封鎖した上で

2014年1月

バングラデシュに行ってきた。


ユニクロに行って来たかったんです。

ただのユニクロではない。世界を変えうるイスラーム金融のグラミン・ユニクロである。



 


ところが、総選挙に重なるので相当覚悟はしていた。

しかし、パック旅行のメリット。現地の受け入れ会社を通している。政府公認の会社を通している以上、日本人に、もしものことがあれば、日本企業の投資や援助・ひいては国際的信用失墜になる。・・・ということで。

全行程に武装警官とパトカーの先導および特別車両として優先扱い。 武装警官の警備付きで旅行をしたのは初めてです。

まずはこの話から。



ホテルの出発から、警官とパトカーが待っている。黒い線はホテルのガラスの枠。バスの赤い旗は緊急車両とみなされるそうである。

パック旅行で行くときには、現地の引き受け会社とバスのナンバー・プレートは写真に撮っておきましょう。はぐれた時のリスク管理です。言葉が通じなくとも、デジカメでこれを見せれば、現地の警察からガイドの携帯に、すぐに連絡が入ります。






英国の元・植民地ですから左側通行なのです。右の車(オート・リキシャ: 人力車から。 オートバイが、引っ張る馬車のようなもの)もこちら向き。

つまり。道路を封鎖した上で逆走しているのですが。サイレンを鳴らしたパトカーの誘導ですので問題がありません。






 トイレに行くのにも武装警官がついてきてくれました。




2012年5月オリジナル


アルメニアが人類発祥の地であるかはともかく、キリスト教受容の原点であることは歴史上、間違いない。



UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ



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(バチカンよりも古いエチミジアン教会。入り口は最近になってつくられたもの)


アルメニア語に聖書が翻訳されたのはマルチン・ルターのドイツ語訳より千年早い。欽定訳よりも早い。


アルメニアがキリスト教を国教としたのは、ミラノ勅令よりも、前のことだ。

ここに初期キリスト教の遺跡が残っているのは事実である。


一般にキリスト教はバチカンの権威を認め、ローマ法王をキリスト教世界の最高指導者と考える立場と、ローマ法王の権威を認めない立場に分かれる。


「ローマ法王の権威を認めない」というと喧嘩でもしているのかと考えていた自分の不明を恥じた。


アルメニア正教会というのは無い(グレゴリウス派というのだそうだ)との説明も受けた。カルケドン公会議よりも先に国教としているからだそうだ。日本で書かれている神学の歴史書とは違う。


ローマ帝国がキリスト教を公認したのよりも、国教としたのよりも、アルメニア教会の方が古い。カトリックとかプロテスタントとか正教会とか後からできたのだから「権威を認めない」とか「正教会」という言い方はおかしいのだそうだ。


Wikipedia にもアルメニアキリスト教は非カルケドン派と書いてありますがカルケドン公会議よりも古いんですから。


そこで、重要な質問をしてみた。


「ローマ帝国がキリスト教を受容したのは、アルメニアの影響があったとお考えですか?」


「もちろんです。ヨーロッパのキリスト教の受容はここから始まったのです。日本に同志社大学があるのも、上智大学があるのも、アルメニアのお蔭なのです。アルバニアがキリスト教を認めなければ、今の世界にはアメリカ合衆国は存在していません」


との答えであった。


随分と乱暴なたとえで申し訳ない。

広島で「広島風お好み焼き」というと叱られた。お好み焼きというのは広島が本家だから、そんな表現はおかしいとの事。


以上はアルメニアできいた、一つの意見であることはもう一度確認しておく。色々な意見や解釈があることを聞くために海外に行く価値がある。

そして、それが日本では伺えない意見であれば最高に興味深い。


世界中には、色々な考えがあることを理解することが国際化教育の基本であると考えるので、ここに紹介したことをご理解いただきたい。


念のため、もう一度。


外国において、現地のガイドのお話を聞く際には気をつけないといけない。たいていの国では、国家資格であったり,政府のライセンスがいる仕事である。当然、自国の文化・歴史の優越性・正統性を強調し、都合の悪いことは言わないからだ。

