2021


イスラームでもシーア派の国は少ない。少ないからシーアというのであろう。アリー派のことをアリー・シーア。シーアというのが派にあたる。イランのイメージで過激なというイメージがどうしてもあった。


ある高校で「イスラームでは女性は(家族以外の男性に)肌を見せてはいけないという教えから肌の露出は厳禁なのです。」と世界史の先生が教えていた。


現地に行かなければわからない貴重な体験をした。



UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

なお、以下の写真は,

イスラームにも色々な立場があることを伝えたいという、趣旨を説明したうえで、トラブルのないように現地のガイドにとっていただきました。
写真の修整もカメラの機能を使って現地ガイドにお願いしました。

UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ


UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

堂々と人前で半袖やタンクトップの女性が、男性と抱き合ってキスをしている。念のため現地ガイドに、非ムスリムの外国人観光客なのか、それとも、シーア派のムスリムとムスリマ(ムスリムの女性型:女性のイスラム教徒を特に区別するときの表現)なのかと聞くと、後者であるとの事。


私が世界史の先生ならこういう授業をする。


「確かに、イスラームでは女性が肌を露出させてはいけないとの教えがありますが、世界に数十億人いるというムスリム(総称)がすべて同じ価値観で行動するわけではありません。とにかくある文化をステレオタイプにとらえてはいけません。


海外で文化を学ぶということは、日本の常識が通じないことや異なる考え方があるということを学ぶことであり、そのことは同時に日本の文化を考えることである。



現地のガイドさんが言っていた話。


日本人ほど花の名前を聞いてくる国民はいない。花の名前を聞かれても困るんですけど。

日本は本当に平和な国なんですね。


なぜ困るのか聞いてみると:


物心ついたときには戦争が始まっていました。散歩などしているといつ狙撃されたり、戦車に轢き殺されたりするかと思えば、花の名前などどうでもよいことです。空爆されているから花を見るより不発弾に気を付けて歩かなければなりませんでした。だから、私、花の名前は良く知らないの。


今でも、花を見ながら、のはらを歩く人はいませんよ。だって、どこに地雷が埋まっているかわかりませんから。



*この話が誇張ではないことのご参考までに:

日本国外務省のHPより。(2012.4.3現在有効)


なお、コソボにおいては、1999年以前の紛争中に多数の地雷等が埋設され,かなりの部分は撤去作業が終了したものの,郊外(山間部等)では一部に未処理地域も残されていますので、注意が必要です。




UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ


UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ





ドブロブニクには多くの日本人が訪れる。ところが街角にところどころ張り紙がしてある。



UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ


上の張り紙の右下を拡大すると。



UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ


十字架のマークはキリスト教を表す。

いかに宗教が複雑かということが分かる


*地理を選択している受験生で「なぜ、行ったこともないし一生行くこともない外国の山や川の名前をおぼえないといけないのですか」と質問する人がいる。以下はその一つの解答である。



地理は歴史の母という言葉がある。世界史の様々な歴史は地理と結び付けて考えれば理解できるという意味であろう。


ハプスブルグ帝国といわゆる「オスマン・トルコ」(*)が一戦を交え、からくも撃退したことは世界史の教科書にも載っていることだ。だから進軍経路のハンガリーにもモスクがある。このことは世界史を取っている受験生ならみんな習っていることだ。


この時にヨーロッパにトルコ音楽が入ってきた。 モーツァルトのトルコ風というのは下の YouTube を聴いていただきたい。

https://youtu.be/UukiDpOTju0


モーツァルトの後宮からの脱出の中に確かにこの音楽は入ってい
る。

https://youtu.be/72qeSMtpDsA




だが、なぜウィーンが包囲されたのか?どうして直接、アドリア海にそって、ベネチア共和国方面へ進軍しなかったのか?そうすれば総本山のバチカンまで、すぐだ。もちろん、イスラ-ムにはキリスト教を攻めるという考えはなかったが。


アルバニアは事実上、ヨーロッパ唯一のムスリムの国である。逆に言えばここでイスラム勢力は止まっている。


百聞は一見にしかず。


モンテネグロからアルバニアにバス移動して驚いた。切り立つ山また山。こんなところをバスが通れるのかというほどの山道をバスが登るのである。


結果的にいわゆる「オスマン・トルコ」はここを越えられなかったのである。この山岳地帯がなければヨーロッパの歴史は大きく変わっていたかもしれない。


一つの仮説を思いついて調べたら、大体その通りであった。嬉しかった。昔からの世界史の疑問が一つ解けたからである。いわゆる「オスマン・トルコ」がウィーンを攻めた経路は、今のオリエント急行の通っている道にほぼ一致している。


