになったというわけです。


 

それまでは、自分が過労で倒れるなどとは信じていなかったのですけれども、そのアドバイスをいただいて以降は、まずマニュアルを作って、自分が倒れた時、入院したとき、死亡したときに、どうすればいいかということを考えて、緊急連絡先やいろいろな対応をいたしました。塾の授業料も後払いにしましたから、もし倒れても、返金する必要はありません。塾を知るものは塾。親友の塾と相互に支援体制の契約を結びました。何かあった時に、保護者連絡の配布物・緊急支援体制をお願いしました。もちろん向こうが何かあった時にはこちらが支援するということです。お互いに講師を派遣したりという契約です。結果的に一度も利用していませんが、気持ちのゆとりはずいぶん違いました。

 

それから、何年かしてのことです。知り合いの個人塾塾経営者が急死されました。まだ40前だというのにくも膜なんとかで、あっというまでした。もちろん塾は閉鎖されました。月初めでしたから月謝はすでに受け取っていたそうです。通夜や葬式の最中に月謝を返してくれとの電話がたくさん掛かってきて奥様は大変だったそうです。

 

それまでは、倒れるまで頑張ると言っていたのですけれども、いったん倒れるともはやそういうことは言えなくなるわけで、何事にも自重し、いろんなことに気を付けてやりながら、仕事を調整しました。

 

今から思えば、それから数十年間、細々と会社が続いているのは、あの時に私が倒れたお蔭だと思えば、よかったと、大いに納得ができるわけです。

 

人は得はなくで動く、それも他人と比べての損です。

 
例えばある牛丼のお店で、メニューに書かれている規定どおりのお値段で食事をしたとします。そのさらに隣のお客様がクーポン券を出して同じ料理を安く食べてたら損な気がします。
 
あるスポーツクラブが土日を値下げしました。そうすると平日プランのお客様のクレームが殺到したと聞いています。
 
とある有名な岡山名物のドミグラスソースカツ丼のお店の話です。この店は生卵をつけてくれるのです。
 
 

 
その際にお店の方が生卵は大丈夫ですかと全員に聞いています。
生卵は要りませんと言ってもその分安くなるわけではありません。
 
私だったらこうします。
 
おすすめの食べ方:ご希望の方には生卵無料サービスと張り紙をしておりばいいのではないでしょうか。
 
神戸に行く便がありました。老舗のビフカツのお店があると聞いて、よった時の話です。
ビフカツ定食とあってライスとセットです。
 
そうお腹もすいてませんでしたし、ビフカツを食べてビールを頂きたかったのでライスはいらないと申しました。残すのも悪いですからね。
 
そうするとライスはスープに変更できますと言われました。
どのようなビジネスモデルかと考えました。..<ライス変更、スープコース>と大きな声で注文を確認され、さらにレジでも<スープ変更プラン!>と何度も大きな声で言われたわけです。
 
なんと素晴らしいことでしょうか!
 
ご飯が要らないからその分値段をまけろというクレームや<損したという感覚>を防ぐためなのでしょうね。
 
学習塾も同じことが言えます。
 
例えば1対1と1対2の個別指導では保護者は後者の方が半額になると思っています。そうしないと損をしたと思うからです。
 
しかしながら教える側から見れば1対2の方は2倍手間がかかるわけです。
 
ですから、2人で受けてるからといって1人当たり半額にはなりませんよといってもあまり保護者には納得されない方がおられるようです。

私の経営する学習塾では祝日は休みです。
これは入学前に契約書にも特に、二重線を引いて書いてありますし、 何度も何度も口頭で説明をしております。さらに工夫があります。 見ている見ていないという水掛け論を防ぐために、 入会願書の裏側に契約書を印刷しています。


裏面の契約書を納得の上入会願書を提出します。 と書いていますから入会願書に署名した段階で契約書を納得しているというはっきりとした署名を頂いております。

こちらも学習塾経営のプロですから<タクシーのメーターのように時間単位で1時間いくらというのは私に対する侮辱だ>とか、 <子供が病院で手術を受けて2時間かかると聞いてたのに1時間で終わったんだから半額にしろと>いうようなもんだとまで申し上げています。

月に3回の時もあれば5回の時もあります.。
5回ある時はお金を多めに支払いますと言う人は一人もいません。

3回あるときはそのぶんお金を返せと言ってくる保護者がいます。

先ほどの神戸のビフカツのお店に行って<そうかその手があったのか!>と思いました。

3回しかない時にはおにぎりでも配れば納得したのかな。