能の鑑賞に行ってきた。以前から興味がある世界だったのだが、観る機会がなくそれほど意欲もなく、自分の周りにあるものだけを消費してきた。呑み仲間との席で招待券を無料でもらうことがあり、ここぞとばかりに鑑賞してきた。それなりにインプットされることはあるのだが、台詞が難しすぎて全然理解できない。スマホと連動する字幕サービスもあったのだが、舞台に集中したかったので使用しなかった。そしてプログラムは野外で3時間、派手な動きや壮大な音楽はなく現代の大衆娯楽に漬かりきっている私にはしんどさを感じる。演目の途中で退出しだす人達も多数おり、自分ひとりだけがしんどいと感じているわけではないのだろう。ステージ上の贅肉をそぎ落としたかのようなミニマルさを感じたのだが、能に浸っているファンの人達の感想は違うのだろう。

 

 ヨーロッパのオペラ文化に憧れをもっており、映画のワンシーンに出てくるたびに憧れた思いを繰り返している。ナイフホークがある食卓や演劇を観に行く生活に優雅さをイメージしている。場所は違えども自分の好きな食事と舞台芸術の鑑賞がある生活を実践してみて、優雅さはまだ感じていない。真似をしているだけで自分の生活ではないからなのだろう。物まねを卒業して本質になったときに優雅さを感じれるのかもしれない、その時は優雅さを感じるという目的もないのだろうと思う。

労働者層の自分が資本家層に憧れているのだ、階層の概念があるうちは優雅という気持ちにはなれないのだろう。自分の目標は自足することである、その一環として文章へのアウトプットがあるのだろう。これだけでは全然足りないからもっと活動しなければならない。

 

 胸やけが酷い。薬は嫌いなのでなるべく呑みたくないが、このところは胃腸薬のお世話になっている。原因は暴飲暴食であると気付いている。絶食して眠ればいいのだが、アルコールに依存している私は時間があれば絶えず呑んでいる。呑むことはやめられないので、食べ物を改善しようと考えてネットで検索してみる。胃腸に優しい食べ物は、容易に想像がつくのだがあらたな知識もある。香辛料は全般駄目なようだが、昨日スパイスカレーをつくったところである。

腐敗していれば捨てるのだが、食べられる状態のものを捨てる選択肢はもっていない。今日も胸やけを我慢しながらカレーを食べる。