会社からの帰り、いつもの駅に降りる。夕暮れ時なので、降り立った人達は各々の自宅に帰るのだろう。
私の前を歩く若者。身体に馴染んだ作業服で、ずり落ちそうなリュックを背負っている。後方から若者の動作をみると、歩きながら煙草に火をつけて吸い出すのである。マナーがどうこう言うつもりもないのだが、吐き出した煙が、後ろを歩く私に丁度かかる間合いなのである。若者と私の歩く速度は変わらないから、いつまでたっても追い抜けないし離れることもない。喫煙していた過去はあるけれど、禁煙してから数年たっている。タバコは好きだったのかもしれないが、今は臭いは苦手で不快な気持ちになってしまう。
駅のロータリーで、あきらめて歩くのを止める。迎えの来ない車を待っている振りをしながら。いったい誰に対しての演技なのだろうかと考えてしまう。そして、若者が視界から消えた頃合いに歩き出す。
あの若者はどこから電車に乗っているのだろうか。タバコ好きなのに、駅の構内や電車の中で吸うことは出来ない。作業服から推測して、現場仕事なのだろう。だから仕事中も吸うことが出来ないのだと推測する。やっと自分の帰る街に着いて、開放感からの喫煙なのだ。私の場合はそれがアルコールで、気持ちは同じだと思う。だから、歩きながらではなくて、立ち止まって味わって吸ってほしいと思う。そうやって考えると、大きな駅のはずれにある喫煙スペースはオアシスなのだなと認識してしまう。
吸わない私からみれば、煙まみれの閉鎖空間に自分から行くのは苦行としか思えないが。
アトリエで出迎えてくれる猫は、生まれてすぐに引き取ったからタバコの匂いを知らないだろう。社会勉強のために教えることもできるのだが、知らないほうが幸せなことは沢山あるよなと思い、アルコールの入った缶を開ける。