特に、繰り返したのはネットで検索して、一部だけを見られると、真意が伝わらないからだ、ブログの一番上に「すべて見てください」と書いているのもこのためだ。




2012年5月オリジナル


外国において、現地のガイドのお話を聞く際には気をつけないといけない。たいていの国では、国家資格であったり,政府のライセンスがいる仕事である。当然、自国の文化・歴史の優越性・正統性を強調し、都合の悪いことは言わないからだ。


*「たり」は陳述の副詞とは考えていません


以下はアルメニア人のガイドに基づくお話。大変、勉強になりました。


アルメニアは水資源の豊かな国だ。


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(セバン湖)

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(霧がかすみ、虹が出た。降水量も多いそうだ)


チグリス・ユーフラテスの源は、ここにあるとの話を聞いて驚いた。

タナファ(旧約聖書。 これはキリスト教から見て旧約聖書な訳であって他の宗教から見れば旧約聖書ということはおかしいわけですですからヘブライ語で書きます。)

には、エデンからチグリス・ユーフラテス川は流れているとはっきり書いてあるからだ。


複雑に分岐しているが、少なくともアルメニアから水が流れ込んでいることは事実である。


すぐさま、では「ここがエデンの園ですか?」ときくと、そうですと即答された。


ノアの方舟がアララト山についたとされる必然性もここにあるそうだ。アルメニア人にとっては、ここが人類発祥の地だからノアの方舟は(現在の)トルコではなくてエデンに戻った、という解釈になるそうだ。


この解釈を初めて聞いたのはアルメニア・グレゴリウス教会の教理に基づくキリスト教が日本に入っていないからであろう。興味深かった。これだから海外に勉強に行くのはやめられない。


想像だが、砂漠の遊牧民からみれば巨大の淡水湖のある地域は、それこそパラダイスに見えたであろう。



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その話を聞いて、お土産は決まった。何の変哲もないミネラル・ウォーターです。ただチグリス・ユーフラテスの源流水と思えば、悠久の歴史に思いをはせることが出来る。




なお上記の地図は現在のものである。アルメニア側から見ればアララト山は昔はアルメニアの領内であったとの意見であった。

聖書の時代にはこんな国境はありません。

アルメニアに行ってきた。


アルメニアってどこ?なにがあるの?
という話はあとで。


アルメニアには、世界的な遺産がある。

一つはノアの方舟(の残骸の木片と伝えられるもの)



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十字架の周りの茶色い部分が、その木片だそうだ。

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そしてなんといってもこれ↑。


手に入れたものは世界を支配することが出来るという

ロンギヌスの槍(聖槍)


アルメニアの現地ガイドさん



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の話によれば:


(上記写真撮影・ブログ掲載はご本人の許可を頂いております。日本語を話すガイドはほとんどいない。日系企業の進出も少ないし、後輩のエレバン大学日本語学科の卒業生が就職が無くて困っているの。そのため日本語学科は人気が無いの。日本に戻ったらブログでも何でもいいから、宣伝してくださいね。アルメニアには美人が多いってブログに書いてください。日本からのお客様が来ないと、仕事が無くなりますので、と言われていた。)


とのことで、写真をもう少し:



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UBQ数理フォーラム の受験ブログ

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「この聖槍はバチカンにあるよりも古くて、世界最古の聖槍だ」と断言されていました。


えっ!イエスが十字架につけられたときに、とどめを刺したとか確認したとか言われる槍に新しいとか古いものがあるのですか?というツッコミは国際儀礼上、差し控えました。




2021


イスラームでもシーア派の国は少ない。少ないからシーアというのであろう。アリー派のことをアリー・シーア。シーアというのが派にあたる。イランのイメージで過激なというイメージがどうしてもあった。


ある高校で「イスラームでは女性は(家族以外の男性に)肌を見せてはいけないという教えから肌の露出は厳禁なのです。」と世界史の先生が教えていた。


現地に行かなければわからない貴重な体験をした。



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なお、以下の写真は,

イスラームにも色々な立場があることを伝えたいという、趣旨を説明したうえで、トラブルのないように現地のガイドにとっていただきました。
写真の修整もカメラの機能を使って現地ガイドにお願いしました。

