朝井リョウさん、「正欲」にて柴田錬三郎賞受賞、おめでとうございます。
朝井さんの作家生活10年目の年に生まれた作品だそうですよ。
本作のモチーフは、「性欲」。
主要人物が男女取り混ぜ3人出てきます。
佐々木、夏月、大也。
彼らは、水の動きに性的興奮を感じる性向の持ち主。
その特殊性から、社会的疎外感を感じ、半ば人生を諦めて生を送る人物として描かれて行きます。
性欲をモチーフにした事で、
・性向は自分で選べない「ガチャ」である。
・欲求自体を消しがたい。若いうちは。
・社会の最小単位である「つがい」を作ることに、ダイレクトに関係する。
・大っぴらに語り難い羞恥心や嫌悪感により状況が複雑化。
…と言ったカセが付与され、小説の世界がより深くなったと思います。
で、本作のテーマとは何ぞや?ってことなんですが。
タイトルも「正欲」ですし、「水の動きに性的興奮を感じる性向」という奇抜なモチーフに気を取られ、つい、「あなたは自分の想像をはるかに超えるレベルの多様性を、受け入れられますか?」っていう事がテーマかと思ってしまいますが。
そこは本作のモチーフであってテーマでは無い。
本作のテーマは、
「"自分がマジョリティである事だけがアイデンティティ"である日本人って、どうなの?」
「しかもマジョリティであることに、何の信念も裏打ちされて無いじゃん」
「そんな脆いアイデンティティで、生きていけるの?」
…ってことかと思うのです。
スクールカーストしかりマウンティングしかり、朝井さんは、ずっとそこを書いているなと。
水に性向をもつ登場人物、佐々木、夏月、大也には、
「日本でマジョリティでない人は、どうやってアイデンティティを確立し、共同体の中で生きて行くのか。」という課題が与えられます。
佐々木と大也は小児性愛者と誤解され逮捕されてしまいます。
が、そこに至る過程で、自分と他者にじっくりと向き合い、彼らには繋がりが生まれています。
佐々木と夏月の相互の伝言は「いなくならないって伝えてください」。
アイデンティティはより強固になって生き延びる未来が、うっすらと予想されます。
よって、性の多様性そのものに、朝井さんは、それほど深く踏み込んでいません。
例えば、小児性愛者と思しき矢田部という登場人物は、内面に全く触れられず、あくまでストーリーを転がす役割しか与えられていません。
そこが物足りないという声もありますが、テーマでないと考えると、自然な選択かと。
一方、マジョリティ代表である検事の寺井には、その内面描写はもちろん、夫婦の馴れ初めもきちんと描かれます。
そして、
「自分がマジョリティだと疑わなかった人がマジョリティでいられなくなったら、どうなるのか?」
…という課題も、明確に与えられています。
登校拒否が続く息子をきっかけに、夫婦関係と親子関係の綻びに途方に暮れ、確固たる自分の思いも彼らに伝えられず、脆くも地滑りの様に、家庭が崩壊しそうに見えます。
マジョリティであることがアイデンティティの日本人。
本年度のノーベル物理学賞を受賞した、90歳になる真鍋氏がこう言ってました。
「日本の人々は、いつもお互いのことを気にしている。」
ずーっと日本人は、こんな感じなんでしょうね。
朝井さんが人気のある理由は、自分はマジョリティの立ち位置からは容易に出ないよ、という絶妙なポジションをとりつつ、
「僕たちってこんなにギリギリ感ある立ち位置だよね」
ってことを、軽妙に書いている所なんでしょうね。
安全地帯からの問題提起は、安心して読める。
でも安全地帯にい続けるのも、精神的にしんどいんだよ、僕は分かって書いてます、そこに共感するでしょ?…っていう芸風ですね。
なんかディスってる様ですが、私は嫌いじゃない、その正直なスタンス。
いつまでも軽やかに地獄を書いてください。
…と言いつつ、朝井さんが真正面から、骨太な日本人のアイデンティティの問題を描く日を、やっぱり楽しみにしてる。