また、ひとつ良い勉強になった。



UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

モンテネグロからアルバニア方面を望む。さすがにメフメット2世の金角湾の「艦隊山越え」もここでは無理であろう。



(*)オスマン・トルコといわれているが、必ずしもトルコ人だけの国ではなく、ギリシャやポーランドから皇女を迎えているし、トルコ人だけの国ではないので「いわゆる」を付ける。現在ではオスマン帝国といいます。 


2012年オリジナル


知識として知っているのと実際に見るのでは大違いである。話には聞いていたが今回生まれて初めて見たものがある。


マルタ共和国とは全く違います。

この時見つけて添乗員さんに言ったんですけれどやはりよくわかっていませんでした。


マルタ騎士団の入国の仕方は分からないです。


ここに入った以上は マルタ騎士団にいったとすれば訪問した世界の国や地域は100カ国になります。

 



マルタ騎士団という「国」がある。国とは一体何かという問題になるが、世界の半分くらいの国は承認しているし、国連にもオブザーバーとして参加している。地図に載っていない「国」であるがローマ法王から主権を認められている。なにしろ十字軍の軍隊がいまだに残っているのだから驚きだ。


HPをみると国歌も国旗もある。ついにアルバニアで発見した。マルタ騎士団の大使館である。


 



UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

2015年8月より投稿


私が海外旅行に行っているのは勉強のためだ。


教会でもモスクでも宗教施設であり観光施設ではない。ただしモスクは集会所だ。これも、実際に海外旅行に行かないとわからないことだが一部のモスクでは中で昼寝をしてたり、弁当を食べてたりしているのには驚いた。








モスクの敷地内で球技をしたり自転車に乗って遊んでいる




以前にも書いたがカトリック教会の椅子の前にある棒について。


UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

教会の椅子の前にあるこの棒はなにか?過去のブログ記事で述べたようにお祈りをするときに膝をのせる台である。(日本の海外旅行ガイドに書いてあるのも見たことがない)


ところが、知らない日本人には、ちょうど足をのっけたり荷物を置くにはぴったりの位置である。周りを見るとほとんどの日本人が土足で足を置いているので、失礼ながら注意した。これが私なりの「愛国心・日本人としての矜持」である。


本来、このことは日本人添乗員やガイドが厳しく注意するべきだと思う。


さて、その午後の自由時間のこと。残りの日本人同行者はブランド物を買いに行ったり、ガイドブックに載っているレストランに行ったりしたようだが、


直ぐに教会に行って居合わせたシスターに、お願いをした。




さきほども多くの日本人が土足で足のせ台にしていたことを、一人の日本人として謝罪したい。しかしこれらは無知から起こっていることである。幸い私は最高で一日5000人以上(灘中学にいって 入試問題が公開された時にその場で日本最速の入試問題速報をした時)見ているブログを持っているので、このことを日本人に喚起したいので、相互のより良い理解のため必要な写真を撮影しネットで公開するご許可を頂きたい。(シスターにブログなるものを説明するのは、苦労した)


こう申し上げた。返事は;


素晴らしい申し出に感謝致します。趣旨は、よく理解いたしました。教会に属するものとしてキリスト教について日本人に、よりよくご理解していただくことは重要なことであるとともに我々の使命だと思います。本来、この教会では写真撮影はお断りしていますが、ご趣旨からかまいません。


ただし私自身はローマ法王の許可なく、(←この発言も大変、勉強になった。バチカンのサン・ピエトロ教会の名の通りキリストの使徒、聖ペテロの後継者なのですからね)インターネットに写真を公開されることはできませんから、近所の信者にモデルを頼んでみます。(ですから、周りに誰も写っていない)



*もちろん、一般に下のような写真はとれないが許可を頂いて撮影してインターネットで公開しているいることは上で述べたとおりである。


UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ
なお、前から調べていて。どうしても調べがつかなかったことを伺ってみた。この棒の名称である。



英語やラテン語で何というのか伺ったら「お祈りのためのひざまずくためのバー」とか説明することはできるが。


答えは「特に宗教的な名前はない」とのことであったであるから日本語に訳したら「お祈り台」とか訳すしかない。今度教会に行って聞いてみようと思う。





2015年




戦後、70年。ミンクスではお祭りだ。ロシアではWW 2 は 「偉大なる愛国戦争」と呼ぶそうだ。




ミャンマーの奥地に水上生活を送る部族がある。



UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ
チヤィティーヨ・パゴダです。





UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ


UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ


ここには現代文明の忘れてしまったものがある・・・・


UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

などという3流のコピー・ライターが考えるような惹句を思いついて、奥の部屋を覗いてみると、置いてあるのはパソコン。

*写真の現地の人にはモデル料を払ってブログに載せています。