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堂々と人前で半袖やタンクトップの女性が、男性と抱き合ってキスをしている。念のため現地ガイドに、非ムスリムの外国人観光客なのか、それとも、シーア派のムスリムとムスリマ(ムスリムの女性型:女性のイスラム教徒を特に区別するときの表現)なのかと聞くと、後者であるとの事。


私が世界史の先生ならこういう授業をする。


「確かに、イスラームでは女性が肌を露出させてはいけないとの教えがありますが、世界に数十億人いるというムスリム(総称)がすべて同じ価値観で行動するわけではありません。とにかくある文化をステレオタイプにとらえてはいけません。


海外で文化を学ぶということは、日本の常識が通じないことや異なる考え方があるということを学ぶことであり、そのことは同時に日本の文化を考えることである。



現地のガイドさんが言っていた話。


日本人ほど花の名前を聞いてくる国民はいない。花の名前を聞かれても困るんですけど。

日本は本当に平和な国なんですね。


なぜ困るのか聞いてみると:


物心ついたときには戦争が始まっていました。散歩などしているといつ狙撃されたり、戦車に轢き殺されたりするかと思えば、花の名前などどうでもよいことです。空爆されているから花を見るより不発弾に気を付けて歩かなければなりませんでした。だから、私、花の名前は良く知らないの。


今でも、花を見ながら、のはらを歩く人はいませんよ。だって、どこに地雷が埋まっているかわかりませんから。



*この話が誇張ではないことのご参考までに:

日本国外務省のHPより。(2012.4.3現在有効)


なお、コソボにおいては、1999年以前の紛争中に多数の地雷等が埋設され,かなりの部分は撤去作業が終了したものの,郊外(山間部等)では一部に未処理地域も残されていますので、注意が必要です。




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ドブロブニクには多くの日本人が訪れる。ところが街角にところどころ張り紙がしてある。



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上の張り紙の右下を拡大すると。



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十字架のマークはキリスト教を表す。

いかに宗教が複雑かということが分かる


*地理を選択している受験生で「なぜ、行ったこともないし一生行くこともない外国の山や川の名前をおぼえないといけないのですか」と質問する人がいる。以下はその一つの解答である。



地理は歴史の母という言葉がある。世界史の様々な歴史は地理と結び付けて考えれば理解できるという意味であろう。


ハプスブルグ帝国といわゆる「オスマン・トルコ」(*)が一戦を交え、からくも撃退したことは世界史の教科書にも載っていることだ。だから進軍経路のハンガリーにもモスクがある。このことは世界史を取っている受験生ならみんな習っていることだ。


この時にヨーロッパにトルコ音楽が入ってきた。 モーツァルトのトルコ風というのは下の YouTube を聴いていただきたい。

https://youtu.be/UukiDpOTju0


モーツァルトの後宮からの脱出の中に確かにこの音楽は入ってい
る。

https://youtu.be/72qeSMtpDsA




だが、なぜウィーンが包囲されたのか?どうして直接、アドリア海にそって、ベネチア共和国方面へ進軍しなかったのか?そうすれば総本山のバチカンまで、すぐだ。もちろん、イスラ-ムにはキリスト教を攻めるという考えはなかったが。


アルバニアは事実上、ヨーロッパ唯一のムスリムの国である。逆に言えばここでイスラム勢力は止まっている。


百聞は一見にしかず。


モンテネグロからアルバニアにバス移動して驚いた。切り立つ山また山。こんなところをバスが通れるのかというほどの山道をバスが登るのである。


結果的にいわゆる「オスマン・トルコ」はここを越えられなかったのである。この山岳地帯がなければヨーロッパの歴史は大きく変わっていたかもしれない。


一つの仮説を思いついて調べたら、大体その通りであった。嬉しかった。昔からの世界史の疑問が一つ解けたからである。いわゆる「オスマン・トルコ」がウィーンを攻めた経路は、今のオリエント急行の通っている道にほぼ一致している。


また、ひとつ良い勉強になった。



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モンテネグロからアルバニア方面を望む。さすがにメフメット2世の金角湾の「艦隊山越え」もここでは無理であろう。



(*)オスマン・トルコといわれているが、必ずしもトルコ人だけの国ではなく、ギリシャやポーランドから皇女を迎えているし、トルコ人だけの国ではないので「いわゆる」を付ける。現在ではオスマン帝国といいます。